『魔術師殺し』衛宮切嗣は此度の聖杯戦争においていくつもの拠点を用意していた。海沿いに立つ潰れた民宿もその一つである。
海沿いにぽつんと立つその家には切嗣の手回しによって電気も通してあり暖房器具や食料も置いてある。魔術工房の設置には都合のいい地下室もあったため、そこを拠点とすることになった切嗣の妻にしてアインツベルンのホムンクルスであるアイリスフィールにとっては都合のいい環境ではあった。
アイリスフィールがそこで魔力の高い者の接近を知らせる警報結界の設置を行ったのが昨日。
「マスターはまたここに留まれと?」
「ええ。残念だけど……」
結果として昨日は戦闘を一度も行っていない。というのも切嗣に言われたからなのだが。
切嗣いわく『あっちが勝手に潰しあってくれるなら潰し合わせておけばいい』とのことだったが、結果セイバーからの不満を買ってしまっていた。戦争においては当然の策なのだが、騎士であり尋常な勝負を望んでいるセイバーは隠れて漁夫の利を狙うというのが許せないのだろう。
無論、セイバーも切嗣に意見を発しないわけではなかった。しかし、セイバーは切嗣にまったく相手にされていないのだ。
それどころか切嗣は召喚されてから一度もセイバーに口を開いていない。
その理由として『魔術師殺し』たる衛宮切嗣は英雄が嫌いであることが一つの原因だろう。
いつであっても戦場を地獄として見てきた切嗣は、戦場で名をはせた英雄を、戦闘を肯定するような逸話を持つ英雄を、なかでも戦いを尊いものであるとする騎士が嫌いだったのだ。
故に騎士の王たるセイバーとは決して分かり合える存在ではないと認識しているのである。
その切嗣はこの家に現在いない。おそらく助手の舞弥とともに情報収集を行っているのだろう。よってここにいるのはセイバーとアイリスフィールだけである。
「セイバー、そんな顔をしない。お食事にしましょうか」
「食事……作れるのですか?昨日はマイヤの持ってきたコンビニベントウとか言うのを食べてましたが」
「冷凍食品っていうものがあって簡単に作れるらしいの。さっき舞弥さんに教えてもらったから大丈夫……たぶん」
さっき舞弥が来たのはそれが理由か、とセイバーは考える。
そんな中、結界が反応した。外から聞こえるのは雷鳴。
「セイバー。この魔力、それにこの音……」
「おそらく、ライダーでしょう」
魔力で甲冑を造りだし纏った騎士王は外に飛び出す。アイリスフィールはその後に続く。
「おう、騎士王!ってなんだその武骨な戦支度は?今日は当代風の服は着ておらんのか」
民宿の少し前。すなわち道のど真ん中に停めた
「ってライダー!!とりあえずこれを消すかどかすかどっちかにしろ!!」
「なぜだ坊主」
「こんなものを止めてんのを一般人に見られたら大変だろうが!!」
「ライダー。貴様はいったい何をしに来た?」
セイバーの疑問に対しライダーは
「見て解らんか?王として一献交わしに来たにきまっているであろう。ほれ。このように酒も持ってきたのだ。場所は……あのあたりなど良いのではないか?」
勝手に話を進めていくライダーがそう言って指差したのは港である。
「アイリスフィール。どうしましょう?」
「……あの男本当に酒盛りをしたいだけなのかしら?」
セイバーは険しい表情で言う。
「できることなら、向かいたいのですが」
「え?どうしてなの、セイバー?」
「私も王、相手も王。それを弁えた者が酒を酌み交わすのならそれは剣に依らぬ戦い。王として他の王の挑戦には応えるのが相手に対しての礼儀だからです」
それを聞いたアイリスフィールは少し考え、頷く。
「わかったわ。行きましょう」
港に胡坐をかいて座すライダーと酒樽を間に挟んで座るセイバー。ライダーの後ろにはウェイバーが、セイバーの後ろにはアイリスフィールが座って、成り行きを見守っている。
ライダーはその拳を振り下ろし眼前の樽の蓋を叩き割る。そして、後ろのウェイバーからあるもの受け取る。
「これがこの国における酒器であるそうだ」
自慢げに見せたのは竹の柄杓。
ライダーはその柄杓で樽の中の酒を掬って一気に飲み干す。
「聞いたとこによるとこの聖杯戦争は、聖杯を得るにふさわしき器の持ち主を選別、見定めるために行われるのだそうだ。だが、聖杯を得る者を選別することができる手段が闘争だけであるわけではあるまい。まずは酒を交えて互いの英霊としての格を互いに見定めるだけでもその答えは自ずと出る」
そう言ってライダーは柄杓を差し出す。それを受け取ったセイバーは樽から酒を掬い、飲み干した。
「それで、まずは私と格を競おうというのか?ライダー……いや、征服王」
「然り。お互いに王を名乗っておるのだ。これは言うなれば『聖杯問答』。騎士王と征服王のどちらが聖杯を得るべき格を持つ王か?酒杯に問うことではっきりするであろう」
そこでセイバーから柄杓を受け取りつつ、思い付いたようにライダーは一言。
「そういえば我らのほかにも二人ほど王と言い張る輩がおったな」
「戯れはそこまでにしておけ、雑種」
黄金の光が集まり、人の形を作り上げる。現れたのは先日圧倒的な力を見せつけたサーヴァント、アーチャー。
「アーチャー、なぜここに」
「街の方でこいつの姿を見かけてな。誘うだけ誘ってきたのだ。あともう一人誘ってきたのだが……」
「もう到着している」
いきなり現れたその姿にライダー、アーチャー以外の全員が驚愕の表情を浮かべる。無理もない。酒樽の前にいつの間にかキャスターが座っていたのだから。ライダーはむしろ興味深そうに、アーチャーはそれを半目でみるだけである。
「貴様ら随分と遅かったではないか。余と違って徒歩なのだから無理もないが」
「よもやこのような場所を『王の宴』に選ぶとは。
「そういうでない。ほれ、駆けつけ一杯」
ライダーは酒を汲んだ柄杓をアーチャーに渡す。
あっさりとそれを受け取ったアーチャーは躊躇う様子もなく酒を飲み干す。が、その顔をしかめた。
「なんだこの安酒は?こんなもので王の格が図れるとでも思っていたか?」
アーチャーは柄杓を返しつつ言う。ライダーはそれで再び酒を掬う。
「そうかあ?こいつはこの土地の市場で仕入れたうちじゃなかなかの一品であったのだが。ほれ、貴様も」
そう言いながら、キャスターに柄杓を渡す。
「そう思うのなら
アーチャーが右手をかざすと黄金の揺らぎが生じる。
それを見たセイバーは以前操車場で見た攻撃を思いだし、腰をあげかける。が、すぐに座りなおした。
剣を用いないことが王の宴における暗黙の了解。いくら傲岸不遜なアーチャーとはいえ、ここで戦闘を行うつもりはないだろう。という判断で行った行動だった。
アーチャーが取り出したのは黄金の杯と。
「ほお」
「王の酒というものを思い知れ。雑種ども」
アーチャーが黄金の酒器をライダーへ投げ渡し、ライダーが酒をキャスターとセイバーに渡す。
渡された酒を4人は煽る。
「これはうまい!」
「!?」
「ふむ……これは神代の一品ではないか?」
驚愕する3人とそれを見て満足げに笑うアーチャー。
「どんなものでも我が宝物庫には至高の財しかありえない。これで王の格は決まったようなものだな」
「……」
その言葉に沈黙するセイバー。
その時キャスターがぶつぶつと何かを呟く。するとそれぞれの前には魔法陣が浮かび上がり、中から酒器一式が現れる。
「確かに貴殿の酒は至高の酒だ。これほどの酒はそうは見られまい」
「キャスター、これは?」
セイバーが問う。見れば酒器はウェイバーとアイリスフィールの前にも出現していた。
「これは、私の誇る神殿より取り寄せた酒だ。アーチャーよ。貴殿も自らの酒こそ至高と語るならこれを飲んでからにしてもらおうか」
三者三様の反応をしながら酒を煽る王三人。
「これは……!」
「……!」
「ほう……」
セイバーとライダーは驚き、アーチャーは苛立ちを興味に変えてキャスターを見る。
「アーチャー。貴殿の言葉通りなら、王の格を競うのは私と貴殿のみといことになるのではないか?」
「調子に乗るなよキャスター。よもや、我の持つ酒があの程度の物だけだと思って言っているのではあるまいな」
「確かに貴様らの酒は至高の酒と呼ぶにふさわしい。だが、あいにく聖杯は酒器ではない。やはりこの場は各々の聖杯へ託す願いをもって、王の格を決めねばなるまいて」
アーチャーはライダーの言葉を鼻で笑う。
「そもそも、聖杯を奪い合うという時点で貴様らは理から外れておるのだ。あれは我の所有物だ」
「なに?」
「それならば貴様は聖杯がなんなのか知っているということか?」
「知らん。だが、この世の全ての宝物はその起源は全て我が宝物庫の中にある。故にあれは我の所有物だ。貴様ら雑種が我が宝物を奪うなど、盗人猛々しいにもほどがあるぞ」
アーチャーの言葉は確かな自信と共に放たれた。無論それで納得するようなサーヴァントたちではない。
「貴様の行っていることはただの世迷い事だ」
「いや、セイバー余はこの者の正体に心当たりがあるぞ。だがアーチャー。貴様の言葉通りなら貴様の許可さえあれば聖杯をとることができるということになるが?」
「無論だ。だが、我の治める民でもない雑種に与えるものなどない。今からでも我が配下に降るというなら考えてやらんでもないぞ?」
「そいつはできん相談だ」
「だろうな。言うなればこれは我の法だ。我が定めた我の法。貴様らが犯し我が裁く。問答の余地などどこにもあるまい」
「自らが定めた法を厳守してこそ王、か。一理ある」
それを聞いていたセイバーは疑問を呈する。
「ライダー、キャスター。貴様たちはアーチャーに聖杯の所有権があると認めたうえでそれを奪うというのか?」
「無論。余は征服王であるが故、他人の所有物を征服するのは道理だろう」
「この聖杯戦争はもう四度目だという。もはや、所有権の有無など関係あるまい」
「そこまでして何を望む」
その問いを受けライダーは気恥ずかしげに眼をそらし、そして言う。
「受肉だ」
「「はあ?」」
「おい!おまえ世界征服するって言ってたじゃないか!ッのわ!?」
ライダーが詰め寄ってきたウェイバーにデコピンを一発。ただのデコピンだというのに2メートル近く後ろに吹き飛んだのは英霊としてのパワー故か。
「杯などに世界をとらせてどうする。この身一つで世界と対峙することこそ征服の第一歩なのだ。だが今の余は身体一つにすら事欠いている。ならばまず受肉を願うのは当然のことではないか」
「ふむ。私と同じ願いではないか」
「なんだと?」
キャスターの言葉に意外そうに問いかけるセイバー。
「理由こそ違うがな。私は新たな生を受けて別種の人生を歩んでみたいのだ」
「貴様は余のような野望はないと?」
「否。私は生前にできなかったことをしてみたいだけだ。国を治める王としての立場ではなく、王に従う兵士、自らの目的のために研究する魔術師、世界のためにあらゆるものを開発する技術者。こういったものを経験してみたいのだ」
「王としての誇りはないと?」
「それも否だ。私はあの国を治め繁栄させた。私以外の誰であっても私以上に繁栄はしなかっただろう。そういう自信がある。だが、私が王であれるのは治めていたのがあの国であったからだ。他の国を治めていれば間違いなくアレ程発展はしなかっただろう」
そこでキャスターは言葉を切る。その目はライダーもセイバーもアーチャーも見ていない。
「私という王が存在するはあの国だけだ。断じて他の国ではない。他の国の王となった時、私はかつての民や臣下たちを裏切ることになる」
「自らの行いに責任をもってこその王か。納得だ」
キャスターの話が終わり、必然的にまだ願いを語っていないセイバーに視線が集まる。
「最後は貴様だ。セイバー。貴様の願いを聞かせてもらおうか」
セイバーは無言で三人の王の顔を見る。
彼女の目には確かな決意があった。
「私は聖杯の力を持って故国の、ブリテンの滅びの運命を変える」
作者のたくヲです。
聖杯問答回。
ランサー陣営は次回登場します。
これからも『戦国武将を召喚して聖杯戦争で勝利を目指す』をよろしくお願いします。