特別な彼女の引き立て役Aです   作:大森依織

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定期的に訪れる体調不良と精神的な不調のダブルパンチで、アキ君がメランコリー・ウルフボーイの回です。


Aは満月に溺れる

 

 

『今夜は雲が少なく、満月、それもストロベリームーンがよく見えるでしょう──』

 

 

 イヤホンから流れてくる音を消してから、ボクは走るのをやめる。

 アイドルとしての体力作りのランニングによって、周りは死屍累々。平気そうなのはぴえヨンもどきだけだった。

 

 

 ちなみに、1週間経ってもぴえヨンもどきのことについては誰も触れていない。

 

 ボクもボイトレ担当として練習風景を遠くから見ているものの、誰一人としてアクアさん(ぴえヨンもどき)のことに触れていないのだ。

 

 ルビーさんはまだわかる。

 避けられている本人だから、触れにくいのだろうと予想できた。

 

 でも、有馬さんは?

 あの人、アクアさんのこと好きだし、気がつきそうなものなのだけども。

 

 アクアさんの演技が素晴らしいと褒めればいいのか、有馬さんが鈍感過ぎると呆れればいいのか。それとも、両方なのかな?

 

 何とも言えない気分になりながら、わざと皆から距離をとる。

 アクアさんの足元で倒れているルビーさんや有馬さんを見ていると、唯一の大人であるメムさんがこちらに来た。

 

 

「ふぅ、疲れるよねぇ。アキ君も一緒に走ってたけど、大丈夫そう?」 

 

【えぇ。ボク、これでも運動は得意なので】

 

「確かに〜、汗一つかいてないなんて羨ましいかも」

 

 

 彼女の手には真新しいタオルが握られており、こちらに気を遣って来てくれたのがわかる。

 一方的に気を遣わせるのも悪く思って、ボクは自分の鞄から未開封のペットボトルを取り出した。

 

 

【どうぞ、喉とか乾いてたら飲んでください】

 

「あぁ……あはは、ごめんね。気を遣うつもりが逆に遣われちゃったね。じゃあ、このタオルと交換しよっか」

 

 

 新品だから心配しないでね、と手渡されるので、ボクはぎゅっと握りしめる。

 

 

「……そんなに大事そうに握られるとは思ってなかったなぁ。そのタオル、欲しいの?」

 

 

 そうメムさんに苦笑されて、初めて自分がタオルを抱きしめていることに気がついた。

 まるで宝物でも貰ったように胸に抱いていたタオルを前へと突きつけ、メムさんに返す。

 

 

【すみません……無意識でした】

 

「いいよ、そのタオル、安物だし。アキ君にあげるよ」

 

 

 

 

 ──ほぉ、お前、楽器に興味出てきたのか? じゃあその楽器、お前にやるよ。

 

 

 

 

 キツネ(オオカミ)サインで額を触る聡明さんと、今、よしよしと頭を撫でてくるメムさん。

 

 彼女にとっては失礼な話なのかもしれないが、記憶に眠っていたニッと笑う聡明さんの顔と、メムさんの笑みが重なって見えた。

 

 

【じゃあ、貰います】

 

「うんうん。私も飲み物貰ったし、これでおあいこね」

 

 

 メムさんはペットボトルの蓋を開けて一気に口に流し込む。

 とはいえ飲み込んだ量は4分の1も満たないぐらいで、プハーッと態とらしく息を吐く。

 

 

「アキ君が好きなスポドリはこんな味かぁ」

 

【いえ、別にそれを好きで選んだわけじゃないですよ。ただ安かっただけです】

 

「そっか。じゃあいつも作ってくるお菓子とかは?」

 

【ルビーさんも有馬さんも皆さんも喜んでくれるので、自分の好みかと言われると難しいですね】

 

 

 突然の質問に淡々と答えていくと、メムさんは「ふぅん」と呟いて目を細める。

 何か気に入らないことでもしてしまったのだろうか。でも、変な答えはしていないつもりだ。

 

 何がメムさんに引っかかったのかわからなくて、スマホに文字を入力しては消していると、再びメムさんが口を開いてくれた。

 

 

「アキ君って好きな食べ物とか、あるの?」

 

【そうですね……強いて言うなら、お母さんの手料理でしょうか】

 

「へぇ、そうなんだ! 私もお母さんの料理は好きだなぁ。アキ君って家族想いなんだねぇ」

 

【ふふ、そうでしょうか】

 

「うん、なんか優しい子って感じがするもん」

 

 

 そんな話をメムさんとしていると、休憩が終わったのか「じゃあ再開するヨー」と、ぴえヨン風のアクアさんの声が聞こえてくる。

 

 

「あ、行かなきゃ」

 

【頑張ってください。ボクも後から追いかけますから】

 

「わかった。じゃあ、お先にね」

 

 

 三人に合流するように急ぐメムさんに手を振ると、隣から声をかけられる。

 

 

『ねぇ、アキ君』

 

 

 なんでしょうか、アイさん。

 

 

『その嘘、辛くない?』

 

 

 アイさんが言いますか、それ。

 

 

 

 きっと、アイさんはそんなつもりで言ったわけではないのに、ボクは意地悪みたいな返事をしてしまった。

 

 でも、あの返事は楽だし、別に嘘って言うほどでもないのだ。好きなのか、欲しかったのかの違いだけで。

 

 それに、お母さんの手料理と言えば、各々勝手に解釈してくれるから。

 下手なものを言ってしまうよりかは話のオチがわかりやすい。

 

 

『アキ君も困った子だね』

 

 

 お互い様では?

 

 

『嘘吐きな私でも《知らない味》を好きだなんて言わないよ』

 

 

 確かに。まぁ、でも、今はそこまで嘘ってことでもないので、許してください。

 

 

『許すか許さないか決めるのは、嘘をつかれた側だけどね』

 

 

 ……それ以上、アイさんは何も言うつもりはないらしく、スーッとルビーさんの後ろへと行ってしまう。

 

 アイさんは自分を『許されなかった側』だと言いたいのかもしれない。

 ふわふわと浮いて、ほんの少し透けて見える彼女の体。

 

 

 

 

 

 ──お前、両親とは上手くいってないんだろ? 手料理とか、そんなこと言ってて辛くないか?

 

 ──家族想いに思われたら、深く踏み込まれないからって……困ったヤツだな。

 

 

 

 

 

 アイさんの言葉や後ろ姿が、何故かあの人と重なってしまって、ボクは何も言えなかった。

 

 やっぱり、満月の日は力の制御が不安定になるから嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モチベーションの違い、というのは如実に現れる。

 

 

「はぁ、しんど。何であの二人ってあんなに元気なのかしら」

 

 

 ルビーさんとメムさんはあーでもない、こうでもないとダンスの打ち合わせをしている中。

 有馬さんはというと、ぐったりとソファにもたれ掛かり、体を起こせないようだった。

 

 

【お疲れ様です、有馬さん。飲みます?】

 

 

 ルビーさんやメムさんみたいな元気が出てこないのか、有馬さんの返事は唸り声みたいなものだった。

 新品のスポドリを渡すと、遠慮なく開いて、一気に飲み干す。

 

 メムさんとは違って豪快な吸引だ。ボク的には遠慮がなくてこちらの方が気楽かもしれない。

 

 

「はー、半分は生き返った気がするわー」

 

【完全復活はしない所を見るに、混ざりたくないってところですか】

 

「そーそー。私にはあそこまでの熱意は無理よ。それとも、混ざれって言いにきたの?」

 

 

 気怠げな視線を向けてくる有馬さんは、絶対に動くつもりはなさそうで。

 聞いてくる割に意志が固そうな彼女に思わず苦笑してしまいながらも、首を横に振る。

 

 

【良いんじゃないですか。全員が全員、同じタイプのグループなんて長持ちしませんから】

 

「ふーん、肯定してくるなんて意外だわ」

 

【有馬さんはボクのこと、なんだと思ってるんですか】

 

「頭のおかしい異常者」

 

 

 わーお。本人の前なのにズバズバ言うなぁ。有馬さんらしいけど。

 

 あんまりな彼女の物言いに苦笑していると、有馬さんがあぁ、と呟きながら別の答えを導いた。

 

 

「それか、顔がパンでできたヒーローもどきかしら」

 

【ボクはアンパンの彼だと言われてるんですか?】

 

「自分の体を切り分けて人を助けようとしてる所とかそっくりだと思うわよ。私には理解できないけど」

 

 

 ……意外と、有馬さんをボクのことを認識してくれていたらしい。

 

 心当たりのあり過ぎる言葉に音声を流せないでいると、有馬さんがしてやったりと言わんばかりの顔で笑った。

 

 

「アンタの別人格に揶揄われたから、仕返しよ。恨むならそっちにしなさい」

 

【いえ、よく見てくれてるんだなぁと、意外には思いましたが】

 

「こっちが土足で入り込んだってのに、もっと言いたいことないわけ? 嫌がらせ損じゃない」

 

 

 舌打ちしそうな勢いで告げる彼女に、また黒い影が重なって見える。

 

 

【ありがとうございます、気付いてくれて】

 

「……アンタと話してたら、調子狂うわ。私も向こうに行くから」

 

 

 やりにくそうな顔で立ち上がった有馬さんは、二人の元へと合流する。

 

 

 

 

 ──お前は自分を分け売りしてしまうから、いつか全部明け渡してしまいそうで心配だ。

 

 ──あぁくそ、そんなことを言わせたいんじゃねぇよ。この、調子を狂わせるのが上手いヤツめ。

 

 

 

 

 

 ……困ったな。

 今日はダメな日かもしれない。

 

 満月の日のせいなのか、感情的になっているのか。人の言動の端々であの人の影がチラついてしまう。

 

 

 夜には帰らなきゃいけないんだし、少し早めに帰らせてもらおうか。

 ボクはそっと盛り上がる部屋から抜け出して、ミヤコ社長に声をかけてから、家に帰ることにした。

 

 

 

 

 

side.アキend

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

side.メム

 

 

 

 

 

 

「あれ、アキ君は?」

 

 

 ダンスの打ち合わせが終わって、後は寝るだけ、となった時間。

 ルビーがお風呂に入りに行って、かなちゃんと二人きりになった時にふと、彼がいないことに気が付いた。

 

 

「あー、アイツなら結構前に帰ったわよ」

 

「珍しいね。最近は20時ぐらいまで事務所にいるのに」

 

「1ヶ月に1回ぐらい、早帰りするらしいわよ」

 

 

 かなちゃんは当然のように言っているが、私はまだそこまで彼と仲がいいわけじゃないんだけどな。

 知ってて当たり前、と言わんばかりの態度に苦笑いしそうになっていると、かなちゃんは意外そうな顔をしていた。

 

 

「私よりやり取りしているから、理由ぐらい知ってると思っていたわ」

 

「残念だけど、本当に動画とかの事しか話してないんだよね。後は歌い方とか」

 

「仕事のやり取りしかしていないと……私だけに一線引いてるわけじゃないのね、アイツ」

 

 

 はぁ、と大きなため息を態とらしく漏らして、かなちゃんは腕を組んだ。

 

 

「アイツのことならまだルビーの方が知ってるから、聞いてみれば?」

 

「呼んだー?」

 

 

 まだそんなに時間が経っていないはずなのに、風呂から上がったルビーが部屋に入ってきた。

 どうやらドライヤーとかはしていないらしく、手にはドライヤーが握られている。

 

 

「あんた、ドライヤーせずに上がってきたわけ?」

 

「うん、熱気で参っちゃいそうだったし、クーラーある部屋でやるのが一番だよねー」

 

 

 気持ちはわからないでもないが、それを他人がいるところでやる勇気は凄いと思う。

 質問したかなちゃんも顔が引き攣っているし、私もたぶん、同じような顔をしてる。

 

 

「それで、私がどうしたの?」

 

「ルビーがというよりは、アキ君が今日早く帰った理由はなんだろーって話だよ」

 

「アキのことか。えーと、今日はーっと」

 

 

 話しながら窓際に近づいたルビーはカーテンを開き、空を見ている。

 空は相変わらず曇っていて星が見えにくいのに、今日の満月はピンクがかっていて綺麗に見えた。

 

 

「うん、満月だね。アキは満月の日の夜は絶対に一歩も外に出ないから、そのせいだよ」

 

「アクアも厨二病なところあるけど、アイツも自分の設定を守りすぎでしょ」

 

 

 呆れ気味に言うかなちゃんの『設定』というのは、恐らくアキ君が狼を自称していることだろう。

 

 普段は誇らしげに、でも少し悲しい気にも見える雰囲気でアキ君は自分を狼だとか、狼人間だと自称する。

 勿論、それが彼の冗談なのはわかっているけれど、満月の日は絶対に休む所とかそれらしくて、こだわりが強いんだろうなって思う。

 

 

「はは、アキといると『事実は小説よりも奇なり』って言葉を実感するぐらいだからね」

 

「アンタ、そんな難しい言葉を使えるのねぇ」

 

「……先輩? そこまで馬鹿にするならその喧嘩、言い値で買うけど?」

 

「んー? まさか、『十秒で泣ける』を『重曹を舐める』と覚えるポンコツ頭が賢いとでも言うワケ? テストなら珍解答よ?」

 

 

 この世には『おー、おー』とオットセイみたいに声を出し合って、視線だけで火花を散らすような睨みを利かせるアイドルが二人もいるらしい。

 

 ルビーとかなちゃんは相変わらず『プロレス』と呼ばれそうな喧嘩というか、じゃれ合いが大好きなようで、暇があれば仲良く喧嘩している。

 仲良きかな、と放っておいても問題はなさそうだが、現在、順番に風呂に入っている途中だ。

 

 私はルビーからドライヤーを取り上げ、二人に声をかけた。

 

 

「はいはい、ルビーは髪乾かしてあげるからおとなしくしてね。かなちゃんはお風呂空いたんだから、次入ってきな~」

 

「はーい」

 

「……わかったわよ」

 

 

 かなちゃんが部屋から出ていくのを見送り、有言実行するためにドライヤーの電源を入れる。

 ルビーの長くて綺麗な髪を乾かしていると、おとなしく座っていた彼女から問いかけられた。

 

 

「ねぇ、MEMちょはどうしてそんなにアキのことを気にしているの?」

 

「うーん、ちょっと心配だったからかな。今日は特に、消えちゃいそうな感じがして」

 

「そうなんだ。私は何も感じなかったけどなぁ」

 

「ふぅん。なら、気のせいかも。好きな食べ物でお母さんの手料理って言うんだもん。きっと、良いご家庭だろうし大丈夫でしょ」

 

「そうなんだ。あー、でも。それって……不思議な話だよねー」

 

 

 ドライヤーの音で聞こえ難い会話なのに、後から続くルビーの言葉だけは嫌なぐらいはっきりと聞こえた。

 

 

 

「──食べたことない味が、好きなんてさ」

 

 

 

 さも、世間話のようにあっさりと言われた言葉。

 

 ドライヤーを持つ手は熱いぐらいなのに、腕以外の全身が冷凍されたかのように冷えた。

 

 私が今日のアキ君を気にしていたのは、彼が私のお母さんやあかねちゃんと重なって見えたからだ。

 

 無理して無理して、限界にまで動いて倒れちゃいそうな、危うげな気配。

 頑張りすぎてきっかけがあれば、プツリと糸が切れたかのように落ちて行っちゃいそうな、張り詰めた様子。

 

 杞憂だったらよかったのに、ルビーの言葉が頭から離れない。

 

 アキ君は、大丈夫なんだろうか。

 

 

「はい、終わり!」

 

「ありがとー」

 

 

 表面上は何ともないように振る舞えていたけど、頭は自分でもびっくりするぐらい冷えていた。

 

 

 私の違和感が気のせいならいいんだ。人の事情にどかどかと踏み込む勇気もないし、彼にはアクたんやルビーという友達もいるし。

 でも、もしも何も間違いじゃなくて、手遅れになってしまいそうなら。

 

 

「……うん」

 

 

 ──それを見極めるためにも、注意した方が良いかもしれない。

 

 

 

 




《あきのこばなし》
前世ではともかく、今世は本当にご家庭の味が好き。
特にアクア君と一緒に五反田監督の家でお世話になった際、五反田監督のお母さんの料理は温かいから、という理由で今も前世と同じ好きなものを言うことにしている。
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