苦手な方はご注意ください。
周辺がまだ人気の避暑地だったことに目をつけた企業が建てた豪華絢爛なホテルは、時の流れと激動する社会についていけなかった。老朽化したエントランスは床が陥没し、巨大な穴があいた。穴の大きさは直径25メートルもあり、人が動き回るのにはピッタリの大きさだ。視界もよく2階から眺めれば穴の中がよく見えた。
人目につかず、なおかつ鉄筋コンクリートで囲まれ壊れにくい。奇跡のような好条件を、無法者が見逃すわけがない。その場が非合法な闘技場となるのに一月もかからなかった。
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工事現場で扱われるバルーンライトがいくつも設置した闘技場は、深夜とは思えぬほど明るい。観客の数も多く、誰もが目を爛々と光らせいた。
司会者らしき人物がマイクで観客を囃し立てる。
『遂にあの二人の登場だ!一人は闘技場屈指の実力者【レッドアーム!!】』
彼の紹介に合わせて闘技場中央に歓声が響いた。
闘技場に経っているのは、まさに筋骨隆々といったスキンヘッドの男。
彼の個性だろうか。その両腕は溶岩のように赤熱し、あまりの熱に周囲が歪んでいるようだった。レッドアームは不敵な笑みを浮かべながら観客にその象徴たる腕を上げ、勢いよく蒸気を吹き出した。シュゥゥゥという甲高い音が響き渡ると、歓声の勢いがとまらない。ベテランらしい手慣れたアピールだった。
『挑戦者は、現在5戦5勝!怒濤の連続勝利を達成中の大型ルーキー【モンスター!!】』
レッドアームと向き合うモンスターと呼ばれる影は、ゆったりとしたローブですっぽりと身を包む謎の戦士だ。モンスターは観客に向けてグルルルルと唸る声を上げた。その迫力に闘技場の熱気は最高潮に達した。
両者のアピールが終わる、瞬間、レッドアームは駆けていた。
そしてモンスターをその豪腕を使ってラリアットを喰らわせた。赤熱する腕から多大な蒸気と炎が向き上がり、モンスターはたちまち吹き飛んでしまった。怒号が響き渡った。
「おいふざけんな!!お前にいくら賭けてると思ってんだ!」
「よし!いいぞレッド!!!」
地下闘技場はそれそのものが娯楽ではあるものの、やはりというか賭け事が横行していた。有力な選手同士の試合ともなれば賭け額もつり上がる。観客の熱も高まるのも無理はなかった。そして選手にとっても勝利すればまとまった金が手に入るので、レッドアームのように不意打ち的な戦い方をするものは多い。あらゆる欲と熱を孕んだ場所がこの地下闘技場であった。
だからこそ、こんな場所で名の知れる選手になれる者が早々に敗れることは少なかった。
吹き飛ばれた影のシルエットが歪む。ローブの中から飛び出てきたのは、いくつもの腕だった。熊のような、獅子のような、鋭い爪を伸ばした強靱な怪腕が放射状に伸びていく。モンスターの頭が少し傾くのと同時に、その腕が連続してレッドアームに殺到した。
彼は持ち前の身体能力で、その攻撃をいなしていく。隙間を縫うように避け、拳ではじき、掴んでひねり、飛び上がって踏みつけた。両者一歩も譲らぬ攻防に観客も大興奮。あわや試合場に落ちてきそうなほど身を乗り出す熱狂ぶりだ。
「なめんなよ!この化け物が!」
攻め手に欠けたレッドアームが吠え、いくつかの怪腕の攻撃をもらいながらモンスターに肉薄する。
頬や脇腹から少し血を流しながら、レッドアームは渾身の力をその個性に込める。彼の怒りを表すように、赤熱する腕はさらに高温となり空気が陽炎のようにゆらいだ。
そしてその拳は紅い光の筋を残しながら、モンスターの顔面に突き刺さった。その威力は凄まじい。モンスターの体を吹き飛ばすことすらなく、力を加えられた頭部だけが捻り切れてしまった。モンスターの胴体が力なく倒れ、ローブに包まれて見えない頭部がガコンと床に落ちた。
レッドアームは勝利を確信したのか、腕を振り上げてアピールした。
「見たか!俺の勝ちだ!!」
観客のボルテージも最高潮に達した。
誰も選手の生き死になど問題にしていない。元より、血湧き肉躍る狂宴を楽しむロクデナシ共である。刹那の快楽のために賭け試合に金を注ぎ込むような連中である。むしろ間近で死闘を目撃した興奮で、会場が揺れ動かんばかりであった。
レッドアームはその音や振動を一身に受け止めていた。
だから。
彼は一瞬、違和感に気づくのに遅れたのであろう。
スッと腕を振り上げたレッドアームの体を包むものがあった。
「あ?」
彼が見ると、それは頭部を失ったモンスターの体だ。その体がしっかりとレッドアームを抱きしめたのである。万力のごとき力で、ギリギリと彼を締め上げた。
「な、ンっ!?」
驚愕するレッドアームは見た。吹き飛ばしたはずのモンスターの頭部が、不気味に脈動し、ズリズリと這い回る姿を。グルルルル。唸り声は頭部と体の両方から聞こえてきた。
頭部は動かす手足も持たぬとは思えぬ速度で、自身の肉体にすり寄ると、そのまま肉体に融けていき、新たな頭部が、なくなった首から生えてきた。
グルルルル。唸り声が全身から響いている。
「クソが!なんどでもぶち殺してやる!!!」
常人であれば気絶してもおかしくない異常事態にあっても、レッドアームは歯をむき出しにして叫んだ。流石の貫禄であったが、ただ今回は相手が悪すぎたようである。
モンスターの肉体は、内から膨れ上がるように、ズルズルと大きくなった。
ローブはいつの間にか膨れ上がる肉体に吸収されてしまった。
巨大化した肉体は全長6メートルを超えている。哺乳類のような頭部には歪んだ角が幾つも伸び、腕は太くレッドアームを片腕で掴んでいる。
先ほどとは比較にならない声量でモンスターは唸り声を上げていた。レッドアームは赤熱する腕を振り回すが、異形の怪物には効果はなさそうだ。モンスターはその頬を裂くほどの大口を開ける。灰色の舌と、いくつもの牙が無数と生えていた。
彼の異名はなぜモンスターなのか、そして今から何をしようとしているのか。レッドアームは気づいたようで、唖然としていた。レッドアームは腕を振り回す、モンスターの巨大な腕は燃え焦げ砕かれる。だが、その力は緩まない。
「やめろ」
レッドアームはさらに力を込めた。先ほどと同じように凶悪なまでの熱が両腕から噴き出した。怪物の腕や顔が爛れ、焼け焦げていく。だが、その力は緩まない。モンスターは痛みを感じていなかのように、その動きは緩まない。
「やめろぉぉおおお!!!」
レッドアームは叫んだが、程なくしてその声はもう聞こえなくなった。怪物が大口を閉じると、静まりかえっていた観客達は、徐々に声を張り上げ始める。司会者も勝敗が決したことを悟ったようで、意気揚々とコメントをし始めた。
『勝者は【モンスター!!】、強い強すぎるぞ!!彼を討ち滅ぼし、怪獣退治を行える選手は出てくるんでしょうか!?』
モンスターは咆哮する。観客たちはもうレッドアームのことなど覚えていなかった。目の前の悍ましき怪物に、怒号のような歓声が叩きつけられた。
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日の出が廃墟となったホテルを照らしていた。闘技場の試合も終わり観客も帰った後。選手達は主催者の男からファイトマネーを受け取ることになる。続々と金を受け取り、その取り分の少なさに舌打ちをしながら闘技場を後にする選手達。だがそれはまだ良い方である。敗者には一銭も渡されず、酷い場合にはその場で治療もされずに放置されるのが常であった。人死も珍しくない裏の闘技場にとって、命とはあまりにも軽いものである。その日の金を配り終わり、最後の選手であるモンスターに近づく主催者。未だ怪物の姿であるモンスターを見ても、彼は恐れていない様子だ。
「今日の試合も最高だったよぉ!まさにエンタテインメント!!次も期待してるからねぇ!」
「グルルルル」
怪物は唸り声で返答すると、その怪腕を主催者へ向ける。主催者の男は慣れた仕草で金を怪物の手に渡した。
「で、本当に今日もいいのかい?死体の処理なら、良い感じに売れるツテがあるんだがねぇ」
「グルルルル、ぐ、ぐ、…………だ、だい、じょう、ぶ…………し、しょ、…うか、する……から」
「消化ねぇ。うえ~僕ならごめんだけど、じゃあいいか!!また連絡するから試合よろしくねぇ~怪物クン~」
そう言うと、彼は部下を引きつけて帰って行った。辺りにはもう人の気配はなかった。
彼ら以外の人間はもう全員去ったのだ。それをきちんと確認したところで、廃墟の影から少女が姿を見せた。彼女はスキップするほど上機嫌でモンスターに近づいた。
「今日の演技も最高だった!流石は混色だぜ」
聲である。彼女は試合中ずっと影からモンスター達の戦いを見守っていたのである。彼女を見るやいなやモンスターの巨体はしぼみ始め中から、ローブ姿の人型とスキンヘッドの男、レッドアームが出てきた。
「ほ、本当に喰われるかと思ったぞ」
「んなわけねぇだろ?」
「……ま、まず…そう……」
「理由そっちかよ!?」
レッドアームは生きていた。モンスターこと、混色流は鳴無聲との取引を行い。地下闘技場の選手となっていたのである。流はボンクラで向こう見ず、快楽優先のダメ人間であったが、人殺しできるような性格ではない。いや、そもそも荒事も得意ではない。ではなぜ闘技場の選手なぞやっているのか。その理由が八百長試合である。
選手は何も好き好んで地下闘技場で殺し合っているわけではない。借金を理由にヤクザに売られた奴や、育てられずに裏に捨てられた子供など、この闘技場や地域の裏社会にガチガチに縛られて生きているような者達ばかりである。だからこそ安いファイトマネーでも試合を断ることはせず、その日暮らしを強いられる。時折暴れたいだけ暴れたいという異常者もいるものの、基本的には選手のだれもが不満を持っている。
鳴無聲はそれを知っていた。
だからその隙間を縫うような商売を思いついたのである。この環境に不満を持っている選手とコンタクトをとって、モンスターと試合をさせ、その試合で死亡したように偽装し、この界隈から逃亡する。そういったプランを提供するのだ。聲の考えた試合運びで戦う八百長であるなら、流にもなんとかこなすことができたし、借金などを帳消しにしながら逃げられるこのプランは最初こそ怪しまれてものの、今では仕事して成り立っていた。
朝日が昇りすっかり辺りが明るくなってきた。レッドアームは眩しそうに目を細めながら呟いた。
「いや、本当に自由なんだな」
闘技場で見せる表情ではない、どこか愛嬌のある顔で彼は言う。もう殺し合いをしなくていいのである。彼の半生はずっと強制された戦いの連続であった。それから解放され、すっと肩が軽くなったのをレッドアームは感じていた。彼は二人にお礼を言って、聲に金を払うと走り出した。当てなどないが、これまでのファイトマネーの蓄えも少しある。それをもって、どこか遠くへ行こうと彼は思った。
レッドアームが、いや元レッドアームとなった彼がいなくなるのを待って二人も帰ることにした。その人型を融き、ドロドロとなって地中に潜る。もはや個性を使って移動するほうが得意になっていたのだ。聲はそんな流を見ても特に何も言わなかった。相手のことを詮索しすぎないのは、取引をするときに決めたルールの一つだった。聲と流が出会ってすでに数ヶ月以上たったが、名前以外のことは特に話していなかった。特に流にいたっては自身の見てくれで村から追い出されたこともあり、この世界での異形の肩身の狭さを痛感しているので、その姿を見せてもいなかった。
しかし、なぜか裏の事情に強く索敵能力と隠蔽に秀でた聲と、強力な便利な個性で多様な動きのできる流のコンビはうまくいっており、互いに信頼の足る相棒となっていた。
「腹減ったな~、何食う?」
金を手に入れた聲はうれしそうに地下を動き回る流に話しかけた。さて何を食べようか、と流は地下を泳ぎながら考える。
転生してからも最も穏やかな時間を、流は過ごしていた。