週末の昼過ぎ。食べ放題がウリの焼き肉店はごった返していた。ガヤガヤざわざわと騒がしい店内で学生の二人組はだべっている。その机にウエイトレスが新たな皿を運んできた。
「おいおいまだ食うのか?いくらなんでも食い過ぎだぞ」
「いや、おかしいんだよ。なんかずっと食い足りない感じがしちゃってさぁ」
そう言いながら彼は網の上に肉を置いていく。肉の焼ける心地よい音と煙がのぼった。その様子を見ながらもう一人は結露したコップをつかんで傾ける。
「つか、また出たらしいな」
「出たって?なにが」
「あれだよ、妖怪、巨大モグラ」
「え~、絶対あれは地面系の個性をつかった悪ふざけだって」
「いやいや、3組のみっちゃんも放課後にめちゃくちゃでかい影が地面から出たのを見たらしい」
「でもなぁ、今時妖怪ってのがダサい」
「UMAでもいいけど?」
「どっちにしろ嘘くさいなぁ」
話しながら彼は焼けた肉を取り分ける。向かいに座る友人に渡そうとすると手で拒否されたので、二枚とも自分の取り皿に置いた。タレをかけて口に運ぶ。三千円しない食べ放題とは思えない肉のクオリティだと彼は言った。高い肉など食べたことあるのかよと、友人は突っ込んだ。あっという間に肉を平らげた彼は、顎に手を添えて注文用のタブレットを眺めている。
「いやいや、マジで食い過ぎ。何?関取にでもなるの?」
「だよねぇ、食欲っていうか、満腹感が最近おかしいんだよなぁ。めちゃくちゃ体重増えたし」
「そうなん?見た目は変わってないけど?どれくらい増えたの?」
「二十キロくらい」
「嘘つけ」
「いや、ほんと」
「…………マジか、病院いこうよ」
いたって健康なんだけどなぁと彼はつぶやく。そしてふと思い出したように話し出した。
「そういえば最近、耳鳴りが酷いときがあるわ」
「耳鳴り?」
彼はうなずく。まるで地鳴りのような、グルルルルという音が聞こえてくるのだとか。あっ!今も聞こえてきた!めちゃうるせぇ!と彼は耳をおさえながら言った。ごった返す店内ではそんな音は聞こえてこない。友人は落ち着きのない彼を見て、水を飲み干した。数分後、彼はどこか苦しそうにおなかをさすり始める。
「や、やべ、急におなかいっぱいになってきた。おなか痛ぇ」
「やっぱり、病院行こうぜ」
友人はあきれた顔で言った。
○○○○○
活気だった街から数キロ離れると街灯も少ない山道が顔を出す。夕暮れを過ぎると、高い木々が陽光を遮ってすっかり闇深い場所へと早変わりする。ジジジと電線に電気が流れて、物寂しい小さな光に虫が集まるようなそんな場所。そのすぐ近くに廃屋が一つあった。田舎道には珍しくもない、時代に置き去りにされた赤錆まみれのトタン屋根。扉は近所の不良に壊されたのか、穴が開いている。
その穴の向こう側から廃屋の床が見える。床は腐食が進み、ほとんど地面が丸見えになっている。そんなむき出しの床から、モゾモゾと這い出てくる影が一つ。グルルルルという地 鳴りのような音を立てるそれは不格好なサンショウウオのような何か。全長3メートルはあるだろう。でっぷりとした体をブルブルと震わせると、体表がどろりと融け出した。泥やコンクリートや水や、あらゆる材質で作られた体がドンドン崩れていき、気づけば青肌の子供が現れる。
あの騒動から早数ヶ月。混色流はその融合の個性を十二分に使いこなして、あらゆる街に潜伏しながら生きていた。筋トレを続けることで、体中を筋骨隆々に変化させるボディビルダーのごとく、個性を使い続けたことで彼の能力は際限なく成長。今や他人と融合し栄養を一方的に共有することすら可能にしていた。まるで寄生虫のようなおぞましい有様だが、無力な子供にとってそうしなければ食事はおろか、夜の寒さにすら耐えられぬ。親に見捨てられ、村に追われた彼は実に悲惨な境遇だ。
流は廃屋の中で深い深い息を吐いた。自身の置かれた現実に押しつぶされているのだろうか。それとも勝手に融合し、あまつさえ自分勝手に他者の栄養を吸い取ったことを悔いているのだろうか。
流は、会話らしい会話がなかったことで、かすれた音しかしない喉と口でしみじみとつぶやく。
「や、やき、にくって……う、うまぁ……ぁ」
これである。
これが混色流という転生者のもつ異常なまでの生きる力であった。
彼は実に単純で、後先考えず、そして本能に忠実な明るい愚か者であった。村から追われたことは、きちんとソコソコショックではあるものの、まぁ、しょうがないか!と受け流してしまう豪快で脳天気な幼児である。彼は個性を使って、悠々自適な寄生虫ライフを楽しめてしまっていた。
彼は様々な人物と融合し、美食に舌鼓をうち、時には温泉や遊園地などのレジャーも、あまりに一方的にシェアして楽しんでいたのである。汗水垂らして働く人々から甘い汁をすするそのあり方はまさにろくでなし。彼の生い立ちを勘定に入れても、同情の余地はなさそうである。
「ふわぁ」
流は大きな口を開けて、あくびをする。ギザギザの歯の隙間からよだれすら垂らす間抜けな顔である。彼はグッと伸びをして、一眠りしようとグルルルルと地鳴りのような音を立てて、融合を始めた。幼児の姿では様々な危険がありもっぱら地中で眠るのが常であった。いよいよ昆虫か動物染みで来ているのだが、当の本人はむしろと地中の方が暖かく光もなくて眠りやすいと感じているので、問題はなかった。
彼の全身が土中に完全に沈みきってから数十分が経つころ、彼の頭上でバタバタと何かが走り回る音がした。野生動物か、はたまた車か、普段なら気にも止めない流であったが、何かいつも違うことを感じ取って地上に蛇の頭のような器官を作りあげて、辺りを観察し始める。
見やると、何者かが言い合いをしているようだった。暗くよくわからないが、おとなしくしてろ!という怒号が聞こえ、徐々にヒートアップしていき、鈍い殴打の音が聞こえてきた。流は様々な地域を転々としている内に気づいたのだが、流が知る日本よりもはるかに治安が悪いのである。路地裏などの人気ない場所での喧嘩は日常茶飯事で、強盗窃盗暴行などの事件も珍しくない。そんな世も末的な社会なのである。
バタバタ、ドスン、バシン。
音はどんどん激しくなっていた。
流はうるさいなぁと思う。騒音は安眠の怨敵である。流は土中の泥や腐った枝や石などを融合して、眠気眼を擦りながら、安眠のために移動を始めた。
当事者は3人だった。責め立てる二人組と必死に抵抗する一人、という構図だ。
「いいかげんにしろよ、てめぇ」
二人組のうちの片割れ、絵に描いたような不良が拳を振り下ろす。小さな影は軽々と吹き飛んで地面に転がった。ゲホゲホと咳き込みながらも殴った相手を睨み付けるのは子供だ。どう見繕っても中学生くらいだろうか。汚れた服装にざんばら髪の小さな体。威勢だけで食らいついていたのかその瞳に燃え上がるような敵意を滲ませて、歯を食いしばっている。
「なんだその目は!」
「ふざけやがって!」
不良たちは倒れた矮躯を踏みつける。子供は苦しそうに呻いた。
「財布どこに隠しやがった!?」
子供は盗みを働いたらしい。身なりからして随分困窮しているようだ。だがそんなことは不良には関係がないようで、容赦なくその体を蹴り上げる。口を割らない小さな体に不良はいよいよ怒り心頭といった様子だ。とうとう不良の一人の両腕から骨のような棘がいくつも生えてきた。実にわかりやすい個性だろうか。性格的にもぴったりだろう。
「言え」
彼は子供の眼前に棘を見せつけた。
だが、子供はその棘を見ることなく、なぜかきょろきょろと左右に頭を振り、辺りを見回しはじめる。
何かに気づいたような様子で、困惑した表情を浮かべている。
子供が自分を無視したのだと思った不良は完全に切れてしまった。その鋭利な棘で突き刺せば人体がどうなるか想像することもできなくなった。ぶっ殺す、と口の中でつぶやいたかと思うと、彼は大きく体を引き絞り、子供めがけて拳を振るった。
ぐちょり、という音がした。
不良の棘が突き刺さった音である。
しかし子供にではなかった。
「な、なんだ!?」
気色悪い感触に不良は呻く。
うごめく巨大なミミズのような何かが土中から飛び出し、子供への一撃を防いだのである。驚愕する不良二人組と唖然とする子供の前に、グルルルルという地鳴りのような、獣の唸り声のような音がする。
さらに地面からズルズルと這い出る巨大な影。
サンショウウオに似ているが、どこか不定形な巨体。
不良たちが見上げるほどの大きさ怪物。
ミミズのような何かは怪物の尾か触手か。
人知を超えた異形が3人の前に姿を現した。
異形は先ほどグルルルルという音を響かせて不良たちに顔のようなものを向けると、丸太よりも太い腕をたたきつけた。
ドズンという鈍い衝撃。
足下が揺らされ不良たちはバランスを崩し尻餅をついた。その場所へ再び腕をたたきつけようとする怪物を見て、彼らは甲高い悲鳴を上げながら転がるように逃げ出した。それを見届けた巨体は尾の近くで倒れる子供を見る。子供はびくりと体を震わせる。異常な存在の前に、とうとう心が折れたのだろうか。子供は目をギュッとつぶって怪物を見ないようにした。
怪物は両腕で目をこすり、グオオオと雄叫びを上げた。そして縮こまる小さな影に興味を失ったようにグルルルルと唸ると、地面に沈んでいった。
子供は目を開けると、もう巨体の姿はない。まるで夢だったかのようにまるっきり怪物は消えてしまった。しばし呆然としていた子供だったが、突如はじかれたように顔を上げ立ち上がる。辺りをキョロキョロとして、何かを探しているようだ。しばらくして子供は、迷いなく歩みを進めていく。その先には、ボロボロの廃屋があった。