side.アキ
学生生活を送りつつ、B小町のサポート。
その間の空き時間には作業を並行し、AKIとしての活動をしているのがボクの日常である。
「アキ君ってそういうゲームもするんだねぇ」
いつも通り、事務所でスマホを触っていたら、メムさんが覗き込むように声をかけてきた。
今のボクのスマホには結構人気な音ゲーの、ストーリーパート画面が映っている。
メムさんもこのゲームを知っているのか、意外そうな顔をしていた。
【これ、一応仕事の一環なんですよ】
「音ゲーのストーリーを見るのが? もしかして、新曲提供だったり〜?」
【正解です。よくわかりましたね……あ、これオフレコでよろしくお願いします】
「いや、別に今はもう遊んでないし大丈夫だけど。え、冗談だったのに正解なの?」
悪戯っぽい笑みを浮かべていたのが一変し、メムさんは嘘でしょと言わんばかりに引き攣った顔をする。
一体、どうして今の答えでそんなあり得ないものを見るような目になるのか。
不思議に思っていると、その答えは本人の口からすぐに出てきた。
「アキ君、ちゃんと休んでる?」
【休んでますけど】
「いや、学校行って私達の手伝いもしてくれて、その上、新曲も作ってるってことは、AKIとしての仕事もしてるんだよね?」
【もしかして心配してます?】
「もしかしなくても心配してるんだよ」
メムさんはムッとした顔でこちらを見ている。
満月の日みたいに無理しているつもりなんて全くないのに、それでも相手の心配の色を無視できない。
曲の大枠は作っているし、無理に詰めなくてもいいか。
そんな言い訳をしつつもスマホから手を放し、メムさんの方へと体を向ける。
【ちゃんと寝ていますし、本当に平気なんですけど……そういうメムさんの方が無理してません?】
「私が?」
不思議そうな顔をしているが、ボクの目は誤魔化せない。
【目の下のクマ、濃くなってますよ。また無理して睡眠時間を削ってるんでしょう?】
「うっ……」
図星だったようで、メムさんは大げさに胸を抑えて呻いた。
ボクの心配をしてくれるのは大変ありがたい話だが、そういうメムさんも無理をしがちなのだから困りものだ。
無理をするなと言うつもりはないけれど、倒れてしまうまでやりそうなのは見過ごせない。
とはいえ、今の状態だとお互い様にしかなりそうにないので、別の方向を提案することにした。
【まぁ、ちょうど休憩しようと思っていたので、少し雑談に付き合ってくださいよ】
もしくはそこのソファーに無理矢理寝かせましょうか?
そんな意味も込めてソファーの方に態とらしく視線をやると、メムさんは手を忙しなく動かした。
「今日はいい雑談日和だよね! うん! だから、ちょうど雑談したかったんだよねぇ!」
雑談したいなんて全く考えてなくて、とりあえず藁をつかんだかのような返事。
そんな雑な返しにボクは苦笑するしかなかった。
雑談を提案したのはこっちなので、とりあえず話のとっかかりでも入れるか。
【そういえばJIFが終わりましたけど、何かやりたいこととかあるんですか?】
「閲覧数を稼げそうな動画がいいかなって思ってるんだよねぇ」
【ジャンルなら旅行系とか、教育系とか?】
「その辺は難しいだろうし、アキ君に頼るなら音楽系。後は料理とかVlog *1かなぁ」
【どうせならアイドルっていうのを活かしたいですけどね】
「ダンスや歌はアイドルの定番だから、それ以外でも攻めたいんだよねぇ。後は、3人でできる系は絶対に必須だね」
メモ帳にやりたいことをメモしながら、メムさんはボールペンを口元に持ってくる。
「かなちゃん、舞台に出ることになったでしょ? その前に3人で動画やりたいかなぁ」
【何でしたっけ、東京ソード……いや、ブレイクでしたかね?】
「東京ブレイドね。恋愛も友情もある王道バトル漫画で、刀を巡る話だから『ブレイド』なの」
【あー、ソードじゃなくてブレイドでしたか】
アクアさんもオファーもらっている舞台らしいし、タイトルを間違えないように気をつけなくては。
【そういえば、折角舞台の役を貰ったというのに、アクアさんが兎みたいに怯えてるんですけど、心当たりありませんか?】
「アクたんが兎みたいって、想像できないけど。それって舞台の話を受けてからなの?」
【そうですね。特に配役──アクアさんが刀鬼って人で、黒川さんがこの前、鞘姫役でオファーが来てるって話を聞いてからですかね?】
「刀鬼と鞘姫は男女カプというか、恋人役のようなもんだし、原因は完全にそれでしょ。それでかなちゃんも対抗心でメラメラしてたんだね」
メムさんの話を聞いて、ボクらはそれぞれの悩みと未来に起きそうな不安要素に頭を抱えた。
「いや、でもさ。こんなのもう本人達の問題だし、私達にはどうしようもないよねぇ!?」
【そ、そうですよね! どうしようもないですね!】
「じゃあ考えるのやめよっか!」
【はい! 動画のネタを考える方が建設的かと!】
その結果、目と目があったボクとメムさんの気持ちが一つになり、現実逃避をすることにした。
逃避行動を決行しても、2人なら何も怖くない気がする。言ってることは何一つ間違いないのだから、問題ないといえばないのだ。
結論をつけて2人で納得していると、コンコンコンと軽快なノック音が響く。
「お疲れ様~。結構盛り上がってるみたいだけど、入っても大丈夫な話?」
「あ、ルビーじゃん。お疲れー。入って大丈夫だからこっちおいでー」
扉の隙間からピンクの瞳がじっと覗いているので、メムさんが手招きする。
こちらをじっと観察していたルビーさんがひょこひょこと部屋の中に入ってきて、何故かスマホの画面をこちらに見せながら目を輝かせる。
「なんか動画のネタ探ししてるみたいだから、提供しにきたよ!」
キラキラ。まるで幼い子供みたいな目をして見せてきている動画には、何故か鍋が映っている。
濁っていて、あまり綺麗とは言えない嫌な色の鍋。
何かを察したのか、メムさんが唸るような声を出した。
「もしかして、闇鍋したいの?」
「そう! 流石MEMちょ、話がわかるね!」
【闇鍋?】
「あぁ、うん。最近、謎のブームなんだよね」
ブームのきっかけは恐らく、とある事務所の
ちょくちょくやっていた鍋パーティーの中で出てきた異色の闇鍋。
やばい具材がどんどん入っていくのに、何やかんや全部食べきったその姿が奇妙に組み合ったのか。
ただの鍋企画が謎のバズを生み出し、ユーチューブでは今、闇鍋ジャンルは再生数が稼げるブルーオーシャン状態らしい。
【不思議なこともあるんですねぇ】
「リアクションとかが面白いからってことなんだろうけどねぇ。それ、やってみたいの?」
「うん。先輩とか舞台で忙しくなるだろうし、これなら3人揃ってやれそうだなって」
どうかな、どうかなと落ち着かないルビーさんの問いに、メムさんは腕を組む。
暫くの間、難しそうな顔をしていたものの、考えが纏まったのか右手でパーを作って宣言した。
「私はやってもいいよ。ただ、かなちゃんはルビーが説得すること。そして、闇鍋においてのルールは守ってもらうからね」
メムさんが宣言した闇鍋のルールは簡単だ。
一つ、食べることができるもののみ入れること。
二つ、苦手なもの、アレルギーなもの。苦すぎる、辛すぎるものを入れないこと。
三つ、健康に害のあるものを入れないこと。
四つ、生きているものを入れないし、火が通らない可能性もあるから、生でも食べれるものを入れるか、火を通してから持ってくること。
五つ、最後まで食べ切ることを想定すること。
「了解! 先輩も別に良いって言ってたし、明日に闇鍋の具材、一人4つ、合計12個を持ち合わせて集合ね! じゃあ、私は早速鍋の具材を探してくるからねー」
鼻歌を歌いながら部屋を出ていくルビーさんは、正しく台風のようであった。
メムさんと顔を見合わせて、改めてルビーさんの提案を精査していく。
「完全に闇の中にしたら配信映えしないからねぇ。アキ君、動画にアシスタントとして出てもらっても良いかな?」
ボクが3人から鍋の具材を受け取り、闇鍋を錬成する係になるらしい。
鍋を作っている間、配信画面はボクが錬成する鍋に固定して、マイクは鍋の中身を見ずに待機しているB小町の三人に渡す。
トークをしながら鍋の完成を待ち、ルーレットで食べる具材を選ぶ。
ボクが選ばれた具材をお椀に入れて、暗闇の中での闇鍋ではないけど、何が起きるかわからない『
「配信するなら本当はもっと前日から告知したいんだけどねぇ……明日の十八時半から開始ってツイートするしかないかー」
【とりあえずボクは今から鍋と配信環境の準備してきますね】
「うん。後、闇鍋のベースになる味だけど、どうしよっか」
【匂いを楽しみたいならシンプルに昆布出汁とか醤油系じゃないですか?】
「……まともな具材が揃えば良いんだけどねぇ」
まるでまともな具材が入らないかのような言い草だ。
心配することなんてないだろう。そう言おうとして、ふと、思い出す。
そういえば、ルビーさんが見せてきた鍋の動画、最初は普通に昆布が浮いているシンプルな出汁だった気がする。
それなのに、なんか最後の方ではプリンやアボカド、ショートケーキ等が入って、地獄のような甘さと油っぽさに悶絶していた人が映っていた。
【不味くないですか?】
「うん、
せめて私だけはまだ食べれる具材をチョイスしておくよ。
煤けた背中で力無く笑うメムさんに、ボクはやっと自分が巻き込まれた理由を察してしまう。
なんとか、なんとか巻き返せるように考えなければ……あぁ、そうだ。
醤油やら昆布出汁って提案したけど、極端に辛いのとかが入らないのなら、あの味にしたら巻き返せるのではないか?
己の身の危険を感じた瞬間、頭は勝手に闇鍋の着地点を模索していく。
うん、シュミレーションは完了した。後は材料を揃えて挑むしかない。
「お互い頑張ろうね、アキ君」
【はい……ボクも最善を尽くします】
顔を上げて、お互いに頷き合う。
明日という
side.アキend
☆★☆
side.かな
この前のラジオも突然だった気がするけど、今回の件は完全に寝耳に水だった。
ルビー《先輩、明日フリーって言ってたよね?》
かな《そうね。明日は大丈夫よ》
ルビー《だったら夜から鍋パしようよ、鍋パ。アイドルになった先輩が舞台のお仕事を貰えた記念も兼ねて!》
お祝い……という単語がラインに送られてきて、嬉しくなかったといえば嘘になるわ。
口角がちょっと上がっちゃってる自覚があった。でも、それを認めたくなくて『了解』という猫のスタンプを送るだけに留めた。
ルビー《明日の18時半から闇鍋配信するよ! 材料は一人4種類! 明日は楽しもうね!》
かな《グーチョキパー、どれが良い?》
ルビー《顔にじゃんけんを受けるつもりないから、遠慮しまーす》
ただ、そんなあったかい気持ちも、数十分後に来た追加のメッセージで吹き飛んだのだけど。
──それにしても、闇鍋ね。
MEMちょの方から闇鍋配信のルールを改めて送られてきたので、それに目を通してから検索アプリを起動させる。
私のイメージと間違いないのか、一応、『闇鍋』というワードを検索してみた。
画像として出てくるのは、何故かシュークリームが浮いていたり、魚っぽい何かの顔が入っている鍋。
中には緑色の汁の鍋や、まるでお風呂みたいにアヒルのおもちゃが浮かんでいる写真など……鍋だとは思えない写真が並んでいるわね。
「これ、何を持っていくのが正解なのかしら?」
呟きながら闇鍋の中身の例をみつつ、ちょっと考えてみる。
安全を考えると、無難なものを選ぶのが正解でしょうね。
ただ、配信って言ってたし、奇を衒ったモノを選ばないと見応えなさそうよねぇ。
「うーん、狙いつつも無難なものってないかしら?」
狙う……といっても、私は一応、アイドルなわけだし。
ゲテモノというか、普通は食べないものを入れるのは良くないわよね。
MEMちょのルール的にも、そういうのはやめてくれって気持ちがこもってそうだし。
「とりあえずお菓子はやめておいて……溶けるやつも避けておきましょ」
闇鍋をするなら『普通は鍋に入れそうにないもの』が良いらしいし、何か冷蔵庫に適当な物があればいいんだけど。
モノの入っていない冷蔵庫を探索していると、冷凍庫からはフライドチキンと餃子が。
冷蔵庫からはコンビニで買ったカットパイナップルと、前の撮影で食べることなく鎮座させていたお土産の干し芋を発掘した。
一応、全部期限切れさせてないし、開封もしてない。
パイナップルが異質だけど、まぁ常識的な範囲じゃない? 酢豚にパイナップルって言うし。
「大丈夫、よね?」
何故か無性に嫌な予感がしたけど、私は考えないことにする。
それよりも舞台のことに集中しよう。漫画を全巻揃えたし、なるべく早く読んでおきたい。
そうやって、夏休みの宿題のように明日の配信のことを後回しにして後悔するのかどうかは──明日の私のみが知る話、なのかしらね……
いくら二人がマシなものを選んでも、一人がぶち壊せる可能性。
それがあるからこそ、闇鍋は恐ろしいのでしょうね。
《あきのこばなし》
あの味ならまだリカバリーしてくれるんじゃないか!? という計算の元、アキ君は自家製のとある味の鍋のスープを作れるようにスタンバイしてますが……明日の闇鍋の行方はどっちでしょうかね。