ポケットモンスター 新たなる冒険   作:malco

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今回から、レックウザ ライジング編です。なんとか新シリーズ前に投降できてよかった~


レックウザライジング
新たなる空へ


 

研修生バトル大会を終えた翌日、オレンジアカデミーの正門にはジン・リコ・ロイ・ドット──そして、新たにライジングボルテッカーズのメンバーへと加わったアンの4名が、この学園の歴史の教師であるレホールに呼び出され集まっていた。

 

「キタカミの里?」

「あぁ、我がオレンジアカデミーの林間学校が行われる山里だが、そこに今、テラパゴスについて研究しているブライアという教師がいてな。何か分かるかもしれない。訪ねてみるといい」

 

 残りの六英雄に関しては変わらず情報がないままだ。たった今、レホールによってもたらされた情報により、次の向かうべき場所が定まったと言えるだろう。

 

「情報感謝します。早速、調査に向かいますので謝礼については後日──」

「結構だ。礼には及ばない。私も興味があるからな」

「ふっ……分かりました。では、改めて感謝を」

 

 ジンがレホールに感謝の気持ちを伝えていると、突如、正門付近にいた生徒達が空に視線を向け騒ぎ始める。

 

「おい!あれ見ろよ!」

「飛行船だ!」

 

 生徒達が注目する上空、そこに現れたのは、一度は大破しながらもオリオの手によって復活を成し遂げたブレイブアサギ号だ。船はオレンジアカデミー上空まで来るとゆっくりと下降し、渡り廊下へと着陸していく。

 

「ブレイブアサギ号!」

「完全復活だな」

「あれがブレイブアサギ号……皆から聞いてはいたけど、思ってたよりも凄そうだね!」

「うん。後で船内を案内するね」

「お願い!今から楽しみ~!」

 

 昨日の微妙な雰囲気が噓だったかの様にリコとアンは笑顔で話している。その姿を見たジンは内心でほっと一息つくと、リコ達は我先にとブレイブアサギ号へと向かって走り始めた。

 

 ジンもレホールに別れを告げリコ達の後を追いブレイブアサギ号へと乗船する為、移動を開始した。

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 後方から聞こえた声にジンが振り返る。そこにいたのはネモとボタンだった。

 

「ネモ、ボタン」

「……やっほ」

 

 いつも通り気怠げに手を上げるボタン。しかし、その隣に立つネモの様子はどこかおかしかった。落ち着きなく視線を揺らし、頬もほんのり赤い。

 

「……?」

 

 ジンが首を傾げると、ボタンはやれやれと言いたげに肩を竦める。

 

「ほらネモ。せっかく呼び止めたんやから、ちゃんと言えば?」

「わ、分かってるって!」

 

 ネモは慌てた様に返事をするが、その後の言葉が続かない。気まずい沈黙が流れる。普段の彼女からは想像もできない反応に、ジンも何を言うべきか迷ってしまう。やがてネモは意を決した様に顔を上げた。

 

「……ま、また会おうね」

 

 真っ直ぐにジンを見つめる瞳。そこには強い闘志と、それ以外の感情が僅かに混ざっていた。

 

「今度は絶対に負けないから!」

 

 その瞬間、いつものネモらしい笑顔が戻る。ジンも小さく笑みを浮かべた。

 

「ふっ……あぁ、楽しみにしているよ」

「へへっ……!そうじゃなきゃ!」

 

 満足そうに笑うネモ。そんな彼女を見たボタンは、どこか呆れた様にため息を吐いた。

 

「はいはい。青春青春」

「ち、違うって!?」

 

 即座に顔を赤くするネモ。その反応にボタンは半笑いになり、ジンは小さく苦笑するのだった。ジンは二人に軽く手を振ると、そのままブレイブアサギ号へ向かって歩き出していく。

 

「それじゃ、また」

「うん!またねー!」

 

 ネモも最後まで笑顔で手を振り返す。

 

 やがてジンの姿が渡り廊下の奥へ消え、完全に見えなくなった瞬間──。

 

「~~~~っ!」

 

 ネモはその場で大きく息を吐くと、力が抜けた様に膝から崩れ落ちた。

 

「つ、疲れたぁ~~……!」

 

 顔は真っ赤。耳まで熱を帯びている。先程までの堂々とした様子はどこへやら、今の彼女は完全に限界を迎えていた。そんなネモを見下ろしながら、ボタンは呆れ半分、感心半分といった様子で口を開く。

 

「まぁ、ネモにしてはよく頑張った方じゃない?」

「だ、だってしょうがないじゃん……!なんかジン相手だと調子狂うんだもん……!」

「へぇ~?」

 

 滅多に見る事の出来ないネモの姿を見たボタンはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ始める。

 

「な、何その顔!?」

「別にー?」

 

 明らかに面白がっている。ネモはしばらく唸っていたが、やがて諦めた様に空を見上げた。

 

「……でも、次はちゃんと勝つ」

 

 その瞳には、先程までの照れとは違う強い光が宿っている。ボタンはそんな彼女を見て、小さく肩を竦めた。

 

「はいはい。バトルバカは通常運転っと」

 

ニヤニヤと笑うボタンに、ネモはむくれた様に頬を膨らませる。散々からかわれたせいか、耳まで赤くなっていた。

 

「むぅ……なんか余裕ぶってるけど、ボタンの方こそどうなのさ!」

「……は?」

 

 突然話を振られたボタンは怪訝そうに眉を寄せる。しかしネモは構わず、ずいっと距離を詰めた。

 

「だってボタン、ジンと話してる時だけちょっと雰囲気違うし!」

「何が?」

「なんかこう……特別って感じ!」

 

 ネモの言葉に、ボタンは一瞬だけ視線を逸らした。その反応を見逃さなかったネモは「やっぱり!」と声を上げる。

 

「気のせいやろ」

「絶対違う!」

 

 びしっと指を突き付けながらネモは言い放つ。

 

「ボタンだってジンのこと好きなんでしょ!?」

「ぶっ……!?」

 

 あまりにも直球な言葉だった。流石のボタンも不意を突かれたらしく、珍しく表情を崩して咳き込む。

 

「ちょ、ちょっと声大き……!」

「やっぱりそうなんだ!」

「……はぁ」

 

 観念した様にボタンは深くため息を吐いた。だが否定はしない。それどころか、僅かに赤くなった頬を誤魔化す様に前髪を弄りながら、小さく呟く。

 

「……まぁ、嫌いやないよ」

「ほらー!」

 

 ネモが勝ち誇った様に声を上げる。ボタンは鬱陶しそうに彼女を見た後、小さく肩を竦めた。

 

「でも、うちはあんたらとはちょっと違う」

「違う?」

 

 ボタンはふと視線をブレイブアサギ号の方へ向ける。既にジンの姿は見えない。けれど、その表情はどこか柔らかかった。

 

「うちは──ジンの相棒で“共犯者”やから」

「共犯者?」

「ジンってさ、普段は冷静ぶってるくせに、たまに無茶苦茶するやん?」

「……あー」

 

 思い当たる節があるのか、ネモは苦笑する。目的を果たす為なら自分を危険に晒す事を躊躇わない。あの落ち着いた態度の奥には、時折危うさすら感じる瞬間がある。ボタンはそんなジンの姿を思い浮かべる様に目を細めた。

 

「危なっかしくて放っとけへんし。それに……」

 

 一度言葉を区切る。そして少しだけ照れ臭そうに笑った。

 

「秘密共有してる感じ、嫌いやないんよ」

「っ〜〜〜!やっぱ好きじゃん!」

「うるさ!?」

 

 即座にボタンが顔を真っ赤にしながらツッコミを入れた。先程まで散々揶揄われていたネモは、ようやく反撃出来たと言わんばかりにニヤニヤと笑っている。

 

「さっきまで人のこと弄ってたくせに!」

「……ネモ、後で覚えとき」

 

 そう言いながらも、ボタンの表情はどこか楽しそうだった。

 

 

 

***

 

 

 

 ジンはリコ達に少し遅れてブレイブアサギ号に乗船する。

 

 甲板ではリコ達が自身のモンスターボールからポケモン達を出しており、アチゲータとリザードンが抱きしめあい、ラッキーとテブリムが笑顔で会話を繰り広げている。他のポケモン達も互いに久し振りの再会を喜んでいた。

 

 そんな中、リコのカルボウもまた緊張した様子で他のポケモン達の前へ歩み出ていた。

 

「カル……!」

 

 初めて出会う仲間達へ挨拶をしようとしているのだろう。

 

 しかし、その身体にはジンからリコへのプレゼントとして贈られたイワイノヨロイが装着されている。まだ慣れていないせいか、カルボウは鎧の重さにふらふらと身体を揺らしていた。

 

「だ、大丈夫?カルボウ」

「カル、カルッ!」

 

 心配そうに声を掛けるリコへ、カルボウは慌てて「問題ない」と言いたげに胸を張る。

 

 ――が。

 

 ぐらっ。

 

「あっ!?」

 

 次の瞬間、鎧の重みに引っ張られる様に体勢を崩しかけた。すると近くにいたアチゲータが慌てて支える。

 

「アチゲ!?」

「カルッ……!」

 

 支えられたカルボウは少し恥ずかしそうに炎を揺らした。そんな姿を見たポケモン達からはどこか微笑ましそうな鳴き声が上がる。

 

「ふふっ、カルボウも皆に挨拶したかったんだね」

「まだ鎧に慣れていないみたいだな。まぁ、進化するまで気長に待ってやれ」

 

 ジンがそう呟くと、カルボウは少し悔しそうに鎧を見下ろした。それでも再び姿勢を整えると、小さな身体で一生懸命胸を張る。

 

「カルッ!」

 

 その必死な姿に、甲板には自然と和やかな空気が広がるのだった。

 

「おかえり!」

「今日からまたよろしく」

 

 再会を喜んでいるのはポケモン達だけではない。甲板には既に他のメンバー達も集結しており、ジン達の帰還を笑顔で迎えていた。嘗て大破したブレイブアサギ号。しかし今こうして再び仲間達の声とポケモン達の鳴き声で賑わう光景を見ていると、まるで以前の日常が戻ってきたかの様だった。

 

「ジン達から話は聞いてるぞ。君がアンだな?俺はフリードだ。よろしくな!」

「はい!よろしくお願いします!」

「これからは仲間なんだ。敬語は使わなくていいぞ」

「そうなんだ!じゃあ、皆、よろしくね!」

 

 新たにメンバーへと加わったアンは持ち前のフレンドリーさを最大限に活用して、瞬く間に他のメンバー達とも打ち解けていく。

 

「わっ、モリーってお医者さんなんだ!すごーい!」

「ふふっ、大した事ないよ」

「オリオ!この飛行船って本当に直したの!?」

「当然!こう見えても凄腕なんだから!」

「マードックって料理が凄い上手なんでしょう?今度、教えてくれないかな?」

「おう!勿論、いいぞ!」

 

 目を輝かせながら次々と話しかけるアンに、メンバー達も自然と笑顔になる。そんな様子を少し離れた場所から見ていたリコは、どこか誇らしげに小さく胸を張っていた。

 

「アン、もう馴染んでるね」

「人懐っこい性格だからな」

 

 ジンの言葉通り、アンは誰とでも距離を縮めるのが上手い。初対面の相手ばかりだというのに、まるで以前からこの飛行船にいたかの様に溶け込んでいた。

 

「アンの部屋なんだが、今、空きは1部屋しかなくてな。ジン、悪いんだが、お前の栽培室を……」

「あぁ、大丈夫だ。分かってる」

 

 以前までジンが使用していた木の実を栽培していた部屋がある。船の大破と共に栽培していた木の実も燃え尽きてしまったが、この際、アンに部屋を譲ってしまうべきだろう。

 

「えっ!?で、でもそれってジンが使ってたんじゃ……!」

「気にするな。少し規模は小さくなるが俺の部屋でも木の実の栽培は出来るんだ」

「でも……」

「新入りを歓迎するのも先輩の役目だ。いいから使ってくれ」

 

 そう言って小さく笑うジンに、アンは一瞬きょとんとした後、嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「……ありがと、ジン!」

 

 その笑顔を見たリコもどこか安心した様に微笑む。ブレイブアサギ号の甲板には仲間達の笑い声が響いている。

 

 再び空を飛び始めたブレイブアサギ号。

 

 新たに加わった仲間。

 

 そして次なる目的地――キタカミの里。

 

 そこにはテラパゴスへ繋がる新たな手掛かりが待っているかもしれない。六英雄の謎。エクスプローラーズとの戦い。まだ見ぬ冒険。様々な想いを乗せながら、ブレイブアサギ号は再び大空へと羽ばたこうとしていた。

 

 

 

***

 

 

 

 ブレイブアサギ号が安定飛行へ移行した頃。アンはリコ達に連れられながら、興味津々といった様子で船内を見回していた。

 

「わぁ……!思ってたよりずっと広いんだね!」 

 

 キラキラと目を輝かせながら歩くアン。その姿はまるで新しい遊び場を見つけた子供の様だった。

 

 そんな彼女を見て、リコはどこか嬉しそうに微笑む。

 

「これからアンもここで一緒に暮らすんだよ」

「うん!なんかまだ実感ないかも!」

 

 アンはそう言いながら、忙しなく辺りを見回した。

 

 修復を終えたばかりの船内には、まだ新しい金属の匂いが微かに残っている。だがその中には確かに、ライジングボルテッカーズの日常の空気も戻ってきていた。

 

「ねぇねぇ!どこから見に行くの?」

「そうだな……俺達も船に変化があったのか確認しておきたいし、まずは、操舵室辺りから行ってみるか?」

「うん!皆、案内よろしくね!」

「まっかせて!新メンバーのアンの為にブレイブアサギ号船内ツアーに出発だ!」

 

 新たなるブレイブアサギ号に興味があるのはアンだけではない。ロイもまた彼女に負けず劣らず、好奇心に駆られている様だ。アンの為と銘打ってはいるが、何よりも自分自身が船を探索したいのだろう。

 

 先頭を行くロイに従い、ジン達は最初にブレイブアサギ号の操舵室へと訪れた。

 

「わっ、これ全部飛行船を動かしてる機械?」

 

 アンは壁際に取り付けられた配線や機械類へ目を向け、目を輝かせている。

 

「うん。ここが船の心臓?みたいな感じかな?」

「へぇ~~~!」

「でも……特に変化はなさそうだな」

 

 ドットが指摘した様に一見するとこの操舵室には、以前と比べて変化はない様に見える。部品などが諸々、新しくなってはいる様だが素人目で見るとその程度の違いしか感じ取る事は出来なかった。

 

「変化なし……本当にそう思うか?」

 

 操舵室の中央で舵を取っていたフリードは、まるでジン達を試すような口調でそう問いかけて来る。ジン達は改めて操舵室を隅々まで見返した。その結果、以前までにはなかった筈の赤いボタンを発見する。

 

「こんなボタン、前はなかったよね?」

「何のボタンなの?」

 

 ロイは興味深そうにそのボタンに手を伸ばす。しかし、その瞬間、フリードの手が伸びロイの腕を制止した。

 

「あぁっ!?押すな!そいつは、とっておきなんだ!」

「とっておき?」

「ピンチの時に役に立つ秘密のボタンさ。いざって時が来るのを楽しみに待っていてくれ」

「いや、いざって時を楽しみにしちゃ駄目でしょ」

 

 全くの正論である。しかし、男というのは往々にして、この手の秘密兵器が大好きなのだ。ロイはもちろん、ジンまでもが「おぉ……!」と目を輝かせている。隣ではフリードもどこか得意げだ。

 

 一方、リコ、ドット、アンは若干呆れた様な視線を向けていた。

 

「絶対ろくでもない機能だぞ……」

「男の子ってこういうの好きだよね~」

「ま、まぁまぁ、少しくらいは期待してあげようよ。ねっ?」

 

 操舵室の空気は、先程までの落ち着いた雰囲気とは打って変わり、妙な熱気に包まれていた。

 

 特にフリードとロイの瞳は完全に少年のそれである。隣で静かに頷いているジンも含め、秘密兵器という響きだけで心を躍らせているのが丸分かりだった。

 

 対して女子陣の視線はどこまでも冷静である。その温度差にドットは小さくため息を吐いた。

 

「やっぱ男子って単純……」

「うぅ……でも気になるなぁ……」

 

 ロイは未だ赤いボタンを見つめながら唸っている。今にも押してしまいそうな勢いだ。しかし、数秒葛藤した末、ロイはぐっと拳を握ると、名残惜しそうにボタンから離れた。

 

「……よし!今は我慢する!じゃあ次行こう!アン、まだまだ色んな場所あるんだ!」

 

 操舵室を出ると続いて、機関室・キッチンの順に回っていく。機関室は見た目こそ変化はなかったが、オリオによってパーツを厳選した事で全ての機器の回転率が大幅に上昇していた。

 

 次に訪れたキッチンに関しては最も変化が分かりやすかった。まるで実際のカフェの様なお洒落な空間に変貌していたのだ。それだけでなく、キッチンには新たに3体のシャリタツというポケモン達の姿も確認できた。マードックによると、どうやら、ジン達が研修を受けている間、諸々の事情で船に住み着いてしまったらしい。

 

「変わった所?」

 

 機関室・キッチンの次にジン達が訪れたのはモリーがいる救護室だ。

 

「そうだな……診察器具は新しくなったし、棚を増やして常備薬だって充実させたけど」

「ほぉ……」

 

 モリーの説明を受け、ジンは興味深そうな様子で棚にある薬に視線を向ける。確かにモリーの言う様に棚を見ればポケモンだけでなく人間の薬に至るまで、あらゆる薬が置かれてあった。これだけの薬とモリーという医師がいれば、あらゆる事態に対しての対応が可能となるだろう。

 

「調子が悪かったら言いなよ。人もポケモンも皆の健康を守るのが私の役目なんだから」

「はい!」

「お世話になります!」

「ふふっ、怪我しないのが一番だけどね」

 

 モリーは優しげに微笑みながらそう返す。一通り救護室の説明を終えた事で、ロイ達は満足した様に辺りを見回した。

 

「次はどこ行く?」

「まだ見てない場所いっぱいあるよ!」

「じゃあ次は――」

 

 ロイ達が次の目的地について話し始める中、ジンは棚に並べられた薬へ静かに視線を向けていた。包帯、消毒液、解熱剤、栄養剤。更にはポケモン用の回復薬や状態異常用の薬まで、用途別に綺麗に整理されている。

 

 その様子を見たモリーは小さく笑った。

 

「気になる?」

「あぁ。以前より種類も量もかなり増えている様だからな」

 

 旅を続ける以上、怪我や病気とは無縁ではいられない。特にジンは自ら危険な場所へ踏み込む事も多い。だからこそ、こうした医薬品の確認も自然と癖になっていた。

 

「俺は少し残る。先に行っていてくれ」

「分かった!じゃあ後でね!」

「あぁ。迷子になるなよ、アン」

「ならないってばー!」

 

 賑やかに言葉を交わしながら、リコ達は次の場所へ向かって救護室を後にしていく。その背中を見送った後、ジンは改めて棚へ向き直った。そして一つ一つ確認する様に、並べられた薬へ視線を巡らせていくのだった。

 

「…………」

「…………」

 

 救護室の扉が閉まり、先程までの賑やかさが嘘の様に静寂が訪れる。聞こえてくるのは飛行船の駆動音と、薬品棚を確認するジンの小さな物音だけ。モリーはそんな彼の背中を何気ない振りをしながら眺めていた。真剣な表情で医薬品を確認していく横顔。その姿を見る度、胸の奥が妙に落ち着かなくなる。

 

(お、落ち着け私!こうなる事は分かってただろ!)

 

 モリーは誤魔化す様に小さく息を吐いた。別に今更、自分の気持ちを否定するつもりはない。

 

 ジンに惹かれている。

 

 それはもう、とっくに自覚している事だった。だからこそ、こうして二人きりになると少し困る。先程まで平静だった筈の心臓が、ほんの少しだけ早く脈打ち始めていた。

 

 一方のジンはそんな彼女の内心に気付く様子もなく、棚の薬品ラベルを確認している。

 

「この鎮静剤……以前のものより効き目が強そうだな」

「え?あ、うん。万が一を考えて新しく仕入れたんだ」

 

 突然話しかけられ、モリーは僅かに肩を跳ねさせる。そんな反応にジンは小さく首を傾げた。

 

「……?どうかしたか?」

「な、何でもない」

 

 モリーは慌てた様に視線を逸らす。だが、その頬がほんのり赤く染まっている事には、本人は気付いていなかった。

 

「というか!病気や怪我の治療は私の仕事なんだから、そんなに真剣に確認する必要ないんじゃない?」

「まぁな。あくまで念の為だよ」

「……ふぅん。てっきり、私の腕を信じてないのかと思った」

 

 口にした直後、モリーは内心で「しまった」と頭を抱えた。

 

(な、何言ってるんだ私は……!)

 

 まるで拗ねた子供みたいな言い方だった。本当はそんな事を言いたかった訳ではない。ジンが仲間達の安全を真剣に考えている事くらい、モリーが一番よく分かっている。

 

 それなのに、二人きりで緊張しているせいで妙な皮肉になってしまった。モリーは誤魔化す様に視線を逸らし、小さく咳払いする。一方のジンは特に気を悪くした様子もなく、棚から視線を外して静かにモリーへ向き直った。

 

「そんな訳ないだろう。モリーの腕は誰よりも評価している。そうでもないなら、専属のドクターとしてスカウトしたりなんかしないさ」

「あっ……」

 

 それは嘗てハッコウシティでジンがモリーに一方的に頼んだ専属ドクターとしての契約だ。モリーも勢いに負け完全には断り切れず保留状態が続いている。

 

(こ、今度こそ断らないと!)

 

 ジンの言葉に負け保留状態となっているが、妹分のリコの恋人に想いを寄せているだけでモリーにとっては大問題なのだ。その上、このまま契約を交わし近くに居続ける様な事になれば、そのまま浮気をしてしまう可能性はゼロとは言い切れない。

 

「あ、あれなんだけどさ……」

「まぁ、俺が医薬品や設備の確認をするのは万が一の時、モリーがケガをしたりした場合に備えてだよ。あの時みたいにな」

 

 モリーが契約の件に触れようとした瞬間、ジンは意地の悪い笑顔を浮かべながらモリーの足へと視線を送る。ジンの視線が自分の足元へ向けられている事に気付いた瞬間、モリーの脳裏にあの日の記憶が鮮明に蘇る。

 

 大破するブレイブアサギ号。

 

 崩れ落ちる船内。

 

 逃げ遅れかけた自分。

 

 そして――軽く捻挫した足で動けなくなった彼女を、ジンは当然の様に抱き上げた。所謂、お姫様抱っこというやつだ。更には脱出後、そのまま治療までされている。

 

「~~~~っ!」

 

 一気に顔が熱くなる。耳まで真っ赤に染めながら、モリーは勢いよくジンへ詰め寄った。

 

「わ、忘れろぉーーーっ!」

「おっと」

 

 ジンは苦笑しながら一歩下がる。だがモリーは止まらない。

 

「なんで今その話持ち出すんだ!?あれは事故!事故だから!」

「別に変な意味で言った訳じゃないんだが」

「余計にタチ悪い!」

 

 完全に羞恥心が限界を迎えていた。あの時の自分は冷静ではなかったし、何よりジンとの距離が近過ぎたのだ。抱き抱えられた時の感触も、耳元で聞こえた声も、未だに妙に鮮明に思い出せてしまう。

 

(だ、駄目だ……思い出すな私……!)

 

 モリーは頭を抱える様に顔を覆う。そんな彼女を見たジンは、小さく肩を竦めながらも、どこか楽しそうに目を細めていた。

 

「モリー……少しリコに似て来たな」

「……はぁ?」

 

 突然名前を出されたリコに、モリーは怪訝そうに眉を寄せる。対するジンは、どこか面白そうに口元を緩めていた。

 

「上手く言葉に出来ないんだが、今のモリーはリコと同じで……見てるとイジメたくなってくる」

「なっ!?」

 

 一瞬、救護室の空気が止まった。モリーの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。

 

「な、何なんだそれは!?」

「分からない。だが、最近、そういう相手が多くてな。リコやモリー以外だと……ドット、ネモ、ボタン、アン……あと、サンゴもそうかもな」

 

 次々と並べられていく名前。しかも見事なまでに全員女性である。

 

「…………」

 

 モリーのこめかみにぴきりと青筋が浮かんだ。この男、本当に無自覚なのか。いや、無自覚だからこそ余計に質が悪い。

 

「ジン……」

「ん?」

 

 きょとんとした顔でこちらを見るジンに、モリーは深くため息を吐く。

 

「自分がどれだけ危ない事言ってるか、ちゃんと理解した方がいいと思うけど?」

「危ない?」

「そう!そういう無自覚な発言が――」

 

 説教を始めようとした、その瞬間だった。複数体のポケモン達の咆哮と共にゴウン――ッ、と船体が大きく揺れる。

 

「なっ!?」

 

 この場にいたジンやモリーが知る由もないが、実はこの時、ウイングデッキでは古のモンスターボールが開き、オリーヴァ・ガラルファイヤー・ラプラスの3体が飛び出していたのである。ブレイブアサギ号は見事に耐えて見せたが、それでも衝撃までは消し去る事は出来なかった様だ。

 

「きゃっ――!?」

 

 足元を掬われる様な揺れに、モリーの体勢が完全に崩れた。咄嗟にジンが腕を伸ばす。完全に善意による行動だが、これが仇となってしまう。

 

「っ――」

 

 ぐらり、と二人の身体がもつれ合う。そして次の瞬間。柔らかな感触が、互いの唇へ触れていた。

 

「…………」

 

 一瞬、時間が止まる。モリーの目が大きく見開かれた。近過ぎる距離。触れ合った唇。互いの吐息すら感じられる程の至近距離で、ジンの琥珀色の瞳が揺れている。

 

 数秒にも満たない筈のその時間が、モリーには永遠の様に長く感じられた。やがて船体の揺れが収まり、二人の身体も静止する。

 

 しかし――

 

「…………え?」

 

 状況を理解した瞬間、モリーの顔が一気に真っ赤に染まった。

 

「~~~~~~っ!?」

 

 ほぼ悲鳴の様な声を上げながら、モリーは慌ててジンから飛び退く。勢い余って近くの棚へ背中をぶつけ、ガタガタと薬瓶が揺れた。

 

「ま、まままま待て待て待って!?い、今のは事故!完全に事故だから!?」

「……あぁ、そうだな」

 

 対するジンも流石に僅かに目を瞬かせていた。だがモリー程、取り乱してはいない。経験の差なのだろうが、それが逆にモリーの羞恥心を加速させる。

 

「何でそんな冷静なんだ!?」

「いや、突然の事で、俺もまだ整理が……流石に予想外ではあったな」

「整理するな!忘れろ!今すぐ!」

 

 顔を真っ赤にしたまま叫ぶモリー。一方のジンは、そんな彼女を見ながら小さく苦笑するのだった。

 

「分かった分かった。その代わりに、この件はリコ達には黙っておいてくれ」

「は、はぁ!?」

 

 突然飛び出した名前に、モリーは思わず素っ頓狂な声を上げる。しかしジンは至って真面目な表情だった。

 

「誤解されると色々面倒そうだからな」

「そ、それは……まぁ、そうだけど……」

 

 リコは勿論、ドットやアン辺りに知られた時の反応を想像し、モリーは頭を抱えたくなる。絶対に面倒な事になるのは確実だ。

 

「とりあえず、何が起きたのか確認してくる」

 

 ジンはそう言うと、未だ顔を真っ赤にしているモリーへ軽く手を振り、救護室を後にしていった。扉が閉まり、そして再び静寂が訪れた。

 

「…………」

 

 数秒後。

 

「む、無理無理無理無理……!」

 

 モリーはその場へへたり込む様に座り込んだ。足にまるで力が入らない。心臓は未だに暴れる様に鳴り続けている。モリーは震える指先で、自分の唇へそっと触れた。

 

「っ……!」

 

 触れた瞬間、先程の感触が脳裏に蘇る。柔らかかった唇。近過ぎた距離。吐息。そして、至近距離で見えたジンの表情。

 

「〜〜〜〜っ!」

 

 再び顔が熱くなる。思わずその場で丸くなりながら頭を抱えた。

 

(ど、どうしろってのよ……!)

 

 事故。完全な事故。頭ではそう理解している。だが理解しているのと、感情が追いつくかは別問題だった。しかも相手は、自分が想いを寄せている相手。余計に最悪である。

 

「……絶対まともに顔見れない……」

 

 モリーは小さく呻きながら、真っ赤な顔を隠す様に膝へ額を押し付けるのだった。

 





オリーヴァ・ガラルファイヤー・ラプラス「申し訳ない……」

☆9
tjgtxnxさん、ファノファノファルクさん

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