器用ですし、賢いんですよねぇ……
side.アキ
事務所の一室にダークっぽいのにポップな印象の曲が流れる。
歌っているのは自分の合成音声で、感情を訴えてくると評判の音声が依頼された世界観を表現してくれていた。
『うん、アキ君の曲はどれを聞いてもいいね』
隣で揺れながら聞いていたアイさんが満面の笑みを浮かべる。
今回の曲も良い出来になったようで、一番ボクの曲を聞いてくれているアイさんからのお墨付きがあれば、安心して取引先に提出することができる。
「ここからまた修正とかあるかもしれませんが。何とか手持ちの依頼はひと段落つきましたかね」
ペラペラと手帳を捲り、タスクを確認しても特に何もなし。
予定もなさそうだし、有馬さんは舞台で忙しいし、メムさんもルビーさんもダンスレッスン中だ。
空き時間ができたものの宿題も特にないし、勉強する気にもなれない。こういう時こそ、自分のチャンネルに投稿する用の曲に取り掛かってもいいかもしれない。
……と思っても、どんなコンセプトで曲を作りましょうかね?
『最近は明るめというか、アイドルっぽい曲のミックスとかも多いよね』
アイさんの言う通りですね。そろそろ別方向の曲も挑戦してみてもいいかもしれません。
『別方向かぁ……ヘヴィメタルとか?』
それは確かに、ロック系統といえども作った事のない方向ですね。
流石にそういう曲は作ったことがないので自信がないのだが、なんちゃって程度ならできるだろうか。
試しに作ってみても、新しい発見ができていいかもしれない。
早速メタルと検索してみて、上位に出てくる曲を再生していく。
が、声とかもアイさんに寄せているので、上位検索に出てくるような声は厳しそうだし、音声で代用するのも上手く表現できなさそうだ。
女性版のヘヴィメタルもあるのでできなくもないが、普段話さない人間が叫ぶとか喉への虐待である。
できれば遠慮したい行為だった。
アイさん、作るとしたら私用になりそうなので、いつも通りで、アイドルっぽさを抜いた曲を作ろうと思います。
『そっかー、アキ君にうぉーって叫びながら頭振ってほしかったのに』
そんなの、アイさん以外にどこに需要があるんですか……
とんでもない要望をスルーして、方向性を固めようとソファーの背凭れに体を預ける。
それと同じぐらいのタイミングで部屋の扉が開かれた。
「あ」
【どうも】
部屋に入り、漸くこの部屋が無人でないことに気が付いた扉を開いた存在──アクアさんが気まずそうな声を出す。
それに軽く音声を返すと、頭の後ろに手を回したアクアさんがあからさまに視線を逸らした。
「何でお前がここにいるんだよ」
【皆さん忙しそうだったので、ここで仕事してました】
「そうか……俺のタイミングが悪いだけか」
ボクが座るソファーの向かい側にある椅子に座り、アクアさんも背凭れに体重を乗せて天井を仰ぎ見た。
どうやらアクアさんはお困りの様子。
恐らく舞台の関係なのだろうが……思いつめる原因に心当たりがあり過ぎて絞り切れない。
【どうしたんですか。話ぐらいは聞きますよ】
「本当に、聞いて貰うだけになりそうだけどな」
アクアさんが体を起こして話す体勢に入ったので、ボクも背凭れから体を起こす。
「正直、俺が黒川の足を盛大に引っ張てて困ってるんだよな」
【アクアさんが力不足だとは思いませんけど】
ルビーさんが1年間、みっちりアイドルとして修業していた期間に、アクアさんも俳優として五反田監督の元でも勉強しているのを知っている。
そういう事実を知っているだけに、足を引っ張っているという発言が信じられなかった。
「天才に挟まれてるんだよ。4分の3が天才なんて、1の立場である俺はどうすればいいんだろうな」
姫川さんと、有馬さん。
アクアさんと、黒川さん。
演技という分野において、アクアさんは自分を凡人だと自称し、他の3人を天才と呼ぶ。
姫川さんのことはそこまで存じてないが、有馬さんは人の目を惹く才能はピカイチだし、黒川さんは演技の申し子。
そんな怪獣大戦争の中に放り込まれるアクアさんは、結構不安らしい。
「有馬も『今日あま』からありえないぐらい研ぎ澄まされているし、黒川の相方として、明らかに俺だけ力量が足りてない。役が重過ぎるんだよ」
【ふむ。五反田監督は何と?】
「感情演技に更に磨きをかけても、俺が求めているレベルにはならないとさ」
結構、深刻なお悩みだなぁ。
てっきり黒川さんの猛攻に悩んでると思ったけど、よくよく考えたらあの人はルビーさんじゃない。
常に真面目で、演技にひたむき。
そんな黒川さんが周りの迷惑なんてそっちのけでアタックなんてするはずがなかった。
自分の脳内がいつの間にかピンクに侵されていたようだ。反省しなければならない。
……さて、そろそろ真面目な話に戻ろうか。
【アクアさんの才能って黒川さん達とは毛色が違いますからねぇ……いぶし銀というか、なんというか】
「それ、褒めてるのか?」
【監督側なら助かるぐらいの演者だと思ってますので、褒めてるつもりですよ】
と言ってみても、これはあくまで素人視点だ。
音響とかの話ならともかく、ボクは演者を評価できる立場ではない。
とはいえ、ここで一番評価できそうな人といってもなぁ……
『どうしたの?』
不思議そうに首を傾げるアイさんに、ボクは首を横に振る。
彼女も演技の経験はあるが、失敗したら即修正する爆速才能アイドルである。
やっぱりアクアさんのタイプとは違う。それは本人も承知の上なのか、話に入ってこないし。
話を聞いてみたものの、ボクが力になれるのはやっぱり『音』の分野だけで。
いや、音か。
【アクアさん、小手先の技術に興味はありますか?】
「小手先の技術?」
【はい。誰も教えられないような、音を使った小手先の技術ですよ】
人にはそれぞれ
それが崩されると不調をきたすし、整えると調子が良くなるような、神経に近いそれ。
恐怖の時に感じる心臓の音もそうだし、恋や愛といった時の胸の高鳴りの音。
嬉しい時に胸が弾むような音もあれば、悲しい時のどんよりとした音もある。
ボクみたいに人外級の4感があれば簡単に習得できるであろう小手先の技を、アクアさんに合わせて使えるようにする。
【使い熟すことができたら、アクアさんは舞台での役者でありながら──舞台に立つ監督にもなる。一段上に立つための、その場の
「何でそこで疑問系なんだよ」
【ボクは音でそこまでできますけど、アクアさんがそこまでできるようになるのか、微妙だからです。まぁ、手札が増えると思ってもらえたらそれでいいんですが】
ボクのこの合成音声だって、この音による小手先の技がなければ成り立たない代物だ。
普通、喋らない奴なんておかしいし、異常だと警戒されても当然なのだ。
相手の
コイツ、喋らないし音声使ってて変な奴だと第一印象に思われても、『でもなんか落ち着くし、悪い奴じゃない』と思わせないと、話にもならない。
マイナススタートだからこそ、プラスに転じさせるためにも使っている技はそれこそ相手を落ち着かせることも、警戒させることも、本気になれば自由自在だ。
そこまでできるようになるかはアクアさん次第だが、アクアさんは何よりも入り込むタイプではなく、外から見ているタイプの役者という印象だ。
そんな彼だからこそ、天才達をある程度誘導できる
【藁にも縋る思いでどうでしょうか?】
「このままだと闇雲に進むだけ、か。わかった、乗ってやる」
【なら、こちらも全力を尽くしましょう】
ふむ、仕事の予定も片付いてるし、ちょうど良い時に暇ができてるのも何かの縁だろう。
少しの間、アクアさん強化計画に集中しよっと。
side.アキend
☆★☆
side.ルビー
「はー、今日も頑張ったぁ」
いつものダンスレッスンを終わらせた私は、ぐいっと羽を伸ばすように両手を広げた。
「お疲れ様ぁ。流石にぶっ通しは疲れるねぇ」
ひ〜、と素っ頓狂な声を出しているのに、MEMちょからはどこか余裕を感じる。
MEMちょも体力がついてきたのかも。
このぐらいのレッスンなら余裕があります、というのがありありと伝わってきた。
そんな風にMEMちょのことを観察していると、その視線に気がついたのか、彼女はニヤリと笑う。
「おやおや〜。その熱い視線、もしかして私に惚れちゃった〜?」
「私が惚れるのは世界でもただ一人だけかな」
「うーん、これは熱々だねぇ。普段は仲のいい双子ぐらいにしか見えないのにさ」
まるで訳知り顔で話してくるMEMちょの態度に、アキが漏らしたことを察した。
──アキ、後でお仕置きかなぁ。
思わず目を細めてアキのお仕置きコースを考えていると、MEMちょが慌てて声をかけてくる。
「あぁ、これは私がルビーの変化からアクたんに絞って鎌をかけたんだよ。だからアキ君を責めないであげてね」
「……MEMちょって意外と鋭いよね」
「意外ではないですよーだ。これでも私、君らより長生きしてるんだからねぇ」
どこか遠くを見ながら笑うMEMちょに、少しだけ影を感じる。
自分から年齢ネタを持ってきたというのに、自傷ダメージを受けてしまうとは。
『お前が言うな』と言われそうな案件だけど、MEMちょもよく年齢:高校3年生で通じるよね。
実はファンの中でも高校生(n回目)とか(留年)とか言われてたりして。
……いや、これは流石に言い過ぎた。反省しなきゃ。
「そういえばルビーは東ブレの舞台の話、心配というか、不安じゃなかったの?」
「どうして私が不安になるの? 別に私、その舞台に出演しないけど」
むしろ先輩に聞いてあげた方がいい言葉だ。
あの先輩が不安になることなんてないだろうし、お兄ちゃんの話を聞く限り、イキイキしてるらしいけど。
逆にお兄ちゃんの方が才能の怪獣大戦に巻き込まれて焦ってる、なんて言ってたっけ。
思考が寄り道しそうになった所で、MEMちょが手を横に振る。
「アクたんがずっと舞台に集中するでしょ。取られるかもーとか、思わないの?」
「んー、別に。もちろん、私の手で幸せにしてあげたいとは思うけど……お兄ちゃんが幸せになるのなら、それはそれで祝福するよ?」
「よ、予想の斜め上の答えだねぇ」
信じられないようなものを見るような目で見てくるMEMちょ。
予想通りだけど、私だって1人で事足りるならこんなことは言わないんだけどなー。
「ねぇ。MEMちょはさ、優しさが持ち運べるものだとしたら、重いと思う? それとも軽いかな?」
「えぇと、それは難しい話だね」
「うん、難しいよ。でも、私は優しさって空気よりも軽いと思ってるんだよね」
優しさはふわふわしている。
だから優しい人は上から苦しんでる人を助けることができて、風船みたいに浮いている。
そして、優しい人は困ってる人に糸を垂らして、助けようとするのだ。
「いつか、優しさが自分の容量から溢れたらさ。優しい人は空に行っちゃうんだ。だから、優しさは軽いんだよ」
「へぇ。その理論だと、良い人ほど早く亡くなるって言うのも、それが理由なのかもしれないね」
「確かに、そうかもしれない」
MEMちょの言葉に頷きながら、私が思い浮かべるのはお兄ちゃんの姿だった。
お兄ちゃんは優しい人だ。
それも、
たぶん、私の告白を受け入れてくれたのも、その優しさを利用してしまったところがあるんだと思う。
だからこそ、もしも兄である自分よりも相応しいって思う存在を見つけたら、お兄ちゃんはそのまま消えちゃう危険性が潜んでる。
「優しい人は軽いから、重さがないとどこかに行っちゃう」
「だから、重さを追加していくの。空に飛んで行かないように、幸せや愛や楽しかった思い出の重さで、1人で飛べないようにする」
その錘が1人で足りないのであれば、2人、3人と追加したって構わない。
お兄ちゃんが
「もっともっと、お兄ちゃんが手放せないぐらい大切なものが増えて、飛べなくなっちゃえばいいんだよ」
それでもお兄ちゃんのことだから、何かあれば糸を全部切ってでも軽くなろうとするだろうから。
気づかれないように糸を切れないものに変えて、重さで囚われ続ければいい。
今度こそ、大切な人を失わないために。
幸せはきっと、子供と親の中に存在するから。
「そんな理由で、不安とかは感じないかな。むしろ、お兄ちゃんには頑張って欲しいかも」
「あー、そうなんだ……あの、私の個人的な意見なんだけどね? その、アクたんの為にも純愛がいいと思うけどなー」
「うーん。そういう意見もあるかもね?」
あーあ。
……私がお兄ちゃんを幸せにできたら、良かったのにな。
八咫烏とは導きの神であり、神の使いとして案内している烏の神様らしいですね。
個人的にあぁいう存在というか、設定に惹かれるものがあります。原作では疫病神様ですけど。
《あきのこばなし》
ちなみにアイさんが最初に聞いていたのは、MEMちょがゲーム云々って話していた仕事関係の曲を形にしたものです。
アキ君は完成したものをまず、アイさんに聞かせるようにしてるみたいですね。