特別な彼女の引き立て役Aです   作:大森依織

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舞(ただしオタ芸である)


Aに捧げる舞

 

side.アキ

 

 

 JIF会場のスターステージにて。

 ボクとアクアさんは揃って観客席の方に立っていた。

 

 

「なぁ、アキ。よくもあの日、逃げてくれたな?」

 

 

 そして、あの日逃げたことを責めるように、アクアさんに絡まれているのである。

 

 どうやらあの日から、アクアさんはかなり危うい橋を渡った様子。

 なんとか黒川さんのアプローチを躱して帰還できたらしいが、ルビーさんと黒川さんが手を取り合ったのでさぁ大変。

 

 その不満が今、ボクに会ったことで噴出してしまったとさ……というのが、今のアクアさんの愚痴らしかった。

 

 

【その、大変だったのはわかったんですけど。自分の恋愛事情にボクを巻き込むのはやめません?】

 

「なら、どうすれば良いんだよ。ルビーの件でもヤバいのに、更に倍プッシュされてんだぞ。前世なんて全く役に立たないし、こんなの誰に相談すればいいんだよ。これが終わったら絶対に、相談に乗ってくれよ……」

 

 

 青い顔で深く息を吐くアクアさんはごもっともなことを口にした。

 

 悩みに悩んで妹と付き合う決心をしたら、浮気を勧められる兄なんてアクアさんぐらいだし、そりゃあ前世の経験なんて紙屑同然だろう。

 

 

【そういう色恋沙汰をボクに言われましても。愚痴を聞く程度のことしかできませんし、本当に嫌ならバッサリ断ればいいとしか言えませんよ?】

 

「それはお前も面倒くさい恋愛をしてくれと呪いたくなるぐらい、ありがたい話だな」

 

【それ、恨んでるの間違いじゃないですか】

 

 

 ありがたいと思ってる人間が人を呪うとは思えないのだが。

 

 そんな軽口を叩き合っていると、JIFが始まったのか司会の音声が会場に響き渡った。

 

 うぉぉ、と盛り上がる周辺。

 こういう場所を観客席から見ることの方が少なくて、いつもステージから見る景色ばかりだから、少し新鮮だ。

 

 1組目のアイドルが出てくるのに目を細めていると、何故か隣で見ているアクアさんはステージではなく、こちらを見ていた。

 

 

【なんですか】

 

「いや、意外と楽しそうだと思ってな」

 

【そう言うアクアさんは顔が真っ青で、楽しくなさそうですね】

 

「ふっ……お前にはわかるまい」

 

 

 そう言ってニヒルな笑みを浮かべるアクアさんのことだ、頭の中では『マジでどうしよう、集中できん』とか考えてるのだろう。

 こんなの、情報を読まなくても察することができる。

 

 

 ……それにしても、恋愛か。

 

 ボクもアクアさん程のものができなくても、誰かを好きになればそのことばかり考えるようになるのだろうか。

 

 でも、流石にアクアさんみたいになるのは嫌だな。やっぱりボクにはまだ早いかもしれない。

 

 

「B小町って何番目だっけ?」

 

【最後の方ですからまだですよ】

 

「へぇ、メインじゃないし、地下アイドル多めのステージらしいけど……悪くない順番だな」

 

【みたいですねぇ。鏑木Pでしたっけ、中々贔屓してもらってるみたいですが、何を企んでるのやら】

 

「企んでるっていう言葉はお前の方が似合ってそうだけどな」

 

 

 カクテルパーティー効果とでも言えば良いのか、周りは大盛り上がりだというのに、不思議とボクとアクアさんの会話は成立している。

 

 いつも通りの音量で再生しても、アクアさんは聞きにくそうにすることなく返事してくれた。

 

 

【こんな純粋な少年を捕まえて企んでるとか、なんて酷い先輩でしょうか】

 

「純粋? おいおい、お前は日頃から嘘つき(オオカミ少年)だって言ってるじゃないか」

 

【間違いないですけど……少なくともアイドル活動の方は嘘のない善意のつもりですよ】

 

 

 気取られぬように、心配されぬように、悟られぬように、探られぬように。

 前世も今世も、そんな生き方をしてきたからなのか、息を吐くように嘘も吐けるようになった自分だけれども。

 

 少なくとも、ルビーさん達の活動を応援しているのは嘘じゃないし、それを嘘だと自分自身も思いたくなかった。

 

 

「ほう。嘘がないと言ってる割には、この前、メムに嘘ついたってルビーに聞いたぞ?」

 

【五反田監督のお母さんの料理は全部好きなので、完全な嘘じゃないですぅー】

 

「子供かよ」

 

【子供ですが?】

 

 

 ちょっと痛いところをチクチクと突いてくるアクアさんに、ボクはちょっと子供っぽい拗ね方をしてしまっていた。

 

 そんな馬鹿なやり取りをしている間にも、アイドル達の出番は順調に消化されていく。

 流石に大きなイベントというだけあって、漫画とかにありそうな機材トラブルは無さそうだ。

 

 

【こういう時、アイドル系の漫画とかアニメなら機材トラブルとかが起きて、乗り越えたりするんですけどね】

 

「縁起でもないこと言うなよ。そんなの現実で起きたら冗談でも笑えないだろ」

 

 

 ハプニングなんてない方が良い、とアクアさんが呟く。

 

 アクアさんの意見は概ね正しい。

 だけど、ルビーさん、有馬さん、メムさんと中々濃いメンツで揃えられたB小町には、それぐらいの逆境があった方が良いのではないか、と思うこともあって。

 

 

【致命的な事故が起きちゃうぐらいなら、山も谷もあって欲しいですけどね】

 

「馬鹿野郎。何でもかんでも、ハプニングなんて起きない方が良いに決まってるだろうが」

 

【言葉に含蓄がありますね……現在進行形で山に登らされてる男だからでしょうか】

 

「あぁ、弁天山*1に登ろうとしたら、何故か富士山にチャレンジしてた俺だからな」

 

 

 致命的な失敗をする前に、小さな失敗を。

 そう思っての発言だったのだが、それすらもままならなかった経験者(アクアさん)がボクの見積もりの甘さを鼻で笑った。

 

 流石に弁天山と富士山を間違えることなんてないとは思うが、致命的な方向音痴と常識のなさがあれば、あり得るのかもしれない。

 

 そういうあり得そうにないことの積み重ねの結果、今のアクアさんの憔悴具合だと言うのであれば、その例えは確かに的を得ているように感じた。

 

 

【B小町まで後5組ですって】

 

「そうか。なら、そろそろ準備するか」

 

 

 そう言ったアクアさんは(おもむろ)に6本のサイリウムを取り出す。

 赤、白、黄色、まるでチューリップみたいな3色のサイリウムを袋から取り出して、アクアさんは両手の指の間に1本1本挟む。

 

 うわぁ、箱推しガチ勢だ……怖。

 

 

「おい、アキ。お前、サイリウムは?」

 

【ライブは楽しんだもの勝ちって聞いたので、持ってきてませんけど】

 

「何だと? 応援するならサイリウムか、色変できるペンライトは必須なのは常識だろうが」

 

 

 さっきまで死にそうなぐらい青かったのに、今度は鬼のような形相になっているアクアさん。

 

 いや、だってしょうがないじゃないか。

 アイさんだって気持ちが一番だって言ってくれたし、そもそもそんな常識、知らなかったんだから。

 

 でも、確かにアクアさんの言うとおり、周りの人達はペンライト持ってる。

 そっかぁ、常識だったのか……

 

 

【すみません、次回は用意します……】

 

「いや、いい。俺のサイリウム2本渡すから選べ」

 

【ファッ!? え、いや、ちょっ】

 

「いいから」

 

 

 ずいっと魅せられる3色2本ずつ、合計6本のサイリウム。

 白と赤は受け取ったら不味いと本能に訴えられたので、2本ともに黄色のサイリウムを選んだ。

 

 それにしても……黄色のサイリウム、か。

 

 

【アクアさん、少しトイレに行ってきます】

 

「あ、おう。男どもを戸惑わせないようにな」

 

【コンビニの共用トイレにしますし、大丈夫ですよ】

 

 

 そもそも、トイレに行くつもりもないのだが、そんな冗談を投げ合って、ボクは一旦観客席から抜け出す。

 

 昨日の様子から、杞憂だったらそれでいいんだけど……

 ボクは黄色のサイリウムを鞄に入れて、代わりに取り出したスマホを操作し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side.アキend

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

side.メム

 

 

 

 

 

 寝不足そうなかなちゃんに、ルビーが話しかけているのを見た私は、人がいなさそうなところまで抜け出して、そのまま座り込んだ。

 

 

「はぁぁぁ……」

 

 

 口から出てきた息はとてつもなく長くて。

 

 私、年上なのになぁ。

 初ライブに緊張しているのか心臓が煩いし、口から何かが出てきそうだ。こういう時こそ、図太くなきゃいけないのに。

 

 でも、かなちゃんも不安定でルビーが対応している今、最年長の私が弱音を吐くわけにはいかない。

 センターになりたい、なんて思ってもないことを言ってみたけど……本当にセンターにならなくて良かった。

 

 満場一致で決まっちゃったら、それはそれでルビーが気にしそうって理由で反対してみたものの、私じゃあの二人の才能に耐えきれない。

 

 でも……それを言ってしまえば、恐れてしまえば、私は過去の栄光の影になってしまう。

 アイがいた時のB小町の他のメンバーに、成り下がってしまう。

 

 

 ──それだけはダメだ。心を強く持たなきゃ。

 

 

「切り替えなきゃ。私はあの二人より年上なんだから、弱音なんて吐いちゃダメ」

 

 

 パン、と頬を強く叩いて立ちあがろうとした瞬間、スマホから強く震えた。

 音は消していたので響かなかったけど、誰かが電話してきたらしい。

 

 ビックリして取り出してみると、画面にはアキ君の名前があった。

 本番前に電話なんてかけてこなさそうな子なのに、珍しいな。

 

 

「もしもーし」

 

「【あぁ、どうも。本番前なのに急に電話してすみません】」

 

「ホントだよ。まさかアキ君から電話が来るとは思ってなかったから、ビックリしちゃった」

 

 

 

 不思議に思いながらも電話に出ると、特徴的な機械音が鼓膜を揺らした。

 どこか心配そうな感情を見せてくる音声に思わず吹き出しながらも答えていると、電話越しでもわかるぐらい、アキ君は慎重に言葉を重ねてくる。

 

 

「【メムさんは隠れて一人、無理してそうだなって思いまして】」

 

「あはは、まっさかー。かなちゃんが落ち込んでて、ルビーがそっちに集中してる中、私は年上としてしっかりしなきゃいけないし……」

 

【でも、初ライブでしょ? 緊張しないなんてこと、ないと思いますけど】

 

 

 スマホと背後から、同じ音声が聞こえてくる。

 ビックリして振り返ると、悪戯っぽい笑みを浮かべたアキ君が人差し指を口元に近づけながら、シーっとジェスチャーしてきた。

 

 

【関係者じゃないんですけど、ちょっと忍び込んじゃいました。バレたら不味いので、内緒にしてくださいね?】

 

「そ、そりゃあそうだよ。えぇ、そのさ、なんで危ない橋を渡ってまでここに来たの?」

 

【メムさんは放っておいたら、きっと二人に気を遣って一人で頑張ろうとするから……ですかね】

 

 

 えへへ、と照れ笑いするアキ君の言葉は正しく、私がやろうとしていた行動で。

 アキ君はさも当たり前のように私の手を取って、音声を流した。

 

 

【まぁ、メムさんなら一人で頑張っても大丈夫なんでしょうけどね】

 

「え?」

 

【でも、ルビーさんや有馬さんも同じ仲間なんですし、ボクだってB小町を支えたい人の一人なんです。これぐらい、お手伝いさせて欲しいなって思うんですよ】

 

 

 アキ君はゆっくりと手を離し、にっこりと微笑んでいる。

 どこかルビーに似ている明るくて能天気そうな笑みに緊張を抜かれたのか、私もつられて笑ってしまった。

 

 

「ふふ、そうだね。うん、十分手伝ってもらえたよ。ありがとう、アキ君」

 

【そうですか? 打ち上げに高級料理を奢れでも何でも言ってもらって構いませんが】

 

「そんなの言われたって、年下の子にそんなの集れないよぉ」

 

 

 実際のところ、この年下の子は大人もビックリするくらい稼いでいるのだろう。

 それでも年上としてのプライドがあり、弟よりも下の子に奢られるなんてゴメンなので、軽い調子で断っておいた。

 

 そんな感じで話しているおかげなのかな。ちょっと、調子が戻ってきた気がする。

 

 

【もう大丈夫そうですね。じゃあ、ボクはこれで】

 

「うん、こっそりここまで来てくれてありがとう。応援もよろしくね」

 

【勿論、アクアさんからこれ、貰ってきましたから。アクアさん(見本)もありますし、やるならちゃんと踊りますよ】

 

 

 まるで宝物でも見せる子供みたいに、アキ君は黄色いサイリウムを2本取り出して私に見せてきた。

 

 アクたんのことだから、赤も白も持っていただろうに、態々2本とも黄色にしてくれたらしい。

 それを嬉しそうに抱えているものだから、何故か胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになって。

 

 

「じゃあ、頑張ってくるね」

 

【はい。観客席から応援してます】

 

 

 ……推し(アイ)に激似な顔じゃなきゃ、アクたんを笑えないこと考えるところだった。

 

 そんな考えが頭にあるせいか、緊張なんてどこかに行ってしまって、いつも通りの私として、ステージに立つことができた。

 

 

 初めてのライブは個人的には今、出来ることができたから満点だし、次からの反省も沢山出たので、良いものになったと思う。

 

 

 

 なお、観客席では宣言通り、黄色いサイリウムを持った女の子っぽい子と、白と赤のサイリウムを持ったイケメンが隣に並んでキレッキレなオタ芸を披露しており、かなり目立っていた──ということだけは、後述しておこうかな。

 

 

 

*1
徳島県徳島市にある山。他の人工的な山とは違って自然にできた、日本で一番低い山らしい




ステージはルビーちゃんがセンターで先輩がほんの少しやりやすくなってること以外、ほぼ原作と変わらないのでカット。
JIFの裏は先輩とルビーちゃんの描写ばかりだったので、きっとMEMちょも裏では緊張とかしてて、でも最年長だから隠してた……とかあるのかなーって。

《あきのこばなし》
あの後、アキ君の行動はただの善意なのがよくわかっているので、MEMちょは壁に頭を打ちつけて「相手は弟よりも年下だよ!?」と冷静になってたり、なってなかったりするかもしれません。
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