「えーと…、宜しく。」
「ああ。」
担任より言い渡された場所に着席する際に拓美は戸惑いつつも勇気を振り絞り、かつて自分だった大和田拓海に声をかける。
…しかし、返ってきたのはなんとも素っ気ない返事であった。
(くそ、宜しくぐらい言いやがれ! 素っ気ない野郎だな!)
そして、そんな素っ気ないかつての自分に対し、理不尽な怒りをぶつけていた拓美だった。
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「まあ、こんなもんかな…」
あの後、すぐにHRは終わりを告げ、息つく間もなく一時間目に突入した。
この身体になってからの初めての授業を受けた拓美は、キチンと授業内容に着いていけてる事に安堵し、そのような呟きを漏らす。
人生2週目で、二回目の高校生活であることもアドバンテージとなっているが、藤代拓美の出来た脳ミソのおかげで勉強の面では苦労することも無さそうだと、拓美は少し浮かれそうになった。
(いや、でもここで気を緩めちゃ駄目だ…全部やり直すって決めたんだから。)
…と、そんな緩みそうになった気持ちを再び引き締めていた時だった。
「…代さーん? おーい、藤代さーん?」
そんな事を考えて、1人の世界に入っていた拓美を誰かが呼び掛ける声が聴こえてきたのは。
「はい!」
と、慌てて顔を上げた拓美の先には、男女問わず大勢のクラスメイトの姿があった。
「あー、やっと気づいたー!」
「良かったー、俺ら無視されてんのかと思ったよー。」
「…いや無視なんかでは、決して…あの、すみません何かご要ですか?」
前世の記憶でも、こーいった大勢に囲まれる事が無かった拓美は、何故クラスメイトが自分の周りに集まっているか分からず、突然の事態に驚き身構えながら質問を返した。
「えー、敬語なんてやめてよー! うちら同い年なんだしさー」
「そうそう!」
「じ、自分は、その…こういった言葉遣いなので、そこはどうかお気になさらずと申しますか…」
ここでも、指摘される自身の言葉遣いに必死にそう返す拓美であったが、しかしその返答もかえって火に油を注ぐ事態になってしまった。
「今度は、自分? え? キャラじゃなくて、ガチで言ってる?」
群衆を掻き分ける様に踊り出た1人の女子生徒がそう言ってきた。
派手なメイクに派手な髪型で金髪のその生徒は、その見た目も相まって一際目立っていた。
「はい、まあ…そうですが?」
「アッハッハ、マヂか!? チョー受けるんだけど?」
「ちょっと真弓、止めなよー?」
そう、止めに入った同じような派手めの女子生徒も一緒に笑いだす始末で、拓美はその現在の状況に対して、だんだん苛立たしさをつのらせていった。
前世の、今となりの席で、ひたすら我関せずを貫いている大和田拓海だった頃ならそれを笑って済ませる事が出来た。
しかし藤代拓美となった今では、彼女の意思を引き継いでここにいる自分にとって、自分ではなく彼女が笑い者されているようでそれがどうにも腹立たしかった。
「あの、本当になんなんですか?」
「あ、何? 怒ったの?」
若干、突っかかるように言い放った拓美に対し、先程の女子生徒はニラミを効かせてくる。
それに対し、正面から見据える拓美であったが、その鋭い目付きも相まって、期せずとも互いに睨みあってるような構図が出来上がってしまっていたのだった。
(おいおい、頼むからそーいうのは他所でやっくれよ)
と、隣の席の大和田拓海は、顔をふせ必死に寝た振りを決め込み、自身が巻き込まれないようひたすら祈る。
…そして、ただ拓美と話してみたくて集まっただけの他の生徒達は、完全に場の空気にのまれて、ただ二人の様子を見守るという状況になっていて、クラス内は現在どこか異様な空気に包まれていた。
●
(クソ、なんなんだこの女。…真弓? 待てよ、真弓っつったか? さっき?)
ふと、他の生徒からそう呼ばれていた彼女の名前に引っ掛かりを覚え、拓美は前世の記憶を掘り起こす。
前世、かつて大和田拓海だった頃に、何故かやたらと絡んできたクラス内の中心人物の里中真弓。
1人でいたくて1人が好きだった自分に、何故かしょっちゅう絡んできて拓海の反応を見ては、笑って自分だけが楽しそうにしていた女子がいた事を思い出す。
「いえ、すみません。 怒った訳ではないですよ。」
かつて学生時代の大和田拓海だった頃は、まだ社会の波に揉まれておらず、人並みに自分の感情を出す事もあった。
そして、たまに出すその反応が真弓をかえって刺激していたんだな…と、前世で大人になってから振り返っていた事を思い出した拓美は、そう返したのだった。
「…チッ、つまんねー。」
「あ、真弓?」
冷静に対処した拓美に興を削がれたのか、里中真弓は去っていき、その後ろを彼女の取り巻き達が追っかけていった。
(…二回目の人生でも、絡まれるのは勘弁だからな)
去っていく、彼女の後ろ姿を見ながら拓美はホッと胸を撫で下ろす。
そんな拓美の元へ、今まで様子を見守っていたクラスメイトが一気に押し寄せてきた。
「凄い! あの里中さん相手に!」
「かっけー、藤代さん」
と、クラス内で目立つ存在だった里中真弓に対して、怒りつつも冷静に対処してみせた拓美へと賛辞の声があがる。
「チッ…」
その光景を、廊下側の自身の席に座り見ていた里中真弓は軽く舌打ちをし、彼女の取り巻きもまた、睨むようにその様子を伺っていたのだった。
しかし、安堵するのもつかの間、またも人垣に囲まれてしまった拓海は、やはり根っからの陰キャであり、こと対人関係に至ってはド下手くその彼女にとって、現在のその状況はあまりにも苦痛であった。
…だからなのか?
「ちょっと、良い? 話がある。」
「えっ」
隣で寝た振りをかましていた大和田拓海の手を掴みその場から逃れようとしたのは。
それを見てさらにざわめき出すクラスメイトや、自身が女であり、掴んだのは男子の手だということも忘れて…。
「は? …あいつ、何で大和田を?」
そして、その光景を見て彼女を睨みつける真弓がいた事も知らず、藤代拓美はそのまま教室を抜け出していった。