【完結】学園生活騒音部 ~のーきる・のーばらーど!~ 作:親友気取り。
陽向さんが噛まれた。
それがどういう意味かなんて、今さらわざわざ言う必要はない。
閉じたシャッターの向こう側からは呻く声が響き、内側にいる私達にその末路を想像させる。
「……」
あの時。
陽向さんが噛まれたその瞬間。
地下の二階へ足を踏み入れたくるみ先輩が感じた悪寒のようなものを、一瞬だけ私も感じ取ることができた。
どうしてだとか何だとかあるいは疲れているだけとか、そういう感覚では決してないモノ。
言葉では説明のつかない、本来触れてはいけないであろう世界の理。
一瞬だけど、その瞬間に私は理解できた。
陽向さんがここに居ない世界の学園生活部が、ここでどのような苦難に遭遇したかを。
きっと陽向さんはこれをはっきりとした形で見て理解してた。
理解していたから、咄嗟に間違えてしまった。
状況が悪かったから。
あのぼろぼろな様子を見るに最初の爆発、屋上にいたせいで巻き込まれて気を失っていたんだ。
本人からしてみればいつの間にか自分が移動していて、目の前には血まみれのくるみ先輩がいて……。
脳震盪か何かもあるだろう。目が覚めたばかりで状況を把握できていなかったのもある。
だから。
──くるみ先輩が噛まれてしまう歴史を知っていたから、誤解してしまった。
「……まつりのやつ」
そのくるみ先輩がぽつりと言葉を漏らす。
「前から時々ヘンだったんだ。“あいつら”が
「恵飛須沢さん……」
「見りゃ分かることをさ、たまにわざわざ聞いてくるんだよ」
「……まつりちゃん、トマトが熟れているかどうか分からないって言ってたわ」
「それだよ。そういうのだよりーさん」
あの時、陽向さんだから気が付けなかった。
先輩が噛まれてしまう歴史を知っていて、それを警戒し過ぎて、無事か否かの判断をすぐできないが故に。
陽向さんだったからこそそうなってしまった。
「みき。お前、知ってたか?」
「……はい」
たぶんこの場で知っていたのは私だけだ。
「あの人は、赤色が見えてません」
──陽向祭は色盲であり、赤を判断する事が全く出来ないという事を。
「なんで」
どうして教えなかったのか、という言葉は先輩が自分でかき消した。
先天性の色覚異常についてを陽向さんが触れる機会は全くない。
なぜなら当人にとってはそれが生まれつきの普通であって、尋ねられてもいないのにわざわざ喋る必要性を感じていないからだ。
隠す必要も無ければ聞かれれば答えるだけのこと。
陽向さんは過去の取材で隠さずあっけらかんと答えていたし、それに倣って私も聞かれたらすぐ答える気でいた。
ただ、その機会が訪れたのは手遅れになった今だったというだけ。
沈黙が場を支配する。
みんな何かを考えていた。
きっと思い当たる節が沢山あるから。
私も何も思わない訳じゃない。
こうなるのであれば、ちゃんと情報の共有をしておけば……。
「まつりちゃんの眼鏡、置いてきちゃった」
「あれ、サングラスじゃなくてほんとに眼鏡だったんだな」
サングラスって。
ないよりマシと語っていたこともあるとはいえ、色覚補助の眼鏡だって言えばいいのに。
ちゃんと訂正して教える機会があったのに、軽視してそうしなかった陽向さんの責任もありそうだ。
「でもあいつ、免許持ってたじゃん」
「……色覚異常があるといって免許の取得には影響ありませんよ」
自分の視覚についての理解があれば、自分の頭の中で矯正できる。
その癖で陽向さんは血に濡れたくるみ先輩の状況を誤認してしまった。
「ねぇ、美紀」
「どうしたの?」
「あの人、もう助からないのかな……」
「……シャッターを開けて、連れ戻して、どうするの」
「くぅーん」
太郎丸が心配そうに圭の膝で泣くけど、無理だ。
私だって圭や私自身を助けてくれた陽向さんにそのお返しをしたい。できることなら助けてあげたい。
でもこれが現実だ。噛まれてしまった以上は救う手はないし、手遅れでどうしようもない。
ここがフィクションであろうとそうでなかろうと、この状況を打破するヒーローなんかいない。
シャッターを開ければ“あいつら”がなだれ込んでくる現実があり、例えそこを突破して感染した陽向さんを捕まえたとしても治す手立てなんかない。
できるのはみんなで手遅れだと再確認して、そして、終わらせてあげるだけ──。
「る……るる……」
「ゆき先輩?」
救いはない。
陽向さんだけの事ではなく、これからを考えればのどうしようもない絶望が私達を押しつぶしていく。
そんな中、ゆき先輩が唐突に歌い出した。
「る……誰もが皆、ヒーローになれるよ……」
こんな状況で、うろ覚えで一体なにを歌って──
「──うん! ヒーローなんて待ってるだけじゃないよ!」
「へ?」
「ヒーローはなるもんだ!」
と、突然なにを言い出すんですか……?
「人はね、誰だって誰かのヒーローになれるんだよ! ダリオマンもゆってた!」
「マンガじゃねぇか!」
くるみ先輩の叫びももっともだ。
いくらゆき先輩が明るく振舞う立場とはいえ、こんな状況でそんなこと言ったって。
空気読んでください。
「じゃあどうしろって言うんですか。陽向さんを見つけた所で、特効薬なんてないんですよ」
そう。
そんな都合よくこの地下に、特効薬なんて……?
……あれ?
そういえば私も一瞬感じた他の学園生活部の歴史、確かにくるみ先輩が窮地へ陥っていたけど……。
──そこからどうやって助かったんだろう?
唯一戦えるくるみ先輩がミスか何かして噛まれ、でもそれで終わりっていう記憶がない。
あくまで窮地というだけで、どうしてか持ち直したような気がする。
……私が緊急避難マニュアルを頼りに地下へ行った? どうして?
忘れていた本の中身を思い出すように、少しずつ記憶を辿るように、考えろ。考えるんだ。
朧げなんてものじゃない、本来は持ちえないものを探る。
くるみ先輩が地下を訪れた時や私があの瞬間に持ちえたあの感覚。
誰かがいた、なにかがあった、あるいは?
「……」
「めぐねえ?」
佐倉先生が立ち上がってふらふらと歩き、奥へ進んでいく。
そうだ。先生も知っているはず。
なにかがそこにあることを。
窮地を救う方法があることを。
「……特効薬、薬、救急箱のようなものが、どこかに……」
先生までそんな予感を──。
「くすり?」
そうか! あったんだ!
ここにいる私じゃない私、別の歴史の私は見つけた事がある。
佐倉先生が自分で使おうとして、間に合わなかった存在を。
分かりやすく床に出されていたお陰で、くるみ先輩には助かった特効薬の存在を!
「ゆき先輩、ありがとうございます」
「え?」
「一緒に探しましょう」
それさえ分かってしまえば早く動くに越したことはない。
間に合う。まだ終わってない。
だってここまで上手く行ってきたんだ。
諦めなければ、きっとどうにかなる。
ここへ来て、気がつくとたくさんのものをもらっていた。
楽しいこと、温かいこと……。
──希望。
「ここまで来て、負けられないよね」
「圭」
一緒の考えみたいだ。
「あいつら……。りーさん、行こうぜ」
「……」
「薬見つけて歌ってりゃまつりは帰ってくるよ」
「帰って、こなかったら……?」
りーさんがうずくまったまま動かない。
「ま、やれるうちに色々やっとこーぜ」
「くるみ……」
ここはくるみ先輩に任せておこう。
薬を見つけてどうするとか歌えば何とかなるとかなるとか、普通に考えたらりーさんが正しい。
でも、相手は陽向さんだ。
もしかしたら。
陽向さんなら。
閉じたシャッターを歌で開けに戻ってくる。
なんて。
「とにかく動きましょう」
──生きてるだけでいいの?
以前に圭から聞いた言葉を思い出す。
なるべくやるだけやって、そして。
「そして、みんなで歌いましょう」
それでも駄目な時は、その時も歌おう。
私達はまだ生きてる。
私達はまだここにいるから。
……。
…………ん。
ああ、くるみの代わりに噛まれたのは、オレだっけか。
みきに代わってヘリの爆発に巻き込まれたのもオレ。
そしてめぐねえの代わりに助からないのも。
あっちこっちの運命を一手に引き受けるなんて、らしくていいじゃないか。
それでみんな救われるならあたしも満足さ。
はは、だろ?
あとは……なるべく遠くへ。
完全に感染した状態のオレが、みんなの前へ行かないように。
オレの知ってる歴史のめぐねえがそうしたように、どこかに隠れて居よう。
でもそれを言うならさ、みんなと一緒に地下へ行けばあたしも助かるんじゃない?
……駄目だ。それだけは。
もし不幸な運命を一手に引き受ける役目になってしまったのなら、更なる危険を呼び込む可能性を捨てきれない。
帳尻合わせに折角助けた面々を、そうすることにすれば面目ねぇ。
だから……。
だから、オレは、倒されるために、地下へ向かいみんなを危険に晒す役目となってしまわないように、別のところへ──
あたしも頑固だね。確証がないってずぅっと言ってたのに。
ははは。みんながマニュアルをどこまで読んでるかなんて知らんからな。
もし薬についてまで熟読できてなければ、余計な負担をあいつらに抱えさせることになる。
それに、あれは特効薬なんかじゃない。ただの痛み止めと抗生物質だ。
どこまでも偶然が助けてくれるなんて、
「……ぅ」
非常ベル。いいリズムだ。
消火用の天井スプリンクラー、なんかこの水やだな。
火事の勢いは わからん ぜんぜん見えん
熱い
外へ出よう
雨が強くなってきた。
じかんがない。
もっ と遠く へ
あたしの
痛みに悶えて気がつけば、どこかに立ち尽くしていた。
まだもう少しだけ時間があるらしい。
眠る直前のような、ありとあらゆる思考がごちゃ混ぜになって、浮かんでは沈んで……もういいや。
──ふと“雨の日のアイリス”という小説を思い出した。
不幸なことがあってオンボロな身体に納められてしまったロボットのAIが、低品質なカメラのノイズを雨と表現した作品だ。
なんで急に思い出したんだろうな。
……雨が降ってるように見えるからか?
本当にただの雨なら、どうしてこんなに痛いんだろうなぁ……。
そっか。
噛まれたからか。
もう駄目だわ。
ぼんやりと浮かんで宙に浮いたままの意識。
はっきりと痛む身体。
どんよりとした思考。
死んでるのか、生きてるのかも分からない。
ここまで至って、いつの間にかオレは雨の中に立ち尽くしていたらしいことを理解した。
どうしてここに、だとかどうやってここに、なんて全く覚えてない。今まで意識がなかったんだ。
噛まれてから、万全の為にどこか遠くへと歩いて、歩いて……?
冷たい雨が熱い痛みとなって襲う。
きっとこの雨のせいで一時的に意識が戻ったんだろう。
ほら、巡ヶ丘だから、まだ噛まれてから時間が経ってないのもあってさ。
耐えかねて膝をつく。
まぁもうやるべきことはやった。
もうやり残したことはない。
めぐねえも、けいも、みんなが生きてる。
もう終わりでいいだろ?
まだひとつ、あるんじゃないかな。
これ以上何がと顔を上げた瞬間、視線を横切ってごとんと何かが落ちてきた。
驚いて見て、これが何かなんて考えずともすぐ分かりまた驚く。
唐突に現れたこれは、オレが巡ヶ丘駅に置いてきた、オレのギターじゃんか。
なんで、これが──?
「……ぁ……」
再び顔を上げて、それを持ってきたであろう人物を観察する。
同じ巡ヶ丘学園の制服を着た生徒だけど、これだけじゃ全身ボロボロの汚れまみれで誰だなんて全然判別つかない。
でも。その特徴的な首のチョーカー。
それを身に着けていた人物をオレは知ってる。
たかえだ。
おまえ……。たかえ、なのか?
いや、間違いない。
でもどうしてこんなところに……?
「…………」
はは。なんだよおまえ、わざわざ迎えに来てくれたのか?
なんておどけた言葉も出ず、ただ立ち上がって寄るしかできない。
言いたいことは沢山あった。
世界がこうなることを知ってたのに見捨ててごめん、だとか、あれが最期になるならお前のためだけに歌ってやればよかった……とか……。
わざわざ駅に置いてきたギターを持ってきたってことは、心残りだったんだな?
最期に聴きたくてさ。
おまえってあの時、もしかして駅にいたのか?
入れ違い、本当にすまない。全部手遅れで。
「……?」
もうとっくに意識なんてないだろうに、たかえは自分の首に手を掛けると、大事なチョーカーを引き千切って突き出した。
いつも身に付けてた大事なチョーカーをだ。
それを、どうしてオレに。
生と死の狭間をさ迷うなんて言葉、ほんとにそのまんまなあやふやな意識。
ただなんとなく
──無意識に、口が動いていた。
……そうだ。そうだった。
オレは、例え命尽きようが。
世界が滅びようが。
相手がどうであろうが!
歌い続ける!
そう宣言したんだ!
それをたかえはまだ見届けてない!
ありがとう、大事なことを思い出させてくれて!
お前、オレの歌を聴いていつも追いかけてきてくれたんだもんな。
だから世界がこうなっても、オレに歌わせようと来てくれたんだよな!
たかえは呆れた口をしながらも楽しみにしてくれていた。
オレが歌であの地下へ続くシャッターを開ける所を。
歌に無茶がないって、そんなデタラメをオレならやり遂げてくれるって!
壊れかけでロクな音も出ないギターの弦を、壊れかけの手で握り締めたチョーカーの金具で鳴らして駆ける。
炎に照らされ、水で流され、すっかり様変わりしてしまった校舎。
想い出の詰まった学生の小さな世界が壊れていく。
でも。
今までの思い出が全て燃えてしまっても歌は死なない。
オレがここにいる限り……いいや、誰かがいるそこにいる限り音が潰えることなんかない。
地下へ通じるシャッター前まで辿り着く。どうやってこんなぼろぼろの身体で、動けてるのか分からない。本当に
みんなはこの奥にちゃんと無事でいるかな。
ま、どうだっていいや。やることは変わらん。
オレは歌の力、で……ここ、を……?
「まだ、もう少しだけ時間を」
がくんと膝が折れ、保ってきた意識がゆらぐ。
深い闇へ落ちるように、暗い世界へ引っ張られるような感覚。
へ、へへ。
まだ終われない。
まだだ、まだ終わってない!
──やり遂げろあたし! その想いを守れ!
カメラを落っことしたように、がしゃんと地面が近くなる。
そうか。終わりか? これで最期か。
寄り道し過ぎたな。でも、オレは満足だ。
はは、あー……。
散々全知だ天才だと言いながら、このざまか。
……ああ、でも、その加減が。
とても、とても……オレとて人間程度たらしめてるのかも。
なぁ?
意識 が
遠くへ
雨
オレ
あたし は
くるしい
いたい
いたい
みんな
あたしはよくやったよ。
ほら、見て──
痛みを残し
音を残し
色が消えていく
居心地の悪いぬめりけと熱。
がらがらと音がした。
なにも見えないよ。
「──! ──っ!」
「…………!」
せめて最期に、
み なの 歌
ん 声
を
聴
き
た
か
っ
た
な──
次回、最終回です。