ミスターシービーのトレーナーにお見合い話が舞い込む話   作:からんBit

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雲揺蕩う午後

後日、休養日の最終日。

トレーナ室で溜まっていた書類仕事を片付けていた俺のもとにシービーがやってきた。その手には一目で高級とわかる茶葉の缶が握られており、どうやらトレーナー室で一服しに来たようだった。

 

「これ、ルビーからのお礼の品。お茶にしない?」

 

シービーに自分の仕事の進捗具合などを説明しても意味がないことはわかっていた。

シービーが慣れた手つきで紅茶を淹れる間に自分は購買でお茶請けになりそうなお菓子を買ってくる。トレーナー室に戻ってきたころには部屋の中は紅茶にしてはフルーティな香りが漂っていた。

 

2人で紅茶を楽しみ、抹茶味のカステラで舌つづみうった後、話題にあがるのは当然あの『お見合い』の話であった。

 

そして、シービーの口から明かされた内容は俺がなんとなく予想を立てていた内容とそう大きくズレはなかった。

 

「……つまり、ルビーは今とは別のトレーナーと契約するかどうかの瀬戸際だったってこと?」

「そっ、あの時ルビーと一緒にいたあの新人トレーナー。彼、名トレーナーを何人も排出した一族でさ。しかも、その中でも麒麟児扱いされててね……彼、ルビーと契約したくて色々と裏で手を回してたの。向こうの家の圧は次第に強くなっていくし、外堀も少しずつ埋められて、結構断りにくい状況にされてたんだよね」

 

『華麗なる一族』の御令嬢ともあればそれを取り巻く環境もまた特殊だ。目に見えない糸が結びついた柵は常人では考えもつかない程に複雑怪奇であろう。ルビーはそう言った一族の在り方というものを前向きに捉えているようであったが、その全てが好意的なものであるはずがない。

 

「でも、ルビーも、一族の人たちも今のトレーナーさんを気に入ってる。今更、変えるつもりもないし、変えたくもない。みんなそう思ってる」

「そうなの?……ちなみに、それ、一族の人達はトレーナー本人に言ってあげてる?」

「え?言ってるんじゃ……ないの?」

「多分、言ってない気がする」

 

ルビーのトレーナーは一般家庭出身のどこにでもいる庶民的な青年だ。だが、彼は熱心に上流階級の作法を必死に学び、時には血反吐を吐くような努力をして『ダイイチルビーに相応しいトレーナー』になろうとしている。傍から見れば、もう十分すぎる程にその目標は達成されている気がするのだが、当の本人は『自分はいつ契約を切られてもおかしくない』と思っている節があった。

 

「まぁ、とになく。そんな状況だから、なんとかしてあげたいと思ってさ。だって、そんなの『不自由』じゃん」

 

眉間に皺を寄せたシービーにこちらは苦笑いを返す。

彼女の言う『自由』とは自分の心の奥底にある願いに真摯であることだ。

だとすれば、確かにその状況は『不自由』そのものだ。

 

「まぁ、確かに。で、その『お見合い』をご破算にする為に今回のことを計画したってこと?でも、どうしてこんな方法を?」

「相手も結構な名家だし、生半可な方法じゃ諦めてくれるわけがない。だかアタシは『相手方自身が自然とミスをして面目丸潰れになる』って状況を作りたかったの」

「なるほど」

「で、その為には現地で介入するのが1番でしょ」

「それで、こっちも『お見合い』ってわけね」

「その通り。ほら、私のお母さんの家系って結構いいとこだから、その伝手でなんとか『お見合い』をセッティングしてもらってさ」

 

駆け落ち同然で家を飛び出したシービーの御両親だが、シービーの生誕の頃に実家との縁は戻っているという話だった。

 

「店の方はルビーの家にも協力してもらって、なんとか同じ日、同じ時間にあの店の『お見合い』用の別の部屋を押さえてもらったの。それで、先にルビー達にあの散歩道に入ってもらうよう手筈を整えた。そこに、満を持して君をぶつけたってわけ。思った通り、彼は『3冠トレーナー』にしっかり食いついた」

「……まぁ、自分は良い釣り針だったみたいだよ」

 

彼の『3冠トレーナー』への執着は並々ならぬものがあった。おそらく、彼の目標であり、野望であ、生涯をかけた夢なのだ。

 

そこに自分が登場すれば、ルビーのことなど頭から吹っ飛んでしまうのも頷ける。

実際、シービーが来なければ彼はあの場所で2時間でも3時間でも喋り続けたはずだ。

 

「信じられる?あの人、ルビーに3冠路線進ませようとしてるんだよ!?」

「それは、まぁ……なかなかなエゴイストだな」

 

『ウマ娘』のエゴというものは時に良い結果につながることもあるが、『トレーナー』のエゴというものは正直言って邪魔でしかない。彼が早いうちにそのことに気づいてくれることを願うばかりだ。ただ、罪なきウマ娘が不幸になる前に一度ルドルフのトレーナーに相談してみるべきかもしれない。

 

そんなことを考えながら紅茶を啜る。

 

「それで、その後の話はどうなったの?」

「この紅茶が答えだよ」

 

シービーはそう言って紅茶のカップの縁を指先で叩いた。

 

「相手の面目は丸つぶれ。ルビーは何の憂いもなく相手の申し出を断ることができましたとさ。めでたしめでたし」

「ははは……」

 

勧善懲悪、という程スッキリとした結論ではないが。ともかく、ルビーの『自由』は守られた。細かいことは目を瞑り、良しとしておく

 

俺はそう結論づけることにした。

 

しかし、シービーの計画力と行動力には恐れ入る。

少女の頃に水族館の魚を全て解放しようと水槽を全て叩き割る計画を立てただけのことはある。

 

女性というものは総じて怒らせると怖いものだが、シービーを本気で怒らせたらただじゃ済まないのは間違いないようだ。

 

「でも、そういうことならあらかじめ話してくれてても良かったんじゃないか?」

「ふふっ、こういう裏のある話は真相を知っている人間が少なければ少ない程いいんだよ。実際、計画の全容を知ってたのはアタシとアタシの両親だけだったしね。ルビー本人にも細かいことは説明しなかったぐらいだし」

「……それは……まぁ、確かに……」

「納得してくれた?」

「少しばかり釈然としない気もするけど。まぁ、概ねは納得したよ」

「ふふっ、良かった」

 

シービーは残っていたカステラの最後の一欠けらを口に運び、上品な仕草で紅茶を飲み干した。

 

「ごちそうさまでした」

「食器はそのままでいいよ。こっちで洗っとく」

「そう?それじゃあお言葉に甘えるね。じゃあアタシ、もう行くから。トレーナーはお仕事頑張ってね」

「はいはい」

「あっ、そうそう……」

 

シービーはドア先で振り返りながら、片手をヒラリと振った。

 

「『返事』はできるだけ早くもらえると嬉しいな」

「え?」

「ふふっ、それじゃあ、また明日」

「ああ、また明日……」

 

ドアを閉め、去っていくシービー。

彼女の軽快な足音が遠ざかるのを聞きながら、俺は首を捻る。

 

はて?返事って、なんの話だろうか?何か約束でもしたっけか?

 

だが、いくら頭を悩ませても思い当たる節がない。

そんな時、不意に携帯から着信音が鳴り響いた。

 

画面に表示された番号を見て、俺はとりあえずシービーの『返事』のことを頭の隅に追いやった。

 

「オフクロ……まだ就業時間中なんだけど」

「あら、そうだったのごめんなさいね。かけなおす?」

「いいよ。ちょうど休憩中だったし」

 

俺はそう言って残っていたカステラを一口で頬張った。

 

「ふふっ、それにしてもこの前の『お見合い』は楽しかったわね。あんなに笑ってたお父さん、久しぶりにみたわ」

「蒸し返さないでくれよ。今だに嫌な汗が出るんだから」

「あら、ごめんなさい。でも、あれから、お父さんも随分と上機嫌で、『たまには帰ってきなさい』だって」

 

俺は少し言葉に詰まる。

そして、僅かな沈黙の末、ため息混じりにこう言った。

 

「………まぁ、考えとくよ」

「ええ、考えといて」

 

年末年始は有馬記念のあれこれで忙しいが、どうせ消費しなければならない有給が溜まっている。適当な時期に休みを取って実家に顔を出すぐらいしてもバチは当たるまい。

 

そう思えるようになっただけでも、この『お見合い』に意味はあったのかもしれない。

 

そんなことを思い、自嘲の笑みが浮かぶ。

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

「それで、先方への『お返事』はどうする?」

 

 

 

 

 

この世の時間が止まった気がした。

 

 

 

 

 

「は?」

「だから、『お返事』よ。どうするの?お断りするの?それとも、もう一度お会いしてみる?それなら次の約束を進めるけど」

「え?えっ?なんの話?」

「『お見合い』の話に決まってるじゃない」

 

その言葉を理解するのに30秒の時間を費やし、俺は震える手で携帯電話を掴みなおした。

 

「ちょっ、ちょちょちょちょっ、ちょっと待って!えっ!?この『お見合い』って仕込みじゃないの!?」

「仕込み?何の話?」

 

素で困惑している母の声を聴き、先程までのシービーとの会話が頭の中を駆け巡る。

 

『ほら、私のお母さんの家系って結構いいとこだから、その伝手でなんとか『お見合い』をセッティングしてもらってさ』

『ふふっ、こういう裏のある話は真相を知っている人間が少なければ少ない程いいんだよ。実際、計画の全容を知ってたのはアタシとアタシの両親だけだったしね』

『『返事』はできるだけ早くもらえると嬉しいな』

 

彼女はこの『お見合い』が『単なるカモフラージュであった』などとは一言も言っていない。

 

それが意味することはすなわち……

 

「………え………えっ……えぇっっっ!!!……『お見合い』は……マジなの!?」

「さっきから何を言ってるの?当たり前じゃない。で、どうするの?まぁ、今すぐ結婚てわけにはいかないから、とりあえず婚約という形にしてシービーさんの引退を待つことになるとは思うけれど……もしもし?聞いてる?」

「……ぁっ……っ……」

 

ついには喉から声が出なくなり、携帯が手の中から滑り落ちる。

 

何の因果か、視線の先にクリスマスに渡されたミスターシービーのぬいぐるみがついたキーホルダーが飾られていたのだった。

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