今回は全部アクア君視点です。
side.アクア
「あっ、アクアだ。おかえりー」
収録が終わって家に帰ると、何故かアキがキッチンに立っていた。
いや、合成音声を使っていないところを見るに、今はアイが憑依している状態か。
それでも俺の家に平然と立っている理由が全く思い浮かばないのだが、どうなってるんだ?
そんな疑問に首を傾げていると、アイが近づいてきた。
「炎上の件で大変だったんでしょう? お兄ちゃんが頑張ってた~って、ルビーからも聞いてるよ」
「それは正しいけど……なんで家にいるんだよ」
「うーん。こうする為、かなー?」
そう話している途中で、アイは俺に向かって抱き着いてくる。
アキの体なのに、どうして記憶の中にあるアイにそっくりないい匂いがするのだろうか。
頭が混乱している間に、アイは俺の頭を撫で始めた。
「寝不足になるまで頑張って……ひと段落したなら、ちゃんと休まなきゃダメだよ?」
「その、企画が終わった頃には休むつもりだから、離れてくれないか」
頭が沸騰しそうになりながらも、何とかアイを引き剥がす。
体は男だとわかっていても、ああやって抱きしめられると母性が溢れすぎていてグラッとくるのだ。
不謹慎かもしれないが、死ぬ前よりも母親力が高まっている気がして、心臓に悪かった。
「あ~、そうそう。お疲れなアクアの為に、ご飯を用意しておいたよ。ルビーも、えーと、社長さんも大絶賛だったから、期待してね!」
ミヤコさんの名前に自信がなかったから、社長と誤魔化したな。
思わず笑ってしまいそうになりながらも、机の上へと視線を向ける。
肉じゃが、から揚げ、卵焼き。炊き込みご飯にきんぴらごぼう、味噌汁と豪華過ぎる夕食が机の上にずらりと並んでいる。
「作りすぎだろ……」
「おふくろの味っていうものらしいよー? アキ君が言ってた」
あいつ監修かよ。あの母性ガチ勢め、ベストを尽くしやがって……後で褒めておこう。
「ママが作ったけどアキ君に見てもらってたし、美味しいと思うよ」
いつまでも見ているだけで椅子にも座らない俺に焦ったのか、アイが話しかけてくる。
作ってもらったのに食べないのは失礼か。
じっと見られている中、俺は椅子に座ってまずはきんぴらごぼうへと手を伸ばす。
『女子よりも女子力が高い』と女の心を複雑骨折させてきたアキが監修している時点で味の心配はしていないが、期待するように見てくる視線が辛い。
「あ、うまい」
「でしょー。特にきんぴらごぼうが自信作なんだー」
きんぴらごぼうから次々に食べていくが、どれもこれも美味い。
アイが料理する印象なんて全くなかったので、変に警戒してしまっていたが、滅茶苦茶美味いぞ。
一口食べてると、多いと思っていた料理をどんどん胃袋の中へと収めてしまった。
やばい、久しぶりにこんなに食べた気がする。腹八分どころか十二分ぐらい食べてしまった。
そのせいで腹がはち切れそうだが、美少女の美味しい料理を残すなんて無作法、するわけにはいかないだろ。
ふっふっふっ、動画を作る作業が実は中ボスだったとは。
俺、今日寝れるかな……満腹過ぎて寝れない気がするんだが。
「ご馳走様でした」
「お粗末さま〜。明日の分もあったのに、全部食べてくれるとは思ってなかったから、ビックリしちゃった」
……あの量、明日の分も含めて作っていたのかよ!?
無理して全部食べてしまった。食べなくてよかったヤツなのに勘違いして食べたぞ。
あまりにも恥ずかしくて思わず顔を隠したくなる羞恥心に耐えていると、アイは俺の対面の席に座る。
「ねぇアクア、何か悩んでない?」
「何かって何を?」
「んー、そうだなぁ。例えば……恋に落ちたのかそうでないのかがわからないー、とか」
「ゲホッゴホッ」
「あ、もしかして当たりー?」
まるで見てきたかのようなピンポイントな指摘に、風邪も引いてないのに変な咳が出てきた。
エスパーか、それとも母親の勘なのか。
誰にも言ってなかったはずだし、まだ放送されていない内容をピタリと当ててくるとは恐ろしい。
「相手当ててみよっか。白川さんでしょ!」
「黒川な」
既に瀕死になっているというのに、更なる追撃が飛んできた。
名前を間違えていたので致命傷にはならなかったが、追加ダメージが痛すぎる。
「アクアのことだから、好みのタイプを演じられて、ドキドキしたんでしょー?」
「流石はアイだ。息子のことなんて何でも知ってるってことか」
「んー、残念だけど、アクアがどれぐらい食べるのかもわからなかったし……知らないことの方が多いかな!」
右手で知ってることを、左手で知らないことを指折りながら数えるアイ。
どうしてママをママと呼んでくれないのかは知らない。
でも、実はスマホの辞書アプリを纏めたグループの中に、ちょっと秘密にしたいというか、色っぽい感じのモノを調べるための検索アプリを紛れ込ませていることは知ってる。
「……いや、ちょっと待ってくれ。アイがどうしてそれを知ってるんだ!?」
「いやぁ、ママって幽霊だからねー」
誰もいないと思っていたあの時、母親がじっと見てました──じゃない!
洒落にならんぞ、秘密にしていたあれやこれやを見られてたって可能性が頭に過ぎるなんて、洒落にならんぞ!?
「アイ、頼みがある」
「ん、なぁに?」
「アキと二人きりで話をさせてくれ。あいつに話がある」
アイツには今一度、アイの監視がどうなっているのかと注意する必要があるからな……っ!
…………………………………………………………
アイにはルビーの部屋へと行ってもらい、俺とアキは自室で二人、向かい合っていた。
「おいアキ、アイの行動はどうなってるんだ。お前しか見えてないのに、目を離したら困るだろ」
【と言われましても、四六時中見張るのは無理ですよ】
アキにアイの監督責任を問い正しているが、奴はそこまで乗り気ではないらしく、首を横に振るばかり。
俺の秘密がどこまで漏れてるのかわかんないんだぞ。これで有馬とか、別の誰かに漏れてみろ。
どう脅されるか、夜も眠れなくなる……っ。
「そうは言っても、夜の12時ぐらいまではいけるだろ」
【アクアさん、ボクはアイさんの器として規則正しい生活を送らなきゃいけません。そして、ボクは朝型です。10時か、11時ぐらいには寝たいのです】
「お前、狼だろ。夜型じゃないのかよ……」
アキは普段から自分は狼男だ、狼だというのに、夜中まで起きれなくて眠ってしまうらしい。
狼人間だと公言している奴とは思えない程、規則正しい生活を送る健康優良児だった。
いや、まてよ。つまりあれか、逆に考えればいいのか。
10時からは人に見られて困るようなことをしないように気をつけろ、と。
特にアイに見せたくないことだけはやめておくべきだろう。
そして、ルビーにはこのことを告げずに俺だけアドバンテージを──
【あ、ルビーさんにもボクの睡眠時間の情報は共有しますからね。姑息な企みはやめましょう。精神年齢中年のつもりなんでしょ?】
「チッ」
そこは男同士の秘密の約束か何かで隠せよ。
後、お前が精神年齢中年とか言うな。似たもの同士だろ、俺達。
【星野家のアイさんの教育方針は双子平等なので。ボクが逆らうわけには、とてもとても】
「こいつ、本当に厄介な奴だな」
俺よりもアイを優先するその一貫性、変わらな過ぎる。ちょっとは融通が利いてもいいだろうが。
【と言いつつも、アクアさんもボクよりもアイさんを優先するでしょ? それと同じですよ】
あー、そういうことか。
「すまん」
【いえいえ】
どうやら俺はアキのことを思い違いしていたらしい。
それなので、熱い握手で和解した。
【それで、黒川さんに翻弄されてるんでしたっけ?】
「どうしてお前がそんなことを気にするんだよ」
【いやぁ、巻き込まれず、側から見てるだけなら面白いですからねー】
恋愛リアリティショーじゃなくて『リアルな恋愛をショーとして楽しんでます』とでも言いたいのか。喧しいわ。
人を見せ物にするなんて、誰がアキをそんな性格に育てたんだ*1。
【でもアクアさんが翻弄されるなんて、ビックリじゃないですか。黒川さんはそんなに良かったんですか?】
「正直、悪くなかった」
顔は良いし、太陽みたいな笑顔で完璧なパフォーマンス。
まるで無敵に思える言動や、吸い寄せられる天性な瞳。
俺が『アイ』に抱いていた印象をそのまま再現したようなあかねの姿は、俺の好みにどストライクだったのは確かである。
【ルビーさんや有馬さん、そして演技してる黒川さんですか。アクアさんの好みって『アイドル』なんですね】
「アイドルが好みって、俺が?」
【または強い光に頭がやられちゃって、それに近い光の跡を追いかけちゃうか。ボクにも心当たりがあります】
意図的に、考えないようにしていたことがある。
──俺はアイをどう思って、見ているのか?
母親としてか? それともファンとして? または──あの子の幻影を追いかけているのか。
俺が好みだとあげているものだって、いわゆる巨乳が好きだとか、年上がいいとか、目は大きくて、髪色が……と、外見上の話にあたる。
アイの人として好きなところではなくて、外面しか上げていないのだ。
【別に恋愛しに行ってるんですし、それでも良いと思うんですけどね。アクアさんが悩んでいるようでしたので、一応指摘しておこうかなと】
「お節介な奴だな。だが、その指摘は間違ってないだろうし、参考にさせてもらう」
指摘されるまで、考えなかったことだ。
その可能性も考えて、黒川あかねのことを考えないといけない、よな。
【どうせなら、黒川さん以外の気になる人と遊んでみたらどうですか?】
そうすれば答えに近づくかもしれませんよー、と笑うアキの音声によって、俺の脳裏に二人の少女が思い浮かぶ。
いや、一人の方はダメだろ。なら、もう一人の方か。
「……でも、明日は学校なんだよな」
【サボったら良いじゃないですか。出席云々を気にするようなアクアさんじゃないでしょ】
「お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
【遊び人ですかねぇ】
「遊んでねぇよ」
少なくとも今世は彼女も作ってないし、女遊びもしてないぞ。
「というか、俺ばっかり聞かれるのも腹立つな。お前も暴露しろ」
【えぇー、野郎の恋バナとか誰得なんですか?】
「お前が始めた話だろ。なら、平等に開示しなきゃ不公平だろうが」
逃さんぞ。アイの監督不届の責任もあるし、今日の俺はアキへの逆恨みに燃えているんだ。
【まぁ良いですけどね】
「やけにあっさりだな」
【ボク、アクアさんより恋愛関係を拗らせてないので】
俺もお前ほど感情を拗らせてねぇよ、と叫び返したくなったが、ここで叫んだら奴の思う壺だ。
我慢して話を待つと、アキは「はぁ」とため息を漏らしながら音声を流した。
【ボク、尊敬する人がいるんですよ。その人とアイさんを重ねて、自分が父性とか母性とか、そういうのを渇望してたことに気がついたんですよね】
「割と重いもんな、お前も」
俺らも複雑な家庭だが、アキの家庭事情も俺達に負けていないどころか、愛されたことがないっていう点ではアキが勝っているだろう。
だからこそコイツの母性への拘りは信用に値するのだが。
【そのせいか、包容力がある人というか、理想の両親に当てはまりそうな人を追いかけがちなんですよね。だから好みもどちらかというと年上の人ですし……ある意味、ボクもアクアさん並みに失礼なのかもしれません】
「だから、お前は俺をなんだと思ってるんだよ」
【今のままだと、釣った魚に餌もあげないクズ野郎ですね】
「とんでもない風評被害だな、おい」
最低最悪のクズだと目の前にいる人間を罵倒する奴がいるか、普通。
たとえ大嫌いな相手でも、悪口を言う時は本人の前で堂々と言わないぞ。
不満を込めて睨みつけると、アキはわざとらしく咳き込んで、再び音声を流した。
【はい、お望み通りの恋愛話でしたよ。こんな話で良いですかね?】
「あんまりダメージ受けてなさそうなのが腹立つがな」
【一体ボクに何を期待してるんですか、あなたは】
そりゃあもう、大ダメージだが?
悪友みたいな付き合いをしているとはいえ、それを口に出すつもりはないが。
【まぁ、悩んで答えが出ないのなら、外側から手に入れたら良いですよって言いたかっただけです】
「……そうだな。明日、行ってみるよ」
──結局、アイの監督責任については問い詰めることができなかったが、収穫もあった。
アイの言うとおり、早く寝るために奴を家から追い出した俺は、さっさと支度をして寝ることにした。
今話も読了ありがとうございました!
《あきのこばなし》
アキ君は夜の10時〜11時に寝て、朝の5時に起きる生活をしており、起きてから2時間は制作活動をするという理想的な生活をしています。
狼なのに朝型なのか、という言葉は実はアキ君に大ダメージを与えてました。でも、アキ君も相手に大ダメージを与えてたので、おあいこですね。