side.アクア
今日はルビーの機嫌がとても良い。
今日の夜にする配信で有馬の舞台が決まった記念パーティーも兼ねたモノをするらしく、それぞれ好きなものを持ち寄ってライブ配信を楽しむようだ。
ルビーは中学にも友達はいたようだが、お泊まりしたり、パーティーしたりするような仲の友達はいなかった。
前世でそんなことをするような友人がいなかったのだし、今日は思う存分楽しめばいい。
冷蔵庫の前で「何持って行こうかなー?」と悩むルビーに、俺は笑みを浮かべた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。パーティーに持って行くなら何がいいと思う?」
「パーティー? なら、ルビーが好きなものを持っていけばいいんじゃないか?」
「とりあえず冷蔵庫にあったママ特製のきんぴらごぼうと、チョコ大福でしょ。後2つぐらい欲しいんだよねー」
うむ、うむむ、と腕組みして悩んでいるルビーはふと、何か思い出したようにこちらを見た。
「そういえば、お兄ちゃんはどうしてまだ一般科にいるの? 別に
「選択肢は多い方がいいだろ。俳優なんて何時干されるか、不安定過ぎるしな」
俺の今の俳優へのモチベーションは『アイの言葉』と、いざという時にこういう仕事をしていた方がルビー達の助けになるだろうという気持ちぐらいだ。
そもそも、俺は自分が俳優向きだとは思っていない。
なら、干された時の為に第二、第三のプランを用意していた方が良いのは明白。
……いざという時に、元俳優の医者とか結構話題になるだろうしな。
保険はいくらあっても困らないからこそ、道を絞るような博打を打ちたくない。
「お前や有馬、あかねみたいに才能があれば考えたが……俺には自分が一発屋なのか、継続できる才能があるか判断できないんだよ」
「私は才能があると思うけどなぁ。でも、保険があった方が良いっているのはわかるし。お兄ちゃんが納得してるなら、いいんだけどね」
そう言って、ルビーは再び冷蔵庫を眺める作業に戻る。
あの日の告白から俺とルビーの関係はそこまで変わったところはない。
強いて言うならミヤコさんや他の人がいない時によくくっついてきたり、歩く時は自然と手を繋いでくる程度だろうか。
俺が恐れていたような距離の詰め方はされず、されど恋人になったのか疑わしいようなこともなく。
丁度良い距離感と呼べるような、落ち着く関係で収まっているのが現状だった。
「ねぇ、お兄ちゃん。パーティーに持っていくのに適切な、何かいい物ない?」
「と、言われてもな」
考え事をしていると、ルビーの方から声をかけられる。
どうやらまだ決まり切っていないらしく、縋るような目でこちらを見てきた。
「そういえば……アイドルフェスの帰りにアキと寄った店で買ったものが冷蔵庫の中にあるぞ」
アイもアキの体で食べた時に「すごく美味しい!」と絶賛していた店らしいので、間違いなく美味いだろう。
まだ箱の中に残っているはずだと伝えると、ルビーは悩みながらも箱の中から持っていくものを選んだ。
「じゃあ、このチーズケーキとプチシュークリームの2つ、持っていくよ。お金取ってくるから待ってて!」
スマホで検索して、俺からおおまかな値段を聞いたルビーはパタパタと忙しなく足を動かし、自分の部屋へと走っていく。
しばらくすると財布を片手に持ってきて、小銭がないからと千円札を数枚、押し付けられた。
「ないなら別にいらないんだが」
「ダーメ、ちゃんとこういうことはやっておかないと」
「そうか。じゃあ、小銭ができたら返す」
「うん、よろしくね」
ルビーがほぼお菓子の持ち物を紙袋に詰めるのを眺めていると、準備が終わった彼女はまた部屋を出ていく。
「じゃ、私は今から事務所に行ってくるから。いってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」
軽い足音が響き、玄関のドアが閉じる音が耳に入る。
残るのは寂しいぐらい静かな空間と、俺のみ。
何もやる気になれないが、舞台が近い。
もう一度漫画を通して読むかとスマホを開くと、丁度そのタイミングでラインの通知が来た。
あき《ルビーさん、まだそっちにいますか? もしもいるなら、持ち物に注意してもらえると助かります。今日の配信の為にも》
今日の配信って、パーティーと聞いているのだが。どうしてそんなに警戒しているんだ?
念の為、B小町の公式ツイートから今日の配信内容を確認してみる。
えーと、昨日の配信のタイトルは。
【生配信】ドキドキ!? アイドル達の
あー、なるほど。
アクア《すまん、俺は無力だ》
あき《何があったんです!?》
4種類中3つがスイーツで、残りが調理済みのものなんて、絶対に言えないだろ。
それも……知らなかったとはいえ協力してしまったんだぞ。既に家から出て行ってしまった以上、俺にはこの企画の幸運を祈ること以外できない。
──本当に、すまんと思ってる。頑張ってくれ。
side.アクアend
☆★☆
side.アキ
メムさんの持ち込みはとろけるチーズとちくわ、タコや兎、蟹の形に切ったウィンナーやステーキ肉。
有馬さんは冷凍の餃子とフライドチキン(解凍済み)、パイナップルや干し芋を持ってきていた。
そして、不穏なアクアさんのラインが来たルビーさんの持ち込み品はというと……
なんか物凄く見覚えのあるタッパーに詰め込まれたきんぴらごぼう。
可愛い箱に詰められた八個入りの生チョコ大福。
これまたアクアさんと買い物に行った時に買った覚えのある、チーズケーキ専門店が拘ったイチオシのチーズケーキ。
上にかけられた飴とナッツのザクザク食感も楽しい、ボクもアイさんもお気に入りのケーキ屋さん売れ筋商品。
カスタードだけでも美味しいとリピーターから大絶賛される、至高のプチシュークリーム。
甘味が三つ、完成品が一つ。
有馬さんがパイナップルを持ってきたのも心配だし、ルビーさんの用意したものは鍋に入れずにそのまま食べたいものばかり。
対してこちらが用意したベースはシンプルな昆布汁。
一応、挽回策は用意しているものの、『最初はシンプルで』というメムさんの注文があったので、捻りも何もない。
鍋奉行役に任命されたので、シンプルな昆布スープへと、この地獄の具材を全て突っ込まなくてはいけないのだが。
……これ、本当に鍋に入れてしまっていいのだろうか。
『本当はルビーの具材とか、そのまま食べて欲しかったんだけど……ここまできたらもう、潔く受け入れるしかないよね』
悩むボクに対して、幽霊なアイさんは諦めろと言わんばかりの穏やかな顔で首を横に振る。
それはまるで死刑宣告のようで、この時ばかりは不謹慎ながらアイさんが
ルビーさん、有馬さん、メムさんの名前が書かれた段ボールに、持ち込んでもらった材料を隠す。
その間にアクアさんも巻き込もうとラインしてみたが、全力で拒否されてしまったので無理。
ミヤコ社長を巻き込むのはよろしくないので、来ないようにお願いしているし、対応できるのはB小町の三人とボク以外にいない。
『私、闇鍋とか初めて見るんだけど……アキ君、ファイトッ』
グッと両手を握ったアイさんが応援してくれているし、ボクも覚悟を決めて頑張らなければ。
そう意を決してから、改めて配信環境を確認していく。
現在いるのは事務所の配信用の一室で、カーテンで部屋の中央を遮ることができるタイプの部屋だ。
カメラとマイクは今回、鍋の前とカーテンで遮っている別空間にそれぞれ一つづつ設置している。
B小町の三人はいつも通り顔出しするが、アシスタントのボクはいつもの狼の覆面を装着する。
声もいつも使っている音声から、幼い女の子の声に寄せた音声を作ってきたので、身バレも男バレもしないはずだ。
何かの間違いで顔を見せてしまえば混乱する視聴者もいるかもしれないし、警戒するに越したことはないだろう。
【皆さん、そろそろ配信が始まる時間ですが、準備はいいですか?】
「アキ君が大丈夫なら、こっちは大丈夫だよ。今日はよろしくね」
気がつけば時計の針が配信の開始時間を指しており、耳に入れていたイヤホンから聞き馴染みのある音が流れ始めた。
どうやらチャット欄監視用に開いていた配信が開始したらしい。
二回目の生配信でありながら流れるチャットは早い。メムさんが引き込んでいる視聴者達のおかげだろうか。登録者の割に、閲覧人数は多かった。
「はーい、皆さんこん小町ー。配信始まったぞぉ〜」
「ねぇねぇ、MEMちょ。こん小町って何ー?」
「いい質問だね、ルビー君。こん小町は配信開始1分前に考えた、B小町のトレンドになるであろう挨拶だよぉ」
「カップ麺より簡単に考えてる割にはゴロいいよね。じゃあ私もやってみようかな。皆も一緒にー、こん小町ー!」
メムさんがぬるっと始めて、ルビーさんもぬるっとしたノリに追従する。
それについて来れなかった有馬さんは「私もやるの……?」と困惑の声を出していたものの、躊躇いがちに挨拶を付け加えた。
そんな有馬さんよりも視聴者の皆さんはノリが良いらしく、チャット欄はすぐに《こん小町〜》で埋められる。
素晴らしい一体感だ。メムさんの視聴者なのか、よく訓練されているように感じた。
そんなチャット欄に気を良くしたのか、ルビーさんは配信画面でもわかるぐらい満面の笑みを浮かべ、大仰に頷く。
「いやぁ、今日も皆のノリがいいね。私と同じで今日の配信が楽しみだったのかな?」
「楽しみなのはアンタぐらいよ。私なんて、これから先が不安過ぎて鳥肌が立っちゃってるわよ。このままだと鳥肌を通り越して鳥になっちゃいそうだわ」
「へ〜。じゃあ先輩は一人だけ寂しく孤独に
「楽しまないけど!?」
「はいはいMEMちょー、今日の流れを教えてよー」
有馬さんの叫び声を華麗に無視して、ルビーさんはメムさんにキラーパス。
闇鍋錬成前に地獄絵図を作るつもりかなー? なんて首を傾げつつも、メムさんはパスを受け取った。
「それじゃ、今日のメイン【ドキドキ!? アイドル達の闇鍋パーティー】の流れを説明するよぉ。というわけで、流れはこんな感じでどーん!」
メムさんの声と共に、配信画面に淡いピンクの画像が貼り付けられた。
そのいち……闇鍋ですが、真っ暗だと配信映えしないので、B小町が見ていない場所(カーテンの裏側)にて鍋をアシスタントのAに錬成してもらいます。
そのに……鍋の具材には1〜12まで番号が振られていますので、ルーレットでそれぞれ4つ、お椀に入れる具材を最初に決めて、食べます。
そのさん……具材は全部、食べます。
そのよん……絶対に、食べ切ります。
『そのいち』から『そのさん』まではポップでかわいらしい黒文字で書かれているのに、何故か『そのよん』のみ、赤字の源界明朝体で書かれている。
それがまるで血文字のようにも見えて、怨念というか、執念を感じた。
それは視聴者にも伝わっているようで、チャット欄が騒がしい。
《アシスタント? マネージャーやスタッフじゃなくて?》
《もしかして男か?》
《アイドルの近くに軽々と男を置くわけないだろ、いい加減にしろ!》
《というか普通にアシスタントだけでいいだろうに、何故Aってつけてるんだろ》
……全然違うことで盛り上がっているみたいだ。
そんなにアシスタントの性別が気になるものなのだろうか。別に恋人でもないのに、過激なコメントが出てきている。
「で、私達は闇鍋、ということで今からチャット欄を見ません。ヒントはなしです。チャット欄なしで、カーテンの向こう側のアシスタントのA君の反応や、匂いなどからリアクションや雑談をします」
「わー、すごい無茶ぶりだー」
「というわけで! そろそろ配信画面の視点をA君をメインにして、鍋の錬成をしてもらおう!」
過激すぎるコメントを非表示送りにしていると、配信画面を切り替えるよーとメッセージが届く。
過激なワードを弾くように設定しつつ、ボクは鍋の前に立って配信用のスマホを置いた。
──アイさん、一応確認なんですけど、特に外見でおかしいところとかないですよね?
『うん。いつも通り女の子にしか見えないよ!』
グッと両手の親指を立てるアイさんの姿は、人によっては煽っているようにも見えた。
……まぁ、褒め言葉として受け取っておこう。きっと他意はないだろうし、そう信じたい。
カーテン越しの声とイヤホンから聞こえるメムさんの声が少しズレて、改めて合図が送られた。
「じゃあ、A君、鍋の錬成よろしくぅ」
配信画面に狼の覆面をつけた不審な子供が映る。
では、ここから鍋の錬成を始めようか──
アクア君はパーティーの準備としか聞いてなかったので、手伝ってしまいましたね……甘い闇鍋、開幕です。
《あきのこばなし》
地獄だ地獄だと言ってる割には、魚介類や酸味系統とか、そういうモノが混ざってなくてアキ君は安心してました。
味が複雑化したら中々大変ですからね。闇鍋する時は注意してください……