特別な彼女の引き立て役Aです   作:大森依織

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今回、あかねちゃん、襲来です。


スニーキングミッション・A

 

 

side.ルビー

 

 

 JIF開始まで、残り1週間を切った、ラストスパートの時期。

 

 じっとりと熱い嫌な季節なのに、今日に限って外は憎たらしいぐらい晴れていた。

 この天気に相応しい言葉は『絶好のデート日和』ってところかな。

 

 物陰に隠れている今でもムカつくぐらいに、いい天気だよ。

 あー、舌打ちしたい。しちゃおっかなー。チュッ……なんか変な音出ちゃった。

 

 そんなことをしていると、後ろで同じように隠れていた存在に袖を引っ張られる。

 

 

【あの、ルビーさん、落ち着いてください。その調子だとすぐにバレますよ】

 

 

 バレないように身を潜める私に、最小まで音量を絞ったスマホの音声を耳元で流したのはアキだ。

 アキの『バレる』という言葉から、赤の他人でも何となく私達の今の状況を推測できるんじゃないかな?

 

 ──事件の経緯は昨日の夜に届いたメッセージだった。

 

 メッセージの相手は今ガチで恋人関係目前までいき、付き合うことがなかったという黒川さん。

 付き合わなかった、というのはお兄ちゃんの言葉なので、正直言って疑わしかったのだ。

 

 その疑惑が大噴出したのが昨日の夜であり、今日のデートのお誘い。

 

 二人っきりで出かける癖に、恋人じゃないって?

 お兄ちゃんはそんなポンコツ朴念仁ではないと信じてたんだけど、頑なに黒川さんを『友達』だと言い張っていて。

 

 あまりにも見苦しかったので、その真偽を直接確かめることにした。

 その結果、私達は兄と推定友達……恋人疑惑の黒川さんを追跡することになったのだ。

 

 

「アキ、声でバレたくないから、ラインでやり取りするよ」

 

【はぁ……そもそもストーキングをやめればいいのでは?】

 

「私をストーカー扱いするなんて失礼だなぁ。これは疑わしい兄への追跡なんですよーだっ」

 

【それ、残念ながら意味が変わりませんよ】

 

 

 呆れを含ませた音声を垂れ流す割に、アキは律儀に隠れて一緒に追跡してくれていた。

 

 嫌そうな顔をするアキに「助かっている」と今は言えないけど、心の中では感謝してる。

 

 こうやって拙い事にも何やかんや付き合ってくれるし、もしも何かやっちゃいそうな時に私を止めてくれる唯一の存在だし。

 

 狼人間という特異性や、ママを連れてきてくれた恩人って立場もあるせいなのか、なんやかんやで頼っちゃうし、甘えちゃうんだよね。

 

 そんな言い訳を頭の中で並べつつ、お兄ちゃんと黒川さんが動き出すのを見届ける。

 お兄ちゃん達が振り返ってないのを確認してから、素早くスマホに文字を入力した。

 

 

 

 

ルビー《お兄ちゃん達、どこに行くとか言ってた?》

 

あき《会話を聞く限り、近くのカフェでお話しするみたいですよ。先回りします?》

 

ルビー《うん、お願い》

 

 

 

 

 ラインをすればアキは私の手を繋ぎ、歩き始める。

 スマホの地図機能よりもアキの案内の方が早いし、直接案内してくれるから楽だ。

 

 いくら距離を取ろうと狼人間であるアキから逃れることは叶わず、予定も目的地も筒抜け。

 これ程ストーキ……ごほん、追跡向きな人なんて、私はアキ以外に知らない。

 

 お兄ちゃん達にばれないように移動しつつ、先にカフェに入ることに成功した。

 

 ちなみにお兄ちゃんは全く変装していないが、黒川さんも私もアキも変装済みだ。

 

 私は金髪が目立つからそれを隠すための帽子で。

 アキはママに間違えられないように、いつもの『長髪をボブカットに見せる小技』や化粧、伊達眼鏡といった小道具を駆使して印象を変えていた。

 

 美少女なのは間違いないが、じっくり見てもママらしさをうまく隠している。

 アキにはママのような輝きもないので、見た目さえどうにかしてしまえば完全に別人だ。

 

 これでバレる心配は大幅に低下している……と、思いたい。

 ……自分で言うのもアレだけど、私もアキも目立つからなぁ。バレなきゃ御の字程度なんだよね。

 

 

 

 

ルビー《お兄ちゃん達、入ってきたね》

 

あき《寄り道もなかったみたいですし、早いですね》

 

 

 

 

 二人は見えるけど、隠れるにはちょうどいい席を案内してもらったおかげで、じっくり観察できそうだ。

 

 じっと二人の会話に聞き耳を立てていると、黒川さんは帽子だけを脱ぎ、お兄ちゃんと楽しそうに話し始めた。

 

 

「こうやって対面で話すのは久しぶりだね、アクアくん。急に呼び出しちゃってごめんね」

 

「連絡してたから久しぶりとは思わないけどな。あぁ、役作りの一環だって話だが……俺が役に立つのか?」

 

「うん、他の人にも話を聞いているけど、アクアくんの話も聞きたいんだ」

 

 

 ルビーちゃんセンサーが正しいのであれば、お兄ちゃんは本当に黒川さんのことを友達だと思っているみたいだ。

 ただ、このセンサーが間違いないのなら……黒川さんはお兄ちゃん狙いである。

 

 お兄ちゃんがどう思おうが、好意が透けて見えるね。

 

 

 

 

ルビー《ギルティ、判決は死刑です》

 

あき《ルビーさんと付き合っても社会的に死刑では?》

 

ルビー《どちらにしろ死刑だっていいたいのかな? アキは何か文句があるの?》

 

ルビー《ねぇ、どうなの?》

 

ルビー《どうなの、ねぇ》

 

ルビー《ねぇ》

 

ルビー《ねぇってば》

 

あき《ひぇっ》

 

あき《すみませんでした》

 

 

 

 

 

 悪い狼は撃退できたね、ヨシっ。

 

 私が狼退治をしている間にも事態が動く……かと思いきや、意外なことに何も起きなかった。

 

 劇の役作りの話をして、次の予定の話もなく。

 ただ楽しそうに世間話をして、お茶をして、何も進展もなくお開きしそうな空気を醸し出している。

 

 なんというか、初々しいカップルや告白してやるぞという関係には見えない。

 そう、例えるなら熟年の夫婦のような、穏やかな時間を過ごし、私にも見せないような穏やかで優しい兄の顔を引き出していて。

 

 

「お兄ちゃん、あんな顔もするんだ」

 

 

 せんせーの時も、お兄ちゃんの時も見たことのない感情だと思う。

 アキと会うまではずっと暗い顔だったし、その後もあんな穏やかな笑顔なんて見たことなかった。

 

 あれが、家族である私にも、アキにもママにも見せない一面か。

 

 

 

 

あき《ルビーさん、どうしたんですか?》

 

ルビー《ううん。ちょっと、敵わないなって思っただけ》

 

 

 

 

 どうして私とお兄ちゃんは兄妹として生まれちゃったんだろうな。

 いや、生まれてなかったらせんせーとは会えないかもしれなかったけどさ……でも、ほんのちょっとだけ。

 

 

 

【ルビーさん、二人、帰るみたいですよ】

 

 

 

 ぐるぐると思考を回していると、アキが服の袖を引っ張ってくれた。

 改めて視線をお兄ちゃんの方に向けると、立ち上がってレジに向かっている姿が見える。

 

 今出て行ったらバレるだろうから、時間をズラして出ていくべき……だよね。

 

 

「アキ、いつぐらいに出て行った方がバッタリ会わないかな?」

 

【10か15分は置いた方が良さそうですね】

 

「わかった。じゃあ15分ぐらい後から行こう」

 

 

 そんな会話をしていると、アキの体がわかりやすく跳ねた。

 まるで、どうしてだと言わんばかりの顔をした彼はそわそわしており、どうも様子がおかしくて。

 

 

 何事かと質問しようとする私も『異常』を見つけてしまう。

 

 

 

 

 

「アクアくんの妹さんと、アクアくんととても仲の良いお友達だよね?」

 

 

 

 

 

 お兄ちゃんと外に出たはずの黒川さんが、笑顔で立っていた。

 

 

「前からお話、してみたかったんだ。同席してもいいかな?」

 

 

 こちらの返事なんて全く考慮していないような笑顔に、私は漸く自分が彼女の手のひらの上にいたことを察した。

 

 

 これ、こっちの行動を予想してたってことだよね? こわぁ……

 

 

 

 

 

 

 

side.ルビーend

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side.あかね

 

 

 

 

 正直に言うと、これは賭けだった。

 

 

《将を射んと欲すればまず馬を射よ》

 

 

 前提条件を成立させる為に、まずは妹の星野ルビーさんの姿勢を変える必要があった。

 だから何とかルビーさんと接触しようと考えて、アクアくんを餌にしてまで、誘おうと思ったんだけど。

 

 ……ちょっと、予想外のことがある。

 

 

「?」

 

 

 スマホを片手に首を傾げるショートカットの少女。

 アクアくんの為にずっと見ていた映像や写真にいた、過去の人物が変装してここにいる。

 

 印象が違うので近づくまで可愛い子だな、としか思わなかったが、まじまじと観察すればわかる異常。

 他人の空似、で片付けるにはあまりにも似ている彼女に、私は狐に化かされたような気分になった。

 

 これ、ちゃんと目的とか達成できるのかな?

 想定外の人がいるとこの先が予測しにくいから、今はいてほしくないっていうのが、正直な感想だった。

 

 

 

 ──そんな衝撃も見えないように隠しつつ、ルビーさんと付き添いの篠塚 アキさんが隣り合うように座り、私は対面に同席させてもらう。

 

 

「それで、お兄ちゃんと遊んでいた人が、何の用事で来たんでしょうか?」

 

 

 目を細めて、警戒するようにルビーさんが問いかけてくる。

 シャーッと威嚇するかのように低い声。まるで、小さな猫が威嚇しているみたいだ。

 

 最近見た写真にあった、金毛の猫に近いかも。本人には言えないけど、可愛いなって思う。

 

 

「ごめんね、警戒させちゃったみたいで。前々から、アクアくんの妹さんとは話して見たかったの」

 

「……そう、ですか」

 

 

 目を細めていたのかと思いきや、今度は丸い目を見開いてじっと観察している。

 

 

「星野瑠美衣」

 

「え?」

 

「ルビーって、呼んでいいですよ」

 

「じゃあ、ルビーちゃんで。改めまして、私は黒川あかねです」

 

「はい、黒川さん」

 

 

 カラン、と追加で頼んだコーヒーの氷が割れる音が響く。

 

 うーん、まだ距離があるかな。

 隣の篠塚さんも合成音っぽい何かで自己紹介後、ずっと微笑んでいて無言だし、思ったよりも警戒されてる。

 

 

「話し方も敬語じゃなくて、喋りやすいように話してくれていいよ。アクアくんの話を聞いてから、仲良くなりたいって思ってたから」

 

「じゃあ……遠慮なく」

 

「篠塚さんも、よろしくね」

 

【はい。よろしくお願いします】

 

 

 

 あ、合成音声なのは通常運転なんだ……

 

 

 

 ──それから、当たり障りのない会話でルビーさん、ううん、ルビーちゃんの警戒心を解いていった。

 そのおかげで黒川さんからあかねさんに変えることもできたし、そっち方面の収穫は上々。

 

 不安要素だった篠塚さんはというと、相変わらず微笑んだまま。

 稀に音声を流して会話に補足を入れる程度で、話の主導権を握る気配が全くない。

 篠塚さんがいるのは不安だったけど、彼女(・・)は黙っていることの方が多いし、ルビーちゃんに集中しても大丈夫なのかもしれない。

 

 

「……あかねさん、そろそろ本題に入らない?」

 

 

 そうやって二人を観察していると、痺れを切らしたルビーちゃんが先制してきた。

 思ったよりも気が長かったけど、これは篠塚さんがいる影響かな。

 

 その場にいるだけで計算が狂う要因がいる中で仕掛けるのは怖いが、チャンスは今しかないわけで。

 

 

「じゃあ、今日の本当の目的を話そうかな」

 

 

 そこまで警戒してほしくなくて、笑って言ってみたのだけど──余計に警戒させちゃったみたい。

 アクアくんの妹さんだし、ルビーちゃんとは仲良くしたいんだけどな。少し悲しいけど、本題に入ろう。

 

 

「私、ルビーちゃんと箱を作りたいって思ってるんだ」

 

「……箱?」

 

 

 ルビーちゃんが疑惑の目を向けてくるけど、怪しいことも何もないので、真っ直ぐに見つめ返す。

 やがて根負けしてくれたのか、ルビーちゃんは小さくため息を溢すと、篠塚さんの方へと視線を向けた。

 

 

「ごめん、アキ、先に帰ってくれない?」

 

【……はぁ。はいはい、承知しましたよ。それでは黒川さん、ボクはこの辺りで失礼致します】

 

「え、うん。今日は同席させてくれてありがとう」

 

【いいえ。こちらこそ追跡(ストーキング)してすみませんでした。それでは】

 

 

 丁寧に頭を下げた篠塚さんはさりげなく伝票を抜き取ると、そのまま会計の方へと歩いていく。

 

 どうやら篠塚さんがお金を払ってくれるらしい。

 たぶん、私よりも年下だと思うんだけど、奢ってもらう形になってしまった。

 

 どうしてもお金のことが気になって、篠塚さんの方を見ていると、ルビーちゃんが何もなさそうな顔で右手を横に振る。

 

 

「あー、アキのことなら気にしなくていいよ。お詫びのつもりだろうし、いつものことだから」

 

 

 いや、あの子の連絡先も知らないし、自然に奢られちゃったから気になるんだけど……

 ルビーちゃんは早く話せと言わんばかりの目で見てくるし、目的とは別だし、また今度会えたらお金を返せばいいか。

 

 

「そう。じゃあ戻るけど……私ね、アクアくんに恩返しをしたいなって思ってるの」

 

「それと私と話したいっていうのが、イマイチ繋がらないんだけど」

 

「どうやらアクアくんの心にいるのはルビーちゃんみたいだから、アクアくんには幸せになって欲しくて。だから、動くことにしたんだよ」

 

 

 私の言っていることをどう解釈したのかはわからないけど、ルビーちゃんの顔が苦いものを飲んだかのような苦しいものへと変わる。

 

 

「それ、本気で言ってるの?」

 

「うん、本気だよ?」

 

「そっか……でも、そこまで本気なら、お兄ちゃんを落としてやるって言ってくれた方が嬉しかったな」

 

 

 悲しそうな目をして笑うルビーちゃんは、私でも無理なことを力無く言ってくる。

 わかってないのか。それとも、はっきり言ってほしい? これはもう一押し、必要かな。

 

 

「それは難しいかなぁ。だって今のアクアくんの気持ちは、ルビーちゃんの比率がかなり大きいもの」

 

 

 ねぇ、ルビーちゃん。知ってた?

 貴女が全力で堕としにかかった1年は大きくて、私じゃどうしようもなかったんだよ。

 

 辛うじて別人がいたような気がして、私にも可能性があるかもって番組中、思ったことはあった。

 

 でも、両片思いの中に入り込むなんて無理に決まってる。

 感情を隠して理性で覆っても、紅玉色の目の女の子が、手放そうとしてるルビーちゃんがアクアくんの中にいるのなら──応援するしかないじゃないって、思ってしまった。

 

 

「アクアくんが折り合いも何もできないのなら、この方法が一番いいんだよ」

 

「そっか……私がお兄ちゃんを待ったせいで、あかねさんを苦しませちゃったんだね。ごめんなさい」

 

 

 ルビーちゃんは意を決したような真剣な表情で立ち上がる。

 

 

「うん。もう『待つ』っていう逃げを使わないよ。逃げるなら捕まえて、倫理観とか常識の壁にぶつかりながら、玉砕してくる」

 

 

 

 手を引っ張り、私を立たせたルビーちゃんは今にも消えそうな笑顔で囁いた。

 

 

 

「どんな結果であれ、ちゃんと今日で終わらせるから──だからもう、泣かないで」

 

 

 

 

 ──キラリと輝く、両目の白星。

 

 

 

 その姿はあの日、テレビで見て憧れた輝きよりも綺麗で、今にも消えそうな勢いで輝いていて、まるで今から舞台を魅せられるような気分になる。

 

 ギュッ、と心臓を掴まれた感覚に胸が苦しくなりながら、私は首を人形のように縦に振る。

 行動は計算内なんだけど、この光は計算外だった、かなぁ……

 

 




《あきのこばなし》
ちなみに今、アキ君は超特急でアクア君の元にお祓いしに向かっています。
悪霊退散、悪霊退散!
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