ミスターシービーのトレーナーにお見合い話が舞い込む話 作:からんBit
どういうことだ。
その自問自答を繰り返して早50回。答えは出ないまま当然のようにお見合いは進んでいく。
「それで、ミスターシービーさん。ご趣味は」
仲人を務める母が率先して質問をしていく。
「はい、和歌とお花を少々」
嘘つけ!趣味は散歩と一人旅だろ!
両方ともできるのは知ってるけど、趣味って言える程入れ込んではいないだろ!
「ミスターシービーさんはトゥインクルシリーズでご活躍だそうですね。お噂はかねがね」
「はい、クラシック期では皐月賞、日本ダービー、菊華賞と1着を取りまして。ご存知でしょうか?」
知っとるわ!なんなら一番近くで見てきたわ!エッセイ書けるぐらいご存知だわ!ってか書いてやろうか。『シービーの背』ってタイトルで書いてやろうかこの野郎!
「ええ、拝見させていただきましたわ。すばらしい走りで」
「お恥ずかしいです。まだまだ拙い走りで。私のトレーナーにも改善点ばかりだと言われております」
俺に対する皮肉か!?この前、スタートのことで軽く皮肉言ったことへの当てつけか!?いや、確かに無遠慮なこと言ったけどそんなに根に持つ程のことだったのかよ!ごめんね!
「不詳の息子ですがこの子もトレセン学園でトレーナーをやってまして、3冠ウマ娘のお嬢様とお近づきになれるなんて光栄ですわ」
今更過ぎるだろ!なんならこれ以上近づけねぇぐらい近い存在だよ!!あぁ、このまま結婚したらそれ以上になるか!!ははははは……笑えねぇよ!!
「そうなんですか。学園ではどのような方の担当を?もしかしたら、私の知り合いかもしれません」
おめぇだ!おめぇだよ!!おめぇ一人だけだよ!!!
「おほほほ、ミスターシービーさんは冗談がお上手ですね。さぞ学友も多いのでしょう」
「いえいえ、これでも不詳の身。鍛錬が忙しく、なかなか友人関係も乏しく。まずはお友達からでも良いので交友の輪が広がれば良いと思っています」
初耳だわ!じゃあこの前突発的に友人集めてBBQした時の連中はなんなんだ!!20人は普通にいたぞ!!少ないのか!?友達20人前後は世間一般からしたら少ない部類なのか!?
ってかなんだこの状況は!!
ツッコミ待ちか、ツッコミ待ちなのか!ツッコまない俺が悪いのか!?だから普通にお見合いが進行するのか!?シービーの両親なんてさっきからずっと笑いこらえてるぞ!!あっ、お茶噴き出した。いいのかよこれ!隣で親父も震えてっけど、もしかしてこれ笑ってのか!?親父がこんな風に笑ってるとこ初めて見たぞ!!!
あまりのことに口調が高校時代の荒れていた時期のものに戻りつつあった。だが、そんな胸中をそのまま口にすることはできず、俺はもう固まったままの姿勢を保つことしかできない。緑茶や茶菓子に手を出すこともできず、背中に流れる汗の数を数えるなんて意味不明なことまでして、ようやく口を開けるぐらいに衝撃から立ち直った時にはオフクロが俺の黒歴史を3つ程暴露した後だった。
「へぇ、昔は映画館が苦手だったんですか」
「そうなんですよ。初の映画でホラー映画の予告に出くわしたのがよっぽどトラウマになったらしくてね。後は狭い場所も苦手で」
「あの、母さん。話はそれぐらいで」
「あら、ようやく喋ったの」
喋る余裕ねぇわ。ってか、喋ってたら色々と罵詈雑言に近い台詞が飛び出してたぞ。
「でも、そうね。そろそろいい時間ですし……そう……『後はお若い2人に任せて』」
「あっ!」
シービーの母が声をあげた。どうやらその台詞を言ってみたかったらしい。
いや、というか、この状況でシービーと二人っきりにされても……
だが、そんな俺の気持ちなど誰も察してくれるわけもなく。俺は両親に案内されるまま店の裏手にある庭園の散歩コースへと押し出されることになった。
「いい!?ちゃんとエスコートするのよ!!」
小声で母にそう言われて背中に指を突き立てられては逆らうこともできない。
俺はシービーに腕を差し出し「こちらへ……お手をどうぞ」などという台詞を吐かざるおえなかった。
そんな俺の姿にシービーもまた笑いをこらえるのに必死なようであった。
「え、ええ、くふっ、お願いします」
「くっ……」
「あっ、トレーナー、こういう場でそんな顔しちゃダメだよ。女性に恥かかせちゃう」
「自分は既に恥まみれです」
「ふふふっ、ほんとだ、顔真っ赤だね……さて、エスコートしてくださいます?」
「はい……」
俺はシービーに促されるままに庭園の生垣へと向かっていく。
バラの枝で作り上げたゲートをくぐり抜け、その先に続いていたのは木漏れ日の降り注ぐ散歩道だ。白く滑らかな石畳の上を静謐な風が吹き抜けるその静かな道は人工的な作りでありながら自然の不規則性を柔軟に取り入れていた。こんなシチュエーションじゃなければシービーと一緒に歩くのは決して悪い場所ではなかった。
こんなシチュエーションじゃなければ、だが。
しばらく散歩道を歩き、両親達が見えなくなるや否やシービーは声をあげて笑い出した。
「あははははっ、お腹痛い。トレーナーの顔、面白かったぁ」
「シービー、どういうことだよこれ!なんで君とお見合いなんか!?」
「ああ、ごめんごめん。言っても良かったんだけど、黙ってる方が面白いかなって」
「面白いかな、って……くそっ、これならお見合い写真確認しとくべきだった」
「写真はウィッグつけて化粧きつめにしたから多分一目じゃわかんないよ」
「そこまでしてたのか!?それって騙し討ちする気満々じゃないか!!」
「騙し討ちなんて人聞きが悪いな。サプライズって言ってよ。というか、アタシのトレーナーなら見破れるはずだって、多分」
「見破れたかもしれないけど……というか、なんでこんな話に……」
「くふふっ」
頭を抱えればワックスでガチガチに固めた前髪に触れる。美容室に言って1時間かけて整えさせらた髪型では髪をかきむしることもできない。今日の為に胃薬を飲むほどに緊張を重ね、寝る時間を削ってまで礼儀作法を学んだ時間を返して欲しいところだった。
だが……
「あぁ、楽しかった。向こう1か月はこのネタで笑えるね」
親指を唇に当ててクスクス笑うシービーを盗み見るように横目で伺う。
その瞬間、胸の奥が不規則な跳ね方をしたのは否定できなかった。
シービーは女性にしては上背があるとは言え流石に自分より少し目線が低い。つまり自分の位置からだと、彼女の首筋が自然と視界に入るのだ。普段は流している長い髪をアップにまとめていることもあり、隠れていた白いうなじが剥き出しになっている。彼女の華奢な首筋から肩にかけるなだらかな曲線が強調されており、それだけで俺は頬が赤くなるのを感じてしまう。それだけでなく、薄っすらと施された化粧と桜色の唇は艶のある大人の色香がいかんなく発揮されている。普段であれば絶対に着ないであろう堅苦しい着物も彼女にとても似合っており、元の器量良しな目鼻立ちと合わさり、今日の彼女はすれ違う男の十人が十人振り返る仕上がりだった。
きっと、自分も街中ですれ違ったなら彼女がシービーと一瞬気づかずに彼女のことを目で追ったに違いなかった。
言いたいことは山程ある。聞きたいことも山程ある。
その全てが吹き飛んでしまう程に今日のシービーは美しかった。
そんな彼女の姿を間近で拝み、しかも隣を歩くことができる。
それだけで今日までの苦労などどうでも良くなってしまいそうだった。
そんな時、シービーが手首の腕時計を見て、尻尾を跳ね上げた。
「あっ、まずい。ちょっと時間押してる。急がないと」
「えっ?時間?なんの……」
「説明は後、いいから、ほら、行くよトレーナー」
「行くってどこに」
「この先、早く早く。急がないと来た意味がなくなっちゃう」
「えっ!?」
俺はシービーに手を引かれるまま、速足で散歩道を歩いていく。間引きされた樹木と丁寧に手入れされた芝生の間の散歩道を駆け抜け、そして唐突にシービーが立ち止まった。
「……よしっ、間に合った」
「間に合った?いったい……」
ふと、散歩道の先を見る。少し先にベンチが並ぶ空間があり、小さな休憩所のような場所になっていた。そこには一組の男女が座り、男性側が熱心に語り掛けていた。
自分と同じお見合いの最中なのだろうか?だったら邪魔しちゃ悪いんじゃないだろうか?
そんな自分の心配をよそに、シービーはすぐさま着物の裾を整えて歩き出した。
「ほら、トレーナー、歩くよ。それで、なんでもいいから真面目な話して」
「真面目な話って……」
「この前のスタートの話でいいから」
「……やっぱり根に持ってたんだ……あれは僕が悪かったって……本当に謝るから」
「謝罪はいいから、またあの話をして。いつもより少し大きいぐらいの声で」
「えぇ……」
疑問ばかりが浮かぶ。なにがなんだか、まるで意味がわからない。
だが、シービーの耳が直立したのを見て、俺は口を閉じた。
シービーの面持ちは今までに見たことがないくらいに硬いものであった。G1レースのスターティングゲートに入った時ですらこんな顔はしない(そもそもレースで緊張するようなシービーではないが)
とにかく、今のシービーは今まで見てきた中で一番緊張しているようであった。
それ程に大事なことなのか……
それを無言の内に悟り、息をつく。
ならば、今はシービーの要望に沿った道を歩こう。今までだってずっとそうしてきたのだから。
そして、俺はシービーに向けてレースにおけるスタートの重要性について教科書に載っているような内容を永遠と喋り続ける。「先んじてコース取りを決めれる有用性」「先行する位置につけることで集団のペース配分を握ることの重要性」などなどを話すつもりでいた。ただ、参考書の3項目目に入る頃には既に俺達はベンチに座っていた男女の顔が見れる位置にまで近づいていた。
「あれ、あなた方は……」
ふと、男性の声がして、シービーが立ち止まる。
俺もそれに従うように足を止め、目の前にいる男女を視界にとらえた。
「あれ……えっ……」
俺が何かを口走る前に、スッとシービーが前に出た。
「ご無沙汰しております。ダイイチルビーさん」
「ごきげんよう。ミスターシービーさん」
ベンチに座っていたのは、トレセン学園の生徒だ。
『華麗なる一族』ダイイチルビーがそこにいた。