鮮血の追憶   作:バートリ

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第4話

 会員制バーの店内には客の姿はほとんど無く、しんとした空気が長い時を経た木材や漆喰によくなじんでいた。

 何十年か前に流行ったようなジャズの音楽が天井のスピーカーから小さく流れ、磨かれたグラスが置かれる音や氷を割る音が時折それに混じった。

 照明は間接照明のみで、ムードをかき立てる淡い光を浴びて店主の背後の棚に並ぶ様々なウィスキーやリキュールのボトルがきれいだった。

 それをじっと見ながら独りで酒を飲む女の耳に、扉が開く音と鈴の音が響く。

 

「やあ、ゆらさん」

 

 現れたのはラフな格好をした痩せ型で糸目の何処にでもいるような30代半ばの男だったが、少し長めの金髪を後ろにまとめていた。

 

「あっ、ミキさん!

 マスター、まるちゃんスペシャルお願い!」

 

 女――ゆらは現れた男に手を振って迎えると、すぐさま酒を注文した。

 受けた店主は手際良く注文の品を作りあげた。

 

「遅くなってすみません、ちょっと仕事が立て込んでまして」

 

「いいのいいの!はい乾杯!」

 

 出された酒を席に着いた男に渡し多少無理矢理に乾杯させるゆら。

 男は苦笑して合わせた。

 

「最近は好調のようで、まさに売れっ子アイドルですね」

 

「ありがと〜。そういえばこの間さ〜!」

 

 気分良く酒を進めながら近況を話し始めるゆら。

 息抜きといった様子で、2人での会合は今までに何度もあったようで気心が知れている。

 基本的には聞き役に徹する男だったが、話が落ち着いた段階でさりげなく切り出した。

 

「また芝居の方にも力を入れてみませんか?」

 

「え〜? 女優業ね……。

 でも確かに、最近またそっちに戻るのも良いかもな〜って思ってたところなんだよね〜」

 

「何もアイドルを辞める必要は無いと思いますよ。

 アイドルを続けるのも、徐々に女優業へ専念するのも可能ですよ、ゆらさんならね」

 

「そうかな〜。

 芝居といえば、うちのメンバーのエリザちゃん知ってるかな? Fire Workとしてのデビューライブよりも前だけど、ドラマに出演してたんだよ。

 その時の演技が超凄くてさ〜」

 

「ああ、あの子ね……僕も注目していますよ」

 

「デビューライブの時も、私と同じくセンターではなかったんだけど存在感があってさ。

 しかもまだ16歳で、顔も超綺麗なの!ほら、この写真見てよ〜」

 

 尊敬と慈愛の中にほんの少しの嫉妬を滲ませながら、ゆらは適当な写真をスマホに表示させて男に見せる。

 いつかのライブの前後なのか、ステージ衣装でカメラに向かって微笑むゆらとエリザの2ショット。

 エリザは普段、深窓の麗人然とした美貌が印象的だがライブにも慣れて、雪解けのような自然な笑顔がとても魅力的だった。

 男はやけに真剣な様子で写真を見ていた。

 

「エリザさんね……才能に溢れいて、とても価値がある子なんだろうね」

 

「え?ミキさん……?」

 

 何だか雰囲気が変わった気がして、男を見るゆら。

 

「もちろん、ゆらさんもだけどね」

 

 そう告げる男の瞳は、漆黒の星のようだった。

 

 ――――

 

  Fire Workはデビューライブ以降順調にライブを重ねて、SA芸能の手厚いサポートの元時折演技のお仕事等も入れながらYouTubeの登録者数も大手と言っていいほどに増加していた。

 

 そんな中、B小町の躍進が聞こえてきており特にルビーという子は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

 流れてくる情報から、どうやら『深掘れワンチャン』という番組でコーナーを任されるようになった頃から爆発的に注目されているようだ。

 半年前くらいに、コスプレイヤーへの扱いについての内容で炎上していた番組だ。

 

 ルビーはずば抜けたルックスと強烈なおバカキャラ。

 しかし小気味の良いトーク力やアドリブ力も持ち合わせており業界内での評価も高い。

 兄のアクアも『深掘れワンチャン』でレギュラーの席を確保しており恋愛リアリティショー『今からガチ恋始めます』や漫画原作の舞台『東京ブレイド』で注目を集めた新進気鋭の俳優だ。

 美男美女の双子というのもあり様々な番組でセット出演する機会が増えている。

 

 また彼女が所属するB小町はアイドルグループとしてだけでなくユーチューバーグループとしても人気が高い。

 現在は100万人を目前とする所まで伸びており、これはFire Workと拮抗していた。

 

 そんなルビーを特集するネット記事を見ながら、今日もYouTube投稿用の動画を3人で撮影していた。

 

――――

 

 記者になって早数年。 

 刺激的な芸能界に惹かれて週刊誌の記者になったが現実は厳しく、人付き合いも苦手な俺は中々ヒットする記事を書き上げることもできずに燻っていた。

 芸能界も、いざ内に入り込んでみるとそこら中に闇が溢れる暗い世界だった。 

 芸能界はコネと実績が根強く重視される社会だがどちらも持たない俺は次第にゴシップやスキャンダル専門の記者として、芸能人に嫌われるような記事を書くようになっていく。 

 今の芸能界で一番勢いがあるのは誰かと聞かれれば、今年の映画賞を獲った監督の島政則をおいて他にないだろう。

 その島は女性関係にだらしなく遊んでいるとのリークも入っているが、しかし島単体のゴシップ記事を書いたところで単体では弱く盛り上がることは無い。 

 そう思いながらも何か特ダネがないかと俺は島のスタジオ兼自宅のマンション前を張り込んでいた。

 

「おっと、あれは……」

 

 すぐさまカメラの映りを確認する。問題なく撮影状態だ。

 現在時刻は夜遅く、そろそろ日付が変わる頃。

 島に連れ添ってマンションへ入るのは、おそらくアイドルグループのB小町所属の有馬かなだ。

 最近好調に売れているが急激に人気になったためまだ俺たち週刊誌に対するガードが緩いのだろう。

 有馬が再び姿を現したのは夜が明けてからだった。

 白み始める世界で人通りが戻り始める前、有馬が1人でマンションを出て、伸びをしてどこかへ立ち去って行った。

 

「これは……くくく」

 

 俺は急いで原稿案をとりまとめながら取材準備を整えた。

 後日、有馬の事務所――苺プロ周辺で張り込み、そこで有馬へ声をかけるのだ。

 おそらくその取材は断られるだろうから、苺プロの斉藤社長へ連絡できる準備も整えてある。そこで内容を確認させて、公式取材もしくは交渉へ踏み込む。

 ここ最近の俺の動きの迅速さはまさに導火線に火が付いたようだった。

 早速有馬の姿を発見し、声の調子を整える。

 

「有馬かなさん、ですよね」

 

 有馬が振り返る。

 流石アイドル、元天才子役ということもあり整った容姿だ。

 胡乱げな視線は、厄介なファンか何かだと思われているのだろうか。

 

「週刊現世の記者です。

 島政則監督との関係について、伺わせていただければと思いまして」

 

 過去に何度も繰り返した名乗りと取材協力のお願いを伝える。

 この時既に音声レコーダーの電源は入れておき、取材協力を得た段階で録音の確認をとる。

 とらないこともある。

 返事がなく、呆然とした様子に疑問を覚えながら言葉を続ける。

 思い当たる節を探しているのだろうか。間をおかずに証拠を突きつける。

 

「島監督は既婚者ですが……先日の深夜にお二人は連れ添ってマンションに入られていましたよね、この写真です」

 

 撮影した写真を有馬に見せながら、未だに返事がないことに流石に怪しく思い再度名前を呼びかけると、突然有馬は走り出した。

 

「逃げるということは関係を認めるということでしょうか!

 是非自分の口で説明して貰えませんか!」

 

 逃げられるが、まあいい。苺プロへ正式に連絡するまでだ。

 本人への直接取材は早々に諦め身を翻そうとすると、目前に腰くらいの高さの犬がいた。

 俊敏性が高そうな美しいフォルムでブラックとブラウンの短毛だ。

 犬は突然こちらへ突進した。

 俺の目に捉えられたのはそこまでで、気がつけば目前に迫っており後ろへ引き倒される。

 

「は?」

 

 急激に過ぎ去っていく景色の中、視界の端に白髪の美女が焦った様子で駆けてくるのが見えた。

 疑問と混乱で脳内は埋め尽くされるが、やがて後頭部を路面に打ち付けられて俺の意識は途絶えた。

 

――――

 

 今日のエリザはオフだ。

 最近まとまった時間を作ってやれなかったので、一緒に暮らしているスピエルドルフとラインフェルトと朝から散歩をしていた。

 動きやすい薄手の服を着て、自由に街を見て回る。

 

 すると、苺プロの事務所近くまで来ていたのか有馬の後ろ姿を見かけた。

 お気に入りなのだろう帽子が可愛らしい。

 話しかけようとしたが、路駐されていた車から出た怪しげな男が有馬に背後から声をかけ、何やら詰め寄っていたと思うと有馬が逃げ出した。

 追いかけようとする素振りを見せる男に、ただならぬものを感じたエリザが男を止めようとすると、すぐ傍を漆黒の疾風が駆け抜けた。

 

「わわっ……ありがとう」

 

 風圧によろけたエリザの細い腰を後ろから器用に支えてくれたラインフェルトに礼を言い、前に向き直るとスピエルドルフが男に突進したようで既に男が仰向けに倒れている。

 慌てて駆け寄ると、倒れた際に後頭部を打ったようで命に別状はないが意識を失っているようだ。

 付近には男の荷物の中身が散乱しており、ノートパソコンから飛び出したSDカードはひび割れていた。

 

「スピエルドルフ、流石にやりすぎよ!

 あっ、ええーっと、うーん……」

 

 立ち去る有馬と倒れる男を見てあたふたするエリザだったが、帽子を落としたにも関わらず路地裏へ消える有馬へ急いで足を向けた。

 

 エリザが有馬を追いかけてたどり着いたのは、近くに釣り堀がある人気のない公園だった。

 

「はぁっ、はぁっ……んっ、帽子、落としたわよ」

 

 ベンチの上で俯き膝を抱える有馬。

 エリザは呼吸を整えると帽子の埃を払い、有馬の側において隣に腰掛けた。

 小さく礼を口にする有馬。

 よほど怖かったのだろうと思い、慰めるつもりで背中を撫でていると有馬はぽつぽつと話し出すが、どうやら男性の監督と2人で会っていたシーンを撮影されていたようだ。

 実際には何も無かったようだが、状況証拠的にどう受け取られても文句を言えないような場面だったらしい。 

 スキャンダルが世に出たアイドルの末路。

 ファンだった者たちが投げかけてくる言葉。

 仕事を取るために逸ってしまった自分がどれだけ危ない橋を渡っていたかを、今になって身に染みた様子の有馬。

 話の途中で、証拠のデータは壊してしまったかもしれないと伝えると鳩が豆鉄砲をくらったようなぽかんとした顔になった。

 常に気を張っていた有馬の年相応な、可愛らしい表情だった。

 

「……はー、軽挙なことしたなー……。

 B小町の皆にも……事務所の皆にも迷惑がかかる……本当に馬鹿なことした……。

 私、やっぱり根本的にアイドル向いてないわ……」

 

 話を聞きながら、落ち込んだ様子の有馬を眺めていたエリザは、唐突に有馬を抱きしめる。

 

「ななっ、いきなりなに!?」

 

 エリザは『今ガチ』でのゆきを思い返しながら、ぎゅっと抱擁の力を強くした。

 しばらく動揺していた有馬だがやがて肩の力が抜け、エリザを抱きしめ返した。

 

「エリザ……ありがとう。だいぶ楽になったわ。

 もし証拠のデータが残っていても……私は私のまま芸能界を生き延びて見せる。仕事も、やりたいことをする。

 初めて共演した時、あなた私の一番大事なものを盗んでしまうとか言ってたけど……全く逆じゃないの」

 

「あら……そんなこと言ってたかしら?ふふふ……」

 

 友情が深まった様子の2人を、2頭のドーベルマンは揺るぎなく見つめていた。

 

――――

 

 目を覚ました俺は、体が縮んでいた――ということもなく、病院のベッドで意識も記憶も正常だった。

 あの犬――おそらくドーベルマン。

 そして最後に視界の端に見えたのは確かアイドルのエリザだったはずだ。

 ドーベルマンはエリザの飼い犬だろう。

 標準的なサイズよりもだいぶ大型なドーベルマンが2頭もいるということで少し前話題になっていたのを覚えている。

 なんであの犬俺に突進してきたんだ、ちゃんと繋いでおけよ……まあいい、俺の仕事を邪魔しやがって。

 

「復帰したらこの原稿を会議にあげてすぐ苺プロへ取材を……を?

 …………あああああああ!?」

 

 有馬のスキャンダルの原稿と証拠写真のデータが入ったSDカードが粉々になっている事に気づいた俺は、苛立ちと恨みからエリザに目を付けた。

 

 エリザはアイドルとしては16歳頃から活動し、役者としてドラマやバラエティに出演していたこともある。

 エリザを調べてみても、冷たい美貌とは裏腹に柔らかい性格で人当たりも良く、所属している大手事務所にも推されているらしく、変な噂などは聞けなかった。 

 ただ、取材をしているうちに、エリザに仕事を取られ美貌と才能を妬む女優の担当マネージャーや、以前エリザに関係を言い寄ったが手酷く振られた落ち目のプロデューサーから話を得ることができた。

 俺はそれを面白おかしく捏造、もといアレンジし、エリザは冷酷で共演者やスタッフにも強く当たり枕営業でのし上がったというような内容をさも真実かのように書いた記事を作成していく。 

 正直、真実はひとかけら程度しか入っていない。大衆というのは、明確な悪や不平等に興味を示すのだ。 

 毎週なんらかの記事を乗せることをノルマとされている週刊誌の記者としては情報を精査し真実を書いている場合ではなかった。

 書き上げたはいいが俺は実際の所、ノルマから逃げるためのこんな嘘八百のゴシップ記事は話題にすらならないと考えていたのだが、新進気鋭の未成年アイドルを堂々と批判したのが功を奏したのか、SNSやネットの掲示版でバズり始める。 

 エリザの元々の知名度もありネット上ではエリザを熱烈に批判するコメントで溢れていく。

 有象無象の悪意がエリザへと集まっていた。

 それを見て俺は、何も不自由なく恵まれた人生を送っているからそうなるんだ、ざまあみろと。正義の記者のつもりで、ネット上の炎を楽しんでいた。 

 そして、純粋に自分の記事がバズる嬉しさに耽りながら勝利の美酒を味わっていた。

 

――――

 

 鎮火のためにSA芸能、ころも、ゆらは全力を尽くし、騒動を知った有馬もB小町に呼びかけて急遽実施したYouTubeでのコラボ配信には『今ガチ』で共演したメンバーも集まりエリザの清廉潔白を謳った。

 しかし一度延焼した炎は容易には消えず、対処には時間を要していた。

 ころもとゆらが中心となって懸命に励ますも、エリザは徐々に傷心していく。

 

 ちなみに、炎上中も彼女のファンは変わりなかった。

 エリザに魅了されていた私たちは本物だった。救われた僕たちがいたことは事実だ。

 エリザのもはや呪いの域に達しているカリスマに魅入られた者たちは、依然統率が保たれていた。

 

 そんなある日、報道された情報に話題は持ちきりだった。

 12年前に殺害された伝説的アイドル、アイには当時4歳の双子の兄妹がいた。

 それを知り激昂したファンによりアイは殺害された。

 悲劇を乗り越えて母と同じ芸能の道を進む子供。

 それは世間の話題をかっさらい、様々な論争が起こった。

 アクアとルビーは現在進行形で活動しているため、注目度は鰻登りでアクアやB小町はテレビにひっぱりだこ。

 トップタレントとしての軌道に乗った彼らの話題は常に更新され、エリザの炎上はもはや跡形も無くなる。

 最終的には、母の想いに応えるため活動する子供たちという美談となって決着した。

 インタビューに答えるアクアとルビーの瞳は、漆黒の星のようだった。

 

 そしてエリザの炎上発端の記事を書いた記者とも決着がついていた。

 当時、記者に対して怒髪天を衝いていた羅杭を思い出しながらエリザはぼんやりとした様子で外出し、ふと酒類の自販機が目に入る。

 少しの後ろめたさを感じながらも自販機の前へ立ち、唸っていると。

 

「やあ、エリザさん」

 

 声をかけたのは、ラフな格好をした痩せ型で糸目の何処にでもいるような30代半ばの男だったが、少し長めの金髪を後ろにまとめていた。

 男はあるプロダクションの社長のようで、何度かゆらから聞いていた名前だった。

 社長として優秀で聞き上手らしく、安心していると男からご飯に誘われた。

 酒類を買おうとしていたところを見られ気恥ずかしさと罪悪感に苛まれていたエリザは緊張しながらも了承した。

 

 連れられた店は落ち着いた雰囲気で、異性と初めて2人きりで食事をしたエリザは言葉数が少なかったが、プロダクションの社長ならではの経験談、現状の解説と今後のアドバイス、そしてエリザを肯定する話し方に徐々に緊張は解れていき、気分が良かった。

 

「どうかな? このまま次の店に……」

 

 そう夜の街にエリザを誘う男。

 

 周辺には派手な電飾で宮殿のような建物が立ち並び、中には噴水やヤシの木風の飾りでリゾート感を演出しているところもある。

 見慣れない建物だったが、闇夜に浮かぶそれらはどこか異国情緒溢れて見るものを高揚させる。

 

 こちらに手を伸ばす男の瞳は、漆黒の星のようだった。

 

 エリザは――――

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