特別な彼女の引き立て役Aです   作:大森依織

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Aの羽は何でできてる?

 

 

side.アキ

 

 

 ルビーさんがアクアさんに対して駆け引きを始めたので、ボクは黒川さんに頭を下げた。

 

 

【改めまして、この度はアイさん(うち)の双子がご迷惑をかけてしまい、申し訳ございませんでした】

 

「こちらこそ急に押しかけてごめんなさい。あ、今のうちにカフェの料金を返しておきますね」

 

【いえいえ、それはせめてものお詫びなので】

 

「いやいや、私も突然、とんでもない行動をしちゃったから!」

 

 

 いえいえ、いやいやと電子音声と肉声が飛び交い、遠慮合戦を始めてしまった。

 痴話喧嘩のような駆け引きをしている横で、何をしてるんだか。

 

 正気に戻ったボク達の遠慮合戦は、何とかボクの勝利に収まった。

 

 落ち着いた所で、改めて彼女に言葉を投げかける。

 

 

【でも、黒川さんって本当にすごいですね】

 

「え?」

 

【数少ない情報だけで、二人をあっさり追い込んでしまったのだから、本当にすごいとボクは思ってます】

 

 

 不思議そうに首を傾げる黒川さんだが、これは正直な感想だった。

 

 今世(いま)のボクは養殖というか、人工的に生まれた狼人間だ。

 そのおかげで身体能力は高いし、接触しなくても匂いや音だけで簡単に他人の個人情報や記憶も読めてしまう。

 

 だから今回、ルビーさんに近づいてきた黒川さんを警戒して、情報を探ってみて……ボクはびっくりしてしまった。

 

 だって彼女、たった一人で数少ない情報から星野家双子の状況を正確に把握していたのだから。

 『ルビーさんの背中を押す』というボクではできなかった役割を誰にも言わずに、たった一人で実行してくれた。

 

 ……やり方は少々、褒められたようなものではないけども。

 

 

【ボクは男ですからね。アクアさんの対応はできても、どうしてもルビーさんの背中を押し切ることはできなかったんですよ。だから──嫌な役をしてくださり、ありがとうございました】

 

 

 それでも、黒川さんが行動してくれた事実に敬意をこめて頭を下げる。

 「えっ、男の子なの!?」と黒川さんが驚いた声を出しているのも無視して、ボクは頭を深く下げた。

 

 

 ルビーさんの敵は兄であるアクアさんのみであり、一番ライバルになりそうだと思っている相手がボクなので、慌てることなんてなかった。

 

 敵もいないからこそ『ずっと待つ』なんて悠長なことも言えてしまった。

 

 常識や倫理観ぐらいがライバルだから、後はお兄ちゃんの意思次第。

 

 そんな余裕の気持ちから我慢して期限が来るのを待つことにしたルビーさん。

 だが、予想外なことに、なんと想い人が周辺の女の子を助けたりして攻略し始めたではないか。

 

 しかも、攻略されたお相手さんは自分から想い人を取るのではなく、一緒に囲もうなんて提案してきた。

 

 これにはルビーさんも混乱しただろう。

 

 彼女が覚悟していたのは『アクアさんと一生いばらの道を歩くこと』か『二度と好きな人と会わないこと』だけだった。

 そんなところに第三の選択肢が突っ込んでくるなんて、不意打ちを食らったも同然。

 

 まさか相手の方からシェアの提案をされると想定していないルビーさんは、告白を決行した。

 黒川さんの情報を読んで、最悪を想定したボクの行動は正解だったわけである。

 

 

「そんな、私が自分の意思でやったことだし……それに、下心しかない行動だから」

 

 

 黒川さんは頭をあげてくれと、慌てるように頼み込んできた。

 

 ほんの少しの下心とアクアさんの為に『恋敵役の黒川さん』を演じさせてしまったのだから、いくら頭を下げても下げたりないのが正直な感想だ。

 

 誠意を見せるのであれば、頭を下げるだけでは足りないと思う。

 とはいえその行動によって、黒川さんを困らせるわけにはいかないので、ゆっくりと頭をあげた。

 

 頭をあげた先には困り顔の黒川さんがこちらを見ており、気まずそうに口を開く。

 

 

「あの、篠塚さん」

 

【アキで大丈夫ですよ】

 

「なら、アキちゃん……って呼んでいいのかな。男の子、なんだよね?」

 

【ちゃんでも君でもなんでもいいですけど】

 

「えっと、じゃあ、そのままアキちゃんって呼ぶね」

 

 

 緊張しなくてもいいのに、気遣うように丁寧に許可を求めてくる黒川さんに、ボクは思わず笑ってしまいそうな顔を引き締める。

 

 現在進行形で兄と妹の駆け引きが行われているのだ。

 今までいなかったタイプの人間である黒川さんに対し、ほっこりしている場合ではない。

 

 黒川さんを視界に入らないように誘導しつつ、彼女に最終確認をした。

 

 

【さて、そろそろアクアさんが根を上げますかね。だからその、ボクらも公園から出ていきませんか?】

 

「ううん。私は見届けたいから残るよ。そっちの方が気持ちの整理ができると思うし」

 

【そうですか……でしたら、心の準備はしてくださいね】

 

 

 覚悟を決めたアクアさんのものでも、双子の傍で『押せー、いけー』と楽しそうに応援している幽霊(アイ)さんのものでもない、純粋だからこそ困ったことになってる、ルビーさんの思考回路。

 

 その思考回路を詳細に伝えられないボクは無視されて、ルビーさん達の状況が動き出した。

 

 

「ルビー、ちょっと離れてくれないか」

 

 

 どうやら覚悟を決めたらしい。ベンチに座っていたアクアさんが立ち上がり、ルビーさんと向かい合う。

 

 

「俺は、正直、本当にこれに答えてもいいのかって、今も迷っている。俺もお前も、ただ単に前世(むかし)のことを引きずっているだけだろうとも思うんだよ」

 

前世(むかし)、ね。確かに、私もお兄ちゃんも引きずってるかもしれないよ。でもさ、それの何がいけない事なの?」

 

 

 もう一度説得しようとしたアクアさんに、ルビーさんは首を傾げる。

 

 

「お兄ちゃんは凄いよね。誰かの為に動ける人で、誰かの心を救える人だもん……それに比べて、私は好きな人を不幸にしてばかりなんだ」

 

 

 強く念じているせいか、声だけでもルビーさんの頭の中に思い浮かんでいる情報がボクに届いてくる。

 

 彼女の頭に浮かぶ人はアイさんと、雨宮五郎先生、そして前世での母親。

 ルビーさんが完全に悪い訳でもないのに、彼女もまた、アクアさんと同じように引きずられていた。

 

 

「私は前世(むかし)に引きずられていてもいいって思ってるんだ……過去も含めて今度こそは幸せになりたいし、大切な人を幸せにしたいっていうこの気持ちも、本物だから」

 

「ルビー……」

 

 

 アクアさんが悲痛そうな顔をする中、ルビーさんはアクアさんの両手を握って微笑んだ。

 

 

「お兄ちゃんの中に妹としての私以外の感情があるのなら、私の告白を受けてほしい。今度こそは絶対に、大切で大好きな人を幸せにしたいから」

 

 

 逃げそうなアクアさんの両手を恋人繋ぎで捕まえて、ルビーさんの紅玉の瞳が海のような青い両目を逃さないように見つめる。

 

 それに比べてお兄様の方は……ここまで相手に言われているのに、今も口を噤んでいた。本当にじれったい態度である。

 

 復讐なんてしたくないと、誰に相談することもなくズルズルと先延ばしにしてきた男は一味違うというべきか。

 

 斉藤壱護社長にでも相談すれば協力してくれただろうし、本気で復讐するつもりなら探偵でも何でも手があった状況で。

 それなのに一人でどうにかしようとして、遠回りで時間を潰していた実績があるアクアさんの悪いところが今、出てきているように見える。

 

 

 しかし、もう逃げることは叶わない。

 

 時間も潰すことができないアクアさんは、ルビーさんの視線に負けて本心を吐露した。

 

 

「……妹とかそういうのを抜きにしたら、俺もルビーのことが好きだ」

 

 

 ようやく振られた白旗に、ルビーさんは花が開くような笑みを浮かべる。

 

 

「ねぇ、それって私の告白、受けてくれるって意味でいい?」

 

「こんな俺でもいいのなら……って言い方は卑怯か。あぁ、俺もそういう話を抜きにすれば、ルビーのことが好きだからな。覚悟は決めたよ」

 

 

 アクアさんが告白した瞬間、『きゃーッ』と当人達よりも大喜びなのがわかるぐらい、アイさんが黄色い悲鳴を上げた。

 

 あの、ボクには聞こえてくる声で叫ぶのはやめてくれませんかね。何も煩くない告白シーンで、急に耳を抑える不審者になってしまうところだったのですが。

 

 と、不満を訴えたものの、大興奮のアイさんには届かないらしい。

 アイさんが大盛り上がりしている間にも状況はどんどん進む。

 

 ──ボクが懸念していた爆弾が、ルビーさんの手によって今、投げられるのだ。

 

 

「さてと、お兄ちゃん、今度はあかねさんの気持ちにも向き合ってね」

 

「え?」

 

 

 ルビーさんの突然の発言に、アクアさんが目を瞬かせた。

 

 ……うん、嫌な予感が当たったことだし、そろそろお暇させてもらうとしようかな。

 

 

「だって、お兄ちゃんも少なからずあかねさんの事、気になるんだよね? 私はお兄ちゃんが幸せならそれで良いし、私じゃ結婚や子供っていう幸せを叶えることは難しそうだから。二人が良いなら大丈夫だよ?」

 

「え? ルビーちゃん!?」

 

「待て待て待ってくれ! ルビー、お前何言ってるんだ!?」

 

 

 爆弾発言を背景に、ボクはそそくさと公園から退散しようとゆっくりと移動する。

 

 

「あかねさんもあぁ言ってたし、お兄ちゃんにチャンスがあるならアタックするよね?」

 

「騙されるなあかね。このままだと俺は二股の最低野郎をほしいままにしてしまうんだ。そんな俺なんかよりもいい人なんて沢山いるから。だから──」

 

「えっと……うん。私は、この先会うかもわからない幸せにしてくれる人よりも、あの日助けてくれたアクアくんの方がいいかなーって、思うよ」

 

 

 ルビーさんの問いかけと、アクアさんの必死の訴え。

 

 黒川さんの中で勝利したのはルビーさんの問いかけだったらしく、アクアさんの震えるような叫び声が後ろから聞こえてきた。

 

 

「アキ、逃げるな。お前だけが頼りなんだ。俺にクズになるなと言ってくれたお前だけが正気なんだ。だから──」

 

【すみません。ボク、メムさんと夕方から歌のレッスンがあったことを思い出したので失礼します!】

 

「待ってくれよ! まだおやつの時間にもなってないだろ。おい、アキ。アキィーッ!」

 

 

 ごめんなさい、ボクはまだ馬に蹴られて死にたくないんだ。

 アクアさんは逃げるなと言った手前、申し訳なく思うけど──ここは戦略的撤退を選択させていただきます。

 

 そうしてボクは、アクアさんの悲鳴を聞きながらも公園を後にしたのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side.アキend

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side.メム

 

 

 

「は、はえー……ルビーが休んだ日にそんなことがあったんだ」

 

 

 急にルビーのパフォーマンスが上がった理由を鎌かけて問いかけたら、なんかとんでもない話が出てきた件について。

 

 いや、うん。

 

 お休みの次の日から急にルビーの歌やダンスのキレがさらに増して、変だって思ったけどさ。

 あと数日でJIFなんだから、良いことだとは思ったんだけどね……それでも気になるものは気になるじゃん。

 

 で、一番知ってそうなアキ君に聞いたら──なんとビックリ、薮から蛇が出てきたんだけど。

 

 ジャージ姿のぴえヨンさんも心なしがげっそりしてたし、前々から彼が本物なのか怪しいとは思ってたけど、その衝撃も吹っ飛んじゃったよ。

 今は質問してしまった事実に後悔しかないね。

 

 

「あのさ、アキ君。これ、社長とかなちゃんは知ってるの?」

 

【全く】

 

「そっかぁ」

 

 

 様子見てる感じ、かなちゃんもアクたんのこと好きだよね? 多分かなちゃんのアレって、素直になれないというか、ツンデレって呼ばれそうな態度だよね?

 で、今現在アクたんがゴールしてるのは(ルビー)と。

 

 何がどうなってそうなっちゃったの?

 いや、本人同士が幸せならそれもまた愛の形なのかもしれないし、私がわーわー言うのはお門違いなんだろうけどさ。

 

 でもさ、これって絶対、かなちゃんにとっては地雷じゃん。

 

 

【有馬さんは妹であるルビーさんとだけは結ばれないでしょ、と思ってましたからね。確実に地雷かと】

 

「……あれ。私って今、独り言とか言ってた?」

 

【いいえ、全く】

 

 

 そう音声を流すアキ君が信用できないぐらい、ぴったりと心の中を言い当てられている。

 

 

「もしかしてアキ君って読心能力とかある不思議君?」

 

【そんな覚妖怪みたいな能力()ないですけど】

 

「そっかー」

 

 

 ……そういえば、アキ君ってかなり不思議なことがあるんだけどさ。

 この子、フリック入力して音声を流している筈なのに、何故か会話のラグが全くないんだよね。

 

 入力時間とか考えてもおかしくないかな? 何か今日は深淵を沢山覗いている気がするよ~?

 

 

「このこともルビー達の恋愛事情もあまり考えないようにしようかな。頭痛くなってきた」

 

【メムさんはアクアさんのこと、恋愛対象には見てないので?」

 

「アクたんの楽しみ方は顔の良さを遠くから見てるぐらいがちょうど良いんだよ。近づいたら火傷程度じゃすまないぐらい、危ないから」

 

【余計なことは考えないように、見ないようにするのが吉だと】

 

 

 世の中、生きていくには見て見ぬふりも、知らぬふりも、気分が悪いこと以外には必要なのである。

 

 

「今はJIFの方が大事だから、そっちを優先しよう。とりあえずラストスパートまで、よろしくね」

 

【任せてください。しっかりと仕上げていきますよ】

 

 

 ルビーやかなちゃん周りの恋愛事情や、ダンスについては専門外でも、アキ君はこと『音楽』においては天才なのだ。

 

 JIFで二人の足を引っ張らない為にも、全力で頑張らなければいけない。

 

 

【まぁ、ルビーさんなら置いてくようなこと、しないと思いますけどね】

 

「そうかなぁ」

 

【記念すべきメムさんの初ライブですから。一緒に楽しめるように、輝けるようにパフォーマンスはもちろんのこと、感情面も優先してくれると思いますよ】

 

「あー、それは。焼かれないように逆に気をつけなきゃいけないやつだねぇ」

 

 

 期待されてもかなちゃんみたいに輝けないからね、私。

 これは基礎能力を上げることは急務だよ。このままだと私だけ大怪我しちゃう。

 

 

【イカロスにならないようにサポートしますから、最後まで粘りましょう】

 

「うん、蝋が溶けて落下するのはごめんだもん」

 

 

 勇気一つではなく、狼を友としている私はきっと──焼け落ちないと信じて、今は一心不乱に夢の翼を羽ばたかせるのだ。

 

 

 




《あきのこばなし》
実は普通に会話してるみたいにラグがないアキ君の音声入力式での会話。
今のところ、その深淵に触れたのはメムさんだけですが、仕組みはほぼ読心に近いリアルタイム情報取得と会話内容の予測で成り立たせてます。普通に怖いね。
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