ミスターシービーのトレーナーにお見合い話が舞い込む話   作:からんBit

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風吹く夕刻

「シービー、少しいいかな」

「ん?ルドルフ、どうしたの?」

 

授業の終わりを告げるチャイムを経て、教室から生徒達が吐き出されてくる廊下。

そこでシービーはルドルフに呼び止められた。

 

「少し聞きたいことがあるのだが……ここじゃ、少し人の耳がある。生徒会室に……いや、屋上に行かないか?」

「いいけど……どうしたの?段取りもせずに、急ぎの話?」

「いや、急ぎではないのだが、少々気になる噂を聞いたものでね」

「うん、いいよ。ちょうど今日から練習も休養だしね」

 

シービーはルドルフと共に屋上へと上がる。薄暗い階段を上り、重い扉を開ければ涼やかな風が頬を撫でていった。天気が良い日には数人の生徒が風を感じていたり、黄昏れていることもある屋上だは今日は誰一人いなかった。

シービーは屋上の端まで歩いていき、フェンス越しにグラウンドを見下ろす。

今日も数多くのウマ娘が鍛錬に励んでいた。風を裂き、地面を蹴り上げて一心不乱に走る姿にシービーは自然と笑顔になる。

 

そんな彼女達を一瞥し、シービーはルドルフを振り返った。

 

「それで?話って?」

「ああ、いや、その……」

「あれま、これまた珍しい。ルドルフが言葉を濁すなんて」

 

シービーは揶揄うような微笑を浮かべる。

 

「どうしたの?そんなに言いにくいこと?」

「うむ、いや。すまない。ここまで来て曖昧模糊な態度は良くないな。ただ、一つ前置きをさせてほしい。これは生徒会長ではなく、君の友人の一人としての問いなのだが」

 

シービーの眉が少しばかり動いた。いつもは立て板に水を流すように淀みなく喋るルドルフが常に言葉を探しながら話している。それだけでシービーは興味を引かれた。

 

ここまでルドルフが切り出しにくい話とはなんだろう?

 

期待に尻尾を揺らすシービー。

 

だが……

 

 

「実は……君のトレーナーが、『お見合い』をするという噂を聞いたんだが」

 

 

シービーの尾が力なく垂れる。シービーの表情は変わらず涼し気なものであったが、そのわずかな変化を見逃すルドルフではない。ルドルフは自分が口にした言葉が酷く下劣なジョークであったかのように恥じらう仕草を見せた。

 

「あ、いや。すまない、少し下世話な話だとは思ったのだが、どうしても気になってしまって」

 

恋愛は当人同士の者。ましてやそれが『お見合い』ともなると両家の立場などが大きく関係してくる。無関係の者がおいそれと首を突っ込んでいい話ではない。

それはルドルフも重々承知していたのだが、それでも聞かずにはいられなかった。

 

シービーのここ数日の様子に変わったことはなかった。変わった様子がないからこそ、知らないのではないかと勘繰ってしまった。もし、知らないのであればそれはあまり良いこととは思えなかった。少なくともルドルフは自分が同じ立場であったら、知りたいと強く思う。

 

だが、やはり余計なお節介であったかもしれない。

 

ルドルフは今更ながらに後悔していた。

 

そんなルドルフを前にシービーはポーカーフェイスを貫いたままであった。

 

「ふーん……その噂、誰から聞いたの?」

「あ、いや……私のトレーナーからだ。昨日、随分と君のトレーナーに愚痴られたそうだ。どうやら、あまり望まない『お見合い』だとのことだから、少し気になってしまって」

「…………へぇ……ちなみに、お相手のことは言ってた?」

「いや、どうやら顔写真も見ていないらしいのだが……シービーは知っていたのか?」

「うん……一応ね」

 

シービーは吹き抜けた風の行方を追うように視線をトレセンの外へと向けた。

 

「シービーは……いいのか?」

「なにが?トレーナーにはトレーナーの人生がある。そこにアタシが口出ししちゃいけないでしょ?別に付き合ってるわけでもないんだし」

「それは……そうなのだが、だが、君達は……いや、これ以上は野暮か……」

「ん?そこまで言ったら口にしてよ。ルドルフと恋バナができるなんてこの先ないかもしれないし」

「恋バナか?これは?」

「恋バナだよ」

 

シービーはそう言ってケラケラと笑った。

 

確かに、ここまで話をしてしまっては今更取り繕っても一緒であった。

ルドルフはシービーの隣に立ち、屋上の端に寄りかかる。

 

「それで、ルドルフにはアタシ達が単なるトレーナーとウマ娘の関係以上に見えてたってわけだ」

「そうだな、いや、邪推であることは重々承知していたが、君達が連れ立って散歩に行くところを何度も目撃しているのでな。喋喋喃喃、良い関係を築いているとは思っていたのだ」

「そうかな。アタシ達、別にそんなに喋ったりしないよ。ただ一緒に歩いているだけ」

「それでも、だ。今まで君の隣を常に歩いていくことができた人がいたかい?」

「いないね。確かに、そういう意味では特別な人ではあるかな。でも、それで『付き合っている』なんて思うなんて。ルドルフも結構ロマンチックだね」

「そう言ってくれるな。君達がああも高頻度で連れ立って散歩しているのだからそんな話の一つや二つは出てくる。なんなら、君の一人暮らしのマンションを彼が頻繁に訪れているという噂もあるんだ。まぁ、そちらは尾ひれのついた噂だろうが」

「そうだね」

 

悪びれもせずにそう言い放ったシービーにルドルフは呆れたように笑った。

 

「正直に言うと、君達2人の関係が微笑ましかったのだ。そうだな、言うならば『後方保護者面』というものだ」

「アハハ、まさかルドルフからそんな台詞が出るなんて思わなかったよ」

「テイオーが教えてくれたのだ。私も初めて使ってみた。なかなかこそばゆいな」

 

ひとしきり笑い合い、シービーは小さく息を吐いた。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど。アタシ達は単なるトレーナーと担当のウマ娘だよ。アタシにトレーナーのお見合いに関してどうこう言う権利はない」

「そうか……いや、それもそうだな」

「うん、色々悔しいけどね」

「ん?『悔しい』?」

「うん……本当はもっと…………」

 

『もっと』の先の言葉をルドルフは聞きたかったが、それはどこからともなく聞こえてきたバイブレーションの音でかき消されてしまった。

 

「アタシだ……あっ、まずいもうこんな時間だった。ごめん、ルドルフ、アタシもう行くね」

「ああ。時間を取らせてすまなかったな」

「いいよ。貴重なルドルフの乙女な顔も見れたし」

「ハハハ、私はこれでも重度のロマンチストなんだよ。知らなかったか?」

「知ってる。じゃあ、またね。良い週末を」

「ああ……」

 

シービーは携帯の電話を取り出しながら屋上から去っていった。断片的に聞こえた電話の内容からして相手は彼女の母親であろう。

 

「ふぅ……」

 

ルドルフは珍しくため息をつき、屋上の端に寄りかかる。

あまり経験のない話題に思った以上に気疲れしていたようだった。

 

「恋バナか……テイオーにせがまれていたが、これは話題にできんな」

 

その時、再度屋上の扉が開いた。

顔を見せたのは生真面目な顔をしたルドルフのトレーナーだった。

 

「あっ、ルドルフ。ここにいたんだ」

「おや、よくここがわかったね」

「下から君の耳が見えてね……誰かと一緒にいたのかい?」

「ああ。だがもう済んだ。さて、何か用かな」

「うん、ちょっと書類のことでいくつか……これなんだけど……」

「ふむ……」

 

ルドルフは屋上の端から身体を離し、トレーナーと共に屋上を後にする。

視線は目の前の書類の細部を確認し、頭の中身を生徒会長としての『シンボリルドルフ』に切り替える。

 

だが、どうしても頭の片隅に残るものがあった。

 

ミスターシービー

 

表情こそ飄々としたものであったが、彼女は『お見合い』の話を出してから一度たりとも尾を揺らすことはなかった。

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