(ただしほぼリアリティショーの描写はない)
side.アキ
その日は珍しいことに、普段は来ないようなイタリアンの店へと来ていた。
アクアさんの希望で決まった所だが、男二人で行くにはお洒落過ぎる店の個室。
こんなお店で二人きりになっても良いのかと悩んだものの「お前にしか相談できない」と言われたら仕方がない。
そんな台詞と何故か防音個室を選んだ時点で、嫌な予感はしていたのだ。
していたのに、どうやらボクはその予感を軽視し過ぎていたらしい。
【アクアさんが恋愛リアリティショーに出演!? ルビーさんに返事もせずに、他の女に粉をかけに行くなんて……自殺ならボクを巻き込まないでくださいよ】
とんでもない地雷話を切り出されたボクは、音声を再生した今でも信じられないでいた。
隣で浮いているアイさんも驚いているし、ボクの聞き間違いっていう可能性はゼロ。
できれば聞き間違いであってほしかった。というか今からでも聞き間違いだと否定してほしい。
ボクの動揺が伝わったのか、反対側に座るアクアさんは顔を
「おい、物騒なことを言うなよ……」
【元の火種はボクのせいかもしれませんが、態々それで火事を起こされたら嫌ですし】
ボクが星野家に大迷惑をかけて一年以上が過ぎたが、そこから変わったことは数多くある。
まずはアクアさんが俳優業を再開したこと。
あの日から前向きになったアクアさんは監督の下で勉強しつつも、将来の選択肢を残す為、医者の道にも進めるようにそちらの勉強も頑張っているそうだ。
その点はとても良い方向に進んでいるので、やらかしてしまったボクも嬉しい変化だと思っている。
そんなアクアさんよりも大きく変わったのがルビーさんだ。
前世の情報を知ったルビーさんはアイドルになるという目標はそのままに、兄であるアクアさんにアプローチをし始めたのだ。
兄妹という関係は大きな障壁ではあるものの、アイドルになりたい彼女には最大の防御にもなった。
いくら仲良くしていても二人の関係は世間上では兄妹。
ルビーさんにとって『兄妹』という関係はアイドルとして活動しながらお付き合いしても、すっぱ抜かれて〜という心配を大幅に減らしてくれる防壁なのだ。
そんな悪魔的発想がルビーさんのアクセルをベタ踏み状態にしてしまい、アクアさんへのアプローチが激化。
アクアさんは前世の約束から交渉し、なんとか『16才まで』という時間の猶予をゲット。
しかし、彼の中学時代の半分は『復讐のハリネズミ 〜トゲトゲアクア君〜』だったせいで恋人を作る余裕もなく。
気がつけば、アクアさんに残された時間はおよそ一年のみとなっていた。
妹の誘惑に負けない、と断言できる程の精神力を持ち合わせていない。
そんな最低かつ自分をよく知っている判断を下したアクアさんは《最終手段》に出た。
【──それが《恋愛リアリティショー》である、と】
「鏑木Pの提案がちょうど良かったしな」
アクアさんの視点では問題ないのかもしれないが、ボクの目から見ると自殺行為に見えてしまう。
悲しい過去のせいで陰のあるクールなイケメン。
どこの乙女ゲームに出てくる攻略対象かな? って思う要素を詰め込み、女性相手の扱いもお手の物な人物──それが星野
今のままだと、彼に『惚れたんですー』とか『釣った魚に餌をやれー!』と第三者が出てきて、様々な要因の種が芽吹いて修羅場が発生しそうな気がして怖い。そう思うのは杞憂だろうか。
企画での恋人はあくまで『ビジネス』だし、ルビーさんの猶予期間まで恋人として付き合っていたら何とかなるだろ、というのがアクアさんの考えだという。
──色恋沙汰ってそんな簡単なもので、想定通りに進められるものなの?
ボクは前世も今世も恋愛経験値はゼロで、アクアさんにご高説を垂れるほど生きてもいない。
そんなボクの目から見ても、アクアさんの語る話はそこらじゅうに穴があるように思えて、心配で心配で仕方がなかった。
『これも私の遺伝、なのかなぁ……それとも教育の賜物?』
アイさん、アクアさんのそれは前世の経験という可能性もあるので、教育の賜物という言葉はやめましょうね。
ミヤコ社長への風評被害が激し過ぎます。
『そうだね。色々お世話になってるアヤコさんに悪いかー』
アイさんは相変わらず名前を間違えているが、そんな彼女の子供達を女手一つで育てた女傑がミヤコ社長だ。
一人で双子を育てるのはかなり大変だったはずなのに、苺プロの社長も兼任しつつ育児もやってきた聖人のような人。
経歴を知っている身からすると、ミヤコ社長に尊敬の念しかないのは当然のことで。
そんな彼女がこれから双子の恋愛で苦しむことになりそうだと思うと、合掌せずにはいられない。
今まで送っていた養育費、気持ち増量しておこうかな……本当に頑張ってください、ミヤコ社長。
今も事務所で頑張っているであろう社長に祈りを捧げていると、アクアさんがわざとらしく咳をした。
「兎に角だ。俺は恋愛リアリティショーに集中したいから、お前に妹のことを頼みたい」
【一応言っておきますけど、ボクは男ですからね? アイドル候補の妹の側に男を置くのはどうなんです?】
頼まれなくてもそうするつもりだが、腹いせに棘を刺しておこう。
そんな気持ちで忠告したら、思わぬ反撃が飛び出してきた。
「お前は女にしか見えないから大丈夫だろ。それに……かなり複雑だが、世間体や倫理観を考えるとお前とルビーがくっ付く方が丸く収まるよな。勿論子供を作るようなことは禁止だ。許さんからな」
【その、さらっとボクも地獄に堕とそうとするのはやめてくれません?】
この間、似たような流れでルビーさんから「お兄ちゃんとそういうことしてないよね? ね?」と問い詰められたので、本気でやめてほしい。
ボクだってアイさんの器として少女っぽい恰好はしているが、アクアさんとそういう関係になる予定は一切ないのである。
もちろん、ルビーさんともそういう関係になるつもりもないので、アクアさんの提案もノーだ。
星野家に色恋沙汰を持ってきたらタダでは帰れないので、ダメ、絶対。
だからアイさんも期待した目で見ないでください。『ちぇー』って言ってもダメです。つまんなーい、じゃないですからね。
「そうだよな。ルビーには自然と諦めてもらうしかないか……それがルビーの為になるだろうから」
アクアさんは自分自身に言い聞かせるように、同じような言葉を唱え続けている。
そんなに納得していないのならば、無理して動かない方がいいと思うんだけど……それを言っても止まらないから今のアクアさんがいるのか。
『これはこれは、面白そうなことが起きる予感。アイドル探偵☆アイの勘が言ってるよ』
アイさん、探偵を名乗るならこれからのことを面白がるのはダメでしょ……
この時のボクは『どうか思い過ごしでありますように』と強く祈っていたのだ。
だが、現実はそこまで甘くなく──
………………………………………………
──どうやらボクのお祈りは届かなかったらしい。
ボクは今、
「ほーん。お兄ちゃんは態々恋愛しに企画に参加するんだー……女の敵になるつもりかな?」
「ふーん。鏑木Pの番組ってだけあって、女子の顔もいいわねぇ」
ここが漫画のシーンなら《ゴゴゴゴゴ……ッ》ってオノマトペが使われてそうなぐらい、事務所の空気が
仲がそこまで良いようには見えなかったルビーさんと有馬さん、二人のオーラが混ざるように合わさって、最恐に見えるのだ。
どうしてボクはここに残っているのか、自分で選んだ道を後悔しそうになっていた。
「キャラ作り過ぎでしょ!? もっとお兄ちゃんらしい陰のオーラを醸し出して! というか素も晒せないのに恋愛しようとすな!」
「アクアはこんな爽やかイケメン君じゃないわよね!? メディア用だからってキャラを作り過ぎよ!」
ルビーさんも有馬さんも大盛り上がりだ。
アクアさんに好意を持っているルビーさんはまだ納得できるのだが、有馬さんも企画の映像を見て大盛り上がりするのは予想外だった。
真顔で「死ね」と言い始めた二人を宥めるミヤコ社長を横目に、ボクは部屋の隅っこへと避難する。
その間にも隣で浮いているアイさんはじっと有馬さんの顔を見つめており、やがて何かを思ったのか、人差し指を顎に添えながら問いかけてきた。
『ねぇねぇ、アキ君。もしかしてアクア、練馬ちゃんのこと釣っちゃってる?』
練馬じゃなくて有馬さんですけど、あの反応を見る限り……釣って餌をあげないどころか、餌で誘導した挙げ句、その餌を渡さずに放置してますね。
……あの反応を見れば、消極的だった有馬さんがアイドルになってくれた理由が手に取るようにわかる。
好きな人がいる場所だから、好きな人に頼まれたから、アイドルを断れなかったという理由。
何と健気な先輩なのだろうか。それなのにアクアさんは別の魚を釣りに行った、と。
『こういうのなんて言うんだっけ、ナイスボート?』
アイさん、その台詞はアクアさんの命が危ないです。まだその段階じゃないはずですよ。
『でもさ、これは「釣った獲物は全部俺様のものだぜ!』ぐらいの気持ちじゃなきゃ無理じゃない? それかルビーが薬盛って閉じ込めちゃうか』
中々過激な発言なんですけど、母親としてどうなんですかね、それは。
『と言われてもなー。私も偉そうなこと言えないし、個人的にはルビーとアクアがくっ付いても幸せなら良いと思うし』
ずっと言ってますもんね。我が子が幸せなら良いと。
『そうそう! それにさー……もしも私がルビーと同じような立場なら、どこにも行かないように閉じ込めてー、素知らぬ顔でアイドル続けてるかなーって思うんだ。星野アイは欲張りだからね』
そ、そうですか。とりあえず強欲は大罪だってことはわかりました。
とても恐ろしいことを笑顔で言ってしまうアイさんから目をそらすと、二人を説き伏せたミヤコ社長がこちらに来ていた。
「騒がしくてごめんなさい。今日も様子を見に来てくれたの?」
【ええ、アクアさんに頼まれましたから】
ミヤコ社長から「はい」とペットボトルのお茶を差し出されたので、おとなしく受け取る。
ボクの為に用意してくれたのだろうか。いつもは遠慮するが、今日はちょうど喉が渇いていたのでありがたい。
「ルビーったら、お兄ちゃんお兄ちゃんってアクアのことばっかり。アナタも好きな子がああだと大変でしょう?」
「んぶっ!?」
思わず吹き出しそうになったお茶を無理矢理飲み込むと、お茶が気管に詰まってしまった。
何かとんでもない誤解を受けているんだが。咳き込みながらも誤解を解くために音声を流す。
【いやいや、あくまでアクアさんにお願いされただけですから!】
「いいのよ、照れなくても。私はわかってるから」
【あの、本当に違うんですってばっ】
何がどうしてそんな勘違いが起きているのだろうか。誰かこの勘違いの原因を教えて欲しい。
「え、でもルビーの為に困ってもないのに事務所所属になったのよね?」
【ルビーさんとアクアさんの為、ですけど】
「ルビーがアイドルになる為に、歌やダンスのコーチを買って出てくれたのよね?」
【まぁ、頼まれたので】
幽霊のアイさんに頼まれたとは口が裂けても言えないし、そもそもルビーさんのコーチ役はアイさんである。
ボクがやってるのはアイさんに足りないところのフォローとか、それぐらい。大したことはできてないのだ。*1
「じゃあメンバーが集まったらライブできるように手配してたり、その他の仕事の斡旋も全部、最初に言ってた言葉通り『友達だから』っていう善意なの!?」
【それ以外に何があるんですか?】
「ルビーに片想いしてるから、コネのあるお坊ちゃんのアピールというか、下心的な何かの為かと……」
【ないです、あったらシスコンお兄ちゃんに始末されます】
片想いとか言うのであれば、ルビーさんは勿論、有馬さんも範囲外なので、そういう心配は杞憂である。
ボクは今、死ぬつもりはないのだ。星野家恋愛劇場で始末されるのは勘弁してほしかった。
「そ、そうなの。不安になってきたけど、そうなのね」
【そうなんです。邪な感情も何もないです】
「それが
ミヤコ社長が何に不安や恐怖を覚えているのかは知らないが、これはアイさんと相談して決めたことである。
今世も前世も
そして、あわよくばアイさんも死んでしまって叶わなかった、『ドームで踊る姿』を見たいねー、と二人で話したのだ。
そこがたとえ優しくない暗闇であっても、狼男である自分なら照らすことぐらいはできるはずだから。
──だから、ボクは彼女が諦めない限りは力になりたいなと思ったのだ。
1年経っても行動原理が『アイ』主体。
双子は変わってきているというのに……まぁ好きな人の為だししょうがないね。
今話もここまで読んでくださり、ありがとうございました。
《あきのこばなし》
アキ君は
アクア君との共通点はマザコンってところかもしれません。
年上好きと言いつつも彼の業は深いので、ルビーさんや有馬さんは恋愛対象外となります。