鮮血の追憶 作:バートリ
芸能科があるということで事務所から勧められたのもあり決めた高校の入学式を近日に控えるエリザは〈ドラマ『今日は甘口で』打ち上げパーティー〉に参加していた。
会場は広く、大きなテーブルのうえの銀の食器には色とりどりの料理が並び、カトレアをかたどったいくつもの小さなシャンデリアが照らす下で、クランクアップを惜しむかのようにたくさんの人々が談笑している。
グラス同士がぶつかる音、参加者たちのおしゃべり、笑い声、引上げる参加者たちの挨拶、遅れて参加する者たちの挨拶、ムード・ミュージックの響き、等様々な音がまじりあって作られる騒めきの中でも、エリザは冷たい美貌で密かに注目を集めていた。
黒絹のタイトなドレスを着こなし、ポニーテールに結いあげた白雪色の髪。
豊かな胸元には真紅の宝石の控えめなブローチが輝き、深くスリットが入った裾は歩む度に長い脚を魅せる。
白魚のような指先がグラスをとる際には大きく開いた肩口からのぞく彼女の肌が艶やかに映える。
「かなちゃん」
そんなエリザは会場で小柄な美少女を見つけると、声をかけた。
クールビューティーな声に振り向くのは、有馬かな。
ガーリー路線の普段着とは一転し肩を出したフォーマルドレスに身を包んでいる。
近くには金髪の青年がおり何故かジャージだった。
「エリザ! お疲れ様。
あっ、紹介するね、最終話のストーカー役のアクアよ。
アクア、こちらは第1話の母親役のエリザ。
こう見えて私たち同い年だから、気軽に話しましょ」
有馬の紹介に、改めてエリザを見やるアクア。
元々女性にしては背が高いエリザだが今日は少し高めのヒールを履いており、アクアとは目線がほとんど変わらない。有馬とは頭ひとつ分ほど高くなっている。
日本人離れした冷たい美貌の中にアクアはどこか親近感を覚えながら答える。
「ああ……アクアだ。よろしく」
「……エリザよ、よろしくお願いね」
「はい!よろしく!
そうそう、最終回だけじゃなくて、回想シーンのエリザも評判良かったんだから!」
「見てたよ。ルビー……妹も言ってたが、有馬を除くと演技未経験のモデルが多い中でも君だけは頭抜けてたな」
「あら、ありがとう……。
最終回は私も見せていただいたわ。あなたこそお上手ね。
それと……やっぱり1番の功労者はかなちゃん、あなただと思うわ。頑張ったわね……」
顎の下あたりに来ている有馬の頭へ手をやり髪を崩さないように撫でつけるエリザ。
「えあっ、ありがとう……って撫でんな!
アクア、エリザは演技上手いのにアイドル志望なんだって!
ねえ、今どんな活動してるの?」
「ふわ〜」
「え?」
「え?」
アイドル志望というところでルビーを思い浮かべていたアクアだが、先ほどまでの同年代ながら貴婦人のような美を放つエリザが突然"無"の表情になりどこかへ去っていく。
有馬と共に唖然と眺めているとまた声がかかる。
「撮影、お疲れ様でした」
「あっ、先生……」
原作者の吉祥寺頼子だ。
ドレスにストールを羽織りエレガントな雰囲気がある。
「この作品は有馬さんの演技に支えられていたと思います。
本当に、ありがとうございました……」
「いっいえ!こちらこそ、演じさせていただいてありがとうございました!」
「1話の回想シーンと最終回は特に良かったです。
他の回もあんな感じだったらとは思いますが……」
「あはは……」
――――――
先日の打ち上げパーティーを終えて、後日入学式を迎えたエリザは学校を後にして事務所へ向かった。
もはや慣れた事務所の一室へ入ると、そこには羅杭だけでなく2人の女性がいた。
「帰ったか、エリザ。おかえり」
「ええ、ただいま。それで……そちらの2人は?」
「ああ――エリザ含めた3人で、アイドルユニットを組んでもらうことになった。
待たせたな、ついに本格始動になる」
「まあ……!」
ついに、ようやく。
下積みは続くが、これからはアイドルとしての実績を積み重ねていくことになる。
「とはいえ、2人は既にある程度知名度があって活動も多いが、エリザはまだ知名度が低い。
そこで、エリザには前回のドラマに続き宣材のためにある番組に出演してほしい。
エリザには詳細を後で伝えるが、今日は顔合わせでそれからユニット名を考えてもらうことになる。
3人でのデビューはユニット名が決まってからを予定しているから、そのつもりでよろしく頼む」
そしてそれぞれの今後の流れを告げた羅杭が退室した後に残された3人は顔を見合わせる。
エリザが口を開こうとする前に1人が声を上げた。
ミディアムの茶髪で丸い伊達メガネをかけているがスポーティーな印象があり溌剌とした女性だった。
「それじゃあ改めて、自己紹介からだね。
私は片寄ゆら! よろしく〜! 23歳よ」
そうウインクした片目は星のように輝いており、自信を感じさせる。
もう1人は、色素の薄い髪をボブカットにした気だるげな雰囲気で、妖精のような美少女だった。
「あっどもー、私、不知火ころも20歳っすー。ヨロでーす」
淡い青色の花弁のようなリボンが両サイドでふわりと揺れる。
「エッ、エリザと申します。
16歳です、よろしくお願いしますわ」
――――
3人は自己紹介の後軽く会話をしながら場所を移動して、近くのカフェでお話することにした。
ショーケースの中には可愛らしい自家製チョコレートや焼き菓子たちがお行儀良く並べられて、穏やかな時間が流れる店内。
昼下がりの店内に客は少なく、空調と換気扇の音、時々コーヒーカップとソーサーがぶつかる音だけが聞こえた。
「ちなみにエリザって本当に16歳?めっちゃ綺麗だし……色々とおっきいし」
「ね、私たちはちっちゃいもんねー」
今日のエリザは黒系で統一されておりシルバーのアクセサリーが所々にある程度で大人しくラフな装いだが、すらりと伸びた背丈と豊かな胸元と長い脚は同性から見ても目を惹く。
紅茶を手にする姿はまさに深窓の麗人だった。
「ありがとう。ころもちゃんも妖精みたいで可愛いわ。
あっちゅ! ふーっ、ふーっ」
「…………」
ころもは黙って冷水を差し出した。
とてつもない速さで水を奪い取ったエリザは金の瞳が潤んでいた。
ゆらは伊達メガネに指を添えて崩れそうになる表情筋を引き締めていた。
「ありがとう……その生暖かい目は何かしら?」
「あ、あ〜! 顔良い枠って結局需要あるし、これから強いよ」
「ゆらちゃんも可愛いよー?」
「そうね、可愛いわよ」
「ありがとー!
それにしてもユニット名か〜、安直かもだけど3人の名前とか雰囲気に因んだのが良いよね〜」
「私たちだけのユニット名なんだからとてもいい考え方だわ」
「私もいいと思う、その方向性で案出してこっかー」
「そうね……例えばゆらちゃんの"ゆら"って、鈴や玉が触れあって鳴る音って意味があるみたいよ」
「エリザ博識だね〜、ころもちゃんは不知火とあわせて竹取物語の火鼠の衣だよね」
「そーそー、それがころもの由来でーす。
エリザは、まだ16歳なのに落ち着いてて"夜"って感じー」
「鈴玉、火、夜……なんとなく、花火みたいですわね」
「じゃあ花火とか、夜花火にする?」
「夜と火はエリザと私そのままっぽいけどー、花がゆらちゃんからちょっと離れちゃったかな?」
「う〜ん、英語にしてみると、Fire Workだね」
「あら、結構良い感じなのではなくて?」
「じゃ、決まりだねー」
「おっけ〜、報告しておくね。
あと、ミキさん……別のプロダクションの社長さんが広告として有効だって言ってたんだけど、YouTubeチャンネルも作ってみるのはどうかな?」
「おっ、いいねー。私もちょっと興味あったんだー」
「そうですわね……それぞれマネージャーに相談してみましょうか」
年頃は3〜4歳ずつだけ違うものの女三人寄れば姦しく、ケーキやフルーツをつまみながら柔らかな談笑は続いていく。
――――――
エリザが参加することになったのは、恋愛リアリティショー『今からガチ恋始めます』。
既にメディア用PVは撮影しており、参加するメンバーは7名。
ファッションモデル――高校1年 鷲見ゆき。
アイドル――高校1年 エリザ
ダンサー――高校2年 熊野ノブユキ。
女優――高校2年 黒川あかね。
バンドマン――高校3年 森本ケンゴ。
ユーチューバー――高校3年 MEMちょ。
役者――高校1年 星野アクア。
番組の流れは基本定点カメラで撮影し、台本は無く各々の個性に任せて会話をさせリアリティを演出する。
エンタメ性を確保するために蓄積されたノウハウ上、定点カメラのアングルを意識することやカメラマンが寄った時には可能な限りその時していた会話を要約して話すこと等いくつかの制約はあるがその他はやらせはなく人間性をそのまま映す構成になっている。
参加人数が奇数となっているのも視聴者に先を読ませないためだ。
撮影は始まり、所々でディレクターのアドバイス風指示が入りながらも、時には収録後にご飯を食べに行きメンバーは親睦を深めていくことで回が進むにつれて各々のキャラクターをメンバーおよび視聴者は理解する。
鷲見ゆきは黒髪清楚なファッションモデル。
自分を魅せるプロであり、番組は彼女を中心に盛り上がり始めた。
熊野ノブユキはノリが軽く目立ちやすいダンサー。
裏表が無いけど味があるヤツとして番組のムードメーカー的存在となっている。
森本ケンゴはレーベル所属のバンドマン。
自らのバンドでは作詞作曲を担当しており楽曲提供も行う。音楽に関することでは目の色を変えて熱く語る。
MEMちょは人気ユーチューバーで、常に悪魔の角型カチューシャを付けており不思議系ゆるふわキャラに見えるがバズりのプロでネットマーケティングやセルフプロデュースの話になると一気にプロの顔になる。
星野アクアは優秀な頭脳で演技する役者。
基本的に無愛想なイメージだが相手を気遣っての裏返しなことが多く、自己犠牲の精神が感じ取れる。
そしてエリザは知名度という点ではメンバーの中で1番低く、アイドルといっても候補生のため活動に関する話題はないが、圧倒的な美貌と淑女然とした出で立ち、そしてそれに覆い隠されているが年相応な反応をする一面もあり冷たい美貌だけでは判別できない魅力を放っていた。
「エリちゃんみてみてぇ、これがうちの犬ぅ、ほらかわいくてぇ」
「あら……それならうちの子も見せてあげる。
2頭いてね……名前はスピエルドルフとラインフェルトよ」
「わぁつよそう、うちの子食べられちゃいそぉ」
「そうね……ひと口でぺろり、でしょうね」
「どどぅえぇ!?」
「冗談よ、そんなことしないわよ」
「あはははっ!俺はラブラドールが好きでさ〜」
「へ〜、そういえばあっちにでっかいラブラドールいたよ!」
「マジ!?なんで!?」
「次エリちゃんね、すごい美声だよね!この曲歌ってみてよ」
「ええ、いいわよ」
「おっ、じゃあ俺弾くよ」
「ボエーー!」
「……」
「……死メタルって感じだね!」
「は、はああああ!?アナタ!!」
「きゃー!」
「その悪魔の角のカチューシャ可愛いわね……」
「ありがとぉ、エリちゃん意外と可愛いモノ好きなんだぁ」
「私も着けてみようかしら、もっと近くで見せて……」
「わわっ、ちょ、やめぇ……」
「えっ、角に神経通ってるの?」
メンバーはお互いに仲を深め、やがて鷲見ゆきと熊野ノブユキのカップリングが中心になっていき、そこに森本ケンゴが嫉妬心を見せることでゆきを巡る三角関係が成立。
ゲームメイカーとしてゆきが機能して小悪魔っぷりが中高生中心に人気を獲得していく。
そんな中で、番組通して常に出番が少ない者がいた。
黒川あかね――大勢の希望者がいた今回のオファーだがマネージャーがチャンスを作ってくれて出演することができた。
彼女は劇団ララライのエースで徹底的に役をプロファイリングしどっぷりと役に入り込む没入型の演技を完璧にこなす天才役者だが、演技の勉強に心血を注いできたためあまり人間関係の構築に慣れていなかった。
メンバーはそれを理解して女性中心となって積極的に交流していたが番組映えしないため視聴者からはただ影が薄い女としか見られず、ある日全く目立っていないことで社長にマネージャーが怒鳴られているのを目にしてしまう。
自らを責め、爪痕を残すために焦るあかねはディレクターから聞き出した目立つためのアドバイスであるゆきからノブを奪う悪女ムーブを敢行するが――望んだ結果は引き寄せることできず、歪んだ形で叶うことになってしまう。
「ゆ、ゆきっ!やめてよ!!
そうやって男に簡単にひっついて、やり口に品が、な…………!」
ノブからゆきを引き剥がすつもりで手を伸ばしたあかねの爪は、ゆきの頬を浅く切り裂いていた。
普段は爪を短く切り揃えていたが、番組前にゆきから施してもらったネイルで硬質に尖っていた。
ネイリストの仕事さながらに綺麗だったネイルは今や血に染まっていた。
突然の流血に、空気が凍る。
「カメラ止めます!」
皆が騒然とする中で手当てのためにゆきへスタッフが近づこうとするが、瞬きの間に黄金の瞳が輝き軌跡を残す。
「れろっ…………」
「ひゃわっ!」
唖然としていたゆきの傷から流れ出る血液を、エリザが舐め取っていた。
「なっなんっ」
「大丈夫かしら?」
「消毒液とガーゼ持ってきました!……えっ」
「ええ、ありがとう」
「あ、ありがとうございますぅ……?」
「あれ?もう塞がってる……?若い子の体ってすごいなあ」
そんなやりとりをしている傍で、あかねは放心していた。
手当を受けたゆきは、あかねへ声をかける。
「あかね……」
「あっ、わた、そんなつもりじゃ、ちがっ……」
「あかね!!」
しかし気が動転し今にも逃げ出しそうな怯えた彼女の様子を見てゆきは優しく抱きすくめる。
「大丈夫だから!落ち着いて……。
……わかってる、焦っちゃったんだよね。
知ってるよ、あかねが頑張り屋さんなの」
「ああっ、うぅ……」
「みんなの期待に応えようとして、ちょっと向いてないことしようとして……なんか分からなくなっちゃったんでしょ?」
「うぅ……ごめ……顔……雑誌撮影もあるのに……」
「大丈夫、こんなのどうとでもなるから!
仕事には影響ないよ! あかねは私のこと嫌い?」
「嫌いじゃない……強くて、優しくて……好き……」
「私も努力家で一生懸命なあかねのこと好き。だから怒らないよ」
「ほんと……?」
「カメラは回ってないんだから、今演技しても仕方ないでしょ?」
抱き合い、涙を流す2人。
女同士の友情は途切れず、事態は収まった。
だが、この恋愛リアリティショーは、エンタメだ。
番組継続のため、より視聴率獲得に繋がるように編集しなければならない。することができる。
本人間では解決したことでも、編集後の映像のみを見るネットの視聴者は限られた情報の中で判断する。
そして、視聴者はあかねを許さず――――。
批判の炎が激しく燃え盛ったのだった。