昼。
衛宮切嗣は久宇舞弥を連れて妻のアイリスフィール、そしてセイバーと合流を果たしていた。
場所は海の家。昨日、聖杯問答のあった港の前である。
「……同盟を組もうと思う」
食事をとりながらの他愛のない会話と状況の報告が終わった切嗣はそう切り出した。
「どういうことかしら?」
「セイバーの戦闘力のことも考慮すると現在の状況はあまりいいものじゃない」
「……切嗣。それは私の力が信用できないということですか?」
切嗣はセイバーを無視し、話しを続ける。
「言峰綺礼と交戦した時に最期まで出てこなかったところを見るとアサシンが脱落したのは間違いないだろうね。アサシンが完全に脱落したの僕たちにとっては都合がいい。僕と舞弥が裏で動きやすくなる。そのためにもアイリにはセイバーを連れて表向きな活動を増やしてもらわなくちゃいけない」
アサシンの存在は切嗣にとって厄介だった。先日、舞弥とランサーのマスターの交戦によって舞弥がアサシンに発見されている可能性は高まっていた。それゆえに舞弥に裏での破壊工作に当たらせることは困難だったのだ。
闇に紛れ攻撃してくるアサシン。そして、切嗣にとって厄介な相手であった言峰綺礼。この二つの脅威が同時に消えたことは暗殺者であり破壊工作を得意とする切嗣と舞弥にとってありがたいことだった。
「切嗣。セイバーだけではダメな理由はあるの?」
「確かにセイバーの戦闘力は高い。だが、敵も油断ならない相手が多いからね」
そう言うと、冬木市の地図を取り出す。
冬木全体を一つの紙にまとめた巨大な地図には他のマスターの拠点が記されていた。
全ての陣営の拠点をこの日までに切嗣と舞弥は発見していた。工作活動をとりづらくなった舞弥に、使い魔を使って敵マスターの場所を探らせていたのである。
「まずランサーだが、これは直接セイバーと闘っていたが、僕の見た限りでは互角。おそらく、セイバーの宝具を使うことさえできれば問題はないだろうね。今の所、まだ真名がわかっていないという問題はあるが、マスターが離れたあの場で宝具を使わなかったところを見ると一撃でセイバーを倒せるほどのものではないのだろう」
切嗣たちにとってランサーの拠点を割り出せたのは幸運だった。言峰綺礼との交戦後に敵の拠点の捜索に当たらせていた舞弥の使い魔が移動中のランサーのマスターを発見していたのだ。
「バーサーカーも同じくだ。セイバーはバーサーカーの不意打ちによる攻撃を防ぎ切れていたからね。それに、さっき言っていたアイリの『違和感』が本当なら十中八九脱落したのはバーサーカーだろう」
アイリスフィールの違和感とは、体の中に何かの力が入ってきたような感覚だった。それはアサシンがライダーに蹂躙された直後と、今日に入ってすぐの夜中に発生していた。サーヴァントが脱落したことにより、アイリスフィールの中に存在する小聖杯の一部が満たされたのだろう。
その感覚はアイリスフィールの身体の自由をじわじわと蝕んでいたが、そのことをアイリスフィールは一切顔に出していない。特に切嗣には悟られまいとしていた。
「問題は残り三つ。アーチャー、キャスター、ライダーだ。まず、アーチャーはあれだけの宝具を所有している。近接戦ならまだしも、あれだけの宝具を乱射されたらセイバーも手も足もでない。それにセイバーの宝具を防げるだけの宝具を持っていたとしてもおかしくはない」
その言葉にセイバーは反論をしようとしたが、その言葉は自身で飲み込んだ。
以前見たアーチャーの背後に現れる大量の宝具が降り注ぐ圧倒的な光景を見たのもあるが、ライダーの宝具『
「キャスターは本来ならセイバーが優位なはずだが、セイバーはキャスターの攻撃を『直感』でよけたらしい。つまりキャスターの魔術はセイバーの耐魔力を貫けるということになる。真名も解っていないこの状況で、ぶつかるべきじゃない」
さらに、魔術師には陣地作成のスキルがある。本来なら陣地作成のスキルによって陣地を作りそこにこもることで他のサーヴァントと互角に戦えるキャスターだが、多くの英霊が集まったあの場に堂々と現れたことからして、最低でもあの場の全員を敵に回して逃げ切ることができる自信があったのだろう。
それほどのサーヴァントと正面から戦うのはあまりにも無謀といえるだろう。
「そして、ライダー。こいつは先日見せた宝具が問題だ。大量の英霊を全く同時に召喚する宝具。こいつを相手にすればセイバーの消耗は避けられないし、アイリを狙われる可能性もある。アイリ、君は召喚した英霊が宝具を持っていたようには見えなかったと言ったけど、それでも英霊としてのスキルは保有しているはずだ。少なくとも一体一体がアサシンよりも強いとみてもいいだろうね。それに、あの『戦車』による空中移動。奴らの拠点を探し出すのは骨が折れたよ」
この陣営の他陣営に対する優位性はアイリスフィールの存在によってもたらされていると言っても過言ではない。聖杯の器であるアイリスフィールが陣営にいる限り、聖杯戦争の最後の戦場を選べるのはこの陣営であるからだ。
「厄介な敵に関してはわかったわ。でも、いったいどの陣営と同盟を組むつもりなの?」
「ああ、同盟を組むのは……」
山道を進むバイクが二台。
ランサー陣営の二人である。
目的は冬木市にある霊地の探索と敵の使い魔を振り切るためであった。
新たな拠点には画仙にできる最も強力な結界を張り、その内部にはとられても問題ないものだけを置いていた。
二人は山道の途中でよい霊地を発見しバイクを降りた。
「ふむ、現代の馬もよいものだな。しかし、このへるめっととやらは暑苦しくていかん」
「そう言うな。ただでさえ無免許運転なのに警察の厄介になりたくはない」
画仙は優れた強化魔術師だが、他の魔術はそこまで得意ではなかった。
あえて強化以外で得意な物を挙げるのであれば、自傷をすることによって起源を引き出しての治癒魔術である。
事実、拠点に張った結界も魔力量に物を言わせた強引なつくりであり、一般的な魔術師であれば簡単に解除できる程度のものである。
そして、そのことを画仙は自覚していた。それゆえに、他の陣営にとられていないできるだけ優秀な霊地を探す必要があったのだ。
「ここを少し歩けばいい霊地がありそうだ」
「主よ」
「なんだ?」
歩みを止めず話し始める。
「おぬしはいったい何が目的なのだ?」
「そりゃあ、この聖杯戦争の目的は、勝って『神々の武器の設計図』を手に入れることだ」
「わざわざ、そんなことをせずともおぬしの本来の望み『究極に限りなく近づいた武具そのもの』を望めばよいのではないか? それに、聖杯とやらが本当にすべての願いを叶えるというのなら、おぬしが存在しないと断じた『究極の武具』すら作れるのではないか?」
ランサーの疑問に画仙は答える。
「勘違いしているようだから言っておくがな。ランサー。俺は『究極に限りなく近づいた武具』が欲しいわけじゃない。『究極に限りなく近づいた武具』をこの手で造りあげたいんだ」
「ふむ?」
「お前は武士であって、戦う人間だからわからないかもしれないけどな。他の奴はどうか知らんが、俺は自分の作った物を人に使ってもらうために造っている。武器の輸入だって、最新の武器をチェックして俺の造る武器が究極に近づくための研究をするためについでにすぎない」
そうだな、と画仙は一言間をおいて何かを考え言う。
「例えばランサー。お前は強者と戦いたいらしいが、聖杯に『自分より強い者がいるかどうか』を訪ねて、『あなたより強い者はいません』とでもかえってきたとして、『今俺は誰よりも強いから、誰とも戦う必要はない』なんて言うつもりはないだろう」
「当たり前だな。勝負は時の運。実際に戦わねば意味はあるまい」
「同じなんだよ。例えば、聖杯に『究極の武具を造る力』を望んだとして、実際に俺がその力を得たとしよう。その力で『究極の武具』を造ってもそれは俺の力で造った物だと言えると思うか? 否、だ。そんなものは俺の力じゃない聖杯の力だ」
画仙はいったん言葉を切る。
「じゃあ、『究極の武具そのもの』を望んだとしよう。聖杯は確かに俺に『究極の武具』をくれるだろうさ。だがそれじゃ俺は『究極の武具』を持っているだけの存在だ。それどころか『究極の武具』を造りだしたのは聖杯ということになる。そんなん本末転倒だろ?」
「なるほどな。おぬしの望みはよくわかった。しかし、そうなるとおぬしはこの聖杯戦争を終えてもしばらくは望みはかなわんことになる」
「仕方ないことだ。俺が望んだことだからな」
「となると少しうらやましい気もするのう。儂の願いは強者との闘いだが、この聖杯戦争に出ているのは世界にいる一部の強者だけだ」
「それも仕方のない事だろう」
そこで、ランサーは何かを思いついたような顔を、まるですさまじい策を思いついた軍師のような表情になって言う。
「ならば儂の望みはこの世に再び生を生きることになるだろうな」
「……どうしてそうなったんだ?」
「何やらこの時代には吸血鬼だの魔術師だのとまだまだ強者がいるようではないか。強者との闘いとは言ってもたった7人の頂点に立った程度では満足できん」
「人間はちょっとやそっと願いがかなった程度じゃ欲が出る生き物だとは言うが……」
「……む? 主よ」
ランサーの空気が変わったのを画仙は見逃さなかった。
「敵か?」
「ああ。この先の霊地とやらだろうなサーヴァントの気配がある」
「……先を越されたか?」
画仙にとって良い霊地の確保はこの聖杯戦争において文字通り死活問題。先を越されたとあっては非常に困る。
「度のサーヴァントかわかるか?」
「わからん。だが、魔術師でない儂でも気づくほど接近したのだ。敵もこっちに気づいていると見ていい。だが、仕掛けてこないところを見ると、そいつは体調が思わしくないか、少なくとも仕掛けてこれない事情があると見える」
「ふむ」
画仙は考えるランサーが言うように体調が良くないのであれば、おそらくマスターの魔力不足だろう。事実、結界なども感知できない。
すなわち、ここの霊地を奪うには絶好のチャンスと言える。
「仕掛けるか?」
「……いや、やめよう」
大規模かつ強力な攻撃がなく近接戦を得意とするランサーは魔力の効率が良いという長所がある。しかし、昨夜の戦闘によって画仙の魔力は相当な量を消費していた。
「他のサーヴァントと交戦するには魔力を消費しすぎている。何より、お前の推測が正しければあっちも消耗してるわけだからな」
「ここの霊地をとるという面で見れば、それは好機ではないか?」
「確かにそうだ。だが、消耗した強者と闘ってお前の気が済むのか?」
「……ふん。わかっているではないか。おぬしの気遣いに感謝するぞ」
画仙は霊地の問題よりもランサーとの関係が悪化するのを優先した。
「聖杯戦争はまだ続くんだ。こいつらもいつまでもここに留まっておくわけにもいかないだろうし、これからここをとる機会はあるだろう。今はここを発見したことを喜ぶべきだろうな」
そう言って、二人は来た道を引き返す。
ライダーとそのマスターウェイバー・ベルベットは拠点にしているマッケンジー夫妻の家に帰り着いた。
真名を解放していない『
「あら、ウェイバーちゃん。食後にコーヒーはいらないのかしら?」
「いや、今日はやることがあってね」
ウェイバーに好意的に接してくれるマッケンジー夫妻だが、ウェイバーとは縁もゆかりもない一般人である。
これは単にウェイバーの暗示魔術によって作られた偽りの関係に過ぎない。
「あら、そういえばウェイバーちゃんあなたに郵便が着ていたのだけれど」
「え?」
未だ座ったまま、グレン・マッケンジーと酒を飲んでいるライダーが通信販売でTシャツを購入していたことはあったが、自分に郵便が届く心当たりはなかった。
「えーと。アイリスフィール・フォン・アインツベルンさん?」
「なんだって!?」
「あらあら? もしかしてウェイバーちゃんのガールフレンドだったりするのかしら」
「い、いや違うんだ。え、えーと、これはイギリスの学校の講師の一人で……。ああ、とにかくありがとう!」
ウェイバーはマッケンジー夫人が持っていた封筒をひったくるように受け取る。
「おい、もう行くぞライダー」
「おいおい、何を言っている。 まだこんなに酒が余っておるではないか」
「いいから!」
「はあ。仕方ない。最近の若者はせっかちでいかん」
「はっはっは! まあ、若いときには急がんといかんように感じるものですよ」
「はっはっは! 違いありませんな」
そう言って、残っていた酒を一気に飲み干す。
「それでは、失礼」
ウェイバーとライダーは二回に上がる。
「で? 坊主。余をわざわざ連れてくるようなことなのか?」
「この封筒。アインツベルンのマスターからだ」
「アインツベルン? それは一体どういうところだ?」
「セイバーのマスターだ! 昨日説明しただろ!」
声を荒げるウェイバーだが、そんなものどこ吹く風と受け流しライダーは一人納得したようにつぶやく。
「あの小娘のマスターか。一体何の用だというのだ? 今度こそ我が軍門に降るつもりになったか」
「そんなわけないだろ」
そういいつつ、ウェイバーは封筒を開く。
「……同盟!?」
「なるほど、小娘のマスターも考えたな」
「『今夜11時冬木市民会館前に来られたし』……。どうして、セイバーのマスターがボクたちと同盟を?」
ライダーは目を細めて言う。
「わからんのか、坊主。セイバーのマスターは余の軍勢を見て、それでも余を倒せると踏んだのだ。おおかた、同盟の内容は余とセイバー以外のサーヴァントがいなくなるまで、お互い陣営に対しての不可侵とでも言うつもりなのだろうよ」
「お互いの苦手とするサーヴァントを叩くっていうことか?」
「そうだ。そして、最後は余とセイバーの一騎打ちよ。その場まで想定しているのであれば、セイバーは余の軍勢を突破できるだけの宝具を持っているということになる」
「それじゃ、まずいんじゃないか!?」
それを聞いてウェイバーは慌てた。
『
「ということは、他のサーヴァントがセイバーを倒すのを待つしかない? いやそれだと結果が不確定すぎるし、ああもう! どうすりゃいいんだ!」
「やかましいわ!!」
「ぐわッ!?」
ライダーの凸ピン一発でウェイバーはベッドまで吹っ飛ばされた。
「少しは落ち着け坊主。まずはこの同盟を受けるのかどうかを決めるのが先であろうが」
「あ、ああ。ごめん。とは言ってもどうするんだ? 受けなかったとしても受けたにしても、セイバーがお前に勝てる自信があるってことに変わりはないんだぞ?」
不安げに言うウェイバーに、ライダーは自信ありげに胸を張り言った。
「奴に勝つ算段があるというのならそれは余も同じことよ」
「勝てる見込みがあるのか?」
「あの小娘の宝具を見るまでは何とも言えん。が、どちらに傾くのかわからないのが戦の面白いところよ。余にも策ぐらいは建てられるわい。貴様は余のマスターらしくどーんと構えておけばよい!」