もう12月か……1年って本当に早いですね
パルデア最高峰の光景を脳裏に刻んだジン達は、その後、ナッペ山を下山した。途中、エクスプローラーズの襲撃なども警戒していたのだが、何一つ事件が起こる事なく無事にテーブルシティへと帰還する事に成功する。
「しかし、相変わらず長い階段だな……」
「本当だね……」
ジン達はオレンジアカデミーへと向かう為に例の地獄の階段を一段一段登っている。以前にも思った事だが、本当に長い階段である。一流のトレーナーを育て上げる為に、スタミナ強化を兼ねて敢えて長くしているのではないかと疑わしくなる程だ。
「とうちゃーーく!」
「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ」
ジンとリコに続く形でロイとドットも階段を上り終えた。ドットは息を荒くしてはいるが、少しだけ休むと息を整える。その姿は以前と比べて余裕を感じさせた。どうやら、テラスタル研修を通して大きくスタミナをつけた様だ。マードックが見れば感涙する事、確実である。
「あっ!結構、集まってるよ」
オレンジアカデミーの正面口には、既に多くの研修生が集まっていた。その中には、顔見知りの顔もいくつか混じっており、ジンの姿を見た瞬間に4名の人物が近づいてきた。
「ジン!リコ!」
「「「ジン先生!」」」
セキエイ学園からの友人であるアン、そして交流戦の際にジンが相手を務めたルカ、ライ、ボッコの4名である。
「アン!」
「4人共、息災で何より。研修はどうだった?」
ジンが問いかけると、4人は同時に顔を合わせて笑顔となる。その表情から、テラスタル研修の結果がどうであったのかは明らかであった。
「そうか、4人共、受かったんだな?」
「うん!苦戦したけど何とかね!」
「私達もです!」
「全部、ジン先生が組んでくれたカリキュラムのお陰です!」
リコ達だけでなく教え子的な存在であった彼らまでテラスタル研修を合格していた事を知り、ジンは安堵する。特にボッコに関しては、かなり不安な要素が多いと思っていた為、尚更そう感じていた。
「合格おめでとう、全員、頑張ったな。誇らしいよ……リコ達も全員合格したし、文句なしの結果だな」
「リコ達も合格したんだ!おめでとう!」
「ありがとう!アンもおめでとう!」
親友同士であるリコとアンが互いに手を取り合って互いの合格を喜びあっていると、その横を通り抜けたボッコが両手でジンの右手を包み込んだ。
「私、ジン先生の教えがなかったら、絶対に不合格でした!本当にありがとうございます!」
ボッコは少し興奮している様子で頬が少し赤く染まり、目からは今にも涙が零れ落ちそうになっている。そんな教え子の姿を見たジンは微笑ましく感じたのか優しそうな笑みを浮かべ、彼女の頭をゆっくりと撫で始めた。
「自分の事を過小評価しすぎだな。俺は少しだけ背中を押しただけで合格できたのは君自身の努力の結果だ。もっと自分を誇っていいんだぞ?」
「ジン先生……先生!私、先生の事が!」
ボッコがその先のセリフを言おうとした瞬間、『しんそく』の如き速さで2つの影が迫り、左右から手を突き出し口を塞ぐ。
「むぐっ!?」
「はーい!そこまでね~」
「それ以上はよくないかな?」
ボッコの口を物理的に塞いだリコとアンはそのままジンと距離を取らせ校舎裏へと連れて行こうとする。突然の出来事にボッコの表情には恐怖の色が宿り、思わずジンとルカ、ライ、更にはロイとドットにまで助けを求める様に視線を送って来る。しかし、ロイ達はリコ達が発する怒りと嫉妬の籠ったオーラを前に完全にひるんで動けない。
「お、おい。2人共、何をして……」
「ジンはちょっと黙っててね。女の子同士で話し合いたい事があるだけだから」
「そうそう!前にも言ったでしょう?ガールズトークには男子は入れません!」
「…………よく分からないが、程々にしてやってくれよ」
「むぅっ!?」
こうなったリコとアンに逆らっても上手く立ち回る事が出来ないとセキエイ学園にいた頃にジンは学んでいた。心優しいリコ達であれば、それほど酷い事はしないだろうと高を括り、懸命に助けを求めるボッコの視線に気づかないふりを続けた。
「じ、ジン。これでいいのかな?」
「ロイ、覚えておけ……リコとアンは、意外と頑固だ。普段は割と従順だが、いざって時は俺が何を言っても言う事を聞いてはくれない」
「……つまり?」
「ああなった2人には逆らうなって事だよ。大丈夫、きっと酷い事にはならない……筈だ」
その数分後、リコ達と共にボッコが校舎裏から姿を現した。しかし、心なしか顔が青くなっている様に見える。
「あ~……ボッコ?」
「ひぃっ!先生、わ、私!先生の事、トレーナーとして凄く尊敬してます。で、でもそれだけ!本当にそれだけですから!」
「お、おう?」
「そ、それじゃあ失礼します!」
「ぼ、ボッコ~~!?」
「ま、待ってよ!」
それだけ言いの事すとボッコは、リコやアンから少しでも距離を取ろうとその場から走り出しルカとライもその後に続いた。
「……何の話をしたんだ?」
「知りたいの?」
「……いや、やめておく」
好奇心はあったが、これ以上は藪蛇だと経験則で察する。自分にしては珍しいとジンが自己分析していると正面入り口の扉が開き始める。全員の注目が、そちらに集めると入り口からこのオレンジアカデミーのバトル学担当であるキハダが姿を現した。
「オッス!研修生諸君、よく集まってくれた!早速だが、中庭で待っているので移動して欲しい!校長が待っているぞ!」
キハダの指示に従い、入り口の傍で待機していた研修生達は校舎に入り始めた。ジン達も少し、遅れてその後に続く。
「待った!君は私と一緒に来てくれ!」
「どうかしたんですか?」
「なに、軽い打ち合わせに参加して欲しいだけだ」
「打ち合わせ……例のバトルの件ですね?」
以前の交流戦の直後、ジンは内々にオモダカと連絡を取り、今から開かれるバトル大会のオープニングセレモニーでネモとのフルバトルをする事が決まっていた。その事から打ち合わせの内容に早々に見当がつく。
「そうだ!君の対戦相手の生徒会長も待っているから職員室に向かってくれ!」
「……分かりました。すまない、皆、先に行っていてくれ。打ち合わせが終わったら、様子を見に行く」
「うん!待ってるよ」
ジンとリコ達は一旦、その場を分かれてそれぞれの目的地へと向かって歩み始めた。この時のジンの心境だが、正直に申してしまえば、少しだけ不安な気持ちであった。
(ネモ……)
今から向かう職員室にはネモが待っている。ナッペ山でのバトル以来の再会となる訳だが、あの時は後味の悪い別れ方をしてしまったからだ。ネモの実力は認めていたが、ライバルと認識していなかった事などは事実である為、あの時の言動に後悔はない。
しかし、ネモはかなりショックを受けている様子だった。そこから、無事に立ち直る事が出来たのかは不明である。ジンとしてもネモには是非、立ち直ってアメジオに続く新たなライバルとなって欲しいと思っている。しかし、こればかりは彼女次第だ。
「着いたぞ!ここが職員室だ!」
そうこうしている内にあっという間に職員室へと到着した。キハダに続いて職員室に入ると、そこには他の教員の姿はなく、ただ一人ネモだけがおり、窓から外の景色を眺めていた。
「ネモ……」
「あっ……ジン!待ってたよ!」
声を掛けるとネモは振り返り、いつもの様に明るい笑顔を浮かべながら近づいて来る。ナッペ山で別れた時の絶望した表情とは比べ物にならないが、その様子は決して強がりには見えなかった。
「今、中庭で他の先生たちが大会の準備を行っている!準備が出来次第、君達の事を呼びに来るのでここで待っている様に!」
キハダはそう言い残すと他の教員達の手伝いをする為に職員室を後にした。その為、職員室にはジンとネモだけが残される。
「……思ったよりも元気そうだな?」
「ん?ひょっとして、まだ落ち込んでると思った?」
「まぁ……そうだったとしても仕方ないとは思っていたよ」
「あはは……確かにあの後は結構、落ち込んだけどさ」
ネモは頬を搔きながら苦笑する。態度にこそ出ていないが、やはりあの時の彼女の絶望はジンの想像よりも大きかったらしい。
「俺の言動に何か誤りがあったなら謝罪する」
「それは大丈夫……だって、ジンの言う通りなんだもん」
ただバトルを楽しんでいるだけ、勝ち負けに拘っていない、他者からの想いを背負っていない、故にバトルに重さがない。どれ1つとしてジンに指摘されるまで考えた事すらなかった事だ。
「あの後、流石に私も色々考えたよ……」
「そうか……それで?負けられない理由は何か見つかったのか?」
「正直に言うとね……まだちゃんとした答えは出てないんだ。私がバトルするのはやっぱり、バトルが大好きだから。多分、その事はこの先も一生変わらないと思う。だけどね?ジンに負けて、ライバルと認めてもらえなくて、それで1つだけ分かった事があるの」
「それは?」
「なりたいものになれない辛さ……かな?」
ネモの言葉はジンにとっても予想外の物だった。しかし、冷静に考えればネモはジンと同じ様に才能が有り、相応の努力はしたのだろうが、本人的には然程苦労する事もなくチャンピオンクラスへと駆け上がったのだ。本人の言う様になりたい物になれない辛さなど知る由もなかったのだろう。
「ジンに負けてライバルとして認めてもらえなくて、心が折れそうになった。あの時、初めて、今日のフルバトルが怖いって思う様になったの」
それはネモにとって初めての感情だった。大好きなバトル、今までであれば勝っても負けても得られる物があり、どんな結果になっても受け入れる事が出来ただろう。しかし、次も同じ様に負ければ今度こそライバルと認めてもらえなくなる。そう考えるだけでネモの心は押しつぶされそうになっていった。
「もしかしたら……私に今まで負けた人やバトルを挑んでも断った人達も似た様な気持ちだったのかな?って」
バトルを挑んでもなんだかんだ理由を付けて逃げる人を見ると、ネモは負けても得る物があるのだからすればいいと思っていた。しかし、敗北の恐怖を知った今ならば、彼らの気持ちも理解できる。この恐怖の前では逃げ出したくなるのも当然だ。そして、それが積み重なればポケモントレーナーとしての夢を諦めてしまう人がいるのも自然な流れと言えるだろう。
「なるほどな……では、もう一つ質問がある。君は逃げずにここに来た。その理由は?」
「……この子達のお陰だよ」
ネモはポケットに手を入れると、6つのモンスターボールを取り出し掌に乗せジンに見せつけて来る。
「あのバトルの後、ポケモンセンターにゲッコウガ連れて行った後もずっと落ち込んでた……だけど、この子達が私の傍にずっといれくれた」
ネモのポケモン達、特にジンとのバトルで敗北したパーモットとゲッコウガの2体は、自分達が負けた事でネモをこんなに苦しめているという罪悪感があったのかもしれない。しかし、それ以上に彼女のポケモン達は自分達の主人と認めたネモがこんな所で止まる事を許さなかった。
「私の事を信じてくれたこの子達の為にも、まだ終われない。私自身、ジンにライバルだって認めて欲しいから!だから……今日のバトル、絶対に負けたくない!」
ネモの瞳には今までと違い、バトルを楽しむだけでなく貪欲なまでに勝利を求める強い決意を感じさせた。恐らくではあるが、今のネモの強さは過去のデータと比べても数段上であるとジンは直感する。ネモはジンに2度負けているが、最初のバトルではジンをあと一歩の所まで追い詰めていた。少なくともポケモンの力に絶望的なまでの差はない。僅かな油断が命取りになる可能性は大いにあり得るのだ。
「……こんな答えじゃ駄目かな?」
「いいや?駄目なんて事はないさ」
少なくとも以前までのネモであれば、恐らく出ない答えだった。更に夢を諦めた人達の気持ちも理解し始めている。ナッペ山、以前と比べれば大きな成長と呼べるだろう。
「ネモ……嘗て俺の師匠がこんな事を言っていた……『どんなトレーナーであろうとも一度は敗北し、屈辱を味わった事がある。しかし、一流のトレーナーはあらゆる努力をし速やかに立ち上がろうとする。並みのトレーナーはそれが少しだけ遅い。そして、敗北者はいつまでもフィールドに横たわったままだ』……ってな」
「……それをジンの師匠が?」
「あぁ、あの言葉は正しかったと改めて理解した……ネモ、君と君のポケモン達は敗北しても尚、目に火を灯し立ち向かって来る。君は敗北者じゃない。一流のポケモントレーナーだ。君の過去のデータを基に、最高の6体を選出した。今日のフルバトル───全力で相手を務めさせてもらう」
自分自身の為、そして自分のポケモン達の強さを証明する為にネモは本気でジンに勝とうとしている。それは今までのバトルを楽しむ事だけを第一に考えていたネモに大きな変化を齎すだろう。
(面白くなりそうだな……)
ただでさえ強力な相手であったネモが、ジンに認めてもらう為、ポケモン達の誇りを守る為、本気で勝とうとしている。ジンが感じていたネモのトレーナーとしての唯一の欠点、それは勝利への執念だった。理由はどうあれ、その欠点を克服したネモは十分に脅威と言える。そんなトレーナーとフルバトルする事ができる、そう考えただけでジンは自然と笑みを浮かべていた。
「オッス!2人共、待たせたな!準備が完了したので付いてきて欲しい!」
話している内にいつの間にか時間が経っていたらしい。バトル大会の準備を終えたキハダが職員室の扉を開き、ジン達を呼びに戻ってきた様だ。ジンとネモは互いに視線を相手に合わせ、不敵な笑みを浮かべると同時に中庭に向けて歩み出した。
***
ジン達が職員室に向かっていた頃、中庭にはリコ達をはじめとしたテラスタル研修生達とこのオレンジアカデミーの教員達が集まっていた。
「皆さん、お疲れさまでした。応用テストに合格した皆さんには、後程、正式にテラスタルオーブが授与されます」
「やったぁ!」
校長のクラベルがそう言うと、テラスタル研修を合格した生徒達からは歓声が上がった。しかし、それとは対照的に一部の不合格した生徒達は顔を下に向け落ち込んだ様子を見せる。やはり、全ての生徒が合格とは行かなかった様である。
「研修生の皆さんが一緒に過ごせるのもこれが最後です。折角ですので、親睦を深めてもらおうと思います。その名も『研修生バトル大会』」
「「「わぁ~~~~~~!」」」
研修生達がバトル大会と聞き、テンションを上げる中、クラベルは詳しいルール説明を始めた。研修生同士よる1VS1のバトルで研修の合否に関わらずテラスタルの使用は自由との事。不合格であった生徒達も、もう一度、テラスタルが使用できると聞き、大いに喜んでいる。
「さて、早速、バトル大会を開催したいのですが……その前にオープニングセレモニーとして皆さんもご存じのジンさん、そしてこのオレンジアカデミーの生徒会長にしてチャンピオンクラスのトレーナーネモさんによるフルバトルを行って頂きます」
「ネモさんのフルバトル!?」
「相手は……あの時のトレーナーか!凄いバトルになりそうだな!」
最年少でチャンピオンランクになったネモ、以前の交流戦でその力を示したジンによるフルバトル。知名度で言えば比較にもならないが、ジンの実力は既にここにいる全員が認めている。そんな強者同士のフルバトルと聞いて興味を持たないトレーナーはその場には1人もいなかった。
「そろそろの筈ですが……おや、来たようですね」
クラベルが校舎へと視線を向けると、迎えに行ったキハダと共にジンとネモの両名が中庭へと入って来た。多くの生徒達が好奇の視線を向ける中、ナッペ山での出来事を知っているリコは少々、心配そうな視線で2人を見つめている。
(よかった……大丈夫みたい)
しかし、リコの心配とは裏腹に、こちらに向かって来るジンとネモからは険悪な様子は見られない。詳しい事情は分からなかったが、2人が何らかの形で和解できたのだろうと思ったリコは安堵の息を吐く。そんなリコの心配など知らない2人それぞれのトレーナーゾーンに入ると向かい合う。
「もはや言葉は不要だ……さっさと始めようか?」
「うん。語り合うのはポケモンバトルでだよね!」
ジンとネモは同時に不敵な笑みを浮かべると審判ゾーンに入ったクラベル校長の合図もなくそれぞれモンスタボールを取り出し構えていた。
「ちょっ!?お待ちください!ルールはポケモンの入れ替え自由のフルバトル、相手のポケモンが全て戦闘不能になったらバトル終了です。宜しいですか?」
慌ててルール説明をしたクラベルはジンとネモの両名に確認を取る。両者は同時に頷く事で同意を示すが、その表情からは早くバトルを始めてくれという意志が強く伝わって来ていた。その様子を見たクラベルは小さくため息をつくとバトルの開始を宣言し始める。
「……それではこれより、ジンVSネモのフルバトルを始めます!両者、同時にポケモンを出してください!」
初めてパルデア地方で出会った頃より、両者が待ち焦がれていたジンとネモのフルバトル。それが今、幕を開けようとしていた。
ジンの師匠の言葉はゲーム、アニポケなどではありません。作者の個人的に好きな名言を書いちゃいました。
次回からはジンとネモのフルバトルを書いて、それが終わり次第、リコのバトルも書こうと思ってます。ただ、12月って色々と忙しくなるのでまた更新頻度は落ちるかもしれないです……
☆9
おなひなやさん
高評価ありがとうございます
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