鮮血の追憶   作:バートリ

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第1話

 有力な家柄である爬禽(ばとり)家に生まれた恵莉沙(えりざ)は幼い頃、エキセントリックな性格をしており、親族も奇人変人が多かった。

 

そんな環境と、慢性的な頭痛は恵莉沙を少しずつ狂気に染めていく。

 

 恵莉沙は一日の半分は勉強をしており、知識を求める勤勉な性質が強かった。

 しかし成長するにつれて、抑えられていた内なる残虐性が発露し、侍女や街の子や同級生をいじめるようになる。

 

 虐待されている人の悲鳴を聞いていると、頭痛が和らいだ気がしたのだ。

 

唯一の肉親である父は恵莉沙の虐待行為を容認していた。

 父と恵莉沙は会話らしい会話もなかった。

 

 やがて中学生になるころには虐待を趣味として習慣的に行う残虐な性質が強まり、相手をいたぶって楽しむようになる。

 相手を基本的にブタ、リス、ウサギ等の下等動物になざらえた蔑称で呼んで人間扱いをしなくなる。

 

 ある日、虐待していた侍女の血が偶然にも恵莉沙の手の甲に付いてしまった。

 それをふき取ったところ、そのふき取った肌が、とても美しくなったように恵莉沙の目には見えたのだ。

 もちろん科学的な根拠などない話だが、その肌を見た恵莉沙はこう思った。

 

人間の血を浴びることができれば、私は美しくなれる。

 

 恵莉沙は思春期に入ってから、美への意識が高まっていた。

 正常な女子中学生のように。

 恵莉沙は美のために、より多くの血を求める。

 

 そんな恵莉沙の残虐の日々は、突然終わりを迎えた。

 身体が成長するにつれ虐待の頻度と度合いが増した恵莉沙から命からがら逃げ出して助けを求めた侍女がいたのだ。

 その侍女はかつて雇われていた元使用人の娘だった。

 恵莉沙は侍女の虐待を諦めたが、後日、街を歩いていたところを怒り狂った元使用人に殴られ、監禁されてしまう。

 恵莉沙は歳の割に背が高く力も強かったが、年上の男の蛇のような残忍な目を向けられたことで怯えて竦んでしまった。

 

 目を覚ました恵莉沙は外からの光が全く届かず、どこにいるのかもわからない場所で飲まず食わずで数日過ごした。

「どうして閉じ込めるの?」「なんで無視するの?」

「私、何も悪いコトしてないのに……」

 言葉は、誰にも届かない。

 

 意識が朦朧とする中で、恵莉沙は警察に助け出された。

 外に出たことで、そこはかつて自らが侍女の虐待に使用していた、街の端にある蔵だったと気づいた。

 

 警察に今回の事件について聞かされる。

 

 犯人は殺害されていること。

 

 殺害したのは父で、父は犯人と相打ちになったこと。

 

 犯人と父は死亡し状況証拠のみが残り、警察は恵莉沙に同情した。

 聡明な恵莉沙は、警察から聞いた情報と状況で全てを悟った。

 

 父は身体を鍛え、武術にも通じており凶刃に斃れるとは思えなかった。

 鍛えていたのは、血に狂う娘を害する者から守るためだった。

 恵莉沙の罪の証拠は、彼女の知らないところで父が徹底的に揉み消していたため露見することはなかったが、隠蔽は限界に達していた。

 最後に父は証拠を操作し、囚われた恵莉沙をそのままに犯人と相打つことで、虐待をしていたのは自分で恵莉沙も被害者になるところだったという構図を作ったのだ。

 

「お父さまは何も言わなかった……! お母さまは初めからいなかった……!」

「じいやも執事も、誰も彼も、私に教えてくれなかった!」

「あれが悪いコトだったなんて……誰も、私に教えてくれなかったくせにぃぃぃぃぃいい……!」

 

 親子の会話もなく、父親らしいことは何もできなかった父親がたった1人の愛娘へ贈る、不器用な愛だった。

 

 ――――――――――

 

 あれから2年経ち、恵莉沙は16歳になっていた。

 血色は良くないが、長身かつグラマーで処女雪のように白い肌と白い長髪を伸ばす金眼の美女へと成長していた。

 虐待はあれから一度もしていない。

 慢性的な頭痛は残っているが、父を思い出すことで耐えていた。

 

 父の遺産があり生活に困ることはなかったが、元来勤勉だった彼女は知識欲を奮い起こし教養、気品を高め世間の情報を集める中で、アイドルという職業があることを知った。

 

 アイドル! ああ、なんて素敵な響き!

 美しいコトだけ求められて、ちやほやされるコトがお仕事!

 

 私はただ美しく有り続ける以外、存在価値を求められず認められない。

 美しさを失えば、誰からも相手にされない。

 そうしなければ自分には存在価値が無い。

 今度こそ、誰からも無視されたまま、狭い場所で孤独にならないように、美しくなければならない。

 

 父の遺した屋敷と、当時は子犬だったが現在は成犬となって恵莉沙を守る2頭のドーベルマンが見守っていた。

 

 ――――――――

 

 早速、アイドルになるために片っ端から芸能事務所のオーディションへ応募した。

 何度かの落選の後、SA芸能というところが私を拾ってくれた。

 マネージャーもつけてもらった。

 初めて異性とまともに関わることに気づいてどきどきしていたが、50代くらいの優しそうなおじさまだった。

 話してみるとまだ46歳だと言ってた。

 無愛想な父親を思い浮かべながら、マネージャー――羅杭(らくい)さんと私――エリザのアイドル人生は幕を開けた。

 

 グループのメンバーが決まるまではアイドルとしての仕事はないみたい。

 歌のお仕事やライブは回ってこないけど、写真撮影のお仕事が多い。

 ああ、早く歌って踊って……誰よりも美しくなりたい。

 

 

――――――――――

 

 

「エリザ、ドラマに興味はあるか?」

 

 そう投げかけるのは、緑がかった白の長髪のマネージャー、羅杭(らくい)だった。

 SA芸能の事務所内でブラックスーツを纏い、両耳にシルバーのピアスを揺らす大柄な壮年男性だ。

 碧眼が見下ろす先は、デスクの椅子に座りピンク色のぬいぐるみを編んでいる白髪の美女。

 年頃は16で、高校の入学式を控えている。

 長い髪に隠れていた黄金の瞳がきらりと輝いた。

 

「ドラマ!? あるわっ!!

 ……こほん、ドラマね。羅杭、まずは詳細を教えなさいな」

 

 椅子から立ち上がりかけるが、咳払いで誤魔化しゆっくりと腰を直す。

 ぬいぐるみは傍に置き、うずうずと待ち構える。

 

「う、うむ……『今日は甘口で』という作品で、少女漫画原作だ。

 ネットTV局が制作しておって、全6話の第1話目の役がある。

 あまり美味しい役ではないが……」

 

「今日あま? それなら読んだことがあるわ。

 純愛泣ける系の……胸きゅんモノね」

 

「胸キュン? ……読んだことがあるなら話は早い。

 役は、主人公の母親役だ。

 エリザは初ドラマだが、他の役者も演技未経験の新人が多いし宣材がメインの小さな作品だ。……どうだ?」

 

 タブレット端末で情報を確認しながらそう告げる羅杭。

 "演技未経験の新人が多い"と聞いたエリザは、原作がかなりの有名作品であり、期待するファンも多いだろうことを思い疑問符を浮かべるが、伏し目をし直ぐに顔を上げた。

 瞳孔が縦に収縮した黄金の目を輝かせ、薄い唇を開く。

 

「もちろん、やるわよ。

 アイドル候補生だもの、色々なことに挑戦しなきゃね」

 

 作りかけのぬいぐるみを手に取り、艶やかに笑みを浮かべるエリザ。

 

「うむ、承知した。先方には了承を伝えておこう。

 早速だが、撮影は明日だ。励むがいい」

 

「…………あ、あしたあああああああ!?」

 

 ――――――――――

 

「エリザと申します、よろしくお願いしますわ」

 

「……プロデューサーの鏑木勝也だ、よろしくね」

 

「――弊社のエリザを宜しくお願いしますよ」

 

「ええ、お任せください」

 

 あいさつを済ませ、鏑木はその場を離れる。

 残ったのは、遠目から見ると親子のような二人だ。

 

 鏑木の後ろ姿を見送るエリザは、神々しいような白の長髪の貴婦人といった洋装で、タックインした白のニットは豊かな胸を上品に包み、レザーのショートパンツとロングブーツで艶かしく長い脚を魅せる。

 整った冷たい美貌であっても印象的な黄金の瞳を動かし、踏み入った現場である撮影用の建材倉庫を見やるエリザだったが、湿気に眉を顰める。

 それを機敏に察したのは、緑がかった白の長髪を揺らす大柄なブラックスーツの男だ。

 女性としては長身なエリザより頭一つ分高いところから口を開く。

 

「すまんなエリザ……このロケ地は1日しか確保できなかったほど時間と予算がないようだ。

 リハーサルは1回で、ドライからランスルーが一纏めだ。

 ただ、このドラマはあくまで宣材がメインだ。

 あまり気負わずに臨むといい」

 

「ええ。台本も頭に入っているわ。

 ただ、別に……完璧に演じてしまってもよくて?」

 

「ははは、頼もしいなエリザ。

 うむ、主演は元天才子役だ。食らいついてみせよ」

 

 期待している、と付け足し羅杭はエリザに任せて裏方へ立ち去る。

 そんな2人を遠目から見る、赤い髪をボブカットにした小柄な美少女はタイミングを図っていた。

 

 彼女は有馬かな。

 哺乳瓶を咥えながら子役デビューし、『重曹で泣ける天才子役』というキャッチコピーの名で知られる。

 演技力の方も高い。

 その後『ピーマン体操』という曲が大ブレイク。

 オリコン1位を取り各音楽番組に引っ張りだこになるが小学生の頃にブームが過ぎてしまい、生き残るために歌唱力を高めて新曲や他の様々な分野に挑戦するも失敗。

 年齢のボーダーを超えたことで子役事務所もクビになってからは、フリーで活動する女優となっていた。

 しかし今回の『今日は甘口で』ドラマにて10年ぶりに主演級の役を射止め、今日の撮影初日で張り切っていた。

 

「おはようございます、ヒロイン役の有馬かなです」

 

 飛び出してきた小柄な少女を視界に入れると、エリザの黄金の瞳が煌めく。

 

「あら……おはようございます、母親役のエリザと申しますわ」

 

「……? 初回の回想シーンではよろしくお願いします!」

 

 初めて受ける目線に少し疑問を覚えながらも、元気よく手を差し出す有馬。

 

「ええ、こちらこそよろしくお願いしますわ。

 かなちゃん、存じてますわ。それと……あなたの方が芸歴も年齢も上なのだから……お互いにフランクに接しませんか?」

 

 差し出された有馬の手を、雪のように白い手で包みながらふわりと笑いかけるエリザ。

 金の瞳に見つめられ、何故か胸が高鳴る有馬だが、言葉に違和感を覚える。

 

「か、かなちゃん……って、えっ!年下なの!?」

 

 包まれる手の柔らかさで染まりかけていた脳が再起動する。

 

「ええ、まだ16歳よ?」

 

「ひょえー……見えない、すごい大人っぽいわね」

 

「ふふ、気をつけなさい?

私はきっと――あなたの一番大事なものを盗んでしまうわよ」

 

「はうっ」

 

 有馬の顎を白魚のような指で軽く上げ、顔を自らの眼へ向けるようにして囁くエリザに魅入られる有馬――

 

「リハ始めまーす」

 

「……行くわよ、かなちゃん」

 

「…………はっ!」

 

 遠くなっていた意識を取り戻し、離れていくエリザの背中を有馬は慌てて追いかけて位置に着く。

 

「ふふ、おふざけが過ぎたわね。

 ごめんなさいね?」

 

「本当よ……初対面なのに距離感近すぎない?」

 

 激しく音を立てる鼓動を、泣き演技の要領で身体制御し落ち着かせながらそう溢す有馬。

 

「はいスタッ!」

 

 ――――――

 

「さあ、本番ね」

 

 カチンコの音が強く響く。

 カメラが回り始める。

 ずしりとした空気が辺りを満たし、一年の時を全て濃縮したような

 重くて強い時間が流れる。

 人生そのものを問われるような長い瞬間。

 

 ただ、この撮影には唯一にして最大の問題点がある。

 

「オマエサア、ソンナカオシテテタノシーノ?」

「……何の用?」

「ベツニ、タダネコヲオイカケテキタラ、オマエガイタカラ」

「ふっ、なにそれ」

「ナンダ、ワラエバカワイージャン」

「んなによ、からかわないで!」

 

「スナオヲナレヨ」

「オイ、オマエー!オレノオンナニテヲダスナー」

「ハ!ナンダテメエ」

「お願い!ふたりとも、けんかはやめてー!」

 

「ワラッテゴメンヨー」

 

「ツメイイネェ」

 

「ヒトハ、ヒトニ、ツヨクシテモラウモノサー」

 

 この大量の大根役者たちだ。

 それには相方のヒーローも含まれる。

 大根大根大根、ここは八百屋かな?私は有馬かな。

 気づけば見学に来られていた原作者さんの表情に失望が浮かんでいる。

 とはいえ、今回のドラマはこれから売り出したいイケメンや可愛い子をとにかくたくさん出演させて、イケメン好きな女性層にリーチする企画だ。

 演技力は二の次。

 それじゃ作品が破綻するけど、私がヒロインに起用されたからにはせめて観れる作品にする。少しでもいい作品にしたい。

 今回に限らず私は作品クオリティの安定のために周りのレベルに合わせて演技をするようにしている。

 全力を出せる機会が減ってしまったが、役者に必要なのはコミュ力。良い演技=いい作品作りではないのだ。

 

 ただ……ヒロインの回想シーンでのみ出演する彼女だけは違う。

 回想の内容はヒロインが拒食症になってしまう原因と母親からの虐待で、シーンとしては短く、また出演も私とエリザだけだから2人の演技力が全てだ。

 私は最初、彼女も演技初心者だし他の役者と同じように合わせて行こうと思ってた。

 彼女の演技……正確には、母親役が虐待するシーン。

 

「殴りたくて殴ってるわけじゃないわよ!」

 

「ごめんなさい……」

 

「お前さえいなければ!」

 

 エリザは、基本的には並の演技力。

 流石に大根たちよりは上だが、その程度。

 ただ、残虐性を表出させることにかけての深さが段違い。

 私は泣きの演技には特に自信があるが、エリザの重圧に半分くらいは本気で泣いていた。……やっぱり3分の1くらい。

 この母親は、冷酷で残忍な性格の役柄だ。

 正直、期待はしていなかった。

 あんまりおいしい役じゃないし、本業はモデルが多い役者たちだから、下手でも仕方ないかなって。

 

「あっははははは!」

 

「ぐ……えっ……」

 

「スズランって、とっても強い毒性があるんですってねぇ。

 スズランを生けた花瓶の水を飲んでしまって……死んでしまった子もいるみたいよぉ?

 ――私、再婚することになったの。

 あの人と暮らすには……あなたは邪魔なのよ。

 さよなら、2度と会うことはないわ」

 

 あっ……良い、原作っぽい!

 いや、演技力の高低差ありすぎて耳キーンなるわ!

 

 ただ私は、本気で演技できる相手がいたことを嬉しく思う。

 回想の後は、友達とのシーンへ戻る。

 毒は致死量に至っておらず、ヒロインは施設へ引き取られることになったのだ。

 そして一旦カチンコが鳴る。

 私はすぐにエリザへ向かおうと一歩踏み出して声をかけようとするが、それよりも早く声が上がった。

 

「あの、エリザさん!」

 

 童顔で眼鏡の若々しいショートボブの女性、原作者の吉祥寺頼子さんだ。

 

「はい……これは、吉祥寺先生。

 原作漫画は今回のオファー前から愛読しておりましたわ。お会いできて嬉しい……」

 

「原作の吉祥寺です。ありがとうございます。

 母親役、あなたにやっていただけてよかったです!

 ヒロインの過去の重さと心の傷に説得力が出ています」

 

「ふえっ、あ、ありがとうございます。

 そう言っていただけて良かったわ」

 

「これからも頑張ってください、応援しています」

 

 ヒーローたちの演技を見ている時の失望していた表情はなく、少し安心しているように見える。

 エリザは変な声を出したことに恥じているのか、少し頬を染めている。

 あれ、可愛い……。

 

「次のシーン入ります!」

 

 ――――――

 

 彼女がオールアップして以降は、再び大根たちのカーニバルに戻ってしまった。

 その日の撮影が終了し、帰り際に今度こそエリザへ話しかける。

 

「あなた、本当に初ドラマなの?

 まあ、役者として強力なライバルなことは変わりないわ、これからお互い頑張りましょう!」

 

「いえ、私はアイドル志望よ」

 

「なんでよ!」

 

 2話以降は視聴者に落胆させて、失敗作の烙印を押されてしまうのかと諦めていた……

 最終話であいつが来てくれるまでは。

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