特別な彼女の引き立て役Aです   作:大森依織

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Aと二人で内緒話

 

 

side.アキ

 

 

 満月の次の日は調子が良い。

 

 あの日、アイさんに制御を手伝ってもらったとはいえ、ボクの狼人間の力は分不相応なものだった。

 そのせいで満月に近づけば近づくほど、感覚が鋭敏になって調子を崩し、乗り越えてしまえば制御できる程度に鈍化するので、気分が晴れるのである。

 

 満月さえ乗り越えればこっちのものだから、ボク自身はそこまで思い詰めてなかったつもりなんだけど。

 

 

「アキ君、一緒にお弁当食べない?」

 

 

 パチリ、とウィンクを見せながら、メムさんが弁当に指差す。

 どうやらかなり心配をかけてしまったらしく、メムさんはボクと二人での昼食をご所望らしい。

 

 

【ボクでよければ】

 

 

 情報を読み取らなくても伝わってくる心配の色にボクは断ることができず、彼女の背中を追いかけて別室で弁当を食べることにした。

 

 ルビーさんと有馬さんとは別の部屋に行き、二人で向かい合うように座り、弁当箱を開く。

 メムさんの弁当は有馬さん達と同じもので、ボクのは弁当の余り物を詰め込んだ内容だ。

 

 メムさんのと並べると、明らかに自分のものだけ手抜きにしているのがバレてしまい、少し恥ずかしかった。

 

 

「これってアキ君が用意してくれてるんだよね? 昨日、体調悪かったみたいなのに……無理しなくてもよかったんだよ?」

 

【作り置きですし、何かを作ってる方が落ち着くので、そこまで気にしなくていいですよ】

 

「職人気質なんだねぇ。でも無理はしちゃだめだよ? いい大人は一人で全部やらず、人に任せるんだから」

 

【14歳は子供ですけど】

 

「じゃあ、大人になる練習だね」

 

 

 オリーブオイルで和えたブロッコリーから食べ始めたメムさんが「おいし~」と笑った。

 野菜を褒められても少々複雑なのだが、喜んでくれているのなら何よりだ。

 

 ボクも卵焼きを口に入れる。甘い。

 アクアさんの卵焼きの端っこなら出汁醤油の味がするので、これはルビーさん用の卵焼きの切れ端か。

 

 

「アキ君の卵焼き、色が違うね。もしかして何種類か作っているの?」

 

【一応。後は葱入りとかチーズ入りとか、希望があれば変えていますけど】

 

「へぇ、凄い。私なんて弟達の分も自分で作るようになるまで、お母さんの大変さなんて理解できてなかったんだけどなぁ。アキ君は偉いね」

 

 

 メムさんは当然のように頭に手を伸ばし、よしよしと撫でてくる。

 

 その頭を撫でてくるのは癖だろうか。

 褒める度に頭を撫でられるのはなんというか、心臓が飛び跳ねそうなぐらい苦しくて、落ち着かない。

 

 

【別に。慣れてますし、偉くもなんともないですよ。一人暮らししてたら普通じゃないですか?】

 

「かもしれないけどさぁ。うん、弟達に聞かせたい言葉だよ。実家に住んでた時、上の弟はまだ手伝ってくれようとしてくれるのに、下の弟ときたら飄々として中々やらなくてさー」

 

 

 不満そうに語るメムさんだが、声音は喜びも含まれていて、目は優しかった。

 弟の学費を稼ぐために頑張ったメムさんなのだ。家族仲は悪くないのだろう。聞いているだけで思わず笑ってしまいそうになるぐらい、家族への好意が伝わってきた。

 

 

「アキ君って料理も上手だよね。今度、教えてもらってもいい?」

 

【教えるほどじゃないと思いますが】

 

「私もできるようになったとは思うけど、こう、できる人と比べるとイマイチなんだよね。このヘタウマから抜け出したいんだぁ……歌も料理もさ」

 

 

 とほほ、と肩を落とすメムさんは切実なようで、頼ってもらった手前、それを無下にするのも心苦しかった。

 

 

【ボクでよければ、教えますよ。歌は大船に乗ったつもりで……料理は泥船かもしれませんが】

 

「えぇっ、泥船は困るよ!?」

 

「ふふっ」

 

 

 あまりにもオーバーリアクションで笑うものだから、思わず吹き出してしまった。

 

 

「あ、笑ったなー?」

 

【す、すみません】

 

 

 両手をわきわきと動かしたメムさんに飛びかかられ、空っぽになった弁当箱が二つ、衝撃で机の端まで移動する。

 

 やめてほしいと音声を流す間もなく頭をぐちゃぐちゃにされ、朝に整えていた髪は乱されてしまった。

 

 メムさんの反応を見るに、鳥の巣みたいにされたのではないだろうか。

 手櫛でなんとかしようとしたものの、まだボサボサとした感触が伝わってくる。

 

 これはどうしようもないな。後で整え直さなきゃ。

 

 

「あ、お弁当ご馳走様でした」

 

【はい、お粗末様でした】

 

「それでその、率直な感想を聞きたいんだけど、いいかな?」

 

 

 とってつけたような前置きをつけて、メムさんが本題に入ろうと尋ねてくる。

 様子を伺う限り、ボク関係の話ではなさそうだ。それなら構わないので、ボクは頷き返した。

 

 

「私の歌、JIF(ジャパンアイドルフェス)までにどこまで伸びると思う?」

 

【やるからには最大限、到達させますよ】

 

「それってさ、ルビーやかなちゃんの足を引っ張らない程度になることって、できないかな?」

 

【それは、なんとも】

 

 

 一年以上、アイさんに匹敵するアイドルとなる為にトレーニングしてきたルビーさん。

 ピーマン体操とやらで歌路線も模索し、ストイックに積み重ねてきた有馬さん。

 

 メムさんの才能とかそういうのもそうだが、どう頑張っても時間が短すぎる。

 

 それは本人もわかっているようだが、それでもメムさんは一瞬だけ、悲しそうな顔をした。

 

 

「やっぱり、私、足手纏いになっちゃうか」

 

 

 後から加入したのに、メムさんにはアイドルとして足りない部分が多すぎた。

 それを割り切ってマイペースにいこう、と思えるほど図太くもなかった。

 

 内心は残念だと思いつつも、大人なメムさんは「そっかー、無理なこと聞いてごめんね」と笑って。

 

 

「無理なら無理で、頑張ってみるよ。あの二人のいるステージに一緒に立ちたいって思ったのは私だし、邪魔だって思われないぐらいに頑張るね」

 

 

 その笑みと数秒だけ見た悲しげな顔が重なって見えて、何とも言えない息苦しさがボクを襲った。

 

 

【いや、その、でも! 上手くはできませんけど、癖になるような歌に仕上げることは可能かと。歌ウマだって印象よりも、聞いてて癖になるっていう印象を与える方向ですけど】

 

 

 おかしいな。満月の夜を超えたのだから、調子は悪くないはずなんだけど。

 音声を流しながら自分の体調不良に首を傾げる。

 

 

「素人の私でもできるの? できるのならいくらでもやれるよ!」

 

【わかりました。最大限、メムさんの個性を出せるようにサポートします】

 

 

 でも、もう息苦しさも何もなくて、ボクはメムさんと話しつつも具合の悪い原因を想像するしかない。

 

 ……改めて考えても、心当たりが満月以外に見当たらないな。

 体調不良の予兆かもしれないし、今日は早めに寝ることにしよう。

 

 そんなことを考えている間にも、メムさんは「よろしくお願いします、師匠!」とスポコン漫画の登場人物のようなノリで返事を返していた。

 

 これはボーっとしていたから軽い調子で言ってしまいました、なんて言い逃れができそうにないぞ。

 

 

「それで、私は何をすればいいかな?」

 

【ダンスはアクア(ぴえヨン)さんに任せるとして。いつものボイストレーニングに励んでもらいつつ、今回のJIFに特化した歌のレッスンをします】

 

「テスト範囲内の勉強を集中してやる感じかな?」

 

【テスト範囲というよりは、過去問を暗記したらそのままテストに出てくるような行為ですね】

 

 

 特化した練習は技術として身につけにくい気がして、ボクはあまり好きではない。

 

 だけと、ボクが好き嫌いしていようがJIFまでの時間は残り僅かな訳で。

 その中でも最適なものを選ぶ方が、メムさんの為になるだろう。

 

 

【それに、なにもアイドルは『歌が上手でなければいけない』という縛りはありませんから、ルビーさん達に負けないぐらいまで上手にならなくてもいいですよ】

 

「でも、二人とも上手いよ?」

 

【……まぁ、上手くて損することもないですし】

 

 

 アイドルには目を惹くような『輝き』が必要なのだろうと感じているが、その他のオプションが豊富な方が便利であることも事実だ。

 

 否定するような嘘が言えなくて目を逸らすと、メムさんは笑った。

 

 

「じゃあ、私も頑張らなきゃね」

 

 

 へらり、と破顔するメムさんに釣られて、ボクも自然と笑ってしまう。

 

 うん、悲しそうにされるよりは、こっちの方がいいかな。

 

 

 

 

 

 

 

side.アキend

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

side.アイ

 

 

 

 

 昔、まだアクア達に会いに行かずに、ノートの消化をしていた頃。

 

 アクアやルビーに感じた愛は本物だと思ったけど、やっぱり愛がわからないと呟いた私に、アキ君は小難しい言葉を並べてきた。

 

 えーと、何だっけ。

 『取らんと欲するものはまず与えよ』とか、『与えよさらば与えられん』とかそんな言葉だった気がする。

 

 昔の偉い人や一行読んだら眠くなりそうな本にある言葉らしいけど、《見返りを求めることなく与えたいと思う心》がアキ君の愛なんだと言っていた。

 

 それを聞いて、逆に心配だったんだよね。

 

 この子って自分を切り売りするような生き方しか知らないんだなって、気がついちゃったから。

 

 それに救われた私が偉そうに言えないから本人に言わなかったけど、今日、楽しそうに笑っているアキ君を見て安心した。

 

 マムちゃん? エムだっけ? 両方違う気がするから彼女でいっか。

 

 アキ君と彼女が話しているのを邪魔するのも悪いかなって思って、部屋の外で座って待っているんだけど、雰囲気だけでも楽しそうなのが伝わってくる。

 

 アクアやルビーと一緒にいる時も楽しそうっていうのは変わらないけど、ウチの子達はアキ君に対して甘えているし、受け身だから。

 

 アキ君が気を許せそうな候補の人が見つかってよかったと思う反面、同時にちょっぴり寂しくなっちゃったのは内緒だ。

 

 

 ──私はアキ君がいないと全く干渉できないぐらい、依存している幽霊だけど……精神的にも依存してしまったら、もう終わりだ。

 だから私は、今も怖いものから目を逸らし続けているんだ……実はアクアにママって思われてないかもしれないってことも、ルビーにとって私はママであってもお母さんじゃない可能性も。私はただ、血が繋がってるだけの存在であって、家族じゃないって思われてるかもしれないって考えるとさ。私の全部が本当に『嘘』になっちゃう気がして、とても怖いから。

 ……って、変なこと考えそうになっちゃった。

 

 でも、一度考え出すとマイナスの思考が呪いみたいに絡みついてきて、私は思わず半透明な両手を見て呟いてしまう。

 

 

『悔しいぐらい変わらないね。この手も、何もかも』

 

 

 成長できる幽霊なんて言って強がっても、結局、私は何も変わらないし、変われないんだ。

 

 幽体になった人は幽体になった時のまま時間が止まっちゃうって、アキ君が言っていた。

 私が死んだのは二十歳の時だから、幽霊として何年過ごしても、私の時間は二十歳で止まったまま。

 

 ……後、五年も経てばアクアやルビーに抜かされちゃうんだよね、年齢。

 

 でも、私はアキ君がいなきゃ誰にも干渉できず、消えるのを待つだけの幽霊。

 わかってたはずの事実で寂しくなっちゃうなんて、私ってば本当に我儘だなぁ……

 

 

「アイさん、そこで何してるんですか」

 

 

 女の子っぽい声なのに、低くてどこか落ち着く声が廊下に響く。

 私の声に寄せた声帯から出されているのに、私が出した時とは印象がガラリと変わっている声の主は──アキ君だ。

 

 珍しいことに、アキ君は自分から声を出して、私に話しかけてきていた。

 

 

『アキ君の方こそ、音声流さないの?』

 

「メムさんはもう出ていきましたし、ここには誰もいませんから。それよりもアイさんの方が大事です……酷い顔、してますよ」

 

 

 顔は全く変わっていないものの、『心配です』と言わんばかりのオーラを放つアキ君は私の右隣に座る。

 何か聞かれるのかな、と身構えていたけど、それもなく。

 

 ただ、彼は何の汚れもない天井を見ているので、私も真似して天井を見た。

 

 

「ちょっと、話を聞いてくれませんか?」

 

『話? 別に良いけど』

 

「その、実は……今回の満月の日はいつもより苦しかったんですよね」

 

 

 暫く何も言われないまま、無言の時間に身を任せていると、アキ君の方から別の話を切り出してきた。

 

 

『もしかして、情報の処理が追い付かなかったの?』

 

「いいえ、感情面の問題ですよ。最近は暴れたくなるぐらい荒れてたんで……そのせいでいつもよりうまくいかなくて」

 

 

 ──これ、皆には内緒の話ですよ。

 

 

 そう言って誰かを真似るかのようにニコリと笑ったアキ君は人差し指を口元に持ってくる。

 まるで鏡を見ているみたい、と感じて、ようやくアキ君が私の真似をしていることに気が付いた。

 

 身近な存在が荒れていたなんてことに気が付かなかった薄情な幽霊に対し、アキ君は淡々と語る。

 

 

「鼻が、お母さんの情報を拾っちゃったんですよね。視線の先にはボクの記憶に全くない、幸せそうなあの人がいました」

 

『……お母さんって、アキ君を化け物だって捨てたっていう?』

 

「顔を覚えてない人に未練なんてないよって、思ってたんですけどねぇ。強がりの言葉では、どうもダメみたいで」

 

 

 ふぅ、と物憂げなため息を挟んで、何かを思い出すようにアキ君は目を閉じる。

 

 

「男の子と女の子に挟まれて嬉しそうな姿と、あの人の幸せそうな情報を読み取って……その情報がフラッシュバックする度に、叫んで滅茶苦茶にしたくなったんですよね。未練がましい奴だって、笑ってくれても良いんですよ?」

 

『笑わないよ。でも、どうして急にこんな話を?』

 

 

 まるで他人事のように語って、アキ君は私の透き通った手を握るような形で覆う。

 

 

「まぁ、その……こんな話、アイさんぐらいにしかできませんから。そう、伝えたかったんです」

 

『そうなの?』

 

「はい。だからそんな寂しそうな顔、しなくてもいいんですよ」

 

『……そっか』

 

 

 アキ君は身軽な動きで立ち上がり、私に手を伸ばす。

 その手を掴むことすらできないのに、彼はまるで私を生きている普通の人みたいに、扱ってくれるのだ。

 

 伸ばされた手に触れようとしながら、私も体を浮かせる。

 やっぱり手に触れることはできないけど、アキ君の生きているっていう熱だけは感じ取れた。

 

 

『ねぇ、アキ君』

 

「なんですか」

 

『私、生きてる時に君に会いたかったかも』

 

「そんなIF(もしも)も良かったかもしれませんが……ボクは今のアイさんに出会えて、良かったって思ってますよ」

 

 

 15歳の時に君に出会うのか、あの日のマンションで君と出会うのか。

 

 

『……確かに、どっちでも良さそうだね』

 

 

 どっちのアキ君も、きっと死人にお節介しちゃうぐらい、優しい人だろうから。

 

 




“何も知らぬことは最も幸福である”
情報社会においても、余計なこと(他人と比較しちゃう情報とか)を知らない方が、幸せなことってありますよねー。
透明文字だって、見えないでいいこともありますし。

《あきのこばなし》
ルビー……お母さんの話は地雷。
アクア……現在、自分のことで精一杯。
メム・重曹先輩・ミヤコ大聖人……狼人間など、事情を知らな過ぎる。
以上のことから、アキ君の相談相手は専らアイさんになります。
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