ミスターシービーのトレーナーにお見合い話が舞い込む話   作:からんBit

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好晴の朝

お見合い当日は良くも悪くも綺麗な青空だった。

その空を見て『良馬場だな』という感想が真っ先に出てくるのはトレーナーとしての性だった。

 

トレーナー業を始めてスーツを着る機会はそれなりにあった。学会や記者会見など公的な場に出る機会も多かったからだ。そういった場でもジャージで通すような猛者もいるが、自分は少なくとも取材の際には身なりを整えるよう心掛けてきた。

 

だから、今更スーツを着ることに抵抗はないのだが、今日はその上着が一段と重く感じる。肩にのしかかる重量が倍になったとでも言うべきか。だが、それもこの場の空気に比べれば幾分かマシだろう。

 

政府高官や著名な名家が訪れるという格式高いお店の一室。

美しい枯山水に面した20畳はある座敷は埃1つ落ちておらず、全ての調度品が丁寧に磨き抜かれていた。出された緑茶には手を付けていなかったが、良質な茶葉を使っていることが香りだけで十分にわかる。

柔らかすぎる座布団に正座した俺の隣には仲人役の母、左隣には同じく仲人の肩書で同席している父親が座っていた。

 

親子の間で会話は一切なく、母は気まずそうな顔をして男2人の顔色を窺っていた。

 

重苦しい沈黙の中を鹿威しの音だけが定期的に澄んだ音を立てる。この店には他にも客が来ているようで庭から時折話し声が聞こえるが、その内容までは聞き取れない。

 

この日のために久々に腕に巻いた時計を確認すると、本来の待ち合わせ時刻まであと10分に迫っていた。そろそろ相手方が到着する頃合いだ。

 

これから少なくとも1時間。長ければ2時間の苦痛の時間が始まる。

だが、真に同情すべきは相手側だ。結婚する気のない俺に対して話を合わせ、適度な相槌を打ち、笑顔を維持して無駄な努力を重ねなければならない。

 

胸の内でため息をつく。

 

だが、1畳隔てて隣にいる父親にはそんなため息も丸聞こえだったらしい。

 

「何度も言うが相手方に失礼のないようにな」

「何度も言われなくてもわかっています」

 

ここに来る間だけで20回は繰り返したやり取りだった。

 

「失礼します」

 

女中の声が襖の向こうから聞こえた。

 

「お相手様がお付きになられました」

 

俺は背筋を伸ばし、目を閉じて大きく息を吸い込んだ。

瞼の裏に青々しいターフが見えた気がした

 

今、あの自由な大地へと駆け出せるならシービーの気持ちがほんの一部でも理解できるんじゃないか。

 

そう思えた。

 

襖が開く音がして、俺も瞼を持ち上げる。

 

 

 

そして、俺の全身はピシリと固まった。

 

 

 

白と緑を基調とした上品な着物を身にまとい、うっすら化粧を施した長身の女性が俺の真正面に座った。

癖のある髪先を僅かにカールさせ、薄桃色の紅を刺し、頬をわずかに染めた彼女は長い髪をアップにまとめ、深緑色の飾りのついた簪を刺していた。

彼女はこちらの顔を見てクスリと笑い、悠々とした態度で頭を下げた。

 

「はじめまして、ミスターシービーと申します。今日はわざわざありがとうございます。よろしくお願いします」

 

ギギギギギ、と錆びついたブリキのおもちゃのような動きで俺は隣に座る母を見る。

母は『だから言ったじゃない』という顔でこちらを睨んでいた。

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