side.かな
「ゆきユキ熱いと思ってたけどさー、最近のアクあかもやばくない!?」
「だよねー、アクアくんめちゃくちゃ意識してるし、トラブルを二人で乗り越えた影響なのかなー」
楽しそうに話す二人の女子が前からやってきて、そのまま通り過ぎる。
もうすぐ最終回のあの話をしているらしい。
アクアに振り回されないようにしよう、と決めたところで、やっぱり見たくないものは見たくない。
ましてや、気になる相手のキスシーンなんて尚更、見たくないわ。
あぁ、朝から気分が悪い。
これから学校だってのに、更に気分が憂鬱。
これがブルーマンデー症候群なのかしら。好きじゃない話を聞くなんて、本当に最悪だわ。
「──有馬」
やってらんないわよ。あの企画を見るのも、何もかも。
アキの別人格に啖呵切った手前、アクアに引っ張られて調子を崩すなんて間抜けなこと、したくないし。
全部の情報シャットアウトしたい。精神衛生上、情報を入れないようにしたいわ。
今度、耳栓でも買ってこようかしら。
「有馬かな」
あぁもう誰よ、私をさっきから呼ぶ奴は!
そう思って振り返ると、私の脳内を占領していたアイツがいた。
「良ければ、今から学校をサボって遊びに行かね?」
女の子達の話題にも出ていたアクアが、わざわざ学校をサボってまで私と遊ぼうと言っている。
「いく!」
あーあ、私はなんて単純な女なんだろう。
一瞬で憂鬱だった気分が吹き飛んだわ。
…………………………………………………
いや、さぁ。
学校サボって遊びに行く不良行為をするわけだから、東京タワーとか千葉にあるランドとかは期待してなかったわよ?
でも、こう、女の子と二人っきりで遊ぶならもっと色々あるじゃない。
「あんた、やっぱり変わってるわね」
「……そうか?」
対面のアクアは不思議そうにしているが、これを変わっていると言わずして、何が変わっているのか。
今、私の手には新品のグローブと野球のボールが握られているのよ?
その情報だけだと、バッティングセンターの線もあるかもしれないわね。
でも残念、このグローブもボールも態々買ってきたものだし、場所もその辺の公園よ。
うら若き男女が学校という牢獄から抜け出してやることが『公園でキャッチボール』なのよ。
こいつ、もしかしてデートとかのセンス、致命的だったりするのかしら……?
野球とかやったこともないのに、どうすれば良いのかしら……ねっ。
「あっ」
戸惑いながら投げたボールが、明後日の方向へと飛んでいってしまった。
そういえばスポーツテストのボール投げも、最初は変な方向に飛んでいってたっけ。久しぶりだから忘れてたというか、やっちゃったわ……
「アクア、ごめんっ」
「いいよ」
特に気にした様子もなく、アクアはおかしな方に飛んでいったボールを取りに行く。
キャッチボールしに来ているのに、私の方にセンスがないとは……ちょっと気まずいわ。
「女子とキャッチボールをしたいならさ、ルビーとか、もっと野球ができそうな子を誘えばよかったのに」
「ルビーって、言ってもな。妹に学校サボらせる兄がいるわけないだろ」
「ふーん、そうなの」
シスコンっぽい発言をしているものの、アクアの言葉は『シスコン』らしさのない、ハッキリとしない言葉だった。
歯切れの悪い答えだし、あの二人、喧嘩でもしてるのかしら。
まるでルビーだけを意図的に選択から省いているみたいだわ。
「じゃあ今ガチの人とかは? 仲良いんでしょ?」
「あそこは仕事上の関係だしな。色々と考えた結果、有馬を誘ったんだよ」
「その色々って?」
「……アイツに言われて頭に思い浮かんだのが、有馬だった。それだけだ」
「そ、そうなの。悪い気はしないわね」
いや、嘘だ。悪い気どころか嬉しい。
誰に言われたのかわからないけど、アイツっていう誰かさん、グッジョブよ。
飛んできたボールをキャッチしてから、再びアクアに問いかける。
「そういえば、今ガチはそろそろ大詰めだっけ?」
「あぁ、今週の土曜でラストだ」
「へぇ。実際の所、どうなのっ?」
私が投げたボールは弧を描いてアクアの元へ。
「どうって、なにが?」
「あんたが狙ってるのは誰なのよ。あんたにだってタイプとかあるでしょ? 年上好きとか、年下好きとか、そういうのが」
「……昨日から、それでちょっと悩んでる」
ボールをキャッチしたアクアは、真上にボールを投げた。
「最近さ、つくづく思うんだよ。身体が成長するにつれて、身体が環境に適応していってるって」
グローブでボールをキャッチしたアクアは、グローブをはめていない右手を空に向かって伸ばす。
「どんどんと、境目がなくなってきていて、何が『僕』で、何が『星野アクア』なのかわからなくなってる」
「そ……悩んでるってのは伝わったけど。第三者として聞いたらなんか、厨二病みたいな発言よねぇ」
思わず痛過ぎて、厨二病なら卒業しろって言いたくなったわ。
アキみたいな二重人格もいるし、厨二病だと片付ける問題じゃない可能性もあるけども。
「あんたが何に悩んでるのかは知らないけど、その僕やらアクアやら、ゴチャゴチャ考えずに素直になりなさいよ。今のあんたは何が良いと思うの?」
「そうだな……」
アクアからボールが返ってきて、落としそうになりながらもなんとか拾った。
ボールの威力、上がってない? ちょっと手が痛いんだけど。
「自分と近い年齢は第一条件だな。年下は無理だし、ある程度上だと嬉しいかもしれない」
「年上ねー。同い年はどうなの?」
「同い年……は、ダメだろ。兄として」
「?」
そこでどうして兄? アクアがデレデレしてるのは黒川あかねでしょう?
──あぁ、そういうことか。
星野ルビーと、黒川あかねの共通点。
それは、二人ともどこかアイドルのアイに似てるところがあるってこと。
ルビーが似てるのは私も知ってることだし、黒川あかねもあの炎上の後から、アイのような言動やカリスマを感じるように演じていた。
そう、そういうことなのね。
今の私は、黒川あかねどころか、こいつの妹よりも下ってことなのね。
「ふぅん……それって、すっごく──悔しい、わねぇっ!」
感情を込めたボールは真っ直ぐアクアの手へと飛んでいった。
負の感情を込めただけあって、結構良い球を投げれたわ。
……こいつも、私の中に別の誰かを見ていたのかしら?
しらっとした顔してるけど、今も私を見ずに誰かを見ているのかもしれない。
もしもアクアが私と誰かを重ねているのなら、コイツにとっての私は誰かの代わりってわけで。
今の『女優・有馬かな』の評価と同じく、私でなくても良いわけで。
これが悔しくないのであれば──私はコイツを好きになってないわよっ!
「おぉ、良いボールだな」
「そうね。我ながら良いボールを投げれたわ」
でも、普通に受け止められてるのがマイナスポイントね。
そのカッコいい顔面にでもぶつけたら、私の荒れ狂う内心が伝わってくれたかもしれないのに。
「ありがとう、有馬」
「何がよ」
「お陰様で少しだけ、気持ちの整理がついたからな。そのお礼だ」
なによ、そのスッキリした顔は。
私を誘って、勝手に自己解決して、その内容は詳しく語ってくれない。そんなの、狡いわよ。
「あぁそう、良かったわね」
……でも、そう内心で溢していても、相手には何言わずに八つ当たりしようとするこの心根とか。
私の方こそ素直になれなくて、嫌われるのが怖くて、全部飲み込んで本音を言わないところとか。
あなたと一緒にいれるだけで良いんだって思うこの感情を告げない私も、きっとコイツと同じぐらい狡いのでしょうね。
side.かなend
☆★☆
side.アクア
有馬と午前の学校をサボった後。
午後からの授業だけを受けた俺は現在、真っ直ぐ家に帰ろうと校門へ向かっていた。
「お兄ちゃん、午前中は先輩とお楽しみでしたねー」
会いたくない存在筆頭のルビーがにこにこと笑いながら校門の傍に立っていた。
何を考えているのかわからない笑みが恐ろしいし、何よりもどうして学校で授業を受けていた妹が俺の午前中の行動を把握しているのか。
いや、一人だけ心当たりがあった。
考えれば考えるほど奴の仕業だとしか思えないし、絶対にあの狼男がルビーにやらかしただろ。
今度、絶対に殴ってやると決意していると、ルビーが俺の前まで歩いてきた。
「学校をサボってまで先輩と遊んでいた悪いお兄ちゃんは『放課後タピオカデートの刑』に処しまーす」
「タピオカってもう流行は過ぎてるだろ。古くないか?」
「女の子と遊びに行くのに公園でキャッチボールを選ぶお兄ちゃんには言われたくありませーん。バッティングセンターならまだしも、公園でキャッチボールとか休日のお父さんが息子と遊ぶ時の選択みたいなセンス、恥ずかしいと思わないの?」
もー、とプリプリ怒っているルビーが上げた例えは嫌に具体的だった。
ルビーに改めてそう言われると、有馬に悪いことをしてしまったかもしれない。後で謝罪した方が良いだろうか、反省という文字がこちらを見ている気がした。
そうやって俺が黙っていたせいなのか、気がついたら不安げな顔でこちらを伺っているルビーが至近距離まで近づいていた。
「お兄ちゃんごめん、言い過ぎたかも」
「いや、別に。ショックは受けたが」
「うわ、本当にごめんね。刑とかそういうのは本当は建前で……私が今日、お兄ちゃんと行きたいから誘ってるの。ダメかな?」
親しい関係過ぎて、無下にできない誘いだった。
「わかった、行くか」
やったーと喜ぶルビーを傍目に、俺は一歩前に出る。
不思議なことに、そこまで遠くないはずの店の距離がとんでもなく遠く感じてしまった。
タピオカ、というもの自体、ブームが過ぎているので店が少ない。
辛うじて残っているのはキッチンカーの形で、それでもタピオカ専門ではなく、タピオカミルクティーだけ取り扱っていた。
「ほら、これで良いか?」
「ありがとう! いやぁ、飲んでみたかったんだよねー」
「飲んだことなかったか?」
「うん、初めてはお兄ちゃんと飲みたかったから」
また、答えにくいワードを選ぶとは、やりにくい妹様である。
そう思っている俺の内心も知らないルビーは一口飲んでから、こちらへと顔を向けて笑う。
「病院にいた時にせんせーから話を聞いて、ずっと、気になってたんだよね。うん、不思議な感じ」
「そういえば、そんな話もしたか」
「話したよー。だって全部、覚えてるもん」
そう言ったきり、ルビーはミルクティーを飲む方へと集中してしまった。
俺も口が寂しくて、ミルクティーの入ったストローを吸う。
チープなミルクティーと、もちもちとしたタピオカの食感。
別に、タピオカなんてなくても良いだろ、と今思うのは無粋だよな。
俺もルビーも話さずに飲んでいたので、ミルクティーはあっという間になくなってしまった。
「んー、満足! じゃ、帰ろっか」
「デートって言ってたのにすぐに帰っていいのか?」
「お兄ちゃんはデートしたいの?」
「いや、帰る方がありがたい」
「でしょ? 兄を思いやれる良い子だからねー、私」
えへへ、と微笑するルビーの顔には、名残惜しそうな感情がはっきりと浮かんでいた。
俺の為に飲み込んでいるのだろうか。そうわかっていても、あえて知らぬふりをして帰路に立つ。
空はすっかり青からオレンジに代わっていて、太陽も沈みかけている。
遠くの空は暗くなっていて、そろそろ夜が訪れることを告げていた。
「お兄ちゃん」
「何」
「そろそろ企画、終わるんだよね?」
「ああ」
隣を歩くルビーの方を見ずに、視線は真っすぐに固定する。
今、彼女の方を見たくなくて、せめてもの抵抗だったのだが、それすらもあっさりと破られる。
ルビーが数歩前へと飛び出して、俺の視界に入ってきた。
「お兄ちゃん、改めて言わせて」
「嫌だ」
「ダメ、言わせて」
せめてもの抵抗に耳を塞ごうとしたが、それよりも早くルビーが俺の両手を握ってきた。
「私、星野瑠美衣は星野愛久愛海が好きです。愛してるって言っても良いぐらい、大好きなんです。だから、結婚を前提にするような気持ちで……付き合ってください」
二度目の告白を、俺の頭が処理してしまう。
聞きたくなかった言葉なのに、正しく認識してしまった。
祈るように両手を握り、お願いだと言わんばかりにこちらを見つめてくる赤い目を、突き放すことはできなくて。
「16歳になったら、真面目に考えてやるよ」
だから、あの日と同じ言葉を返した。
前世で一回、今世で二回目。合計三度目の台詞に、ルビーの赤い瞳が悲しげに揺れ動く。
「やっぱり、答えてくれないんだ。
「結婚を前提にするなら、まだ早いからな」
「バカ。でも……答え、待ってるから。16歳でも、いつまでも、答えてくれるまで……待ってるからね」
掴んでいた手を離し、ルビーは顔を俯かせたまま家へと走り出した。
俺はそれを追いかける気にもなれず、歩くのをやめる。
「バカって言われてもな、俺とお前は兄妹なんだ。何を選んでも、なんて答えてたとしても……お前が傷ついてしまうだろ」
どんどん前へと進んでいく妹の背中に目を細め、呟いてみた。
「
溶けるように消えた言葉も結局はただの言い訳なんだろう。
本当はただ、怖いのだ。
何度も失って、今回は違う形で取り戻せたけど、自分の手でそれを失うのが……傷つけてしまうのが、とてつもなく恐ろしい。
だから、俺は──
アクかなが来る……と見せかけて、ルビーちゃんの奇襲攻撃!
次回予告は
告白する……あかねちゃんと仲良くなる(原作寄りで)
告白しない……あかねちゃんと仲良くなる(深淵を見よ)
の、二択をアクア君が選びます。
え、どっちも同じじゃないかって? どうでしょうかね……?
《あきのこばなし》
アイ『ねーねー、アクアが
アキ【田島さんって有馬さんかな? ……って、午前中消えたと思ったら、アクアさんのところに行ってたんですか。あんまり好き勝手されると、ボクがアクアさんに怒られ──】
憑依アイ「『ルビーに連絡しーとこっ』」
アキ【あぁぁ。憑依された上に連絡も送られちゃった……どーしよう、アクアさんに今度は殴られちゃうかもしれない】