いよいよラクア編が終わりそうですね。メガシンカめっちゃ楽しみ!
バル・キバル
テーブルシティを含め7店舗の店を持つパルデア地方でもメジャーなレストランだ。今、その店内にはジン・リコ・ロイ・ドットの4名、そしてサンゴとオニキスの2名を合わせた計6名が同じテーブルに着いていた。
「あっ!これ凄い美味しい!」
「少年、もっとゆっくりよく噛んでから食べろ。後、もう少し野菜も摂れ。バランスよく食べなければ筋肉も付かんし大きくなれんぞ」
ロイは目の前にあったガケガニ・アル・アヒージョに笑顔でかぶりつき、そんなロイにオニキスはバランスが良くなるようにとエスカリバダというパルデア風の焼き野菜サラダを渡してくる。
因みにリコとサンゴだが……
「えへへ~」
「ちょっと!ジンから放れてよ!」
ジンの両隣を確保した彼女達はジンと腕を組んでいた。正直なところ食べ難いし、公共の場における食事中のマナーくらいは守って欲しいところで、ジンはどうしたものかと複雑そうな顔をしながらもフルーツミックスジュースに手を伸ばすとそのまま一口飲み喉を潤す。
(ん。これ美味いな)
数種のフルーツが織りなす味わいはジュースとは思えない深いコクを生み出している。初めて飲んだジュースだが、とても気に入った様だ。船の修復が完了した際には、是非ともマードックに再現してもらいたいと素直に思える程である。
「……って!おかしいだろ!」
ジン達の様子をずっと黙って見ていたドットは我慢ならないと言った様子で大声を出すとその場に立ち上がった。
「……お嬢さん。店内で騒ぐのは感心しないぞ」
「そうだな。ドット、少しは落ち着け。周囲の客の迷惑になる」
「これが落ち着いていられるか!なんで仲良くご飯食べてるんだよ!」
本来ならライジングボルテッカーズとエクスプローラーズはテラパゴスや六英雄を巡って戦い合う存在だ。実際、ほんの少し前に黒いレックウザを捕獲しようとする彼らと戦い、その代償としてブレイブアサギ号が大破してしまった。何故、そんな相手と一緒に食卓を囲まなくてはいけないのか、ドットには理解できない様だ。
「俺が彼らを誘ったからかな?」
「それは知ってるよ!なんで誘ったのかを聞いてるんだ!」
「まぁ、一言で言うなら……和平交渉かな?」
ジンがそう言うと、ドットは……いや、ドットだけではなくその場にいた全員が呆気にとられた様な表情になる。
「わ、和平って……今更、そんなの……」
「確かに完全な和平は難しいだろうな。本当は食事が終わってから、話し合いを始めようと思っていたんだが……まぁ、腹も少しは膨れたし始めるか?」
本音を言えばこの店のパエジャ=パルデアと言う、地方名を冠する名物料理を食べてから始めたいと思っていたのだが、状況がそれを許してくれそうになかった。
「……先に言っておくが君たちと仲良くするつもりはない」
「安心しろ。俺もそこまでは望んじゃいない。俺がお前達に望むのは、ただ1つ。テラスタル研修の邪魔をしないで欲しい。それだけだ」
「……なに?」
「その代わりに俺達もお前達の事を暫くは見逃す。多少の犯罪行為があっても見て見ぬふりをしてやるよ。例えば……オレンジアカデミーの教師の中にデータを偽装したお前達の仲間が潜んでいる事とかな」
「……気づいていたか」
「まぁな。不思議な事に昔から遠目であっても一度、顔を合わせた女性の事は絶対に忘れないんだ」
ジンは自信満々に胸を張って答える。左右の両隣りから、とても冷たい視線がひしひしと向けられていたが、ジンはそれに敢えて気づかないふりをした。
「それで……どうかな?悪くない提案だと思うんだが?」
「……質問がある」
「なんだ?」
「君の経歴は既に調べさせてもらった。君は法を犯した者に対しては常に厳しい態度で接してきた筈だ。何故、我々の事を直ぐにでも警察に突き出そうとしない?」
「そ、そうだよ!今までの相手は全員、そうしてきたのに……」
ラプラス海賊団にしろ、砂漠のポケモンハンター達にしろ、ジンは毅然とした態度で彼らの事を罰した。ラプラス海賊団は見逃しこそしたが、二度と海賊行為が出来ない様に念入りに脅す程だ。それなのに何故、サンゴとオニキスには同盟交渉をするのか、それはリコ達も疑問に感じていた事だ。
「オニキス……余り意地の悪い事を言わないでくれ。そんな事しても無駄な事は分かってる」
「ふっ……これは失礼した」
「あはははははっ!」
リコ達には理解できなかったが、オニキスとサンゴはジンの言葉の意味が理解できた様だ。
「ど、どういう事?」
「簡単に言えば……恐らく警察は彼らを逮捕出来ない」
「な、なんで!?こいつらはテラパゴスを何度も奪おうとしたし、レックウザを無理やり捕まえようとしたんだよ!?」
「そうだな……だが、証拠がない」
「証拠って……今まで何度も襲われたじゃん!それに僕、見たよ!こいつらが変な機械でレックウザの動きを止めてるの!ジンも見たでしょう!?」
「あぁ、見たさ。だが、それだけじゃ証拠にならない」
あの場で唯一、犯罪の証拠となる可能性があったのは、レックウザの動きを止めた機械そしてスピネルの部下が島のポケモン達を操るのに使ったコントロールキューブだけだ。しかし、レックウザの動きを止めた機械の大半は破壊されておりコントロールキューブも回収されてしまった。これでは出来る事と言えばジン達の証言だけである。
「俺達が証言した所で証拠がなければ信じてもらえるかどうか怪しいな」
「そんな……」
敢えて口にはしなかったが、仮に証拠であった機械が無事に残っていても「黒いレックウザがいてあいつらがこの機械で捕らえようとしていました」などと訴えた所でまともに取り合ってくれるとは思えない。この手の犯罪は現行犯でなければ逮捕は難しいのだ。彼らが堂々とジン達の前に姿を現したのも捕まらない自信があるからなのだろう。
「で、でも、警察に訴える事は出来る筈だ。詳しく調べて貰えば……」
「認めるのは癪だが、こいつらは曲がりなりにもプロだ。証拠は残していない」
そして厄介な事にサンゴやオニキスを始めとした幹部達は指名手配されていないのだ。これは既に確認済みであるので間違いない。ホウエンにいる警察の伝にも確認したのだが、エクスプローラーズという組織は認知されているが隠蔽処理が徹底されておりボスはおろか幹部の顔や名前も把握出来ておらず、指名手配したくても出来ないでいるらしい。
「拘束できても精々、数日が限界だ……それにエクスプローラーズは資金力がある。優秀な弁護士でも雇われたら、組織力で劣る此方に勝ち目ないぞ」
結局はやったやってないの水掛け論になり時間と金を無駄に消費する可能性の方が高い。つまり、現段階で彼らを警察に渡しても得られる物は殆どないのだ。それならば、敢えて話し合いに持ち込み、リコ達が無事に研修を終えられる様に時間を稼ぎつつ情報を得られる様に交渉する。これが今出来る一番の手だとジンは結論付けた。
「……話を戻すが、それでどうする?」
「……折角の申し出だが、我々には決定権はない」
「なら、お前達のボスに掛け合ってみてくれ。それだけでいい、それで無理ならばこの話は諦めよう」
「……いいだろう。少し待っていてくれ」
オニキスは席を立ち、サンゴに近づくと彼女の腕を掴み無理やり立たせた。
「ちょっ!?何すんだよっ!?」
「聞いていただろう?本部に連絡を取る。お前も来い」
「そんなのあんただけで十分じゃん!鬼離せ~!?」
サンゴはジンから離される事に不満を垂れていたが、結局はオニキスに力負けしそのまま彼と一緒に店の外へと連れ出された。
「……ジン、一時的とはいえあいつらと同盟を組むなんて本気で言ってるの?」
「あぁ、いずれはやり合う相手だ。今の内に奴らから情報を奪い、出来る事なら性格やバトルスタイルを完全に把握しておきたい。情報は出来るだけ多い方がいいしな」
「でも……わざわざ僕達の参加する研修に来るなんて、あいつらテラパゴスを奪う為に何か企んでるんじゃないの?」
ロイとドットはこれまでの経緯もあってかエクスプローラーズを信用できない様でこの同盟について快く思っていない様だ。
「ジン……私は、ジンが決めた事ならなんでも従うよ。だけど、あの人達が本気で同盟を組んでくれるのかな?」
「乗って来るさ。研修終了までの期間限定だけどな」
「……根拠はあるの?」
「あぁ……恐らくだが今回の奴らの任務は俺達を監視する事にある。つまり、暫くの間、俺達とやり合う気はないんだ」
「えっ?そうなの?」
「もしも研修中に襲い掛かる気なら同じ研修を受けたりはしないさ。俺達を無駄に警戒させるだけだ」
エクスプローラーズが同じテラスタル研修を受けているなどと言う事をジン達が知れば嫌でも警戒心は強くなる。奇襲を仕掛ける側からすれば、獲物であるジン達には出来るだけ警戒させずに油断しておいて欲しい筈だ。
「テラパゴスは六英雄と出会う度にその力を覚醒させていた」
オリーヴァとガラルファイヤーに出会い、ペンダントからポケモンの姿となりラプラスと出会った事で一瞬だけとはいえ更に別の姿となっていた。残り3体と出会えばどうなるのかはまだまだ未知数である。
「エクスプローラーズの狙いは覚醒したテラパゴスにあると仮定した場合、残り3体になった六英雄を探す必要がある。連中は恐らく、俺達にそれをさせた上でテラパゴスを……もしくはテラパゴスの力を奪う事で何かをなそうとしているんだと思う」
それが果たして善の為なのか悪の為なのかは定かではない。だが、これだけしつこく狙ってくる辺り、余程の目的があるのは間違いないのだろう。
「待って!じゃあ、あいつらは……僕達の冒険を利用しようとしてるって事!?」
「そうなるな」
「なんでそんなに落ち着いてるのさ!僕達、利用されてるんだよ!?」
「だから?」
「だ、だからって……」
感情に任せて怒りを露わにしたロイだが、ジンが余りにもいつもと変わらない態度である為、段々と間違っているのは自分なのではと錯覚し、徐々に冷静さを取り戻し始めた。
「所詮、俺達は敵同士、奴らが俺達を利用しようとするのは当然の事だ。いちいち腹を立ててたら切りがないぞ」
「で、でも……」
「それに、連中が俺達を利用する気なら俺達もあいつらを利用してやればいい。それだけの事だ」
ジンが予想した様にオニキス達の任務はテラスタル研修中のジン達の監視にあり、テラパゴスを奪う予定はない。ならばその期間中のみでも同盟を結べば、その間、リコ達に特訓を付け戦力アップを狙える上に上手くいけば彼らから何かしらの情報を得る事も可能だ。
(それに気になる事もあるしな……)
ジン達の監視が目的であれば生徒に紛れ込むのはともかく教師になる必要はない。この事から考えてエクスプローラーズにはオレンジアカデミーに何かしらの目的があるのではないかと予測する事が出来る。態々身分を偽造するというリスクを犯してまで、「教師」という権限を得ているのが良い証拠だ。同盟を結び彼らが油断している内にその目的も探り出すというのがジンの真意でもあった。
「待たせたな」
暫くするとオニキスとサンゴが店に戻って来た。サンゴは再び、ジンの横の席に座ろうとしたがオニキスに首根っこを掴まれ動きを止められている。
「おいっ!離せよ!ジン君の隣に座りたい!」
「黙ってろ……」
「……それで結論は出たか?」
ジンの質問に対しオニキスは沈黙し、ジンに向かって射貫く様な視線を向ける。数秒程、両者は鋭い視線をぶつけ合うが、オニキスは突如、目を瞑り小さく微笑みながら答えた。
「研修終了までだ。君達3人が基礎テスト並びに応用テストを受け終えるまでの間、我々は君達に一切の手出しをしない。エクスプローラーズの名の下に盟約する事を誓おう」
「結構……それでは同盟成立だ」
ジンは椅子から立ち上がるとオニキスに向かって手を伸ばす。オニキスは少しだけ躊躇う様子を見せたが、最終的に手を伸ばし固い握手を交わした。
「繰り返し言っておく。同盟期間中、我々が君達を襲うことはないが、仲良くするつもりはない」
「構わない。それに個人的な意見だが……オニキス、お前とはいつか全力でバトルしてみたいしな」
オニキスは武人気質の強い男だ。アメジオと同様にバトルするとなれば正面から挑んでくるだろう。スピネルの様な男との駆け引きも悪くはないが、毎回、そうでは胃がもたれてしまう。純粋な力比べができメガシンカまでも操るトレーナーともなればジンにとっては貴重な存在である。今までバトルする機会に恵まれなかったが、いずれは戦ってみたい相手だ。
「……望む所だ」
オニキスもジンとのバトルは秘かに望んでいた。ジンのエースであるジュカインと自分のポケモン達は決して相性は良くなく勝てるのかどうか不安はある。しかし、彼のトレーナーとしての気質がジンに挑む事を決意させた。
「ちょ~~~~っと待った!な・ん・で!真面目君がジン君とバトルする約束してんだよっ!デートするならサンゴとでしょう!?」
「……あぁ、そうだな。サンゴ、お前との再戦も楽しみにしているよ」
「本当!?約束だかんね~!」
「…………」
デートと言う単語にジンの横にいたリコが一瞬だけ反応を示したが、もう何も言うつもりはない様だ。サンゴの今までの言動から、もはや何を言っても聞く耳がないと諦めてしまったのだろう。
「それでは、これで失礼する」
「えっ!?」
「なんだ?もう行くのか?俺の奢りだしパエジャ=パルデアがもうすぐ出来上がるぞ?」
「子供に奢られる程、落ちぶれてはいない」
オニキスは財布から紙幣を数枚取り出すとテーブルの上に置いた。どうやら、今回の食費代全てを彼が負担してくれるらしい。
「これで足りる筈だ。余った分は君達で好きに使ってくれ……サンゴ、行くぞ」
「はぁっ!?あんただけで行けよ!サンゴはまだジン君とお話ししたい!」
「馴れ合いはしないと言った筈だ。さっさと行くぞ」
オニキスによりサンゴは無理やり連れ出されていく。サンゴも必死に抵抗するが力で筋肉質なオニキスに力で勝てる筈もなくあっという間に店の出口にまで連れ出されてしまった。
「じ、ジンく~~ん!」
「……ごちそうさまです」
サンゴは助けを求める様に手を伸ばすが、ジンは軽く手を振りながら新たな同盟者である2人を見送った。
「「「はぁぁぁ~……」」」
オニキス達が店から出て行くとリコ達3人は緊張が解けたのか大きなため息をつく。
「なんだ、揃いも揃ってだらしないな」
「ジンの肝が据わり過ぎてるだけだよ……」
「……まぁ、いい。それよりも今後について話し合うぞ」
「うん。エクスプローラーズの事フリード達に連絡しないと」
フリード達はブレイブアサギ号の修理の為にハッコウシティにいる為、ジンの独断で勝手に同盟交渉を進めてしまったのだ。当然、その事は報告する必要がある。だが、ジンが3人に対して言いたいことはそれではない。
「いや、それもだが……俺が言いたいのはテラスタルの練習についてだ」
それは先程、エントランスホールで提案した内容だ。研修のルールの穴を突く形だが、ジンを相手にテラスタル練習を行った上でジムリーダーとの本番に挑む。そうすれば間違いなくテラスタルの精度は上昇し、研修の合格に大きく繋がるだろう。
「「「…………」」」
ジンの申し出に対し、3人は少々躊躇う様子を見せる。ジンの申し出は確かに研修の合格率を上げる上では正しいが、他の研修生達を差し置いて自分達だけがそんな事をしていいのかという気持ちが心のどこかに残っている様だ。
「迷う気持ちはわかる。無理強いもしない。だが、言っておくぞ。エクスプローラーズがテラパゴスを奪う為に襲い掛かってこない今が、お前達の地力を上げ、奴らに追いつく最大のチャンスなんだ」
「……ジンの見立てだとあの人たちの方が私達より上なの?」
「あぁ、残念ながらな」
リコ達は格段に強くなっている。だが、エクスプローラーズの面々はメガシンカという切り札を手に入れてしまった。トレーナー、ポケモン双方の経験値などを込めてもエクスプローラーズの方が一枚上手である。その差を埋める為にも地力を上げ、テラスタルと言う切り札を手に入れる事が必要なのだ。
「このテラスタル研修は、あくまでもテラスタルをきちんと扱えているのかを見る事を目的にしている。だから、ジムリーダーに負けても合格を貰える可能性がある。だが……それはただの甘えだ」
エクスプローラーズとのテラパゴス、六英雄の争奪戦は勝っても負けても笑顔で握手が出来る様なバトルではない。勝たなければテラパゴスを奪われラクアに送り届ける事が出来なくなってしまう。負けて得る物はなく、勝ち続け突き進むしかないのだ。
「お前達に負けは許されない。負けたけど頑張ったからよかったなんて事は戯言だ。一分一秒を惜しみ鍛錬し、勝利する為に全力を尽くせ。お前達はそういう戦いをしているという事を忘れるな」
ジンの言葉を聞き、リコ達の表情から迷いの色が消えて行く。このテラスタル研修、絶対に合格したいという気持ちは確かにあった。だが、不合格になっても失うのはテラスタルの権利だけだ。本当に大切な存在を失う訳ではない。そんな甘い考えが心のどこかにあったのかもしれない。
しかも、サンゴやオニキスも監視が目的とは言えテラスタル研修を受ける以上、彼らも最終的にはテラスタルオーブを手に入れる可能性がある。ただでさえ、実力に差があるのに更に新しい切り札を手に入れようとしているのだ。出遅れているリコ達が追いつく為には多少の無茶は覚悟して歩み続けるしかないのだ。
「さぁ……3人ともどうする?」
ジンからの最終確認、だが、既に3人の答えは決まっていた。
「ジン……テラスタルの特訓に付き合って!」
「僕も!」
「ルール上はギリギリ問題ない筈だ……だったら、僕もやるよ」
「……いいだろう。では2時間後に南門に集合だ」
ジンはそう言うとフルーツミックスジュースを全て飲み干し、椅子から立ち上がった。
「ジン?どこ行くの?」
「ポケモンセンターだ。ポケモン達を回収してくるから、お前達は飯を済ませておけ……あんまり食いすぎるなよ。高確率で吐くから」
店員にガケガニ・アル・アヒージョの残ったオイルを利用し、締めのパスタを頼もうとしていたロイの手が止まる。このメンバーの中で最もジンの特訓を知り尽くしている彼からすれば、この忠告が冗談だとはとても思えなかったのだ。
「な、何をさせる気なの!?」
「それは知らない方がいい……腹八分目位にしておけよ。それでも危ないけどな……」
ジンはそう言うと店から出てポケモンセンターへと向かって行く。その背を見たリコ達はやはり今からでも取りやめに出来ないものかと真剣に悩み始めるが、今更、それを許してくれるジンではない。長い付き合いだけにその事が分かってしまった。
「……満腹にはならない方がいいね」
「うん。パスタは止めておくよ……」
「そうだな。今は出来るだけ食事は抑えて……」
「お待たせしました~パエジャ=パルデア2つお持ちしました!」
「「「…………」」」
食事を抑えようと思った矢先に名物であるパエジャ=パルデアが来てしまった。様々な魚介類やサフランの香りが食欲を誘うのだが、タイミングが悪すぎる。しかも、元々、6人用にと思い2つも注文したのだが既に半分のメンバーがここにはいないのだ。この量を3人で食べれば間違いなく満腹になってしまうだろう。
「……食べようか?」
注文した以上、残さず食べなければ店側に申し訳ない。例えこの後、ジンの特訓が待ち受けていると分かっていてもリコ達の性質上お残しは出来ず頑張って全て平らげるのだった。
***
ポケモンセンターで預けたポケモン達を回収したジンはリコ達との待ち合わせまでの時間を利用して、もう一度オレンジアカデミーへと戻って来ていた。
「ふむ……」
アカデミー周辺を回る様に歩き、どこからなら忍び込み易いのか、逃げる際の逃走経路などを考えながら、建物の構造を立体的に頭の中に記憶していく。アカデミーの裏にまで回り込んだジンはそこで一旦、足を止め考えを纏め始めた。
(歴史があると言えば聞こえはいいが、逆に言えば古い個所も多い。侵入も逃走も難しくはないな……)
今日、初めて訪れたジンがそう感じる以上、教師として潜入しているアゲートも既に幾つかのルートを確保している筈だ。
「あ、あの……」
(同盟を結んだ以上、俺もあまり派手には動けないが、何もしないのも癪だ……)
しかし、何をするにしてもまずは彼らの目的が分からなければ阻止する事など不可能だ。研修中はリコ達に付き添う必要がある為、目的を探る事ももままならなくなってしまう。
「お、おーい……聞こえとる?」
(やはり、内部に協力者が必要か……ネモかオモダカさん……いや、2人とも目立ちすぎるか?)
良くも悪くもネームバリューが強すぎる。それにネモに関しては裏工作が出来るタイプではない。ジンが望んでいるのはもう少し悪目立ちしないタイプで手先が器用な上に裏工作に躊躇する事無くできる人材だ。
(だが、そんな奴そう簡単には……)
「あ、あのっ!」
「…………ん?」
ジンがようやく声に気付き、視線を合わせるとそこには前髪から後ろ髪にかけての一部が赤、それ以外の部分が水色という特徴的な色のショートヘアをした丸眼鏡の女の子が立っていた。
(彼女は確か……)
アオキとのポケモンバトルを最後まで近くで見ていた数少ないメンバーにこの娘がいたのをジンは覚えていた。あの状況になっても逃げない辺り、彼女も相当の実力者か肝が据わっているのかのどちらかだ。どちらにしろ、ジンにとっては興味深い相手の1人である。
「……やっと反応してくれた。うちの事、見えてへんのかと思うた」
「いや、すまない。考え事をしていたんだ……それで、君は?」
「うち、ボタンいいます……そ、その……えっと……さ、サイン、くださいっ!」
ボタン、彼女は背負っていたイーブイ型のバックから1枚の色紙を取り出すと顔を赤く染め、ペンと共にジンに渡して来た。
「俺なんかのサインでいいのか?この学園にはネモだっているのに……」
「ネモのサインは……別にいらないし。それに、うち、ナンジャモとジン……さんのバトル見てからファンやったから……お願いします」
「……分かった。ちょっと待っててくれ」
最近は書く機会がなかったが、サイユウ大会で優勝した際にサインは飽きる程に書いている。そんなジンからすれば一枚程度なら楽な物だ。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして。所でボタン、君はここで何をしていたんだ?」
ジン達がいるのはアカデミー校舎の裏手側だ。あまり用がなければ一般の生徒が来る場所ではない。
「あ、うち、ポケモンリーグでエンジニアの仕事をしてるから、学校のシステムに異常がないか定期的に色々とチェックして回っとたんよ」
「エンジニア?君が?」
「う、うん。そうやけど?」
ジンは改めてボタンの事を真っすぐに見つめた。容姿は整っており、髪型も特徴的でかなり目立つ。だが、ここ数分の会話から見てもあまり目立つことを好むタイプではない。その上、エンジニアともなればこのアカデミーのシステムについても詳しい筈だ。
ジンが望んでいた存在が諦めかけた瞬間に現れたのだ。しかし、あまりにもタイミングが良すぎる。これが運命でなければ罠なのではないかと疑いたくなる程だ。だが、今のジンには他に手を取れる人材がいないのも事実。ならば、多少、罠の可能性があっても動くべきである。
「な、なにっ?」
「いや、この出会いは運命的だと思ってな……」
「えっ?」
「ボタン……君に決めた。俺の相棒になってくれ」
「えっ?……えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
そんな訳でボタンちゃんの登場です。と言っても次回はセルクルタウンに行くので暫く出番はないのですが……