「凄まじい光景です!一体どういった個性なのでしょうか!?」
頭部の半分が望遠カメラのような姿のレポーターが、ヘリから身を乗り出して叫んでいる。環状高速道路の上空。高層ビルの隙間を縫うように突き進む影を追いかけて報道記者たちは、危険を顧みず取材を続けていた。
恐ろしい獅子のような頭部に、長く強靱な腕、背から生える漆黒の翼を羽ばたかせ高速で滑空する異形の怪物が目撃されてから数十分。警察はすぐさま緊急事態とし、高速道路の封鎖に踏み切った。迅速な対応により無人となった灰色の道をキマイラは我が物顔で破壊し続けている。キマイラはその腔内から鉄球のようなモノを吐き出して、電灯や標識をなぎ倒し、道路を陥没させた。そして怪物は時折道路に落下するように自身の巨体を叩きつけると、グルルルルと大気を震わせる咆哮した。
何にそこまで怒り狂っているのか、怪物はすでに数キロも、同じような行動を繰り返している。当然、様々なヒーローたちは、かの怪物を追いかけ、攻撃し、捕縛しようと試みた。しかし、キマイラの超然とした破壊力は並の個性では太刀打ちできず、またその移動速度について行けるヒーローもまた皆無だった。このまま怪物の進行を止められなければ、被害はさらに拡大するだろう。
キマイラは再び高速道路に転がり落ちるように着地した。自身の体も破損させたのか、辺りに灰色の破片がまき散らされた。キマイラは上空で目につけていたのか、高速道路を封鎖するために停車していた黄色車両に突っ込んでいく。熊のような怪腕で車両を掴むと力まかせて、押さえつけ、ねじ切るように破壊してしまう。電子機器はスパークし火花が散り、もうもうと黒煙を立ち上らせた。その煙の中で怪物の瞳が紅く光っている。
その一連の光景を見たヘリのレポーターは息をのんだ。怪物と目があった気がした。あの凶相がじぃとこちらを見たような、そんな怖気が走った。そしてそれが気のせいではないことを証明するように、キマイラの翼が大きく開かれると、ヘリに向かって巨体が昇ってきた。
「ひぃぁ……」
声にならない叫びがヘリに乗っている誰かの口から漏れた。だがもう遅かった。怪物の爪がリポーターの真横に突き刺さった。グルルルル。キマイラの唸り声が細胞を震わせた。ヘリはバランスを崩し、いつ落下してもおかしくなさそうだった。
その時だ。
怪物の唸り声とは全くの別物。
甲高いエンジン音が外から聞こえてきた。その音はどんどん近づいる。
キマイラはグルルルルとまた唸ると、ヘリから腕を外し、凄まじい勢いで飛び立った。ヘリはグラグラと揺れながらも、なんとか高速道路に着陸した。腰の抜けたレポーターは、キマイラに追いすがる影を見つけた。甲冑のようなコスチュームを身にまとい、両腕の肘からマフラーを生やしたターボヒーロー「インゲニウム」だった。
○○○○○○
「あれが、キマイラか」
インゲニウムこと、飯田天晴はその恐ろしさに身震いする。十数メートルの巨体に違わぬ破壊力。そして異形に似合わぬ機動力。そのどれもが脅威だった。飯田の個性「ターボ」はキマイラを補足するのには十分な速度を有していたが、あの巨体から繰り出される一撃をもらってしまえば一瞬でお陀仏である。接敵には細心の注意が必要であった。
上空を滑空するキマイラはインゲニウムの存在に気づいたようで、凶悪な眼を彼に向けてきた。そして突如として巨体は一気に急降下する。高速道路へと再び降り立った巨体はその勢いを殺すことなく、長い怪腕と強靱な脚を駆使して疾走し始めた。追いかけてみろと言わんばかりに高速道路上を蛇行する怪物だったが、その移動速度は滑空時とは比べものにならぬほど減速した。
しめた!とインゲニウムは内心で叫んだ。彼の個性の特性上、陸路を逃げる相手にはめっぽう強い。空中ではまさに手も足もでない難敵だったのだが、気まぐれか何なのかわからぬものの、向こうから自分と同じ土俵に来てくれたのだ。
インゲニウムは短く息を吐くと、一気に全身に力を込め爆発的に加速した。
瞬間、白銀の英雄は怪物の真横に躍り出る。
キマイラの深紅の瞳と牙だらけの口が開かれる。
加速状態のインゲニウムはそうした動作がすべてスローモーションのように見えていた。そして、そんな間抜けな怪物の横っ面に強烈なパンチを叩き込んだ。個性で超加速した勢いをそのまま乗せた拳は、硬質なキマイラの体表を容易に砕いた。
怪物はバランスを崩し転倒。巨体は何度もバウンドし、高速道路の壁面にぶち当たった。インゲニウムはそれを見届けると急ブレーキをかける。摩擦で道路が焼き付き、焦げ臭い匂いが立ち上った。
壁にめり込んだ怪物は動かない。だが、インゲニウムは油断しない。すぐさまコスチュームに搭載された通信機器を使って、事務所の相棒達(サイドキック)に連絡をとる。
「対象に一撃を加えることに成功。すぐに救援を頼む」
向こうから了解の連絡を受け取り、インゲニウムは少しずつ怪物に近づいた。いつ動き出してもいいように、走り出せる距離を保ち、巨体の様子を伺う。
あらゆる動物の特徴を合わせたような四肢、背から生える翼。キマイラのその姿を見て、インゲニウムはまるで人間に恐怖されるために生まれたような見た目だと感じた。ヒーローネットワークと呼ばれるプロヒーロー達の情報交換サイトを見てもそれは明らかだった。必要以上に長くいびつな牙や爪は威嚇に持ってこいだったし、翼を広げる姿はまさに悪魔のようだ。口から鉱物塊を発射するのも、映画の怪物を彷彿とさせ脅威的だ。
だがインゲニウムは、いやプロヒーローの多くがこの怪物に疑問を持っている。
「お前の目的はなんなんだ?」
インゲニウムはキマイラに聞こえるように呟いた。
キマイラのこれまでの行動はすべて同じだった。
音もなく突如として現れて破壊活動したかと思えば、ちょうど都合良くヒーローの誰かが駆けつけ撃退。そしていつの間にか姿を消してしまう。これのみだった。件の怪物から破壊以外の目的を見いだすことは難しかった。
無論、捕縛し怪物自身に問いかけるのがもっとも早いのだが、未だ誰も怪物を逮捕するに至っていない。
当初は捕縛しなかったヒーローたちを批判する流れがあったものの、いつの間にか融けていく異形の動画が拡散されてからは、その声も静かになっていった。あれではどうやってもその場で捕まえることは難しい。加えてヒーロー擁護の追い風となったのは人的被害の少なさだった。恐るべきことにキマイラの被害で死者、重傷者は確認されていない。もちろん精神的なショックを受けた人々は大勢いるが、ヒーローがキマイラを打ち倒す映像を見ると、少し安心し日常に戻っていくのが大半だった。
それがインゲニウムは理解できなかった。これほどまでの被害がありながら、運良く市民が無事なことがあるだろうか。こう何度も運良く、ヒーローが間に合うことがあるんだろうか。インゲニウムは動かないキマイラを見て思う。この異形のその下にはどんな人物が隠れているのか。
とうとうキマイラは動き出すこともなくインゲニウムが運営するチームIDATENの車両が到着した。怪物がいつ融け出しても逃がさぬよう、金属だけでなくプラスチックをはじめとする様々な物質で作り出した捕縛ネットがキマイラを包んだ。効果があるかは未確認だったが、一応は怪物を車両に詰め込むことに成功した。インゲニウムたちは十分な警戒を続けながら、怪物を押送する。だが、やはり異形はその途中で融解を始めた。ドロドロに溶け出したなぞの液体は、高い粘度をもち、一切の反応を示さなかった。しょうがなく液体はそのまま警察に引き渡されたが、個性と科学の両方の力で検査しても、内容物はコンクリート、泥、水、油などの混合物であり、生き物らしいものは何一つ発見できなかった。
無念に感じるインゲニウムをよそに、世間は彼を初めてキマイラを捕まれた英雄として賞賛した。ヘリに乗っていたリポーターも彼の活躍がなかれば死んでいたと番組内で語ったことも影響して、インゲニウムは若くして人気のプロヒーローとなっていった。
○○○○○○
「ありがとう、これが約束のものだ」
「まいどあり~」
都内某所。向き合うのはフードを目深くかぶる少女と、上等な衣服を身につけた老人だ。老人の両隣にはスーツ姿の男女が控えており、やんごとなき人物だというのがわかった。老人が聞いてもいないのに、キマイラと戦うインゲニウムの活躍をうれしそうに語った。インゲニウムは親子三代続くヒーローの家系らしく、老人はインゲニウムの祖父に助けられたことがあるらしかった。
「彼の御爺様は三面六臂の活躍でね。みんなその素晴らしさに憧れたもんだよ。天晴くん、いや今代のインゲニウムもよくやってくれているけど、どうにもまだまだ地味でね。これで少しは御爺様の人気に近づいたってもんだよ」
「なるほど、そりゃ良かったす。じゃあ、もらうモンもらったんで、アタシは帰りますわ」
スーツの男性から茶封筒を受け取った少女。聲はもう老人の話に興味がないのか、背を向けて帰ろうとする。老人はその様子に怒るまでもなくニコニコと笑っていた。
「ああ、ホントに助かったよ。もう会うこともないだろうね」
「そうっすね。アタシも仕事終えた相手を始末しようとするジジィなんて、もう会いたくねぇよ」
老人はピクリと眉を痙攣させる。
瞬間、両隣にいたスーツの男女が苦悶の声を出した。見ると、部屋の床や天井から植物の蔓のような何かが二人を拘束している。蔓は男女の腕、手のひらに炎の玉を作り出していたその腕を凶悪な力で締め上げていく。老人は万が一、キマイラとの関係が明るみにならぬように配下の二人に殺しを命じていたのだった。
「いつの間に……」
「言うわけねぇだろ、クソ野郎」
少女がそう言うのを合図に、蔓はさらに力が加わった。ゴギンという音が部屋に聞こえる。拘束を解かれた二人は脂汗をかきながら座り込んだ。叫び声を出さなかったのは、流石はプロ仕事人と言ったところだろう。少女はその様子を見て、「優しすぎだろ」と呟いた。
「素晴らしい」
老人は二人の部下を見て、少女に話しかける。
「これほどまでの隠密性は見たことない。どうかな?お嬢さん。そんな綱渡りの仕事じゃなくて、正式に私に雇われてみないかい?今回渡した十倍は保証するよ」
老人は笑う。個性黎明期という地獄を生き抜いた長老の胆力は凄まじい。自身の守りがなくなったというのに、余裕を崩さぬ度量を見て、少女は鼻を鳴らす。
「ふざけんな」
「ふむ、じゃあ二十倍だそうか?」
「金だけじゃねぇんだよ。アタシらは…………いや、アタシはアンタらみたいな大人は大嫌いだ」
少女の体は音もなく、ズルズルと床に沈んでいく。普段聞こえてくるグルルルルという音は一切しなかった。これが鳴無聲の個性である。聲の個性は「音量調整」、様々な音を感じ取り、その大きさを操る個性である。彼女はこの力を使って、キマイラが融合時に発するグルルルルという音を極小にすることで、怪物が音もなく街中で出現させ、音もなく融けさせることができたのだ。今回のスーツ姿の二人が彼女を殺そうとするのを感知したのも彼女の個性である。服のすれる音や、手のひらに炎を生み出す音など、悪意には音がつきものである。
少女は老人を一瞥することもなく部屋から消えていった。
超人社会は表だったヒーローやヴィランだけでなく、様々な悪意や害意、独りよがりの善意がはびこっていた。その中を融合超獣キマイラの二人は生きていた。