混色流(こんしょくながれ)は前世という言葉なんて信じてはいなかった。しかし、こうして実際に体験してしまえば信じざるを得なかった。ふと記憶をたどる。ソコソコ楽しかった学生生活、給料日だけが幸福だった社会人時代、腰が痛くて外出が億劫になった老人ホームでの生活。などなど、「今」ではない記憶が朧気ながらに思い出せるようになったのは、彼が混色流として誕生してから数年後の出来事であった。
そう誕生して数年である。混色流はまだ言葉も満足に話せぬ幼子だった。しかし自宅の縁側から落下し、頭を強く打ったショックであらゆる「過去」の記憶が流れ込んできたのである。痛みと記憶の混濁に目を白黒させる流。ふと見えたのは彼を突き落とした老婆、混色流の祖母の姿だった。
あらゆる超常が個性として受け入れられる超人社会。輝かしいヒーローたちが活躍する素晴らしい世界に思える一方で、まだまだ差別というものは残っていた。特に顕著なのが異形型に対する偏見である。混色流は【個性的な見た目】をしている。田舎の、それも無個性の多い老人社会において異形型を受け入れる土壌など存在しない。
さらに運の悪いことに両親はそろって発動型の個性であり、特に普通の人と変わらぬ見た目である。そんな二人の個性的要素から逸脱した見た目ゆえに、夫婦間の関係もギクシャクしてしまった。本当に自分たちの子なのか。口には出さずとも、そういった空気が漂い始めるのに時間はかからなかった。
つまるところ家でも周囲でも彼の扱いは良いものではなかった。特に村の面々は混色流の家族に対して急によそよそしくなった。そんなだからまだ年若い流の両親や祖父母は彼に対して冷たく当たるようになったのだ。
それが前世の記憶と意識を取り戻した混色流が、理解し推測した現実であった。
詰んでないか、これ?思わず息をつく流である。縁側から落下し、泣きもしない彼を見て、突き落とした老婆はそそくさと奥に行ってしまったし、額を赤くした幼子を見ても家族の反応は薄かった。その後も数日の間、彼が感じたのは幼子に対する親愛などではなく、ほぼ無視に近い対応であった。まだ言葉もおぼつかない幼子に対して、よくもまぁこんな仕打ちができるものであると、流は他人事のように思った。
とある昼下がり、流は考え事をしながら散歩に出かけた。山道は幼子には険しいものだったが、汗をかきながら歩くのは中々気持ちのよいものだった。そんなさわやかな汗をかきつつも、こんなところにいては碌な目に合わないだろうと流は感じていた。しかし、こんな小さな体で自立なぞ不可能であるし。村から出て助けを求めるというのも現実的ではない。せっかく突如として得た第二の人生、謳歌しようにもこれでは無理ゲーである。
流はこの先どうするべきかとうんうんと唸りながら進む。はたから見れば実におじさん臭い仕草であった。そうしていると歩いている内に道は下り坂になった。転ばぬように気をつけながらさらに奥にいくと、急に開けた場所にたどり着く。見てみるとそこは川原である。キラキラと陽光を反射する川が流れている。ぽちゃんと音がした方を見ると、小魚が水面を跳ねていた。透き通るような川に元気な鮎が何匹も泳いでいた。
流は目を輝かせた。
美味そうだ、流はギザギザの歯の隙間からついつい涎を垂らした。鮎の塩焼きはビールに良く合う。前世ではよく食ったものである。ぎゅるるると流の腹がなった。基本的に流は馬鹿であった。好きな物といえば酒、金、女であった。実に単純、良い言い方をすればシンプルな男である。前世でもその実に本能的な性格を隠そうともしないし、我慢も得意ではないので、しょうもなくも楽しい人生を歩んだ。楽観的というよりは向こう見ずな性質はある意味で現状を生き抜くのは適していた。事態を深刻に受け止めすぎないのは、彼の数少ない長所である。
彼がニヤニヤしながら川に近づき魚の群れを眺めていると、彼の横にぽしゃんとしぶきがあがった。振り向くと村の子供たちが意地の悪い顔をして流を見ていた。その手には小石が握られている。子供の一人が腕を振るった。再び小石が飛んできて流のすぐ横を掠めていく。彼らは子供特有の甲高い声で口々に何やら言ってきた。訛りがひどくすべてを聞き取るのは難しいが、まぁ要するに化け物だと罵っているようだ。子供は大人の影響を色濃く受けるものである。狭い村ならなおさらだ。
クソガキってどんな場所にもいるんだぁと流は思った。流はクソガキたちを無視するように立ち上がると、そそくさとその場を離れようと歩き始めた。反応のない流の様子に腹がたったのか、子供はさらに口々に暴言を織り交ぜながら何度も何度も小石を流の方に投げつけてきた。いい加減うっとうしいので、何とかならないかと流が思いながら走っているとゴチンという音と共に視界に星が飛んだ。
なんと小石が流の後頭部に命中したのだ。一瞬に衝撃ののち、すぐさま鈍い痛みが走る。思わずうずくまるその体に向かって、子供たちは追い打ちとばかりに投石を続けた。そのうちのいくつかがさらに流に命中する。
痛い!痛い!?痛いんだよ!このクソガキども!怒りで茹で上がる流だったが、一人ではどうしもうようもない。多勢に無勢、流は痛みに耐えながらなんとか再び立ち上がり逃げ出そうとして、ザブンと川にその身を滑らせた。ごぼごぼと鼻や口から冷水が押し寄せてくる。パニックである。ばたばたと手足を暴れさせるが、掴むのは水ばかり。酸素を求めた口はさらに水を飲み込んでしまい、思考は混濁し始める。
すると突然、異変が起きた。
グルルルという地鳴りのような、鈍い音が響いたのと同時に流れる川が水あめのような粘度を伴って、流の体中に巻き付いた。酸素を求めて水中で喘いでいた流だったが、いつの間にか息苦しさがなくなっていた。そればかりか水の冷たさも、投石による痛みも弱まっている。落ち着きを取り戻した流の視界がゆっくりと開けてくる。
先ほどまで口汚く流を罵っていたクソガキ共が見えた。打って変わってこちらを見上げ青ざめた顔をしている。流はその視界の変化に驚き、思わず声を上げる。飛び出たのは巨大な異音。それを聞いたクソガキたちは、びくりと体を震わせて、蜘蛛の子を散らすように走り出した。
おいおいと、思わず手を伸ばす流は、ようやく自身に起きた異変を理解する。見やると人間の手ではなくなっていた。半透明で不定形な怪腕がそこにある。
流のその姿は、不定形で半透明なトカゲに見えた。その大きさは十数メートルにも及んだ。川の清流がうごめきながらも固まった異形。自身の変貌に流は、なんじゃこりゃ!と叫んだが、怪物の体はそれを大音量の雄叫びとして辺りにまき散らした。あまりの振動に、先ほどまで泳いでいた鮎がピクピクと痙攣して水面に浮いていた。
流が不慣れな巨体に四苦八苦していると、騒ぎを聞きつけた村民が続々と集まってきた。ある者は恐れ、ある者は怒り、あるものは嫌悪して、巨大な流を睨んだ。流はそのあまりの騒動に、これは終わったなと達観した。流が思わずため息をつき、怪物の口元からグフゥという怖気の走る音が響いたのと同時に、若き村民たちは自身のもつ個性を使って、個性のない老人たちも投石や箒などを使って、流に突撃した。
流の巨体な様々な攻撃に対して、強固な防御力を示したが徐々に半透明な肉体は削られていった。夢中で逃げていく流は、自身の根底に刻まれた本能のような何かに導かれるように、自身の個性を理解していった。橋を破壊し、森林をなぎ倒し、崖から転げ落ちたあたりで、流は自身のもつ【融合】の個性を十二分に使いこなせるようになっていた。様々に変異変貌していく自身の体を上手に使って流は怒濤の追撃から逃れ、山らから街へと下っていった。