【完結】学園生活騒音部 ~のーきる・のーばらーど!~   作:親友気取り。

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10 アフターグロウ

 

 

 

 

 

 そっちは任せたぞ──。

 いつものサングラス風の眼鏡をくいっと直しながら、そう言って陽向さんはギターを片手に持って屋上へ向かっていった。

 万が一救助が空から現れた場合に備え、見逃さないよう努めたいからとのこと。

 

 そんな会話以降うっすらと演奏音が聴こえ続けているので、救助の確認は殆ど建前としてやっぱり演奏を邪魔されたくないからというのが大きそうだ。

 誰これ構わず自身の音楽を聴かせたい彼女にしては珍しく一人で? と一瞬思ったけれども、世界全ての有象無象すべてを対象に自身の音を響かせたいのだと考えれば納得がいった。

 いや意味は分からないんだけど。

 

 それと、若狭さんからギターを守ろうと考えた結果……でもあるのかな? 

 最近あまり厳しくないような気もするけど。

 

 

「なんかそこ子供っぽくね?」

「えー、いいじゃん。シンプルで」

「ゆきちゃんらしくていいと思うけど」

「りーさんは賛成かー」

 

 

 学校の外は非日常に溢れているというのに、みんなは部室ではのんびりと自由に過ごしている。

 今は学園生活部のテーマ曲? を作ろうとしているらしい。

 丈槍さんが率先して用紙に文字を並べて、そこを横から他の面々が口を出していく。

 

 余暇に音楽を嗜むのは陽向さんの影響なのかな? 

 ゆとりがあるのはいい事だ。

 でも。

 

 

「……」

 

 

 響く微かな音色を聴きながら、私は一歩を踏み出す決心をする。

 反応と経歴からして色々と察しているであろう陽向さんがこの場にいれば、私は彼女の発言に頼ってしまう。

 きっと私が言葉に詰まればそれとなく助けてくれるだろう。

 

 大人として、唯一の大人として。

 決心として、唯一の決心として。

 

 現実からもう逃げない覚悟として、頼らず私ひとりで成し遂げなければ。

 それに人数が増えた事で備蓄の心配もある。

 学園地下に備蓄の蓄えがあると明記してある緊急避難マニュアルについてを切り出すには丁度いい頃だ。

 

 

「みなさん、少しお話が──」

 

 

 一区切りがついた頃を見計らい、その存在を既に知る陽向さんを除いた学園生活部の全員を前に机へ件のマニュアルを出す。

 そして全てを話した。

 

 これの存在を知っていたこと、私達大人は最初から生徒を裏切っていたこと。

 ……知りつつも、今に至るまで告げる勇気を持てなかったこと。

 包み隠さず、それら全て……。

 

 

「渡されて持っていたけど、内容は知らなかった……」

「こんなことになって思い立って開けてみたらってことか」

 

 

 直樹さんと恵飛須沢さんが呟く。

 言葉に詰まり、ひとつひとつ丁寧に話そうとしたせいで言い訳になってしまったかも。

 それでもこれが真実であり全てだ。

 例えどう反応されようがそれを受け入れるしかない。

 

 

「地下二階? 非常避難区画?」

「まだ行ったことありませんよね?」

「すごいじゃない、いい物ありそう!」

 

 

 誰からも責める声はなかった。

 代わりに慰めることもない。

 私の覚悟や葛藤も意味なく、さらっと流された。

 あの、これ言い出すのすごい勇気が必要だったんですけど。

 

「めぐねえなんか難しい顔してる」

「え。まぁ、うん……」

「まつりちゃんもだけど、最近みんな変だよ。ねぇ太郎丸ー」

「わん!」

 

 丈槍さんの笑顔が眩しい。

 

「一階だな。じゃあ、ひとっ走り行ってくるよ」

 

 からん、とシャベルの音がして恵飛須沢さんが伸びをした。

 行ってくるって。

 

「一人で大丈夫?」

 

 ちょ、ちょっと待って。今から? 今からもう、すぐ行くの? 

 あの、私も行きます! 

 

「偵察だからな。ひとりの方が楽だよ」

 

 確かに、恵飛須沢さんのように戦えないし、足手まといかも知れないけど……。

 

「ちょっと見てくるだけ。まつりが帰ってきたら教えて──みき?」

「……」

 

 直樹さんが何か考えている。

 マニュアルをじっと見たまま動かない。

 

「美紀」

 

 友人である祠堂さんが肩を突いてようやく顔を上げて、恵飛須沢さんの横へ並んだ。

 

「慎重に行きましょう」

「どうしたんだよ急に」

「いえ。ただ、なんとなく嫌な予感がして」

「そう……?」

 

 それの意味するところは分からないけれど、偵察だからとひとりで生徒を送り出すことにならなくて内心ほっとしている。

 ……ただ、祠堂さんを助ける為や直樹さんを助ける時と同じく私はいつも見送る側だ。

 足手まといなのは分かる。それが、とても歯がゆい。

 

「大丈夫ですよ佐倉先生」

「若狭さん……」

「私達は私達でできることをしましょう」

 

 適材適所。

 そうね、そうよね。

 

「決まりだな。じゃあひとっ走り行ってくる」

「ぐるっと回ってくるので少し遅くなるかも知れません」

 

 これ以上引き止める言葉はない。

 じゃあともう一声出すと、ふたりは足早に去っていく。

 途端に静かになって、屋上から薄く響く音色が少し大きく聞こえた。

 

 ここに残った私達はどうしましょうか。

 ただ待っているというのも危険を承知で地下へ向かったふたりに悪い。

 

「うーん」

「といってもできることなんてそんなに」

 

 丈槍さんが太郎丸を抱えながら首を捻り視線が壁際へ向いた。

 釣られて私も含めた残った面々がそちらを向くと、そこにはラジオが一つ落ちている。

 以前に陽向さんが使ったらしい、改造の施されたラジオだ。

 

「ねぇりーさん。あれってまつりちゃんのラジオだよね?」

「ええ。放送室の機材と合わせれば生放送ができる、って聞いてるわ」

「生放送って、ラジオの?」

「そうだ!」

 

 屋上に陽向さんがいて外を見ていてくれているなら、救助の呼びかけをしてみるのもいいかも知れない。

 全員で顔を合わせ、頷く。

 学校から外へ、私達の声を届けてみよう──と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶対は存在しない。0%を証明する手立てはない。

 分かりやすく言えば……うーん……。

 あー、あれだよあれ、例えるならラヴィス=カノン。

 古のオンラインゲームに出てくる武器でさ、かつては入手確率が天文学的過ぎて持ってると不正扱いされちゃうくらいのレア物。

 入手方法はない、いやいやあるって水掛け論。

 

 確率が小数点以下のどんだけ0に限りなく小さくなろうが、推察だけでは0%を断言する事は出来ない例である。

 

 

 音楽で世界を変えようとして今日に至るが、運命に逆らうオレの魂がどこまで歯向えるかって疑問。

 曇り空の下でギターを弾きつつ、早々に救助ヘリが来ちゃったらやだなぁーと思う訳です。

 丸を書いて、線引いて、丸。

 布袋ギターならぬ陽向ギターには四角ではなく丸がたくさん! 

 

 ああ? 意味分かんねぇって? 

 

 この幾何学模様は祭ちゃん愛用の計算式だ。

 この世界を形成する計算式があるんだけど、それと同類の奴でな? 

 あー、説明面倒だわ。ようはこれ使って他の世界線が見られるってもんよ。

 

 ああ? 意味分かんねぇって? 

 

 だぁらさ、計算し直してるんだっつの。

 もっと世界を変える為に、もっと自由を手にするために。

 美紀(みっきー)がいうとったろ? 頑張れば運命を変えられるって。

 

 

 みーくんが仲間に加わってひと段落すれば物語は次へ進む。

 今まで多少のイレギュラーはあれど予想できる範囲での揺れ動きだった。

 ただし今回ばかりは、これ以上は正直オレにもどう事件が動くのかが分からぬ。

 

 ゆえに新たな式が必要なのだ。

 それに何より! 

 

 

「より多くの世界へ我が音色を響かせる為に!」

 

 

 死ぬまでになるべく多く歌を聴かせるんじゃない。

 生き抜いて全てへ我が歌を聴かせるのだ。

 

 盲目の君よ、聴いていますか。あたしはもっと高みへ到達できる! 

 この新しくした計算式によってより大いなる全知へ至る! 

 ぎゅりゅるるる! ぎゅんぎゅーん! 

 ぶぃいぃぃーんっ! 

 

 計算は確かに大事だが、それ以上に大事なのはハート! 

 いつも言ってるだろ? いつも言っている通り! 

 

 オレはこのギターで世界を変えるんだ。

 式はそれの助け、ボーモンもついで。

 大正義は音楽! 

 

「演奏する時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」

 

 楽器には音の精霊が隠れていて、いつも演奏する人の心を見てるんだ。だから安らいだ気持ちで演奏しないと、決していい音は出ないんだ(驚熱の爆音)

 この音で学園外から寄ってきそうなもんだけど、そこはオレ。

 こう、反響とか色々なんか考えて、音は聴こえるけど鳴り処は不明って感じにしてる。

 できてると思う。あんま近すぎると流石にあれだけどさ。

 

「ま! 細けぇ事はさておき気持ちよく演奏できりゃあよぉ!」

 

 そうだ! オレの目的は世界を歌わせるただそれのみ! 

 そして、その道中で必要とあらば全知へ至る! 

 深遠と崩壊の先に全知へ至る道がある! 今こそ、全知へ至る時! 

 ピカァ! 

 

 

「素晴らしい、素晴らしいぞこれは! 頭の中を、音楽が駆け巡る!」

 

 ああ、ああ! 破裂してしまいそうだ! 

 この楽曲の奔流に! 

 

 

 

 ガチャ──と音がした。

 

 

 誰か来たかなと思って振り向けば。

 めぐねえとゆきが。

 

 

「……」

「……」

 

 

 めっちゃジトっとした目で見てた。

 

「ちゃうねん」

 

 めっちゃテンション上がってめっちゃ気持ちよくギター弾いてたけどさ? 

 なんかこう、鼻歌聴かれたみたいな恥ずかしさあるじゃん。

 ちゃうねん。

 

「で、どしたん?」

 

 なんか面白いことあった? 

 ──あ、もしかしてめぐぅがマニュアルをみんなに見せたとか。

 

「ええ。それもありますけど」

 

 けど? 

 

「今はこっち!」

 

 説明をしてくれゆっきー。ラブエンジェル。

 って、ん? その手にしているものは。

 

「ここは屋上! よくまつりちゃんがギターを弾いたり歌ったりしてるところでーす!」

 

 …………えっ。

 

「よくうるさくし過ぎてりーさんに怒られてる」

「ちょっと別枠なところはあるよね」

「ひとりだけ学園“生活騒音”部かもっ」

 

 待て。待て待て待て。

 落ち着け? 落ち着けな?

 なぁなぁなぁなぁなぁ会話しよ? しよしよしよしよ? よぉーしよしよしよしよし。

 

「どうしたの?」

「陽向さんが一番落ち着いた方がいいような」

「ちゃうねん」

 

 ゆきが手に今してるのは放送機器。オレが用意してほっといた、いつでも使えるよう置いといたヤツ。

 これ切っ掛けって訳じゃないが、事件の導入としてゆきが扱う予定だったもんだ。

 それを手にして屋上へ来たって事は──

 

「──え、なにりーさん。大変って」

 

 救助ヘリ。

 それが訪れる合図だ。

 

「まつりちゃん! めぐねえ! ヘリコプターが来てるんだって!」

「えっ!?」

「……」

 

 ヘリが来ること自体は問題じゃない。

 大問題は、さっきめぐぅがマニュアルをみんなに見せたってこと。

 今この場にくるみがいない事。

 

「曇っててどこにいるのか……」

「あ」

 

 ゆきがヘリを見つけたようだ。

 空の一点を見つめて固まり、ワンテンポ遅れて指で居場所を指し示した。

 

「めぐねえ。くるみは?」

「マニュアルを見てから、直樹さんと一緒に地下の確認に行ったわ」

「……やっぱりそうか」

「陽向さん?」

 

 オレの知ってる歴史でいう大事件の二つが同時に起こる。

 これはたぶん、まずいのかも知れない。

 地下にめぐねえがいないなら、下へ向かったくるみは無事なのか? そしてそのまま落下するヘリの確認へ向かい、イベントの重複は起こらず何とかなるか? 

 現実は甘くない。想定が追い付かないし嫌な予感がするな。

 

 抑えつけのはねっ返り。死を先延ばしにしただけの万が一。

 まだ来ていないだけの帳尻合わせ的なのもあるかもだし、それに……。

 訪れる章区切りのタイミングで清算が行われる恐れがある。

 

 オレは先が読めるだけでまだ見ぬ未来を直接知る術を持たない。

 天候やここに居ない人物のコントロールも、というか他人の完全な制御だって不能。神じゃないからな。

 こうなったらなるようになれだ。

 やってやれだぜ。

 

「なにあれ……。こわい」

 

 ゆきのこの台詞。

 ふふ、今さら全てが遅い。

 覚悟は決めた。全員オレが守ってやる! 

 我が音色を後世に残し、世界へ響かせる為に! 

 

「怖くないですよ丈槍さん」

 

 はへー、本来いない人物が代わりにいると台詞を引き継ぐんだねぇ。

 本人は意識してないか、偶然か。世界からそう言えって言われてそう。

 

「なんか、揺れてないかしら」

 

 そうそう。

 そんな台詞の後にヘリが墜落するんよ。

 んで、駐車場に落ちたのをくるみ&みーが確認しに行ってる間に火事が発生と。

 

 今は地下、つまり階下にくるみがいるはずなのでこっからはアドリブ合戦だ。

 まぁ、イレギュラー多数なのでそう上手く行くとは思って──

 

「は? 嘘だろ?」

「まつりちゃん?」「つ、墜落する?」

 

 ヘリの揺れ方、ぐらつき。この調子で行けば……。

 ──全員戻れ! 

 

「え、なになに」

「どうしたの?」

 

 今すぐひっこめってば! 

 

「だぁ!」

 

 振り返れば、ヘリはもう大きく傾き落下を始めていた。

 だけど、思ったような落ち方じゃない。

 グラついた時点で落下コースは演算できたけど、あれは屋上を掠める。

 

 絶対に一度ここの近くに落ちてから改めて駐車場へ向かう。

 それはなぜか? 恐らくはオレかめぐねえのダウンを狙ってのことだ。

 今更帳尻合わせなんてさせん。

 

 

「オラァ!」

 

 

 ギターを放り出してめぐねえにタックル。階段まで連れてくなんて無理だから倒れ込みながらぐるっと回って遮蔽へ投げ飛ばす。擦り傷くらいは我慢してくりゃれ。

 ゆきは……おお、流石。運がいいのか世界から無傷の生存を望まれているのか、元から被弾範囲を逃れている。

 早いとこ起き上がってオレも避難しようとして、

 

 

 以前にモールで演奏したあれ以上の、根っこから意識を刈り取る爆──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くるみ先輩」

 

 シャベルを振るってひとり倒す。

 血を払って、警戒して、一歩ずつ進む。

 そんな繰り返しで廊下を行く中、みきが唐突にあたしの名前を呼んだ。

 

「どした?」

「いえ。先輩は、陽向さんをどう思ってるのかなって思いまして」

「まつりを?」

 

 あー……。そういえばまつりの奴って良い噂がなかったんだよな。

 みきが来た時もまつりを気にしてたし、うーん……。

 

「面白いやつだよ。ただ、歌にこだわってさえなきゃもっとスムーズにここの暮らしも──」

 

 身を屈めて、角から伸びた手を掻い潜って蹴り飛ばす。

 “こいつら”は一度倒れると弱い。すぐに首を狙ってシャベルを振り下ろし、楽にしてやる。

 片手間というには可哀想だけどこっちだって死にたくないんだ。

 

「……ですね。陽向さんが音楽よりも、もっと真面目にしてくれたらもっと簡単にいったでしょうに」

「あいつなりに理由があるんだろ。そもそもあいつって世界を救うって口じゃないじゃん」

「え」

 

 まつりの信条は歌わせるとか聴かせるだ。

 もちろんあたし達みたいな身近な所はギターを壊してでも守ってくれるけどさ、でも世界全部までは救う気がない。

 手近へ歌って聴かせて、世界全部にも歌って聴かせる。そんでその過程で世界が救われようが救われなかろうがってとこじゃないか? 

 ある程度は平和も考えてるかも知んないけどさ。

 

「無茶苦茶じゃないですか。聴かせる相手がいなくなったらどうするんでしょうね」

「いなくなるなんて思ってないんだろ」

「どうしてですか?」

「歌う相手は選ばないんだよ、あいつ」

 

 事件が起こってから二日目。

 あいつはギター片手に飛び出して、“あいつら”に囲まれながら歌っていた。

 どうみたってもう手遅れな連中相手にさ。

 

 でも、まつりは真面目だった。真面目に聴かせようととしていた。

 それがあいつのスタンスだから。

 

 聴かせる相手は選ばない。生きてようが死んでようが、物だろうが何だろうが。

 そう思えば、世界が救われようが否かまつりには関係ないってのも納得がいくじゃん。

 だって救う救わないってあたし達の視点で言ってるだけで、まつりからしてみればだし。

 

「……陽向さんは、全部知ってて好き勝手してるだけですよ。たぶん」

「それはそれでいいな」

「いいなって」

「だってあいつが歌ってる限りはあたし達も平気だろ?」

 

 まつりですら必死になり始めたらやばいって事だけど。

 

「と、着いたな」

「この先が……」

 

 一階にある購買部の倉庫の奥、機械室の更に奥にあるシャッター前まで辿り着いた。

 開ける前に入り組んだ倉庫内に敵が残ってないかの確認だけして、出入口を閉めて。

 

「誰か先に来たんでしょうかね」

「さあ?」

 

 シャッターは微妙に開いてた。開いていた、というより机を挟んで閉まらないようになっていた。

 もし先に誰かが避難していたとしたら、こうしておく必要が分からない。

 

「救助や避難を待っている間に、とか」

「……一回閉めるぞ」

 

 階段を下って地下。

 生徒の立ち寄らない倉庫の奥だからか、しんと静まり返ってあたし達以外誰もいないようだ。

 けど油断しないようにしよう。

 一通り見てから更に階段を下り、地下の二階。

 今までが平気だっただけで──

 

「──っ」

「先輩?」

 

 探索を進める中、唐突に全身の血の気が引いた。

 まるで幽霊にでも出会ったかのような、言いようのないとてつもない悪寒と恐怖。

 隣のみきは何も感じなかったみたいだし、他に敵がいる訳でもないのに……。

 

「な、何でもない」

 

 足元が水浸しだからか? 

 分からないけど、嫌な予感って事にして気を緩めないように行こう。

 でもこの感覚は……。

 

「……ああ、くそっ」

「先輩、変ですよ。急にどうしたんですか」

「すまん、みき。分からない。なんだか、急にめぐねえの顔が浮かんでさ」

「佐倉先生の……?」

 

 こんな所にめぐねえがいる訳ないのにさ。

 めぐねえの笑顔が頭にちらついて。

 

「あ」

 

 みき? 

 

「いえ。……きっと、佐倉先生が恋しいんですよ」

「はぁ!?」

 

 いやいやいや、急にんなこと……っ! 

 そらここに来てからやたらと変な感じするけどさ、でも恋しいとかそういうんじゃなくって! 

 

「ふふ、その調子です」

「ったく。ヘンな冗談いうところがまつりかゆきに似てきたな」

「え゛」

 

 冗談だって。いてて小突くな。

 やいのやいの騒いでも他から音はしない。

 どうしてシャッターが微妙に開いてたかは不思議だけど、敵がいないのが分かれば充分だろ。

 荒らされた形跡もないしそろそろ上に戻ろうか。

 

「はい」

「しくじりもしなかったし──」

 

 一階の倉庫へ戻ってきた瞬間、建物全体が揺れた。

 地震とかじゃない。事件の始まった日にも体験したような、爆発が起こった時の音と揺れ。

 ……何か、あったのか……? 

 

「わ」

「すげぇ音だな……」

 

 一拍空けてがらがらと大量に何かが崩れ落ちる音。

 なにかが学校にぶつかったのか? 校舎が崩れでもしたのか……? 

 まつりならこれだけでも察しそうなもんだけど、あたしには全く分からない。

 何が起きてるっていうんだ。 

 

「とにかく一回みんなと合流しようぜ」

「ですね」

 

 シャッターをしっかりと閉じて敵が入り込まないようにしてから、地下と同じように静かな廊下を進む。

 どういう訳か物音が殆どしない。

 ……いやおかしいだろ。あんだけいた“あいつら”の姿が一切ないのってさ。

 

「おい、少なくないか?」

「減るはずないですからどこかへ集まってるんでしょう」

 

 どこかって。

 

「どこに?」

「……それは、たぶん」

 

 音がした場所か。

 考えがあるらしいみきは階段を昇らず、廊下をそのまま進んで窓の一つ一つから外を確認している。

 どうなってるかは確かに知りたいけど──

 

「あれですね」

「おいおい」

 

 駐車場に一台見覚えのない車が増えてた。

 いや、車じゃない。車の形じゃない。

 あれって……ヘリか? 

 

 まさか、ヘリが落ちてきたのか!? 

 唐突だなおい!

 

「おい……燃えてないか?」

「……一度全員で避難した方が良さそうですね」

「避難って」

 

 逃げる場所なんてないだろ。

 

「地下の避難区画です。都合よく確認も済んでますし、一度みんな集めましょう」

「それいいな」

「幸いにもあの音で残骸に集まってるようですし」

 

 あのヘリが何だとか乗ってたやつが無事なのかとか確かめたいけど、まずは上のみんなとも会わないとだし。

 よしっ。

 

「みき、倉庫の入り口抑えててくれ。あたしが連れてくる」

「ひとりで大丈夫ですか?」

「ふたりして行く必要もないだろ」

「……ですね」

 

 不安そうな顔を見てらんなくて、くしゃっとみきの髪を乱してからすぐに走る。

 ここまで来たんだ。きっと今回も大丈夫。

 数段飛ばしに階段を駆け抜けて、学園生活部の張り紙のついた元生徒会室へ飛び込む。

 

 そこに全員揃っていた。

 揃っていた、けど……。

 

 

「……ぉい……」

 

 

 床に倒れている小柄な人。

 せっかくショッピングモールで手に入れた綺麗な服もぼろぼろに汚れて、あちこち傷だらけで。

 いつも自信満々に光らせてたサングラスも割れて傍に落ちている。

 

 まつりが、みんなに囲まれて倒れ伏していた。

 なにが、どうしたんだ……?

 

「くるみ……」

 

 絶対に大丈夫って代名詞にしても良いようなそいつが、ピクリともしていなかった。

 確かまつりは屋上でギターを弾いてたはず。

 そ、それじゃあ、最初にヘリがぶつかったのって……! 

 

「大丈夫なんだよな!?」

「くるみ落ち着いて。一応手当はしたし、気を失っているだけ」

「……あの、みきは」「わん!」

 

 みきの友達、けいと太郎丸が心配そうに尋ねる。

 

「それだ。さっきので火事になってるから一旦地下に行こう。みきが入口を抑えてくれてる」

「地下、どうでしたか?」

「なんにもなかったよ、めぐねえ」

 

 屈んでまつりの顔を見る。左目に大げさな眼帯を付けているから驚いたけれど、大丈夫だよな?

 ちょんと突いてみれば傷が痛むのか顔をしかめた。無理にでも移動しないとな。

 持ち上げるとやけに軽かった。こんなやつがいつも元気いっぱいに動き回って歌ってギター弾いてってしてるんだからすげぇよな。

 確か自称40mgだっけ。そこまでじゃないけど軽い。

 

「わたしがまつりちゃん支えるよ」

「私も、それくらいなら」

「分かった。頼んだぞ」

 

 ゆきとけいが両脇から肩を支えて引き摺りながら歩く。

 一番小柄なのがまつりなお陰か、危うくも大丈夫そうだ。隣にめぐねえもいるしな。

 

 廊下を確認して先へ進み、シャベルを構えながら万が一にも不意打ちを食らわないように確認していく。

 

 まつりを落とさないようゆっくりと階段を下らせていると、黒い煙が上がってきた。

 どうやら本格的に燃えてきたらしい。

 まったく、防火性とかどうなってるんだよ。

 

「ぐ」

「まつりちゃん……?」

「もうちょっとだ。頑張れ」

 

 ちらっと外を見れば、雨が降り始めてる。

 火事に雨って、タイミングが良いのか悪いのか。

 まぁ雨が降ってくれれば火も収まって……っ! 

 

「おらっ!」

 

 一体撃破。

 他には……。

 

「くるみ、集まってきてるわ!」

「ライト撒け!」

「ッ!」

 

 言うより早くめぐねえがゆきのバッグから引き抜いた明かりを撒いていくけど、それをかき消すもっと強い光がある。

 

「まずいな、急ぐぞ!」

 

 外は雨。“あいつら”は雨を嫌って屋内へやってくる。

 校舎内はあちこちに火事で曇りの外より明るい。

 

 最悪だ。最悪な状況だ。

 

 時間を掛ければこれからもっと集まってくる。

 ヘリの爆発で集まった外の連中が、引き寄せられるように校舎内へ。

 今まで平和だった反動みたく色々やってくるな全く! 

 

「先輩はやく!」

「みき!」

 

 倉庫から顔を出したみきが、中から外へ向かって倉庫にあった小物を投げている。

 そうだ、あそこって正面に職員用の玄関があるからそこからもやってくるのか。

 あの誘導や牽制も長持ちしないだろうし、もっと急ごう。

 

「丈槍さん、祠堂さん、代わります!」

「ううん! 頑張る!」

「めぐねえは私達の代わりに!」

 

 戦って、というのはめぐねえにはキツいんだけどな。

 シャベルの柄を盾にみきへ掴みかかろうとしてたやつを弾き飛ばし、倉庫の中へ入る。

 あとは機械室から下へ行くだけだ。

 シャッターがあるから気を張るのはそこを潜るまででいい。

 そこまで行ければ、あたし達の勝ち。安全なハズ。

 

 

「みんな無事だな!」

 

 

 機械室とシャッターが見えて声を上げる。

 返事はあまり気にしない。意味はあるけど殆ど意味のない、考えより先に出た言葉。

 でも誰かが返してくれた無事って言葉がやり遂げたと安心させてくれる。

 

「……?」

 

 地下で悪寒を感じた時とは違う、別の予感が頭をよぎった。

 なんとなく、炎で真っ赤に染まった室内に疑問がある。

 どうして急にそんなこと考えたんだろうな。

 

 

「ぅ。あ……?」

「まつりちゃん!」

 

 

 まつり、起きたのか! 

 

 

「何が起こって──」

 

 

 振り返ったあたしと目が合った瞬間、まつりは寝ぼけ眼を見開き一瞬にして警戒した。

 それまで自身を支えてたゆきとけいを守るように下がらせ、まるであたしが敵とでも言いたげな……。

 

 

 

「おい、まつり?」

 

 

 

 赤い部屋、炎で照らされた上、返り血も浴びてるだろうあたし。

 

 

 

「まつりちゃん!」

 

 

 そういえば以前、まつりは“あいつら”に関して変な事を言ってた気がする。

 なんだっけ。無事かどうか分からないみたいな、見れば分かることを言っていたような。

 トマトが熟れてるかも判断できないってりーさんも言ってたっけ。

 

 なんだ。

 なんで急に、そんなこと。

 

 

「っ、後ろだ!」

 

 けいの後ろに敵が見えた。

 あたしの声に反応してまつりは振り返ると、けいをめぐねえへ向かって投げ飛ばす。

 そしてゆきを左腕に抱え、

 

 

「そうか。見間違いか」

「まつり、ちゃん……?」

「あー、眼鏡がないから……やっちまったな」

 

 

 噛みつきに対し、あえて自身の右腕をねじ込むことで庇った。

 突き飛ばしたけいはともかく、自分が避けたらゆきが噛まれてしまうかも知れないから──と。

 

「そんな」

 

 りーさんが息を飲み、駆けたみきがゆきを引き剥がし距離を取る。

 見間違いや嘘、あるいは一つ間に挟んで防いだなんて事もしていない。

 

 腕を、まつりは、“あいつ”に噛まれた。

 痛いだろうににやりと笑いながら噛まれた腕をさすり、自分を噛んだ相手の肩に手を回し溜息。

 こんなになっても、まつりは殴りもせず嘆きもしない。

 ずっと、いつかこうなると覚悟をしていたかのように……。

 

 

「オレがこの立場になるなんてな」

「……そん、な……陽向さん……」

 

 

 自分を噛んだ相手を廊下へ押し出すとまつりはギターを探すような手つきで自身の身体をまさぐったあと、肩を落としながら背を向ける。

 おい、どこ行くんだよ。

 

「どこって、オレを倒したくないだろ?」

「まだ、まだなんか助かるかも知んないだろ!」

「そうです先輩、私の代わりだなんて……っ!」

 

 けいと同時に声を上げる。

 でもまつりの心は変わらなかった。

 

 歩みは止まらない。

 

 入れ替わるように、大量のあいつらがなだれ込んでくる。

 外にいた連中が押し寄せたんだ。

 

 もう、あの距離はもう、無理だ。

 

 

「くるみ!」

「──っ、ごめん!」

 

 

 立ち止まって動かないゆきの手を引いて、暴れんな! 

 

 

「放してっ! まだ、まつりちゃんが!」

「ゆきやめろ! 駄目だ、もう手遅れなんだ!」

 

 

 地下で感じた悪い予感がこんな事になるなんて! 

 めぐねえじゃない。危なかったのは、まつりの方だった。

 振り向かずに、油断せずに、さっさと先に行かせてれば……。

 

 

 

「見上げた空は 遠く遠く 僕ら 見つめている

 ただ静かに 変わらないまま」

 

 

 

 後悔しても時間は戻らない。

 遠くからまつりの歌声だけが聴こえる。

 

 

「迷子の手と手 握りしめた もうさみしくないよ

 終わる世界 向こう岸へと」

 

 

 音程も崩れて、よれよれで、らしくない声で。

 そんな声が。

 

 

「僕らの夜明けが──

 

 

 シャッターが閉まると同時に、聴こえなくなった。

 

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

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