side.アクア
だ、だっるぅ……
俺、アキに「恋人作るわ」って言ったのに、恋人なんて夢のまた夢になってしまうかもしれない。
前世では特に苦労してなかったから、若い子舐めてた。若い子のノリを軽く見てた。
そのせいなのか、俺のエネルギーがぐーんぐん吸われてて枯れそう、ついていけない。
年下のアキと友人関係になって、俺は勘違いしていた。
アキは人に合わせるのが上手いやつだってことを、忘れていたのだ。
あいつで慣れたと、リハビリできたと思ったのが間違いだった。
ハードルにした人物の基準が低すぎて、今の状況が山のようなハードルになっている。こんな山、俺は登れないぞ……
「でぇ、うちの犬が──」
俺の胸に大後悔時代が訪れていても、他人にとっては関係のないこと。
俺の胸の内なんて全く知らない、短い金髪と童顔が特徴的な少女──MEMちょは小さな黒い犬の画像を見せてくる。
チワワ、チワワ……ね。
さっきまであいつのことを考えていたせいか、画像のチワワをじっと見ていたらアキに見えてきた。
……やっぱりあいつ、狼男とかじゃなくて
って、こうやってあいつのことを頻繁に考えていると、ルビーに勘違いされてしまう。
もう一度誤解されてしまうと、勘違いが二度と解けなくなってしまうぞ。気をしっかり持つんだ、俺。
アキが『特殊な能力』によってアイそっくりになっているせいで、ルビーは俺とあいつとの関係を疑っているらしい。
あいつが男って時点で対象外なんだが。そんなに信用ないのか、俺は。
そもそも、俺は女と付き合う普通の男である。男もいけるような性癖はない。
──じゃあ、
「っ!?」
「どっ、どうしたの!?」
「あ、あぁ……ごめん、こっちに何か飛んできてビックリしただけなんだ」
心配してくるMEMちょに対し、仮面で覆い隠した笑みを見せる。
それにしても、ルビー……か。
血の繋がった双子の妹だからこそ、そういう関係にはなってはいけない相手。
兄であるならば、ルビーの誘いには断る
だが、そんな兄の気持ちを嘲笑うように、ルビーは俺に対してアプローチしてくる。
最初は特に気にならなかった。また馬鹿なことをやってるなとしか思わなかったのだ。
それでルビーが満足するのなら、双子の兄としても、医者と患者の関係だった昔のことも踏まえ、じっくりと向き合っていこうと思っていた。
妹のルビーだから、患者のさりなちゃんだから、そういう対象には見えない。そう言い聞かせていたはずなのに。
俺のことを見透かすように、ルビーは貪欲に学んでいた。
アイドルのことも、俺のことも、何もかも真っ直ぐに吸収していた。
ダンスや演技だけでなく、歌も上手くなっていく。
それと同時に、頭では『妹』だとわかっているのに、気がつけばルビー相手にドキッとする瞬間が増えてしまっていた。
たったの一年という短い期間で、俺よりも経験のない妹に心を奪われるんじゃないかと錯覚してしまうほど、追い詰められてしまった。
──なら、残りの一年も同じことをされたら……俺はどうなる?
このままだとまずい。そう思った俺は間違いないはずだ。
妹と距離を置こうとするのも、兄としてやるべき行動であって、何一つ間違っていないはずなのだ。
それなのにどうして、こんなにも後ろめたいのか。
すでに匙を投げた後だというのに、俺はずっと森の中に迷い込んでいるような気分だった。
上の空な状態でありながらも何とか企画に参加していたが、集中していない俺が活躍できるはずもなかった。
side.アクアend
☆★☆
side.アキ
「ママ、アキ、作戦会議だよ!」
【は、はぁ……】
アクアさんが自室に戻った後、何故かボクはルビーさんに呼び出されて自宅にお邪魔していた。
彼女の部屋には大きなアイさんのポスターが貼っており、彼女の好きで溢れている。
そんな部屋の壁には不自然なホワイトボードが一つ。
大きく『お兄ちゃん攻略会議』と女の子っぽい字で書かれたボードを、ルビーさんがバンバンと叩く。
そんな彼女のママであるアイさんはというと、幽霊という気楽な立場なので楽しそうに浮いていた。
何とも言えない気分を味わっているのはボクだけなのか。
兄と妹の間に挟まれたボクの気持ちを誰か察してくれませんかね?
ちらりとアイさんの方へと視線を向けると、にっこりと微笑まれた。
……幽霊になっても楽しんでるなぁ、この人。
「私が
【それだけルビーさんが追い込んだんでしょうねぇ。魅力的だったのかと】
「え、そうかなぁ」
てれてれ、と恥ずかしそうに笑うルビーさん。
こういう姿を見ていると、兄であるアクアさんが心配するのもわかる気がする。
素直というか、騙されそうだなって思うのだ。アクアさんはそこにプラス守らねば、と思っているのかもしれない。
【作戦会議と言われましても、ルビーさんのスタンスがわからないと何とも言えませんね】
「……スタンプ?」
【それはゴム印とかの方です。じゃなくて、ルビーさんは最終的にアクアさんとどういう関係になりたいのか? もしアクアさんに恋人ができた時、どうするんですかって聞きたいんですよ】
妨害するのか、見守るのか、その他色々。
ルビーさんが目指す立場によって、作戦を考えなければならない。
もしものことを言われた時も考えて、ルビーさんの真意をできれば聞きたかった。
「……別に、私はお兄ちゃんが恋人を作ること自体は反対じゃないよ。黙ってそういうことをしてるから怒ってるのであって」
どんな言葉が出てくるのかと身構えていたら、予想外の言葉が聞こえてきた。
【相談してくれたら違ったと?】
「正面から正々堂々とアプローチしている中で、私の行動に拒絶することも返事をすることもなく、別の恋愛に逃げようとする。それに怒るのは当然でしょ? 嫌いなら嫌い、興味ないなら興味ないって私は言ってほしい。そう思うことすら、間違いなのかな」
ルビーさんの言う通り、アクアさんの態度は思わせぶりなものだ。
兄だから、兄なら、兄であるならこうであるべきだ……そう言うだけで、彼自身は明確な否定もしなければ、自分の気持ちを全く返そうとしない。
『端から見てても脈がありそうなら、ルビーも諦めきれないよね』
アイさんはルビーさんへと気持ちが傾いている様子。
ママとして兄と妹に差をつけてはいけない、という考えは変えていないものの、心情的にはルビーさん寄りのようだ。
「お兄ちゃんだって結婚したいだろうし、子供だってほしいだろうなって気持ちはわかるよ。私は妹だからこっそりと式はできても、籍を入れるって意味の結婚はしてあげれない。二卵性双生児なら子供も問題なくできるかもっていうけど、世間体もあるしね」
【ルビーさん……】
「だから、もしもお兄ちゃんがそういう相手を作りたいっていうのなら……せめてこっ酷く振ってくれるか、私が一緒にいても許してくれるような人を恋人にしてくれたら嬉しいかな。
……許してくれそうな人なんて、いないだろうけどね」
寂しそうに笑うルビーさんの顔が、ボクにはとても大人っぽく見えた。
アクアさんはいつまでもルビーさんが幼い子供か何かだと思って、ボクに任せると言っていた。
しかし、彼女はボクらの想像以上に大人になっていたようだ。
【この件に関してボクが何かを言うのは無粋ですね】
「言われる覚悟はできてるよ」
【だからこそ何も言えません。ルビーさんは自分なりに考えているんですから】
ルビーさんは勢いだけでアクアさんに挑んでいない。
彼女なりに悩んで考えて、その結果、諦められなくて好きな人にぶつかっているのだ。
それが世間的に間違っているとか、遺伝子の問題とか。
そういうものを外野が指摘するのは不粋であり、理解した上でやっている子に言って良い言葉ではないと思う。
「『それがルビーの『愛』かぁ……ママ、胸が熱くなっちゃった! 熱くなるような胸どころか体すらないけど!』」
……それに、何かをしようにもボクの体の主導権は既に奪われた後。
彼女が興奮しながらブラックジョークを言ってても、ボクは何もできないのである。アイさんの前では無力なのだ。
というわけでアイさん、気が済んだら強引に奪った体の主導権、返してくださいねー。
『あ、ごめん、すぐに返すね』
はい、返却ありがとうございます。
それでは話を戻しまして、と。
【ルビーさん的にはアクアさん、そして恋愛リアリティショーに対してどうしたいと思ってるんですか?】
「仕事として参加しちゃった以上、今更やめてほしいとは言えないし。あ、そうだ! 誰が一番お兄ちゃんの彼女になる可能性が高いか考えたいかも!」
【えぇ、それでいいんですか?】
それなら会議と銘打った理由が殆どない気がするのだが、ルビーさんはそれで満足しているらしく、大きく頷いた。
「今思ったけど、お兄ちゃんの恋人と交渉して譲歩してもらうのは私の仕事だし。それにさ……あんなにダルそうなお兄ちゃんが、あの企画で恋人作れるかも怪しいよね」
『映像見てる感じ、無理してそうだもんねぇ。内心じゃ「だるー、めんどくせー」って思ってそー』
職業:俳優のアクアさん。妹と母に無理してるぞって言われるって、よっぽどだよ。
百戦錬磨の雰囲気を醸し出して参加してくるって言ってた、あの時の余裕はどこ行ったんだ。
「──と言ったけど、お兄ちゃんはイケメンだからなぁ。三人中一人は外見の好みが範囲内だろうし、結婚はともかく、恋人なら作りそうなんだよね」
【え、今回の参加者の中にアクアさんの好みの方っているんですか?」
「ユーチューバーの人」
あー、あの金髪の人かぁ。
本気で有馬さんを可愛いと思っていたりと、アクアさんって幼く見える子を選びがちな気がする。
ただ、前世の記憶がネックになっているのか、『年齢が年下の人』は対象外っぽい。高校三年生のMEMちょさんはクリアしているけど。
といっても、さっきの意見は妹であるルビーさんの色眼鏡。
アクアさんの前世とかの情報を鑑みる限り、顔が良ければ割と誰でも良さそうだったりするのだ。彼、面食いだから。
そう考えるとアクアさんの恋人になりそうな人を予想するのって難しいかもしれない。
普段なら『顔が良い』ぐらいであれば、目の肥えたアクアさんは更なる加点がないと選ばないと断言できる。
しかし、今回のアクアさんは『期限』というワードに追い込まれているわけで。
追い込まれた人間は何をしてもおかしくないからなぁ……チャンスがあれば掴むんだろうな、ぐらいしか予想ができない。
「一人目の候補はー、モデルのゆきちゃんかー。ゆきちゃんは可愛かったよね、いい子そう!」
『良い子じゃないとは言わないけど、あぁいう子は上手いよね。いい性格してるって言われるタイプかな』
「有力候補かもしれないMEMちょちゃんは抜けてる感じがおバカ枠? ちょっと親近感湧くかも」
『一歩距離を置いてる感じがするし、アクアに近い所あるかも? 是非ともルビーとアクアのお姉さんになってもらいたい子ナンバーワンだね!』
「あかねちゃんは女優だっていうし、お兄ちゃんと共通する所もあるのかな?」
『私とは別タイプの天才かも。アキ君とは別の切り口で丸裸にされそうで、私はちょーっと苦手かもなー。アクアが付き合うつもりなら、何も言うつもりはないけど』
あのー、アイさん?
ルビーさんに合わせて感想を言うのはやめてくれませんかね。
『えー、やだ。私も仲間に入りたい。一緒に評価しーたーいー』
……まぁ、ルビーさんに配慮して憑依状態で話してませんし、良しとしましょう。
「アキはどう思う?」
【えっ、ボクですか?】
アイさんの方ばかりに気が向いていて、考えてなかった。
誰が恋人になりそうなんて、前世も今世も恋愛してないボクがわかるはずがないんだけども。
【強いて言うなら、
「鷲見さんってことはゆきちゃんか! その心は!?」
【鷲見さんを巡って争奪戦が始まりそうですし、そうなればアクアさんは安全圏に避難するので】
「えぇー、期待してた答えと違うんだけど」
ルビーさんにがっかりされてしまった。
いや、仕方がないじゃん。ボクにそんなの聞かなくても、アイさんに聞いた方が良いだろうし。
ちなみに、アイさんは誰だと思います?
『んー、平川ちゃんがいいかも』
えーと、黒川さんですね。
その心は?
『──成りきる才能があるから、かな』
そういえば、アイさんは幽霊になってから何かを観察するのを趣味にしていたのだったか。
ボク以外に見えなくて、何も触ることも干渉することもできないアイさんは見ることしかできなかった。
ボクがあの家に来る前もずっと、ずっと一人で見てきたのだ。
そんなアイさんが死んでから手に入れた技能のせいか、よくわからない台詞も不思議と疑う気にはなれなかった。
誰かに見られることもなく、こちらから触ることも話しかけることもできない。
でも、その幽霊はずっと『見る』ことだけはできました。逆に言うと見ること以外はできなかったんですよね。
今回もここまで読んでくださりありがとうございました。
《あきのこばなし》
キューティクル探偵因幡には一部の個体だけ、満月の夜に狼男に変身すると特別な能力を使えるという設定があります(原作の主人公とか
遺伝子のごった煮であるアキ君にもそれがあり、彼の特別な能力は『変質』。
満月の日までに読み取った情報から自分の体を最適化し、自分が望む方向へと肉体を改造できます。
だからこそ、アイさんにそこまで似てなかった顔から、そっくりさんにもなれましたし、自分の才能などを最大限高める改造ができました。