ミスターシービーのトレーナーにお見合い話が舞い込む話 作:からんBit
ダイイチルビーとは彼女のトレーナー共々面識があった。
シービーとルビーの仲が良いのでその繋がりで色々と話をする機会があったのだ。
だが、今日ルビーの隣にいるのはそのトレーナーではない。
だが、見覚えのある顔ではあった。
俺はシービーに紹介されてぎこちなく頭を下げながら必死に記憶をたどる。そして、ルビーが彼を紹介したところでようやくその顔を思い出した。
彼もまたトレセン学園のトレーナーだった。
確か、今年の春にやってきたばかりの新人の一人だ。どうやら名家の出身らしいという噂を聞いたことがあった。
彼は頭を下げるまでは恭しい態度であったが、ひとたび顔を上げた時にはその様子は様変わりしていた。
「あなた方に出会えるなんて光栄です!!自分は不詳の身ながら『3冠トレーナー』を目指しています!ここで会ったのも何かの縁!ぜひともお話をお聞かせいただけますでしょうか!?」
「えっ……」
敬意を含んだ言葉とは裏腹に彼の顔には野心の色が濃く映っていた。
瞳孔が開いているせいか木漏れ日の光がギラギラと反射しており、ほくそ笑んだように歪んだ口元は『微笑』というにはあまりに影が深い。
彼は『あなた方』と言ったが、その視線は自分の方へと限定されている。彼は『3冠ウマ娘』のシービーには目もくれず、『3冠トレーナー』である自分だけを見上げていた。
「先程お話していた内容ですが、スタートのお話ですか?先程の話はまさに正道と言って差し支えないでしょうが、私はいささか古臭いと考えています。それに、正直に言わせていただくとミスターシービーさんのスタートには改善できる点が多数あり、それは現在の杓子定規な考え方では結果には繋がらないと考えられます。今後、更なるG1を勝利するためには、より先進的な……」
その後、彼は専門用語を多用しながらシービーのスタート論について15分も喋り続けた。
その中の7割強が既に自分も考慮した上で切り捨てたものだ。残りの2割弱はそもそもシービーのレースプランに沿えないので最初から除外してある。残りの数パーセントの話の中には有用そうな話もあったので興味を持った様子を見せて引用してきた文献の名前を聞き出しておいた。
よく、勉強している。
それが彼に抱いた印象の一つだ。
自分が新人だった頃にはここまで熱心に勉強してはいなかった。そこは感心すべき点であり、見習うべき彼の美点だ。
だが、正直に言って自分は彼のことをあまり好きになれなかった。
言葉の端々にトレーナーというか、教育者として驕りが見え隠れしているのだ。
つまり、『自分が導いてやらねばならない』という間違った使命感だ。
トレーナーとウマ娘は経験値が違う。『人生』の話ではない『レース』に対する経験値だ。当然、自分たちはそれに特化して時間を割いて努力していたのだから彼女らを上回っていて当然だ。
自分達『トレーナー』はその経験をもって『ウマ娘』達の走りを支える存在である。というのが俺の持論であった。
だが、どうやら彼は『トレーナー』が前に立って『ウマ娘』を引っ張っていかなければならない。そう考えているようであった。
決してそれが悪いこととは言わない。それは、いわば立ち位置の問題であり、極論を言ってしまえば自分と彼で指導の内容にそこまで差はないだろう。いや、彼の持つ知識量を考えれば自分よりも指導能力そのももは上かもしれない。
だが、相容れることはない。
それだけのことであった。
彼の話は『トレーナー』としての指導方針やトレーニング理論に基づく話に終始した。彼は最後まで『ミスターシービー』の方を見ることもなく、ダイイチルビーに至ってはその名前を口にすることすらなかった。
というか、途中で気づいたのだが、いつの間にか周囲からシービーもルビーの姿も消えていた。『お見合い』の最中なのによいのだろうかという疑問はあったものの、目の前の彼が解放してくれる気配がなく、結局丸々1時間も彼との意見交換に費やしてしまった。
ようやくシービーが戻ってきた時には話題はつい昨日発表されたフランスの論文の話になっていた。その話の内容そのものは別に問題なかったのだが、彼はまだ読んでいない自分にマウントを取ろうとしてきていたので心底ウンザリしてしまっていた。
そして、シービーが俺の隣に再び現れて手をとった時になり、彼はルビーの姿がいなくなっているのに気づいたようだった。
「あっ、申し訳ない。つい夢中になってしまった。えーと……あれ……あっ、申し訳ない。ダイイチルビーさんがどちらにいらっしゃるかご存知ないだろうか?」
「彼女なら帰られましたよ。何分、お忙しい方ですから。つい先程、車にて午後の船上パーティへとお向かいになりました」
シービーが事も無げに言い放った瞬間の彼の顔は見ものだった。
興奮で喋ってたせいで真っ赤になっていた顔は一瞬で青ざめ、すぐさま土気色に変わっていった。
お見合い相手そっちのけで別の人と話し込み、一人で帰らせたとあっては、どう考えても彼が『立派なエスコート』を果たしたとは言い難かった。
「そっ、それは。それは非常に……そうか、わかりました。ど、どうも、ごきげんよう!!」
彼は壊れた機械人形のように勢いよく頭を下げ、大慌てて散歩道を駆け戻っていった。
「…………ふぅ~」
彼の姿が見えなくなり、俺は大きく息を吐きだす。
「ふふっ、トレーナー、疲れた?」
「うん……なんかドッとね……ここ座っていい?」
「どうぞ」
俺は休憩用のベンチにどっかりと腰を下ろす。すると、当たり前のようにその隣にシービーも腰かけた。それは肩が寄り添う程の距離。そもそもこのベンチが2人で座るにはやや小さく設計されているような気がした。
俺はもう一度大きく息を吐き、森林の中の静謐な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「……それで……説明はしてくれるんだろうね」
「うん。でも、今はさ……この空気を堪能しない?こんなに気持ちいい陽気なんだから」
そう言って、背もたれに体重を預けシービーは空を仰いで瞳を閉じる。
木漏れ日の降り注ぐ彼女の横顔を見ていると、なんだかこちらも細かいことのなどどうでも良くなってしまった。
「…………ふぅ……まっ、いっか……」
俺も同じように背を伸ばし、目を閉じる。
風が吹き抜ける。どこからか芝生の香りがしたような気がした