【完結】学園生活騒音部 ~のーきる・のーばらーど!~ 作:親友気取り。
「くるみ先輩は戦えるみたいだけど、ゆき先輩は……」
3人が出発してから数時間。学園生活部の部室で休んでいた祠堂さんがぽつりと呟いた。
天真爛漫という言葉の似合う丈槍さんを心配して気が休まらないらしい。
私だって心配していない訳ではない。
大人である私がこうやって安全な所で過ごし、守るべき生徒である3人を危険な場へ送り出してしまっている状況に心を痛めている。
でも信じるしかないのだ。
それに、車を運転できると丈槍さんの代わりについて行ったところで足手まといになる。
私には恵飛須沢さんのように“かれら”と戦う覚悟も、陽向さんのような器用さもないのだから。
「まつりちゃんがいるから大丈夫。──でしょう?」
「……ええ。そうね、陽向さんがいればきっと大丈夫」
「何というか、本当にまつりちゃんって不思議な子よね……」
若狭さんの言葉に同意しつつ、続いた不思議な子という評価にも頷く。
歌を愛し音楽を愛する姿は尋常ではないが、その過去は一切音楽と関係ないはず。
一体、陽向さんの身に何があったというのだろうか。
「陽向さんって、やっぱり
そういえばと前置きをしてから祠堂さんが首を傾げる。
「音楽好きでこんな状況でも歌うまつりちゃんはあの一人だけよ」
若狭さんはそう教えるけれど、祠堂さんが聞きたいのはそういう事ではないだろう。
わざわざ
タイムマシンや高性能なAIの開発をしたというくらいしか結局知らないものの、まだまだ逸話はあるはず。
それを知っている人からすれば、そんな次元の違う存在が解決の為に新しい事をする訳でなくただ歌って笑っているというのは信じられないのかも知れない。
私だって彼女がそういう人というのみで深く考えず自分を納得させている。
ただ、今ここにいる陽向祭もあの天才陽向祭も、同一人物の彼女であることは違いないから。
「本当に、
「他にいるの?」
「いや、知らないけど……」
「大丈夫よ。私もあんな音楽バカを他に知らないから」
「すごい言われよう」
そういえば若狭さんは陽向さんの経歴については知らなさそうだ。
ただの音楽好きとして片付けるにも不自然な所が多い彼女について、どこか疑問に思わなかったのかな。
「私の友達が……ショッピングモールにいる子です。その子が、ファンって言っていいのかな。陽向さんが好きでよく話を聞かせて貰ったんです」
「バンドのギターはモテるっていうものね」
「まるでフィクションに出てくるような天才だって。でも、私が直接見た陽向さんって印象がちょっと違うような」
「噂がひとり歩きしたんじゃないかしら。まつりちゃんはずっとあんな調子よ?」
「そうなんですか?」
「初日からずっと」
やっぱり若狭さん、天才の陽向祭としての彼女を知らないみたい。微妙に噛み合ってない。
お陰でファンの意味が好意的な意味のファンになってしまっているし、それ故に友達がただのバンド好きなイメージになってしまっている。
ショッピングモールからその友達を連れ帰ってきた時に誤解にならないよう訂正できるところは訂正せねば。
「あの──」
口を挟もうとする前に、祠堂さんが先に気が付いて首を傾げて問う。
「りーさん先輩、もしかして陽向さんが凄い博士キャラって知らない?」
「博士キャラ……?」
「こう、漫画とか小説の超天才的な」
「天才ってギターのことじゃなくって?」
「むしろあの音楽狂いはなんなの?」
あの……私の出番……。
手持無沙汰にうろうろして、ひとつ思い付いたのはお茶入れ。
うん。生徒同士が親交を深めているんだ。邪魔せず影に徹するのが先生の役目。
電気ポットがかしゅっとお湯切れを示した。
えぇ……。
「またゆきちゃんね。めぐねえは座って休んでてください」
「あの」
「ね」
えぇーっと……。
椅子に座らされ、正面から祠堂さんと向かい合う。
ちゃんと自己紹介でもした方がいいのかな。教室では向こうが名乗って終わってしまったし。
こうなる以前はここで国語教師をしていた事、今は学園生活部の顧問をしている事を伝える。
陽向さんは学園生活部についての説明をしたのかな。
一応聞いておくと、駅からの帰り道にざっくりと教えて貰っていると答えてくれた。
「佐倉先生、これからよろしくお願いします」
……さくら、せんせい……?
「え、あの、どうしたんですか?」
い……今の、もう一度言ってもらっていい……?
「佐倉先生、これからよろしくお願いします?」
歓喜の涙が、ほろりと……。
「えぇ……」
ほら、最近みんな「めぐねえ」とか「めぐぅ」とかしか呼んでくれないから……。
「確かに佐倉先生、先生ってより近所のお姉さんって感じしますもん」
「それがめぐねえの良い所なのよ」
親しみを持ってくれてるのは嬉しいけど。
「それより」
沸かしたお湯でお茶を入れ、自身も席に着いて若狭さんが仕切り直す。
「まつりちゃんがそんなに頭が良いっていうのは、やっぱり本当なの?」
本人や私の証言だけでは足りないらしい。
全く関係ない第三者である祠堂さんの話であればと、誇張や擁護なしの評価を得ようとそちらへ向けて聞く。
「色々と逸話はありますけど、友達が教えてくれたので印象に残ってるのはタイムマシンかなぁ」
「タイムマシン?」
それは私も知ってる。
高性能AIを開発したのもそのタイムマシンを作る為に必要だったというらしい。
そこで気になるのは、どうして陽向さんはタイムマシンを作ろうとしたのかという所だ。
なにか大事な理由があったのだろうか。それこそ、過去へ戻りたいほどの何かが。
そういえば陽向さんは歌を云々とばかりであまり自分の話をしてこなかった。
世界がこうなる以前から幾度か会話をしているけれど、音楽関連を除いた彼女の好きも嫌いも私は全く聞いた事がない。
祠堂さんの友達は知っていたりするのかな。
その理由を。
「正確にはみんなが想像するタイムマシンとは違うらしいけど、実現手前まで迫ったとかなんとか。でもある時を境にさっくりやめちゃったらしいんです」
「え……っと、誇張じゃなくて?」
「しっかりとした論文も発表されてて、気軽に試せはしないけどデタラメではないって認められてるとか」
「なんというか、非現実的ね」
「……今のこうなった世界で、非現実的もないような」
「まぁそうかも」
昔の陽向さんは論文を書くんだ。
今ならめんどくさがりそうなものなのに。
「この前くるみから聞いたけれど、まつりちゃんは昔会ったきりの盲目の子に色を教えてあげたくて音楽を続けているらしいの。それがどうして、タイムマシンになるのかしら」
色を教えたくて音楽を、という結びつきは分からないけど陽向さんらしいと言えば陽向さんらしい。
無理にでも音楽で解決しようとしている辺りがらしいというか。
でも、だからといってどうしてタイムマシンを……?
あ。もしかして──
「──そのタイムマシン? を作ろうとしたのは、過去に会ったその子へ音を届けようとしたからとか」
「わざわざ、そんなことの為だけに?」
「めぐねえの言う通りかも。まつりちゃんの音楽へかける熱を見くびらない方がいいわ」
「そんなこと──ぁ」
言い返そうとして祠堂さんは口を紡ぐ。
音楽と研究の関係の前後は分からないけれど、何か心当たりがあるらしい。
「私を助けてくれたとき、演奏しながら現れたような……」
祠堂さんの呟きに若狭さんと共に手で顔を覆う。
危険な所でもやっぱり何してるのあの子……。
「サーフィンでもするかのようにスクーターに立ち乗りしながら現れて、ギターを演奏しながらホームへ乗り上げてきて……」
「……」
「……」
無言で若狭さんと顔を合わせ、何も言うことなく遠い空を見る。
「帰りも“ノーヘルはNo Hellだから縁起がいい”とか言ってヘルメットを脱いで叩き始めたり」
「……」
「……」
今頃ショッピングモールへ向かった3人はどうしているだろうか?
遠い遠いどこか、うっすらとギターの音が聴こえた気がした。
というか、確実に聴こえてる。
みんなであえて聴こえないフリをした。
空が青くて綺麗だったから、まっすぐ帰るのがもったいなくてちょっとだけ寄り道をした。
その日のショッピングモールでは演奏会が予定されているので、もしかしたら「あの人」がここへ演奏しに現れるんじゃないかって期待が少しあって。
でも──
何が起きたのか理解できたのはもう少し先だった。
ただ何か、取り返しのつかないことが始まったことだけはわかった。
あの場に、あの日、「あの人」が演奏しに来てくれていれば。
私には考え付かないような手を尽くし、もしかしたらもっと沢山の人を救っていたのかも。
あるいは、
もう、死んでしまっただろうか?
今の世界に「あの人」がいないのなら──
「…………ん……」
「あ」
なんだかいつもと違う感覚に戸惑いつつ目蓋を開ければ、誰かの顔があった。
圭でも「あの人」でもない。幼げで、年下? 学生みたいだけど……?
「おはよ」
のほほんと、ゆるっとした挨拶。
戸惑うのみで言葉がでない。
「お水、飲む?」
「え……。ありがとう」
ペットボトルの水を「はいどーぞ」と渡され、ひと口含んでどうも夢ではないとようやく実感が出た。
そして情報を整理する余裕もようやく。
まず、
「誰?」
聞いてみれば、勿体ぶりも誤魔化しもなくすぐに教えてくれた。
「巡ヶ丘学園三年C組、丈槍由紀だよ」
習って私も自己紹介をすると、自分が先輩なんだとなぜか胸を張った。
年上だったんだ……。
……「あの人」も同じようにパッと見は年下に思える位の小柄だったっけ。
「あの、ここはどこですか?」
小柄で子供っぽいとはいえ一応先輩。
敬意をもってちゃんと敬語で聞いておこう。
「ガクエンセイカツ部の部室だよー」
聞いた事のない単語だ。がくえん、せいかつ部?
周囲を見渡す。確かに学校の一室ではあるけど、そんな部活聞いたことない。
「あ、めぐねえおはよー。こっちこっち」
「おはよう丈槍さん。それと、めぐねえじゃなくって佐倉先生です」
「はーい。えへへ」
大人の女性。どことなく似た雰囲気でめぐねえなんて呼ばれていたし、姉妹? 姉が先生で、妹が生徒?
姉妹間での年齢の開きによっては……いや、今はそんなことどうでもいいか。
疑問を一つずつ減らして整理していこう。
「がくえんせいかつ部? って、なんですか?」
「新入部員超絶募集中なんだよー。ね、めぐねえ」
「……そうとも言えるかも。でも丈槍さん、聞きたいのはそこじゃないと思うよ?」
頷く。会話が成り立っていない。
どうして学園生活部なんて名前なのか、それに学校は無事だったのか。
あるいは、もしかしたら私はずっと夢を見ていて……。
「みーくん歩ける?」
「……みーくん?」
手を引かれて立ち上がる。少し身体は重い気はするけど、動けない事はない。
「めぐねえ! 一緒に学校を案内してあげようよ!」
「そうね。直樹さんも直接見た方が分かってもらいやすいかも」
「よろしくお願いします」
先生と先輩に案内された学校は、あれが夢ではないと現実を教えてくれた。
どの教室も窓は割れて机や椅子は壊れて数を減らしている。無事なものはバリケードの構築に使っているため殺風景となってしまったらしい。
拠点となっている生徒会室と放送室、一部の教室以外は清掃もあまりできていない状況という。
胸が苦しい。これからどうなるんだろう、という焦燥感がじりじりと身を焦がしていた。
「ここが学園生活部の部室だよ!」
「お、目覚めたか」「身体の方は大丈夫?」
人がいる。明かりがある。
──でも、それ以上に。
「美紀!」
圭だ、圭がいた!
「良かった、無事で、良かった……」
もしかして先輩達がモールに来てたのって……。
「そいつが助けてくれって教えてくれたんだ」
「それは、ありがとうございます」
「いいって。どの道モール行かないと物資がなかったからなー」
「お茶入ったわよ。座って話したらどうかしら」
学校で無事だった人達、学園生活部はこれで全員なのかな。
圭が無事で喜ばしいのは確かだけど、同時に悲しくもなる。
みんな助からなかったんだ。
ならたぶん「あの人」も──
「──そうだ! ねぇ美紀、私を助けてくれたのって陽向さんなんだよ! あの!」
えっ!?
陽向さんって、
無事だったの!?
「陽向さんどこ行きましたっけ?」
「放送室じゃないかしら。ギターの調節したいって」
「さっき屋上行くの見たよ?」
「すぐわかるさ」
しー、とくるみ先輩がサインを出したのでみんなで静かにする。
すると上の方からうっすらと楽器の音が聴こえてきた。
そういえば意識を失う前に、物凄い爆音を聴かされたような気が……。
「美紀、会ってくる?」
「……うん。ちょっと話してみたいかも」
「そっかぁー」
困ったように圭が呟いて、何でもないと誤魔化した。
会ったら何か困る事が……?
「ううん、話してみれば分かると思う」
「おう、頑張れよ新入りー」
よく分からないけど、相手は陽向さんだ。
一度ちゃんと会ってみたかったという以上に聞いてみたい事もある。
圭と再会できたお礼もしたいし、すぐに会ってみたい。
……頑張れよという意味や圭が口ごもった理由は分からないけど……。
日も暮れて薄暗い空。いつから眠っていたのかは分からないけど、もうこんな時間だ。
屋上へ出てみれば、肌寒い風に乗ってギターの音色が耳に届く。
その旋律を辿って足を運ぶと、すぐにいつか直接会いたかった後ろ姿が見えた。
まるで古い探偵小説から出てきたような恰好に帽子。
記憶の中と全く違いのない人。
陽向祭という名前の、現実離れした存在。想像の及ばぬ領域にいる天才。
その人がビオトープの縁で私に背中を向け、ギターを鳴らしている。
「私や圭を助けていただき、ありがとうございます」
「……やっぱり来たか」
振り向くことなく適当な呟き。やっぱり、ってことは私が来るのを見越していたらしい。
学園生活部のあの場にいなかったし集団行動が苦手なのかな。
天才ゆえに話が合わないのかも知れない。
それは、今はいい。
私はお礼を言う他にも確かめたい事があってここへ来た。
「それで、お話したい事がありまして」
「聞きたい事?」
「はい。以前に論文を読ませて頂きました。とても分かりやすくて、面白い内容でした」
「……」
返事の代わりにギターの弦を弾く。
聞いていないという訳ではなく、だからなんだと続きを促しているようだ。
質問ひとつ、いいや聞き方ひとつ間違えればそこでこの話はおしまいにするとでも言いたげな雰囲気を纏いながら。
「世間ではタイムマシンと一口に言われてましたけど、そうではない発明。──それは似た世界を観測することができるってお話でしたよね」
陽向祭という天才が作り出そうとしたのはタイムマシンなんてものじゃない。
確かに結果的には未来予測を行えるので世間での名称や認識が全て間違っているとは切り捨てられないけれど、彼女はそれを主目的としたものを作っていたわけではなく……。
別世界の観測装置。
常識の理解の及ばないそれを作ろうとしていた。
でも彼女は数年前きっぱりとその開発をやめてしまう。
自分用に使っていたとする高性能のAIも手放し、表舞台から完全に姿を消してしまった。
どうしてなのか誰にも言わず、唐突に。
「事件が起きてから、もしかしたらって考えてたんです。もしかしたら、陽向さんは──」
「──こうなる未来を知っていた?」
ギターを弄くる手を止め振り返り、視線を合わせてくれた。
色の付いたレンズ越しの目が真っ直ぐ向く。
弦のように張りつめた雰囲気が緩んだ気がする。話はしてくれるみたいだ。
「……私は、それで研究や発表を全部やめたんだと思ってます。どうしようもない未来だから、残された時間を好きに生きようと普通の学校で好きにしていたと。陽向さんが同じ学校に在籍していたなんて通い始めてから知りました。──音楽をやっているというのも」
「ほーん」
これまで抱いていた陽向さんなら解決できるかもという期待は、これまで抱いていた陽向さんでも諦めたという事実で終わる。
私と陽向さんの結論が噛み合っていれば、それはそれで満足だ。
圭の「生きていればそれでいいのか」という問い対し、直接の問答ではないけれど陽向さんは世界がどうあっても自分らしく好きに生きるという態度で答えていただけのこと。
実際に答えを聞くまでは分からない。
だからこうして聞きに来た。
いつでも聞くことのできた問いを。
「ナオ太くん。真面目な話をしよう」
「直樹です」
真面目な話なのに、ここで名前を間違えるなんかしますか?
もしかしたら雰囲気を和らげようとしてくれているのかもですが……。
「確かに世界がこうなるのを知っていたね。まずここはタッくんの言いたい通り」
名前を間違えたままぶっきらぼうにそう言う。
「まず理由。この出来事は絶対に避けられないものだったから」
「フィクションでよく取り上げられる、パラドックスに対する歴史の修正力みたいなモノのせいですか?」
「まぁだいたいそんな感じ。色々総括してあたしには“どうしようもなかった”だ」
だけど陽向さんが観測するのは別世界の未来なので、パラドックスは気にしなくても良いのではないでしょうか。
この世界の未来を直接という訳ではないですし。
「オレに閲覧できたのは根幹が共通している世界ひとつだけ。ここは事件が発生するって決定づけられた世界だったが故に、どうあがいても避けられるモンじゃなかった」
だから、分かっててもどうしようもなかったと。
「パラドックスを気にせずある程度は変えられるさ。でもどの世界においても覆せない共通した歴史がある」
「それが、今」
「お前って本読むだろ? だったら媒体毎の差異っていや分かりやすいか」
映画や小説、アニメにゲーム。
原作から派生したそれぞれで物語が多少変わっても、登場人物や顛末の大まかなあらすじは変わらない。
そういったことを言いたい、と私は解釈した。
「あたしがそれを知った時、おとなしく“がっこうぐらし!”が始まるのを待つしかないって直感した。いちキャラクターとして存在しなければならない、そう感じさせられた。……本編にはいないのにさ」
ここがフィクションの世界みたいな言い草だ。
まるで、研究の果てに狂ってしまった博士のような……。
「だけどそこまでやってただで転ぶなんてと思った。あたしはやり方を変えて、限られた期限までにオレとしてこの存在を残し、音楽と共に生き、音楽と共に死ぬ。巡ヶ丘に在籍したのは確実に生き残る面々へ、陽向祭の生きた爪痕を残せたらと思ったからだ」
「やっぱり死を、覚悟していたんですね」
「……だったんだがな……」
懐から取り出した携帯電話の画面に漫画の一ページを映すと、私へ見せてくれた。
そこには雨の降る日に外を眺めているゆき先輩が描かれている。
いつ描いたんだろう? そして、今これを見せた意味は?
私が疑問符を浮かべると、陽向さんはふっと笑って画面を閉じた。
分からなければいいやと言いたげに。
……ちょっと悔しい。
「テントの紐に絡まって起きた朝、オレは文字通り手出しを封じられ運命を受け入れるしかないと思ってた」
次はなんの話だろう。繋がりからして先程のと関係があるんでしょうが。
陽向さんはギターをぽんぽんと叩きながら続ける。
「だが、助かった。絶対に回避できない筈の展開、死を避け可能性を見た」
「助かった……って、もしかして」
「ああ。みーくんもさっき言った歴史の修正力的なアレを退ける事ができたんだよ」
それって、じゃあ!
「知っていれば、頑張れば未来は変えられるって事ですね」
「……かもな。お陰で学園生活部は人数を増やした」
でも浮かない顔だ。
運命に縛られる必要が無いと分かったなら、もっと嬉しがってもいいはずなのに。
なにか、懸念があるのかな。それこそ重要な。
「消えるはずの命が助かった。ってんなら、たかえは……さ」
人の名前だ。
ここで上げたという事は……その人は、きっと……。
「そも自分の命が助かって学園生活部に在籍した時点で気が付くべきはずだった。いや、あの時点じゃもう遅いか……」
「気が付くのに遅いなんてことありません。これから、もっと誰かを救えれば」
気休めだ。もし圭が助からなかったら、私はそれを受け入れられるか分からない。
その時は長い時間が、それこそ大人になっても圭を忘れないと思う。
……あれ。
圭を救ったのは陽向さんで、運命を知っていて変えたのも陽向さんで……?
ちりちりと脳裏に今の現実と違う何かが触れる。
もしかして、本当ならあの時、圭は。
「なぁみーくん」
「みーくんじゃないです」
ゆき先輩といい、なんでそう呼ぶんですか。
というか、そう呼ばれてた時に陽向さんいなかったのに何で知ってるんですか。
流行ってるんですか? その呼び方。
私の訴えは全く聞かず、ギターを構えなおすと演奏を始めた。
そういえば隙あらばずっと演奏してるって話だったっけ。
「オレは音楽バカだ。あたしの知識は頼れない」
「……?」
陽向さんは時折、“オレ”と“あたし”が入り混じっている。
私が知っている限り、インタビューとかでは自分の事をオレとは呼んでいなかった。
「もし万が一の事があれば、お前が頼りだ」
「それって」
もしこの世界が何かの作品で、陽向さんはそれに気がついてしまい、キャラクターを演じることになった存在で。
今こうして、私に話をして託してくれたのは──
「ま、主人公はお前
「期待させないでください、もうっ」
「はは! 良い笑顔!」
からかわないでくださいよ、こんな大事な時に。
ふーっと息を吐いた陽向さんが帽子を脱ぐと、あり得ない程の寝癖が飛び出す。
もはやアフロ。私の知ってる陽向さんはこんな身だしなみにだらしなくない……。
「色々喋り過ぎたが、まぁあれだ。オレは今日も歌で世界を変えるぜ」
「歌……って、普通に変えればいいんじゃないですか?」
「オレの考えを変え、世界を変えたのはコレだ。故に、オレは歌の力を信じるのさ!」
別世界を覗き見るというのは思った以上に負担が大きかったのかも知れない。
あるいは、単純に陽向さんの出した世界を変えるって結論がこれだったのかも知れませんが。
熱の籠った言葉とは裏腹に流れてくるのは心地よい音色。
「空へと伸びるイトスギ まっすぐ指し示した道
今という奇跡を信じよう──」
アコースティックギターの音色に乗ったその歌詞は綺麗で儚くも、確固たるたった一つの想いが感じられた。
昔語っていた盲目の子に色を伝えるという目的と通じた、真っ直ぐな信念。
少しおかしくなってしまった陽向さんだけど、陽向さんであることに違いは無さそうだ。
「──夢みたいな現実 この手で変えられるものなら」
イトスギは死や哀悼の意がある。
いつか最期が来ると知っていながら、それでも生きていく。
……幻想的な雰囲気を聴いていて、自然と悲しくなってしまった。
「お前も歌うか?」
「いや」
「ぴったりの曲があるんだよ」
聞いてないし……。
「んじゃ、行くぜ? 曲名は“My Dream”」
私の意志とは関係なく陽向さんは演奏を開始する。
全く聴き覚えのない曲。なんだけど、どこかで聴いた事があるような。
自信はなけど、でも歌えと言われればなぜか歌詞が分かるような……。
「……」
「いや歌いませんよ」
「えっ」
いやいやいや、どうして分かるんですか。知らない……と言いきれない曲を。
「っかしいな、他の奴らは持ち歌全部乗れたんだけど」
「持ち歌ってなんですか。……そろそろ日も暮れますし、先に帰りますね」
「あ、おーい」
背を向け場を去る。
あのまま残っていたら、押し切られて歌ってしまいそうだったから。
別に歌ってもいいけど……。でもそうするとなんだか負けたと思ってしまう。
「波打っている鼓動に誓うよ 燃え尽きるまで走り続けよう
生き抜いてこそ感じられる 永遠の愛しさの中
果たしたい 約束──」
学園生活部の部室へ戻って圭と話す間、屋上からは微かに歌が聴こえていた。
──♪