ミスターシービーのトレーナーにお見合い話が舞い込む話 作:からんBit
とある午後の昼下がり。空は生憎の曇り模様。黒ずんだ重苦しい空の下、昨日降った雨で芝は濡れたままであり、予報では夕方からもまた雨粒が落ちてくる。風はやみ、鳥のさえずりもなく、湿った空気だけが流れていた。そんなトレセン学園のベンチに腰掛けた2人のウマ娘。
1人はダイイチルビー。世にあまねくその名を知られる「華麗なる一族」の令嬢であるウマ娘。彼女はいつにも増して固い表情のまま膝上に乗せた小さなお弁当箱から丁寧な箸使いで煮豆を口に運んでいた。
もう1人はミスターシービー。常識に縛られない自由な走りでクラシック3冠を達成したウマ娘だ。彼女もまたいつになく真剣な面持ちで購買で買った焼きそばパンを頬張っていた。
彼女はパンをほとんど噛まずに飲み込み、ルビーの方に目線を向けた。
「……ルビーはさ……それでいいの?」
「私の意志はこの際問題ではありません。今回のお話は我が一族の為に必要なこと。ならば私は一族にとって利のある道を選ぶだけです」
「…………でも、それって……うーっ……」
シービーの胸中で百万語が渦巻く。だが、それらは喉奥で塞き止められたまま言葉として出てくることはなかった。
「納得がいきませんか?」
「そりゃそうでしょ。だって、そんなの……ルビーが……『不自由』だよ」
「皆が皆、あなたのように自由に生きられたらるわけでは……」
「そんなのわかってる!ルビーの一族の期待に応えたい気持ちもわかってる!でも……これは……違うよ」
かつて幼い頃に水族館のガラスを叩き割って魚を解放しようとした時とは違う。他者の心の内を知らぬままに自由を押し付けようとしているわけではない。
シービーは理解していた。ルビーの立場も、ルビーの胸中も。
その上で『不自由』なのだと、言ったのだった。
「……お気持ちは有難く頂戴いたします。このご厚意を無碍にすることを……」
「ちょっと待って……ねぇ、例えばの話だけど……」
「…………?」
――――― ※ ――――― ※ ―――――
ミスターシービーのトレーナーとして新人にして『3冠ウマ娘のトレーナー』の肩書きを得ることができたはいいものの、その反響はやはり大きなものだった。
シービー本人の取材は勿論、そのトレーナーである自分にまで多くのインタビューが求められることは流石に想定外であった。特にシービーはアポイントが意味をほとんどなさず、歴戦の取材陣ですら捕まえるのが非常に困難な程の自由人だ。記事の穴埋めの為にも話がこちらに向くことはある意味自然なことであった。
ただ、そういった内外からの反響は常に良い影響を与えるとは限らない。
「…………ちょっと待ってくれ、オフクロ。それどういうこと?」
久々の実家から電話。
それだけで口の中に苦虫を数匹放り込まれた気分であったが、開口一番に聞かされた内容はなおのこと酷いものであった。
「……いや、別に聞き取れなかったわけじゃない。でも、待ってくれ、俺の意志はどうなるんだ……」
実家から離れてはや数年。トレセン学園で中央トレーナーとなった後は一度も里帰りをしていなかった。
わがやは遡れば薩摩藩の時代からウマ娘に関わってきた家であり、親戚もウマ娘の業界関係者ばかりだ。色々と柵の多い家系、その次男坊である自分には常に面倒事が付きまとう。親父の嫌味は聞き飽きたし、親戚一同が放つ重苦しいプレッシャーをわざわざ吸いに帰ることもない。
そんなわけで何かと理由をつけて帰ることもしなかった。
そうやって実家を避けてきた罰のつもりなのか、実家の母から告げられた内容はあまりにも看過できないものであった。
「……そりゃそうだけど……顔を立てるって……やっぱり親父か……くそっ、なんだよ今更『お見合い』なんて」
電話の向こうで母が「良いとこの出のお嬢さん」とか「写真を見たけど器量よしの娘さんよ」とか有り体な褒め文句を垂れていたが、正直に言って一ミリも興味がわかなかった。
今の自分はシービーのトレーナーをやるだけで精一杯だし、結婚するつもりなど毛頭なかった。ましてや父親が選別した相手などもっての他だ。
産まれてこの方、自分の行く末はなんでも父に決められてきた。それでトレーナーになったことに今更後悔などないが、これ以上自分の人生を横から口出されてたまるか。
「親父と代わってくれ、親父と直接話す」と言っても聞き入れられず、母と1時間に渡る押し問答を繰り返した。だが、結局は「1回会うだけでいいから。その後でまた改めて結婚を考えればいいから」と10回程繰り返されてついにはこちらが折れてしまった。
「絶対に結婚はしない!親父に言っとけ『お見合いを断る時の菓子折りを今から用意しとけ』って!!」
捨て台詞を吐いて通話を速攻で切り、スマホをベッドに投げ捨てる。
壁に叩きつけなかった自分の自制心を褒めてあげたかった。
「ああっ!!くそっ!!はぁ……」
苛立ちもピークにくれば八つ当たりを起こす気力もなくなる。
再び通知の音がなり、『お見合い』の日時と場所、そして相手の写真が添付されたファイルが送信されてきた。
俺は日時と場所だけザっと目を通して予定表にコピーし、相手の顔を見ることもなくファイルを消去した。
例えその相手がどれだけ自分の好みの顔をしていようが、『親父が連れてきた相手』という情報だけで憎さ百倍だ。その女性には罪はないとわかっていても、顔を見る気など起きなかった。
「はぁ~~~…………」
大きなため息を吐きだして、ベッドに突っ伏す。
「……一人前と……認めてもらえると思ったのにな」
今回こそは、と思ったのだ。
ほとんどがシービーのお陰とはいえ『3冠ウマ娘のトレーナー』という肩書は一族にとっても大きな栄誉だ。厳しい父親であったが、実績は正しく評価してくれる人であった。これで親族達からの不可視の圧力にも負けることもない。父親にようやく面と向かって話しができる。
そう思っていたからこそ、今回の強引なお見合い話には落胆も大きかった。
だが、何度も言うように相手の女性に罪はない。恥をかかせたいわけでもない。お見合い当日は紳士に対応するしかないな。
そう思い、お見合いの作法や服装について調べていく。
「はぁ~………」
一通り調べ終えた後、もう一度予定表を確認する。
良くも悪くもその日取りはシービーの休養日でもあった。3日前はソロキャンプに行くつもりだと言っていたが、おそらく明日には予定は変わっていることだろう。
俺は何の気なしに携帯の中の画像フォルダを漁る。
練習中のシービーのフォームチェックをした動画。
皐月賞後の泥だらけでウィナーズサークルに立つシービーの写真。
夏合宿中にシービーと一緒に見た夕焼けの写真。
水族館にあった顔出しボードでの記念撮影。
彼女と出会ってから数年の間に積み重ねた思い出を気力に変え、俺は「仕方ない」と呟いた。
どんなに文句を並べたてたところで、トレーナーになり、シービーに出会うことができたのは父親が「トレーナーになれ」という命令をくれたからだ。
だが、今回でその恩義はチャラだ。
俺はそう胸に近い、夕食の準備に取り掛かった。
香辛料を複数ぶち込んだピリ辛料理。それが最近のストレス解消法であった。