昼下がりの喫茶店。軽快なジャズが流れる店内には妙齢の奥様方やパソコンを打ち込む中年など、多様な客の姿があった。聲はそんな喫茶店の雰囲気が嫌いではなかった。ここで紅茶やコーヒーを飲んでいると、そうした普通の人々の仲間になったように感じるからだ。聲は注文したホットコーヒーを口に含む。そして目を閉じ、香りや味を楽しむのだ。
「げほっ」
「かっこつけてんじゃねぇよ。苦くてむせてんじゃねぇか」
苦みに渋面を晒した聲に、意地悪そうな顔をして語りかける男がいた。眼鏡に右前歯の欠けた柄の悪い男だ。彼は義爛と呼ばれる、裏の仕事専門の斡旋屋である。もちろん偽名だがこと仕事に関しては信頼の置ける男だった。聲はヘラヘラと笑う義爛をじろりと睨んだ。
「つか、コーヒー=大人っていう思考もガキ過ぎて笑っちまうぜ。まぁ、逆にこんな奴らがあの化け物だなんて誰も思わねぇから、ちょうどいいか」
「うるせぇよ。早く仕事の話をしようぜ。」
「おー、こわ」
義爛は肩をすくめ、ティーカップを傾ける。
「残念だが。今、紹介できる相手はいねぇな」
その返答に聲の表情はさらに険しいものになった。
「もう2ヶ月だぞ?アンタが言ったんじゃねぇのか。この仕事は定期的に続けるのが大切だって」
「ああ言ったな。お前らみたいな奴らは鮮度が命だ。忘れ去られると一気に需要が減っちまう」
「じゃあ、なんでだよ?………アタシらなんかミスしたか?」
「いやいや、仕事ぶりは完璧だ。クライアントからの評価もいいぞぉ、あのインゲニウム推しのジジィからは結構な頻度で依頼が来るしな。ひはは、嫌そうな顔をするな」
「チッ…………理由は何だよ」
「こいつだよ」
義爛はいくつも所有している端末の一つ、ウサギ型のカバーをしたスマホを聲に見せた。そこには筋骨隆々、天をつく二本の触覚の伸びた金髪の大男が写っている。
「………オールマイト」
「そうだ。こいつのせいで、正直かなりやべぇことになってる」
誰もが知るNo.1ヒーロー、オールマイト。彼の活躍はまさに八面六臂。災害から犯罪まで、何でも拳一つで解決してしまう超人である。彼が活動をはじめて十数年。彼の存在により裏稼業の需要は減る一方であった。だがさらにこの数年、オールマイトはより苛烈に強烈に活動しており、ヴィランやその関係者たちの姿は加速的に消えていっているとのこと。
「この数年で、とうとう誰もが知る大物から、普段は影も形も出てこない裏の伝説まで、幾人もの通り名持ちがぶっ飛ばされちまった。俺の知り合いももう何人もコイツのせいでパクられる。今、派手に動くのは、まさに狙ってくれって言うようなもんだ」
聲はスマホの向こうにいる男を睨み付けた。義爛は再びコーヒーカップを傾ける。ズズズとお行儀悪く最後の一滴まで吸い上げると、どこか遠くを見つめながら話を続けた。
「………それに、どうにも最近きな臭くてな」
「きな臭い?」
「普段は手を組まないような能無しの暴れたがりの連中が、徒党を組んでオールマイトに襲撃したニュース知ってるよな。ああいうのが、いくつも起きてる。最初はやぶれかぶれになっちまっての行動かと思ったが、そうじゃねぇ。まるで誰かが奴らをそそのかしてオールマイトにぶつけてるような感じだった。そんな事件がゴロゴロ耳に入ってくる。それだけじゃねぇ。薬やら犯罪者やら、そして死体やらがいろんな場所に運び込まれている。何かドデカいモンが、水面下で起きようとしてるのは、まぁ間違いないだろうな」
「何かって、何だよ?」
「知るか」
聲は口をぽかんと開けて義爛を見る。彼はケタケタと笑うと、瞳に優しさを少しだけ滲ませて話す。
「この世界で長生きするコツは知りすぎないことだ。よく言うだろ、闇をのぞき込むとき、闇もこちらをのぞいてるってな。のぞき込んだ先に化け物がいたら、俺みたいな雑魚は一瞬で喰われちまう。そういうことで、巻き込まれないために、俺もぼちぼち地下に潜る気だ。お前らとも気軽に会えなくなるだろうな」
「………切る気かよ」
義爛は思わずといった様子で、彼女の頭をなで回した。一瞬、キョトンとした彼女だったが、すぐに顔を真っ赤にして彼の手をはたき落とす。痛い痛いと笑う彼はどこまでも楽しそうだった。
「こんな金のなる木を捨てる馬鹿がいるかよ」
「死ね!」
「ケハハ、まぁそうだな。せっかくだ。長期休みってことにしてのんびり旅行にでも行ったらどうだ?金はお前らみたいなガキが持つには、過ぎた額があんだろ?」
「………旅行なんて行ったってなぁ」
「まぁ、そう言うなよ。海でも山でもいいし、地方の美味いもんを喰いにいくのもいいぞぉ。皮肉なことにオールマイトのおかげで治安もどんどん良くなってるしな。ガキ二人で行動してても安全だ。ほら、お前はどこに行きてぇんだ?引っ込んでないで、出てこいよ?」
そう言うと義爛は再び聲に手を伸ばし、彼女の首を無造作に掴んだ。聲は歯をむき出しにして怒るが、同時に彼女の体から、ズルズルと何かが這い出てきた。小さな塊だったそれは義爛の手に引っ張りだ去られ、喫茶店の床に落ちる。塊は徐々に形をなしていく。それは子供だった。聲よりもさらに小さな少年。真っ青な肌とギザギザの牙、よくわからない角の生えた男の子。混色流(こんしょく ながれ)である。彼はのそのそと動き出し、聲の横にちょこんと座った。
「お、おい!出てこなくていいんだよ!」
「いやいや、コイツの意見も聞くべきだろ?なぁ、おい旅行するならどこに行きたい?なんかしたいこととかねぇのか?」
義爛の問いかけに流は頭を少し傾け話す。
「……は、はか…た」
「博多?なんで?」
「らーめ、ん。……も、つなべ、……とおり…もん。あ…う……うま、い……もん、たべた……い」
「お前、そればっかりだな!出会ってから食いもののことしか言わねぇじゃねぇか!」
「おい!流に大きな声出すなよ!びっくりしちゃうだろ!」
「そんな玉じゃねぇだろ」
喫茶店で話す3人は裏の住人にはとても思えなかった。
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流は大きく伸びをして聲と義爛のやりとりを見つめた。そして自分が裏家業で生活している事実に目を背けたくなった。もうキマイラとして生活してどれくらいたっただろうか。ぼちぼち危ないことは止めて、のほほんと生きていきたいものであると彼は思った。
そして同時にお腹すいたなと思った。二人が飲んでいるコーヒーいいなぁとも思った。彼はいやしんぼである。加えて流は転生者でもあった。普通の子供に、裏の仕事はできかねるのである。
話す二人を無視して、彼は喫茶店の呼び鈴を鳴らした。何を飲もうかなとメニューをわくわくして開きながら、というかそもそもなんでこんな生活をしているんだっけと、彼は過去を振り返り始めた。