【完結】学園生活騒音部 ~のーきる・のーばらーど!~   作:親友気取り。

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誤字報告の人、ありがとうございます!!!!!!


3 あなたとSTORY

 

 

 

 

 

 くるみと一緒に歌ってから丸二日が経った。

 防火扉による封鎖は見通しが悪い上に叩くと音が響く点が大きなデメリットとして挙げられ、不意打ちを避ける為に最低限の箇所使用のみに留め基本は机と椅子を組み合わせたバリケードを採用し階段を封鎖している。

 それと合わせてここ数日の観察により感染した者は足腰が非常に不安定であることを確定させられ、階段が苦手なら上階ほど安心だねと面々へ伝えられた。

 おまけに光や音へ反応しそちらを優先するってとこまで分かって教えられたならば、後はもうただの女子高生数人+大人ひとりでも籠城はどうとでもなりそう。てかなってる。

 

 ただ、夜になったら学校から姿を消して朝になったらやってくるって行動だけが説明しきれていない。

 くるみやりーさんは太陽光を追いかけてるって説を推してるけど……。まぁ当面は安全確保さえできてりゃいっか。

 

 それより音楽だよ音楽。楽器。演奏。

 バリケード云々はもとより非常用設備の確認をしたり確認の仕方を教えたり、色々知識面で頼られる事が多く忙しくてここ数日の総演奏時間は20時間足らずなのだよ。とても物足りない。

 最低一日12時間は奏でないと右腕がムキムキになって死ぬ。

 

「り、りーさん、いや若狭(わかさ)様……!」

「なにかしら」

 

 今日の分は働いたからギターケースに付けた南京錠、解除してくれませんか……!?

 

「だめよ。時間でって決めたでしょ?」

 

 ウゴゴゴゴッ!

 く、くるみ……助けてくれ……。

 歌唱欲求が! 奏でたいハートがッ!

 

「諦めろ」

 

 めっちゃ呆れられながら言われた。悲しい。

 

「それよりまつり。弦って余ってない?」

 

 予備なら一通り持ってるけど、ギター? ベース?

 ちょっと前に使ったのが余ってたはず。

 

「試したいからあるだけ欲しいかな」

 

 欲張りさんめ。

 そこに転がしてるオレの鞄に諸々入ってるから好きに持ってってくれ。

 

「せんきゅ」

 

 しかしくるみも隠れて楽器を持っていたのか。知らなかったぜ。

 オレが歌う理由を話したらすんなり笑って納得してくれたし、お前もなかなかロックな魂持ってるじゃねぇか。

 近いうちにセッションしようぜ。くるみってどんなの弾くの?

 あ、オレちゃんこのアコギ以外にも色々できるから選んでいいよ。ゆきも誘って夜にでも──

 

「ちょい待てぇええええ!」

「うわっ、びっくりした」

 

 ちょいちょいちょい! お前、弦が欲しいってバリケードの組み立てに使う気なの!?

 それが今貴重なの分かっとんのかァ!? これ以上の予備なんてないんだぞ!

 このエビ野郎!

 

「まつりちゃん、騒がしいわよ?」

 

 りーさん! くるみが弦でロックしようとしてる!

 こう、ロック魂じゃなくって机をロック的な!

 

「どういうこと……?」

 

 抱き着きほっぺすりすり。むふふ、どさくさでりーさんに甘えちゃうもんねー。

 

「あ! まつりちゃんずるい!」

「もうっ、ゆきちゃんまで」

 

 ゆっきーも加わって一緒にぐにぐにミニモミ。rtfぎゅhkl。りーさんも楽しそう。

 どうだくるみ、羨ましかろう。魂の大事な所をそんな扱いするやつは加えてあげないもんねー。

 

「どうでもいいよ……」

「まつりちゃんの髪が静電気ですごいことに」

 

 元から寝癖ヘアーなのに静電気でパワーアップ。

 それはともかく、こんな状況だと替えの弦ひとつ貴重なのでそう使うのはよして貰おう。

 素材がもっと欲しいなら後で一緒に探してやっから。

 

「うん。ごめんな」

「分かってくれるならよし」

 

 音楽室か購買か、どっかしら探せば見つからん事はないんだろうけど安定した補充もできんし浪費できんのよぅ。

 

「でももう紐が足りないんだよなぁ」

「くるみ達が持ってきたので全部?」

「探せばまだあると思う。まつりが当面必要な分だけでいいって言うからある程度で切り上げたし」

 

 それが無くなったって事は、もうこれ以上ここをいじくる必要ないってことさ。

 

「でも少し心細いわね」

「かといってあんまり高く組み上げてもバランス悪くなるしなー」

「押し崩されないように内側にも置いておこうかしら」

 

 お、りーさんそれいいね。やろうやろう。

 流石です! 流石りーさん! 今日もかわいいッス!

 

「きゅ、急にどうしたの……?」

「煽ててギター返して貰おうとしてるだけじゃん?」

「騒がしくすると“みんな”が寄ってきちゃうから静かにね?」

 

 ギターは返してくれないし、抱き着いたままのゆきを撫でつつ人差し指を立てながら甘く注意した。

 なんだろう。オレとゆきのザ・小柄ーズを完全に年下扱いし始めたねりーさん。

 ゆきは分からんが、祭ちゃんは早生まれだし殆どひと学年下みたいなもんと考えれば仕方ない。

 

 ごねすぎるとギター封印が永遠のものとなってしまいそうなのでおとなしく従おう。

 鼻歌混じりに近くの教室から机を運び出していく。

 がたんがたがたがたんごとん。フンフフーン。

 

「むぅ」

「どしたのゆっきー」

「まつりちゃん、わたしよりもちっちゃいのに早いんだもん」

 

 これはねゆっきー。力の入れ方の問題さ。

 天才美少女のあたし様は何でも答えを出せるスペシャルな頭脳の持ち主でね、腕や足の運び方、体重移動の云々……。それら全てを効率よくなんか色々して、より少ない労力で動いてる訳さ。

 

 だからね、決して実は力持ちとかそういう事はないの。信じて!

 天才で運動もできてかつパワーもあるってなったら、欠点がなくなっちゃうのよぅ!

 

「欠点がなくなることを恐れるなんて、贅沢ね……」

 

 のろのろ運ぶ危なっかしいゆきを気にしつつ遠目に見ていたりー姉がそう呟く。

 

「天才故の悩みってやつさ」

「いいなぁ、まつりちゃんは何でもできて」

 

 一方のゆきはへこんでしまった。

 あー、うん。これは悪い事をしたな。自慢満々が驕りとなって刺さってしまったか。

 

「けどな、ゆき」

 

 ゆき自身は気が付いてないようだけれど、ゆきはその天才にはない大変素晴らしい力を持っている。

 オレのようなただ演算をこなせるだけの才能とは違う、人の心を汲み、底で支える事の出来る稀有な才能だ。

 たかえはそれに救われ、ゆきの事を可愛がるようになったと前に聞いている。

 

 めぐねえが他の生徒達から慕われる理由のような……。そういう、形は違えど方向性は似ている力。

 ただこういうのって口に出して意識させてしまうと上手く作用しなくなっちまうから悩ましいんだよなぁ。

 告げて褒めて伸ばすには似た方向性の持ち主であるめぐっちからが適任か。

 

 ギターでもいいが、双方が交わる事で生まれるパワーを見たい。

 

「なに?」

「うんにゃなんでもない。ゆきはゆきのまま強くあればいい」

「それって──うわぁっ!」

 

 どうめぐねえとくっつけたもんか考えつつ作業を進めてると、すぐ後ろでゆきの悲鳴と机が落ちる音がした。

 

「大丈夫!?」

 

 りーさんが駆け寄るよりも早く、件のめぐねえが駆け寄る。

 

「……ごめんなさい……」

「え……?」

 

 急にゆきがしおらしく、唐突に謝罪の言葉を口にした。

 大きな瞳に涙を貯め、立ち上がることなくしくしくと泣いてしまう。

 怪我が云々というよりも、これは──。

 

「わたしドジだし、力もないし、足手まといだよね……」

 

 ──机すら満足に運べないと自分を責め、折れてしまったか。

 これは怪我よりも辛い。理論的な言葉をオレは並べられるが、それでどうにかなるほど人は簡単じゃない。

 魂揺さぶる歌であっても全員すぐに魅了できない理由だってそうだ。簡単にできたら苦労なんかねぇ。

 

 でもそこには佐倉先生がいる。

 オレが適任だと答えを出した、先生が。

 歌って無理にハートをぶつけるよりも今は任せた方が良かろう。

 算段的なのを無視してもこれは託す他ない。良い未来へ向かうはず。

 

「迷惑、だよね……」

「ううん、そんなことない。ゆきちゃんにだって、誰にも負けない取り柄があるじゃない」

 

 そうそう。そういうのを伝えられて欲しかったの。

 出しっぱなしになってた替えの弦をくねくねして南京錠を開け、ギターチェックおーけーワンツー。

 りーさんが静止しようとした口をくるみが止める。ふふ、分かってくれてんね。ありがと。

 

「あなたの笑顔って素敵よ? みんなに元気をくれるもの」

「……ほんと?」

「もちろん」

 

 雰囲気を壊さない、ゆったりとしたメロディ。

 そうそう。こういう時に場を作る音楽もまた、陽向祭のしたい事。

 

「だって私がいつもゆきちゃんから笑顔をもらっているんだもの。きっとみんなもそう」

 

 そしてそう! それを伝えて欲しかった、本人に!

 我が親愛なる友たかえ。彼女がゆきを可愛がっていたのは元気を貰ったお礼である。

 たかえが今どこでどうしているのかは分からんが、ゆきの顔が曇るのは彼女も望まぬ。

 

「この先何があってもその笑顔を忘れないで?」

「……」

 

 ぐずっと鼻を鳴らして涙を拭いて、ゆきが立ち上がる。

 そうだ。それでいい。泣くな、笑え。

 記憶したぞ、その約束……!

 

「ふ、ふふふ……」

 

 普段から先生としてゆきと向かい合っていたからこそ、その言葉を伝えられたのだ。

 めぐねえはやはり良い先生。 

 

 ああ、もうエモい! こいつら、超エモい! エモーショナル!

 ゆきとめぐねえの関係って何というか、その、フフ。

 ギターを握る手に力がどんどん籠る!

 

「最高だ! 最高だお前らぁーっ!」

 

 ちょっと屋上行ってくる!

 満足するまで歌ったら帰ってくるからなぁーっ!!

 

 

 

 

 

「──で、没収されたと」

 

 その後。

 屋上で魂の赴くままギターを掻き鳴らしていたらりーさんにメッてされてギターは回収されてしまった。

 さりげなくあの人ってパワータイプだからオレじゃ適わないのだ……。

 あと身長差。両手を掲げて跳びはねても無理。届かないのだ。まつりもんには無理なのだ。

 幼げなゆきよりも一段低い陽向祭のお手頃サイズ感を舐めるな。

 

「りーさんにお前の歌を聴かせるの、なかなか苦戦しそうだな」

「くるみとゆきで取り囲んで一緒に歌おうぜ?」

「んん? あたしも?」

 

 キッチン備え付けの生徒会室でお茶を囲んでくるみとぐだぐだタイム。

 どうやらくるみは歌についての理解を示す一方、オレがやらねばならんことと認識しているようで手伝う気はないらしい。理解力のある彼女かよ。たすかる。

 でも戸棚の遥か上方へ封印されてしまったギターケースを睨んでも取ってくれない。りーさんが屋上で菜園を弄ってるっていう好機なのにさぁ。

 

「歌で取ったら?」

 

 そうだなそうしよう。

 山よ! 銀河よ! オレの歌をき──

 

 

「──たっだいまぁーっ!」

 

 

 帰ってきたゆきに飛びつかれてキャンセルされた。ぐへぇ。

 

「おう、おかえり」

「くるみ軍曹、ただいまでありますっ」

 

 ……おぐぐぅ……ゆき、当たりどころが、は、肺の空気が全部ぅ……。

 

「抱き着くタイミングが悪かったな」

「えへへ、ごみん」

 

 ゴミって言われちゃった。びくんびくん。

 あ、そだ。ゆきよ、お主と共にそこらの掃除をしていた佐倉先生はいずこへ?

 ちょっと聞きたいことがあって。

 

「探し物があるって職員室行っちゃった」

 

 一緒に探しておやりよぉ。

 

「生徒が職員室に入ったら怒られちゃうでしょー」

「?」

 

 くるみがゆきの発言に違和感を覚えて首を傾げた。オレも少し気になるけど、今はいいや。

 めぐねえの探し物ってなんだろう?

 何だか音楽を必要としてる可能性がある。直感が来てる。音楽を必要としている。歌が欲しい。

 オレの要件も兼ねて行ってくるか。

 

「歌いたいだけだろお前」

「怒られちゃうよっ」

 

 ええのええの。陽向祭とかいう最強シンガーは顔パスでも怒られないから。

 

「そっか」

「納得するんだ」

「ほら今って怒る人いないし……? んん、あれ?」

 

 ゆきが自分で言ってる事に首を傾げて、傾げっぱなしのくるみとお互い目線を合わせて疑問符だらけになってる。どうしたどうした。なんかちょっと混乱してんな。

 オレには歌うしかできないし、先にめぐぅの所へ行くから何も言わんが。

 

「歌ったらまた怒られるぞー」

 

 くるみに見透かされた。

 そうでもあるがぁぁ!

 

「行ってきやーす」

「……まつりちゃん!」

 

 お? どしたの愛しき我がマイエンジェルゆっきー。

 

「えっと、あのね。めぐねえ、何だか怖い顔してたからっ……」

 

 君が言うのならそうなのであろう。任せたまえ。

 地面に転がしてるマイ鞄からはみ出ていた物体Xを踏みつけるとそれは回転しながら宙へと飛び出し、手元に来たところをぱしっと掴む。

 これは変哲のないただのバチ。りーさんはオレがこれを所有していると知っていながら、単体では何もできまいと没収しなかったのだ。

 

 オレがギターだけしか扱えない美少女だとでも思ったか?

 違うね。オレはありとあらゆる楽器をハイレベルでこなせる究極の美少女だ。天才だからな。

 ギターを封印し演奏を中止させられると思っていたようだが、園芸部敗れたり!

 

 

 廊下を歩きながら壁をぺしぺし叩きつつ歌を口ずさみ、ゆきの顔を思い浮かべる。

 あの者は本人や成績が語る座学こそ苦手なようだが、感覚で自身の役回りと解を察せる天才肌のタイプ。

 故にめぐねえの不審な行動を不安がってオレなら解決できると託したのだろう。

 

 そう! 歌こそが最適解だと気付いているから!

 

 んふふふ……!

 感じるぞぉ、楽曲の波動……!

 気分はどうかねぇ?

 

 

 

「いえぇぇぇぇぇぇーいっ!」

「ッ! ひ、陽向、さん」

 

 職員室の壁際にある棚の前で、背を向けていためぐねえがびくりと肩を震わせた。

 ささっと一つの紙束を背中に隠し誤魔化す。うむ、隠し事だったとはやはりな。

 今はとりあえずくるみとの友情コンボで納得のいく仕上がりとなった“RUN&RUN”を食らえ!

 

「あ、アカペラ……!?」

 

 なんかちょっと甘じょっぱい恋愛テーマだが、今これを歌いたいんだからしゃーない。

 歌詞も甘けりゃ旋律も甘い。でも、くるみの姿が似合う一曲だ。

 

「ま、まつりちゃん、今は静かに……。ねっ?」

 

 んな顔で言われたってやめる訳ねぇだろが。

 愛と真心をめぐねえに!

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽向さんへは、いや残った生徒達の誰にもこれを見せる訳にはいかない。

 背中に隠した一つの物。これは、恐らく今の事態を想定しているモノなのだから。

 

 

『一応確認だけなんだけど、前に教えた緊急避難マニュアルって覚えてる?』

『はい。あの棚にしまってました』

『そうそう、悪いね急に聞いて。年に一回みんなが覚えてるのかチェックしてってのも規則にあってねー』

『これも規則なんですねー』

 

 

 以前の穏やかな日常の中、業務上の確認として伝えられた()()()()()()()。存在だけを知らされ棚に収められたマニュアル。

 確か封を切るには警報や指示、あるいは外部からの連絡が途絶してから何日かが経過しなければいけないとあったはずと思い──。

 事件が起こってから数日が経過し、ラジオを付けても外からの連絡がない今日。

 

 そういえばとふと思い出した。

 

 思い出してしまった。

 

 いいや、どうして……。

 

 

「……」

 

 

 想定されていた感染症、生物兵器、想定人数の限られた避難区画。

 初めから私達教員はこの今を想定されていたマニュアルを所有していた。

 

 手が震え、背筋が凍る。

 唯一の大人として、先生としてあの子達を守ると誓っていた私は──。

 

「……っ……」

 

 

 ──最初から、裏切っていた事になる。

 

 

 マニュアルの中身を知らなかった、読んでいなかったという言い訳は通用しない。

 非常時であれば先頭に立つはずの教師が理由をつけて確認していないというのは、ありえない事なのだから。

 それに、その非常事態が起きてから今の今までマニュアルを忘れていたというのも。

 

「アカペラの伴奏中ってようはただの空白で手持ち無沙汰だから寂しいしストンプするぜ!」

「ちょ、陽向さん暴れないでくださいっ!」

 

 何の反応も示せなかった私に意地でもリアクションをさせたいのか、それとも本当にただ音を奏でたいだけなのか。

 陽向さんは地面に転がるゴミ箱やデスクを持っていたバチで叩いて回り、跳び跳ねる。

 “みんな”が騒音に引き寄せられるのを知っているのに、そんな暴れまわったら……!

 

「あっ!?」

「んお?」

 

 止めようと慌てるあまり、隠そうとしていた非常避難マニュアルを落としてしまう。

 しかもあろうことか、空気に乗って見事に陽向さんの背中越しの地面へと滑ってしまった。

 急いだって私が先に拾う事は出来ない。

 気を効かせた陽向さんがすぐにそれを拾ってしまう。

 

「落としたよ」

「……」

「どしたのさ黙っちゃって。──って、んん?」

 

 何の気なしに陽向さんはパラパラと中身を見てしまった。

 

「それ、は……」

 

 どう取り繕うと、陽向さん相手でなくとも言い訳にしか過ぎない。

 知っていた側の大人であることに、違いはない。

 息と言葉が詰まる。

 

「ふぅむ。なんつかさ、あたしが言うことじゃないんだけど」

「……」

「めぐぅはこれ知ってたの?」

 

 ぱたんと閉じたマニュアルをひらひら揺らしながら差し向け陽向さんが問う。

 いつもの飄々とした口調は変わらないけれど、お気楽な雰囲気は微塵も感じられない。

 マニュアルを見て、真面目に考え、そして問うている。

 

 噂に聞く天才、本来の陽向(ひなた)(まつり)としての姿がこれなのだろう。

 

 真っ直ぐ見据えたその瞳は何でも見透かしているように思える迫力すらある。

 しばしの沈黙の後、陽向さんはその目を閉じてため息をついた。

 まるで何かを悟って諦めたかのように、呆れたように。マニュアルをデスクの上へ投げ置く。

 

 再び私を見た時、陽向さんはいつものような雰囲気に戻っていた。

 彼女の中でどのような思慮があったのかは分からない。

 ただ、私がマニュアルを持っていたという真実は見ての通り変わらず── 

 

 

「うしっ、んじゃあとりま歌うか!」

 

 

 ──はい?

 

「現実がこうなっちまったもんはしゃーねぇし見据えるは今と明日! ってのが、青春(ロック)!」

「で、でも陽向さん、騒いだら──」

「まつりちゃん、ギター忘れてたよー!」

「よしっ、よく来たな兄弟!」

「それいうなら姉妹じゃない?」

 

 タイミング悪く丈槍さんがギターを持ってきてしまった。受け取った陽向さんはステップを踏み回転しながら構えると、先ほどから持ったままのバチで弦を鳴らし始める。

 マニュアルがどうのと考える場合じゃない。これから丈槍さんと共に始まるであろう大合唱を、まずは止めなければ……っ!

 

「あのっ!」

「まずは先鋒、“空に私のサンシャイン”!」

「「イェーイ!」」

 

 バチで鳴らしているからか、普段とは違う不思議なギターの音色と共に元気いっぱいな声が響く。

 丈槍さんもそれに続いて手拍子を織り交ぜ、大合唱ではないけどとにかく賑やかで騒がしい。

 全く今の世界に合ってない。合ってないんだけど……。

 

「はは……」

 

 止めようと伸ばした手は陽向さんへは届かず、でも……元気は貰える。

 歌っているのは陽向さんなのに、歌詞や旋律は何となく丈槍さんのイメージが強い。

 戸惑っている内にもあっという間に歌い上げると、止まることなくギターを鳴らし続け二曲目へ入った。

 いつまで歌うつもりなんだろう。

 

「めぐねえは歌わないの?」

「だったら歌わせてやるぜ!」

 

 演奏は止まらない。

 

「タイトルは、“あなたとSTORY”!」

 

 バチで弾くのをやめてピックを取り出したのは本気の証なのか、本格的な音になる。

 そしてギターだけの音では物足りなかったらしく、デスクの戸棚をリズムよく蹴って加えた。

 ひとりで複数の旋律を奏で、乗せ、しかし歌わない。

 時折ここからかなってタイミングは掴めるものの、陽向さんは私の目を見るだけで歌わないのだ。

 

 どうして歌わないんだろうと考えて、そもそも止めるんじゃなかったっけと思い至る。

 もしかしたら、心のどこかで陽向さんの歌唱を期待していたのかも知れない。

 どこかへ逃げ出したい一心で。

 

「めぐねえ?」

 

 丈槍さんの疑問が耳に届く。

 

「声の上手さ良し悪し、んなもん気にするこたぁねえ。本気で奏で、歌う。魂で」

 

 演奏を続けながら陽向さんが続けた。

 

「佐倉先生。あんたの魂を聴かせてくれ。魂をオレにぶつけるんだ、そして世界にも!」

 

 え、ちょ、私に歌わせようとしてたの!?

 さっきの歌わせてやるぜって、本気!?

 

「おっ。やってんなー」

「まつりちゃん! もう少し静かに──」

「りーさん待って!」

「ゆきちゃん!?」

 

 陽向さんは黙って演奏を続ける。

 音で、魂で、私の事を確かめるように。

 

「……」

 

 確かめる。本当に、確かめようとしている?

 どういう原理、というか理屈かは分からないけれど……。

 でも、陽向さんならあり得るのかも知れない。

 陽向祭とは、そういう人だから。

 

 

 

 ──陽向さんの過去を調べた事がある。

 

 

 

 マニュアルの存在と共に確かめられた確認事項の二つ目。

 それが、「陽向(ひなた)(まつり)」という人物を知っているかという事だったから。

 校内のあちこちで隙あらば演奏していても怒られることがない。それどころか、どことなく特別視されている不思議な存在。そうとしかまだ知らなかった当時の私は素直に知らないとしか答えられずそう返し、ならそれでいいと言われたのが気になって。

 どういうことかという質問には答えて貰えず、それなら丁度良いと何故か個別で進路指導へ抜擢される意味の分からなさもあったから。

 

 どうして特定の生徒を知らなければ都合がいいのだろう?

 

 知らないならいいと言われても気になりインターネットで検索すれば、すぐに言われた意味が分かった。陽向祭という人物は、紛うことなき天才だったのだ。

 小学生高学年頃から頭角を現し、タイムマシンの開発を目標に掲げ様々な発明をしたという。

 現実味の感じられない、でもタイムマシンなんてと一蹴できない多種多様な実績の数々。

 高校進学を機に最前線からは退いたというけれど、去る前に自らの代わりとして公開された高性能AIは医学研究で大活躍したらしい。

 

 教師達が、というよりこの学校全体が彼女を特別視していたのも分かる。下手に扱えないのだ。

 その彼女は特別扱いを望んでいないとはいえ、でも偉業を知れば大人はどうしても顔色を窺ってしまう。

 そこで偶然事情を知らない、そして生徒との距離が近いと怒られる事もある私が適任だった。

 

 

 ……彼女が天才なのは違いない。

 

 

 だからこそ、歌えば魂で分かるという変な理屈も納得させられそうになる。

 実際には声の震えや視線の動きで見破るのだろうか?

 そうであれば誤魔化せない。

 私が、皆を裏切っていた事に違いはない。

 

 

「先生。恐れる必要はねぇんだぜ?」

「え?」

「恐れも悩みも魂を揺るがすに足りねぇんだ」

 

 

 そう言ったきり演奏へ戻る。

 何がしたいのか分からなくなってきた。

 

 もしかして本当に、本当に深い意味なく歌で全てを解決しようとしているんだろうか。

 一緒に歌おう。歌って、それでおしまいと。

 そう言っているような気がする。彼女と関わってそれなりに立つけど、全部の発言を合わせればそういう答えにしかならない。

 

 

「自分を、相手を、そして歌を信じてみるんだ」

 

 

 ……。

 …………。

 

 

 先生が生徒に教えられる事は多い。周りもよくそう言っていた。

 今は陽向さんを習ってみよう。

 そして落ち着いたら、私の中で踏み出す決心が固まったら、このマニュアルについてを切り出そう。

 陽向さんは味方してくれている。きっと、私の気持ちについても察してくれたのだ。

 

「……すぅ……」

 

 今は歌う。旋律に乗る。

 歌詞なんて知らない曲だけど、不思議と言葉は途切れない。

 これも陽向さんの不思議な力なのだろうか? これが音楽の力?

 

「へへ、いかすじゃねぇか!」

 

 マニュアルを持っていたとか知っていたとか、そういうのを気にしてる様子は微塵も感じられない。

 ただ歌を楽しみ、音を愛する陽向さんが楽しんでいる。

 

 確かに現実へ向き合う必要もあるだろう。

 でも今は、あるいはたまには。

 こうして心の赴くままに歌うのもいいかも知れない。

 

「佐倉先生まで……」

 

 若狭さんが少し呆れたように呟いたけれど、こんな状況になって以来久し振りに胸が軽くなった気がした。

 

 




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