ポケットモンスター 新たなる冒険   作:malco

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新章の情報出ましたね。取り合えず、リコ達の続投には安心しました。しかも、ミライドンにコライドン、オーガポンとかゲームに出て来るポケモン達が登場しそう。アオハルがトレーナーとして出るのかなどでリコロイの世界がゲームと同じなのかなど色々、判明するかもしれないです。




変わる関係

 

 研修生バトル大会初戦。リコVSアンは引き分けという形で幕を閉じた。

 

 勝敗こそつかなかったが、その激しいバトルを目の当たりにした観客達は惜しみない拍手を2人へと送った。既にリコとアンはその場を後にしており、現在、中庭に作られた2つのバトルフィールドではそれぞれ別のトレーナー達がバトルを行っている。

 

「アチゲータ!『じだんだ』!」

「ヒヒダルマ!『アームハンマー』で撃ち落とせ!」

 

 アチゲータがその場で足踏みを繰り返し、弾き飛ばされた岩の塊をヒヒダルマが白く光る剛腕で豪快に砕く。効果抜群などお構いなしのパワー戦法だが、性に合っているのかトレーナーのライ、そして相棒のヒヒダルマは実に楽しそうにバトルを行っている。

 

「ウェルカモ!『みずでっぽう』!」

「スワンナ!『エアスラッシュ』!」

 

 更にもう1つのバトルフィールドでは、ウェルカモが上空に向けて勢いのある水流を放ち、スワンナは両翼を羽ばたかせる事で三日月型の斬撃を撃ち出す事で相殺している。

 

(…‥4人共、悪くない仕上がりだな)

 

 第2試合、第3試合は同時に行われ、ロイVSライ、そしてドットVSボッコの対戦カードである。見事なまでにジンと繋がりのあるメンバー達であり、どことなく似ている人物同士のバトルだ。

 

(この組み合わせ……ひょっとしてわざとか?)

 

 ロイとドット、そして前回の交流戦を通じてライ・ボッコ・ルカの3名がジンから指導を受けた事はこの学園の教師陣は全員、知っている。その上でわざとぶつけ合わせる事で更なる成長を目論んだ可能性は大いに考えられる。

 

(まぁ、それならそれでいい。中々、興味深いバトルになりそうだ)

 

 アチゲータ、ウェルカモの実力やデータは十分に理解している。しかし、交流戦以降に進化したと思われるライのヒヒダルマとボッコのスワンナについては、もう少しバトルを見てみたいのが本音である。

 

(しかし……リコとアンはどうしたんだ?)

 

 第1試合の2人のバトルと比べてしまうと少々、地味ではあったが、それでも各々の長所を生かしたバトルが展開されている。リコやアンにとってはこれらのバトルを見るだけでもとても参考になる筈だ。

 

(……まぁ、いい。録画したのを後で見せればいいか)

 

 

 

***

 

 

 

 中庭の喧騒から少し離れた、校舎裏の通路。先程までの激戦が嘘のように、そこには静かな空気が流れていた。

 

「……はぁ……」

 

 壁に背を預け、リコはゆっくりと息を吐く。全身に残る疲労が、ようやく実感として押し寄せてきていた。

 

「ほんと……楽しいバトルだったね」

 

 隣に並ぶアンも、小さく笑いながらそう呟く。手にはモンスターボールが握られていた。

 

「……うん。正直、途中で何回も負けたと思った」

「え、私もだけど?」

 

 思わず顔を見合わせて、二人は同時に吹き出す。一瞬の沈黙。だがそれは気まずいものではなく――どこか心地のいいものだった。

 

「最後のあれ……テラスタル。やっぱり切り札って感じだったね」

「……ダイケンキの方も、すごかったよ」

 

 リコの視線が、アンの持つダイケンキの入ったモンスターボールへと向く。

 

「あれ、『エナジーチャージ』でしょ?」

「うん。ジンがやってたのを真似したんだ……と言ってもまだ、2回しか成功した事ないんだけどね」

「えっ──そうだったの!?」

「うん。さっきのバトルとコルサさんの応用テストの時の2回だけ。それ以外は、全部失敗。ふふっ……私達、本番に強いタイプみたい!」

 

 アンは笑顔を浮かべながら、持っていたモンスターボールを大切そうにゆっくりと撫でて行く。

 

「あっ──そういえば、ダイケンキの『エナジーチャージ』を見た時のコルサさんの反応、凄かったんだよ?『アヴァンギャルド!この研修はどこまで私の感性を刺激するのだ~~~!』とか叫んでさ~バトルの後、スケッチしたいからもう一度見せてくれ~ってしつこかったんだから」

「あははっ!コルサさんらしいね」

 

 ジムリーダー兼芸術家であるコルサらしい反応であり、リコの脳裏にもその姿は簡単に思い浮かんだ。思い出し笑いのように、二人の間にもう一度だけ小さな笑いが零れる。

 

「……ねぇ、リコ?」

 

 暫くすると、アンがぽつりと呟く。先程までとは違う、どこか迷いを含んだ声だった。

 

「前にさ……2人だけで話したいって、言ったの覚えてる?」

 

 リコの表情が、僅かに引き締まる。

 

「……うん。覚えてるよ」

 

 短く答えながらも、自然と姿勢が正される。アンは一度だけ視線を落とし――そして、ゆっくりと顔を上げた。

 

「私ね――」

 

 呼吸を整えるように、静かに息を吸う。

 

「ジンのこと、好きになった」

 

 その言葉は、驚くほど真っ直ぐだった。飾りも、誤魔化しもない。ただ、事実だけを置くような言い方。静まり返った通路に、その一言が静かに響く。

 

 リコはすぐには答えなかった。驚きがないわけじゃない。けれど――その言葉は、どこかで予想していたものでもあった。視線を落とし、ほんの一瞬だけ目を閉じる。思い返せば、心当たりはいくつもあった。ジンの話をする時のアンの表情。何気ないやり取りの中で、ふとした瞬間に見せる視線。

 

 そして――さっきのバトルで感じた、あの熱。

 

「……そっか」

 

 リコの声は、驚くほど静かだった。ゆっくりと顔を上げ、真っすぐにアンを見る。

 

「なんとなく……そんな気はしてた」

 

 その言葉に、アンがわずかに目を見開く。

 

「……気づいてたの?」

「うん。はっきりじゃないけど……アン、分かりやすい時あるから」

「えっ、それどういう意味!?」

 

 一瞬だけ、空気が緩む。しかし、その軽さも長くは続かない。リコは小さく息を吐き、視線を少しだけ逸らした。

 

「……でも、やっぱり、ちゃんと聞くと……ちょっと、くるね」

 

 正直な言葉だった。隠さない。でも、崩れもしない。アンはその言葉を受け止め、何も言わずに少しだけ視線を落とす。

 

「……ごめん」

 

 静かに零れる謝罪。

 

 けれど――

 

「ううん。謝らなくていいよ。だって……好きになるのって、止められるものじゃないでしょ?」

 

 自分でも、よく分かっているからこその言葉。アンは一瞬だけ言葉を失い――そして、小さく笑った。

 

「……ほんと、強いよねリコって」

「強くないよ。ただ……逃げたくないだけ」

 

 静かな声だった。けれど、その中にある芯は揺らがない。リコはもう一度、アンを真っすぐ見た。

 

「アンはどうしたいの?」

 

 問いかけ。責めるでもなく、試すでもなく――ただ、確かめる為の言葉だ。

 

 アンは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。言葉にする覚悟は、もう決めていた筈だった。それでも――胸の奥で何かが引っかかる。言ってしまえば、戻れなくなる。今までと同じ親友という関係ではいられなくなるかもしれない。

 

 それでも……

 

「……リコとジンがどういう関係かちゃんと分かってる」

 

 自分の言葉で、改めてそれをなぞる。目の前にいる親友と、その隣にいる筈の存在。ずっと見てきた光景。嘗てはそうなる事を望んでいた筈の関係。

 

 ――それでも。

 

「だから、本当は……こんなこと言う資格ないって思ってる」

 

 苦笑が、僅かに混じる。自分でも分かっている。これは、褒められた感情じゃない。けれど――あの日のバトル。圧倒的な強さ。迷いのない背中。そして、何気ない優しさ。頭を撫でられた、あの一瞬。胸の奥に残った熱は、もう誤魔化せなかった。

 

「でもさ」

 

 アンはゆっくりと顔を上げる。逃げる事は、選ばなかった。

 

「それでも、好きなんだ」

 

 真っ直ぐな言葉だった。綺麗じゃない。けれど、嘘もない。通路の静けさが、やけに強く感じられる。

 

「……だから」

 

 ほんの少しだけ、声が揺れる。それでも、最後まで言い切る。

 

「ジンの傍にいられるなら……それだけでもいいって、思っちゃった」

 

 その言葉は軽くはなかった。むしろ――静かに、重く沈んでいくような響きだった。

 

「…………」

 

 リコは、すぐには言葉を返さなかった。アンの言葉を、静かに受け止める。胸の奥が、じわりと熱を帯びる。

 

(――嫌だ)

 

 その感情は、驚くほどはっきりしていた。渡したくない。手放したくない。けれど同時に――目の前にいるアンの想いが、軽いものじゃないことも分かってしまう。

 

「……そっか」

 

 ゆっくりと息を吐く。声は、思っていたよりも落ち着いていた。リコは一歩だけ、アンに近づく。逃げるためではなく、きちんと向き合うために。

 

「アンの気持ち、分かったよ」

 

 否定はしない。その一言に、アンがわずかに目を見開く。

 

 けれど――

 

 次の言葉で、空気が変わる。

 

「でも……ジンの事は、譲れない」

 

 静かな声。なのに、はっきりとした圧がある。強く言った訳じゃない。それでも、その一言だけで十分だった。

 

「だって……私は、ジンの事が大好きだから」

 

 真っ直ぐな言葉。迷いも、躊躇いもない。アンは、その言葉を受け止めて――小さく息を吐く。

 

「……うん。やっぱり、そうだよね」

 

 悔しさはある。でも、それ以上に納得している表情だった。リコは、その様子を見て――ほんの少しだけ表情を緩める。

 

「でもさ、アンの事も大事だよ。だから……ちゃんと、こうやって話してくれて嬉しかった」

 

 その一言に、アンの目がわずかに揺れリコは、少しだけ苦笑する。

 

「……正直、全然平気ってわけじゃないけど」

 

 小さく本音を零す。それでも、顔を上げる。

 

「それでも、アンとちゃんと向き合いたい」

 

 逃げない選択。アンは、暫く何も言わなかったが、やがて決心がついた様子を見せ始める。

 

「……うん。私も、逃げないよ」

 

 アンはそう言い切ると、ゆっくりと息を吐いた。

 

 胸の奥にあった迷いが、ほんの少しだけ軽くなった気がする。重く沈んでいた何かが、形を持って外に出た――そんな感覚だった。

 

 しかし、終わった訳けじゃない。むしろ、ここからだ。言葉にした以上、もう引き返せない。ここから先は、全部自分で選んで、全部自分で受け止めるしかない。

 

「……じゃあさ」

 

 アンが、少しだけ視線を横に向ける。中庭の方角。遠くから、まだバトルの歓声が聞こえてくる。さっきまで自分たちがいた場所。熱も、音も、全部そこに残っている。

 

「このまま、終わりって訳にはいかないよね」

 

 その言葉には、どこか自分を奮い立たせるような響きがあった。

 

「…………」

 

 リコは何も言わない。しかし、小さく頷いた。アンが何をしようとしているのかは分かっている。そして、それを止めないという選択を、自分がした事も。

 

 胸の奥が、わずかに軋む。行かせたくない、という感情がない訳じゃない。けれど――それでも目を逸らさないと決めたのは、自分だ。

 

「ふぅ……」

 

 アンは深呼吸すると一歩、踏み出す。その足取りは決して軽くない。しかし、迷いは、もうなかった。

 

「……ジンに、ちゃんと伝える」

 

 その背中を、リコは静かに見つめる。引き止めない。指先が、僅かに震え、それでも、ぎゅっと握りしめて抑え込む。

 

「……うん」

 

 その一言に込めたのは、許可でも応援でもない。ただ――覚悟を決めた者同士の、静かな合図だった。

 

 

 

***

 

 

 

 中庭へ戻ると、ちょうどジンが他のバトルを見ているところだった。観客の歓声と、技がぶつかり合う音。熱気に満ちたその空間は、つい先程まで自分たちがいた静けさとは対照的だった。

 

 観客席の中心でジンは腕を組み、フィールドを見つめている。視線は鋭く、周囲の喧騒など意に介していないようだった。

 

 その姿を見た瞬間、アンの胸の奥が、僅かに高鳴る。

 

 

「ジン!」

 

 アンの声に、ジンが振り返る。不意に呼ばれたにも関わらず、その反応は速い。視線がこちらを捉えた瞬間、僅かに表情が緩む。

 

 だが――

 

「……アン?どうした――」

 

 言いかけて、その表情が、さっきまでと違う事に気付く。いつもの明るさとは違う。冗談でも、軽口でもない。真っ直ぐで、逃げ場のない眼差し。二人の間にどこか張り詰めた空気が流れる。

 

「……何かあったか?」

 

 女性関連については鈍感なジンだが、空気を読むのは早い。軽い調子ではなく、少しだけ真面目な声になる。周囲のざわめきが、遠くに引いていくような感覚。

 

 アンは、その視線をまっすぐ受け止める。逃げない。逸らさない。さっき、決めたばかりの事をそのまま形にする。

 

「ジン」

 

 アンは一歩、踏み込み距離が、ほんの少しだけ縮まる。

 

「私、ジンの事が――」

「「「「…………」」」」

 

 不意に、周囲の空気が止まった。気付けば、近くでバトルを観戦していた生徒達の視線が、一斉にこちらへと向けられている。歓声も、ざわめきも、どこか遠くに引いていくような感覚だった。

 

「……っ!?」

 

 アンの頬が、一気に赤く染まる。今、自分が何を言おうとしていたのか。それを、この場にいる全員に聞かれようとしていた事実に、遅れて気付いた。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

 慌てたように声を上げると、アンは咄嗟にジンの腕を掴む。

 

「お、おい!アン!?」

 

 突然の行動に、ジンが戸惑いの声を上げる。その隣にいたリコも、一瞬遅れて状況を理解するが――

 

「リコも来て!」

「えっ!?」

 

 アンは有無を言わさず、もう片方の手でリコの手首を引く。

 

「こ、こっち!」

 

 半ば逃げるように、三人はその場から離れていった。残された生徒達の間に、数秒の沈黙が訪れる。

 

「……今の、もしかして」

「告白しかけてたよな?」

「あの人、生徒会長の事も抱きしめてたよな?」

「修羅場じゃん……」

 

 ひそひそとした声が、遅れて広がっていく。だが、その中心人物達は、既に、中庭の喧騒から離れ先程と同じ通路へと戻る。

 

「はぁっ……はぁ……」

 

 アンはようやく足を止め、その場で軽く肩で息をする。顔の熱が、まだ引かない。

 

「何やってんだお前は……」

 

 ジンが呆れた様に眉をひそめる。だが、その声には強い非難の色はない。

 

「だ、だって……あんなとこで言えるわけないでしょ!」

 

 アンは振り返り、半ば逆ギレのように言い返す。その頬はまだ赤いままだ。

 

「それなら最初から場所選んでくれ……」

「うぅ……それはそうだけど……」

 

 ぐうの音も出ないのか、アンは視線を逸らす。そのやり取りを、リコは少しだけ後ろから静かに見ていた。

 

 先程と同じ場所。同じ三人。けれど、さっきとは、もう空気が違う。アンは一度だけ深く息を吸い込む。今度こそ、逃げない。視線を上げ、ジンをまっすぐ捉える。

 

「……ジン」

 

 呼びかける声は、先程よりもずっと落ち着いていた。ジンもまた、その変化に気付いた様で茶化す様な真似はしない。

 

「……さっきの続き、いい?」

「あぁ」

 

 短く返すが、それで十分だった。アンは、ゆっくりと一歩踏み出す。距離はさっきと同じ。けれど、覚悟はもう揺らがない。

 

「私、ジンの事が好き」

 

 今度は、最後まで言い切った。その言葉は、静かな空間に真っ直ぐ落ちる。流石のジンは、一瞬だけ目を見開き思考が、僅かに止まってしまう。

 

(……本気、か)

 

 軽い冗談や、勢いで出た言葉じゃない。視線も、声も、全部がそれを物語っていた。だからこそ。胸の奥に、僅かに熱が灯る。

 

(嬉しくない……訳じゃないが)

 

 好意を向けられて、何も感じない程、ジンも鈍くはない。寧ろアンの実力も努力も、ここまでの成長も知っているからこそ、その想いの重さも理解できてしまう。

 

(……どうする?)

 

 アンの事は決して嫌いではない。寧ろ、彼女の明るく優しい人柄には好感を持っており、バトルの実力や努力家な面も好ましいと思っている。

 

(うっ……)

 

 視線が、思わず揺れる。潤んだ瞳、ほんのりと赤く染まった頬、まっすぐな眼差し。そんな顔をされて、何も感じないでいられるほど、ジンは出来た人間ではない。

 

 咄嗟に抱きしめてしまいたい――そんな衝動が、確かに胸の奥から込み上げる。

 

 だが、その瞬間。背中に、ひやりとした視線を感じた。その気配が、熱を帯びかけた思考を一気に冷ます。

 

(い、いやいや!流石に駄目だよな)

 

 思考が冷静になり、短く自分に言い聞かせる。ゆっくりと息を整え、揺らぎを押し込める。そして、ジンは、改めてアンへと視線を向けた。

 

「……アン。気持ちは凄く嬉しい。本当だ。だが――」

「あ、待って待って。ジンは答えなくていいよ?」

「「えっ?」」

 

 間髪入れずに、アンが手を軽く振って遮る。予想外の言葉だった。ジンは言いかけた言葉を止めたまま、僅かに目を見開く。後ろにいたリコも、思わず声を漏らし、視線をアンへと向けた。

 

「だって、ジンはリコとずっと付き合ってるんだもん。告白しても駄目な事くらい最初から分かってるよ」

「そ、そうか……」

 

 ジンは僅かに言葉を詰まらせながら、短く返す。本来なら、ここで自分が答えを出す筈だったのだが、その役目を、アンが先に終わらせてしまったのだ。拍子抜けした、というより――覚悟の方向を外されたような感覚だった。

 

「…………」

 

 その様子を見ていたリコは何も言わない。ただ、静かにアンを見ていた。その視線には、驚きと、理解と、ほんの少しの複雑な感情が混ざっている。

 

「だけどさ……その代わりにお願いしたい事があるの」

 

 そう言って、アンは一度だけゆっくりと息を吸い込む。さっきまで頬に残っていた熱は、まだ完全には引いていない。けれど、その瞳に宿る色は、もう揺れていなかった。

 

「私を――正式にジンの弟子として認めて欲しい」

 

 アンは決意の籠った表情でそう、はっきりと言い切った。その予想外の申し出にジンは一瞬、声を失う。

 

「…………は?」

 

 無論、アンを弟子にする事に特に抵抗はない。リコやロイの様に正式に弟子にした訳ではないが、セキエイ学園にいた頃からジンは既にアンを弟子と同等に考えていた。正直、告白の直後に来る言葉としては、あまりに予想外な内容である。

 

「いや、弟子にする事は勿論構わないが……」

 

 言いかけて、ジンは言葉を止める。違和感が、拭えなかった。告白の直後に、弟子入り志願。普通なら流れとして繋がらない。

 

(……どういうつもりだ?)

 

 アンにふざけている様子はない。むしろ、さっき以上に真剣だ。だからこそ、告白をした上で、その答えを求めず、距離を縮める選択をする理由が分からない。気持ちを断たれる事は分かっている筈なのに、敢えて近くに来ようとしている。

 

「……理由を聞いても構わないか?」

「ポケモンリーグで活躍するって夢を叶える為に、もっと強くなりたい……リコみたいに恋人じゃなくてもいいからジンの傍にいたいの」

 

 言い切った後も、アンは視線を逸らさなかった。その言葉に偽りがない事を、何よりも自分自身に証明するかの様に。

 

(なるほど……そういう事か)

 

 アンの申し出は、ただの弟子入り志願じゃない。このまま受け入れれば、指導する時間も、共に過ごす時間も必然増える。つまり――距離が縮まる。恋人としてではなく、別の形で。断られる事を前提にした上で、それでも傍にいる道を選んだという事だ。

 

(これは……参ったな)

 

 アンの狙いに気が付いた今、断るのが正しい選択と言えるだろう。

 

 しかし――

 

(……アンはまだまだ強くなれる)

 

 思い浮かぶのは先程のリコとのバトルだ。進化したばかりのダイケンキの特徴を理解し、三刀流という唯一無二とも呼べるバトルスタイルを構築していた。まだまだ無駄も多いがジンの指導が加われば、もっと強くなれるという確信がある。

 

(ここで手放してしまうのは、あまりにも惜しい……それに……)

 

 それだけではない。ここまで言い切ったアンの覚悟を、無下にする事も出来なかった。告白の直後に、自分から答えを断ち切り、なお別の形で傍にいようとする選択をした。

 

 その決意を、真正面から受け止めた上で突き放す。それは、あまりにも酷だ。ただでさえ、一度は想いを押し殺している。その上で差し出された手を、さらに振り払う事になる。

 

 それでは――

 

(これ以上、恥をかかせる事になる)

 

「はぁ……」

 

 その結論に辿り着いた瞬間、ジンの背後にいたリコは小さなため息をつく。今の状況、そしてジンの葛藤など全てを見抜いている様だ。

 

(これはジンの負けかな……)

 

 健気で真摯な想いを聞かされ、それを完全に無碍に出来る程、ジンは女性――特に自分に好意を寄せている相手に残酷になる事は出来ない。その事を彼女は誰よりも理解していたからだ。

 

「……分かった。俺の負けだ。弟子入りを認める」

「本当!?」

「ただし」

 

 ジンが一言、差し挟む。その声色に、アンの動きがぴたりと止まる。

 

「今まで通り、友人。そして新しく師匠と弟子という関係が追加されるが、お前が望んでる様な関係になる保証はないぞ?」

 

 逃げ道を作らない、はっきりとした線引きだった。というより、ここをしっかりしておかなければ背後にいる恋人に何を言われるか分からない。

 

「うん。分かってる」

 

 あっさりと頷く。その迷いのなさに、ジンは僅かに眉を動かす。

 

「……本当にそれでもいいのか?」

「うん!近くにいられて……ジンのトレーナーとしての期待に応えられたら、それでいいよ!」

「……俺から言っておいて、あれなんだが、そんな都合のいい女みたいな扱いでいいのか?」

 

 思わず、ジンは問い返す。アンは一瞬だけきょとんとした顔をしてすっと、一歩近づいた。距離が、急に縮まり、そのままジンの耳元に顔を寄せる。

 

「――大丈夫だよ」

 

 リコには聞こえない音量で小さく囁く。

 

「リコにはちゃんと気を遣うつもりだけど……徐々に都合の悪い女になる予定だから」

 

 くすっと、イタズラっぽく笑う。その表情が、ほんの一瞬だけ間近で見える。したたかさを感じるが、ほんのりと赤く染まった表情にジンは思わず見惚れて、言葉を失ってしまう。

 

「ねぇ!正式に弟子入りするなら、やっぱり近くにいた方がいいよね?」

「えっ?あ~……そうだな」

 

 弟子として指導をする以上、リモートよりも実際に近くにいた方が指導しやすいのは確かである。ダイケンキの三刀流、水タイプ版『エナジーチャージ』、サンドやヘラクロスの強化を確実にするのであれば、直接指導が好ましい。

 

「私もライジングボルテッカーズに入れてもらえるかな?2人共、その辺りどうなの?」

「え、えっと……確か来る者は拒まず、去る者は追わずって前にフリードが言ってたよ」

「やった!じゃあ、今すぐ、両親とセキエイ学園にリモート授業を受ける事伝えないと!あっ、旅の準備もしないと駄目じゃん。忙しくなりそう~!」

 

 アンはそう言いながら、くるりと踵を返す。その足取りは軽くまるで、さっきまでのやり取りが嘘の様だ。

 

「じゃあまた後でね!」

 

 軽く手を振り、そのまま小走りで去っていく。あっという間に、その姿は見えなくなり、その場にはジンとリコの2人だけが残された。

 

「……ねえ」

 

 アンを見送り、静寂が支配する中、先に口を開いたのは、リコだった。

 

「さっき、何て言われたの?」

 

 柔らかい声だった。しかし、その奥にははっきりとした探る意図がある事に気付き、ジンは一瞬だけ、言葉が詰まる。

 

『リコにはちゃんと気を遣うつもりだけど……徐々に都合の悪い女になる予定だから』

 

 先程のアンの囁きが、頭の中に蘇る。

 

(……あれは言えないな)

 

 ほんの僅かに視線を逸らし――すぐに戻す。

 

「……言い忘れていたんだが、リコに渡すつもりだった物があるんだ」

「……え?」

 

 ジンは唐突に話題を切り替え、リコが、きょとんとした顔をする。

 

「ロイ、ドットには内緒だぞ。リコにだけの特別なプレゼントだ」

「……急にどうしたの?」

 

 リコは少しだけ警戒したような声になる。ジンは肩をすくめ、笑顔を浮かべながら、出来るだけアンの事に触れられない様に慎重に言葉を選んでいく。

 

「テラスタル研修の合格祝いだよ。前々から考えていたんだが、テペンさんが偶然、目当ての品を手に入れてくれたんでな」

 

 厳密に言えば、冒険家として復帰を果たしたテペンの戦利品である。彼のランプラーとヒトツキが、其々シャンデラとギルガルドへと進化していなければ、それも手に入らなかったという苦労も鑑みると、少しばかり値が張ったが貴重な品物だ。チャンスを逃せば次、何時手に入るのか分からない事も考慮すればいい買い物だったと言えるだろう。それに──ボロボロになりながらも、その時の冒険譚を嘘偽りなく楽し気に語るテペンの嬉しそうな表情を見ていたら、それ位は支払っても惜しくないと思えたのだ。

 

「わ、私だけ……ふ、ふ~ん」

 

 僅かに声が上ずる。そっぽを向くように視線を逸らし、腕を組んだ。いかにも興味がなさそうな素振りだが、少しだけ、口元が緩んでいた。隠そうとしているのに、隠しきれていない。その証拠に頬にうっすらと赤みが差している。

 

 ジンは、その様子を見て――ほんの少しだけ、肩の力を抜いた。

 

(……助かったな)

 

 内心で、小さく息を吐く。完全に誤魔化せたとは思っていない。それでも、これ以上踏み込まれなかっただけで十分だった。

 

「大会が終わったらちゃんと渡すから、期待しておけ」

「う、うん!楽しみにしてるからね!」

 

 勢いよく返事をしたあと、リコは慌てて視線を逸らす。さっきまでの強がりはどこへやら、隠しきれない期待がそのまま表に出ていた。ジンはそれを見て、僅かに口元を緩める

 

「ジン!リコ!」

 

 その時、中庭からロイの声が響き、ドットと共にジン達の前に現れる。

 

「何やってんだよ。僕達のバトル終わっちゃったぞ」

 

 ドットの報告を受け、ジンとリコは顔を見合わせ、短く頷く。

 

「行こっか!」

「あぁ」

 

 いつもの様に並んで歩き出す。いつも通りの距離。その空気は先程と比べ、少しだけ柔らいでいた。

 





そんな訳で大幅に原作改変し、アンのライジングボルテッカーズ入りが決定した上にジンに正式に弟子入りを果たしました。彼女が今後、どうするのかは……書きながら考えて行こうかと思います

☆9
nassyuさん、テンカイザーさん、飲むタイプの点眼薬さん

高評価ありがとうございます

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