弥太郎と同じだから篠塚なんですけどねー。どこかで篠原ってやってそうで怖い。
side.ルビー
今日も今日とて事務所でスマホを触っていると、あかねちゃんから連絡が来た。
あかね《ルビーちゃん、アクアくんと今度デートすることになったの》
ルビー《へー、そうなんだ》
ルビー《おめでと。ちなみにどこ行くの?》
あかね《舞台演技の参考に、演劇を見せようと思って》
ルビー《演技の参考にって》
ルビー《それ、仕事じゃん……》
途中で何故かモヤッと来たんだけど、返信している間にその違和感もすぐに消えてしまった。
連絡の内容だって変なところは特にないし、あかねちゃんらしい真面目な内容なのに……何がモヤリポイントになったんだろ?
そう考えて、脳味噌を絞るように思いついた理由が、『最近の睡眠時間がちょっと短くなっている』ぐらいだった。
「うーん、もしかして体調が悪いのかな。休んだ方がいいのかも?」
「えっ、ルビー大丈夫なの? 体調不良なら無理せずに休んだ方がいいんじゃない?」
ノートパソコンの前でにらめっこしていたMEMちょが、私の声に反応して顔を上げる。
さっきまではうーんうんうんと呪文のような唸り声を唱えていたのに、今ではすっかり集中が途切れてしまったらしい。
じっとこちらを観察してくるので、私は首を横に振った。
「んーん、たぶん私の気のせい。それよりも、MEMちょの方だよ。すっごい悩んでるみたいだし」
「え、私? あぁ、その。それなんだけどねぇ、言いにくいといいますか」
「悩んでるんじゃん。ほら、言ってみてよ」
気まずそうに視線を逸らしてきたMEMちょの隣まで行くと、ノートパソコンの画面には闇鍋生配信のコメント欄が映っている。
驚くことに再生数が10万を超えているそのアーカイブには、100件近くのコメントが寄せられていた。
「再生数すごいね。それで、この配信で悩んでたの?」
「その、このチャンネルってB小町のチャンネルじゃん? それなのに、期待されてる声がねー」
げっそりとした顔を隠さず、MEMちょはコメント欄をスクロールして見せてくる。
大体目を通して、触れられている存在が一人であることに気が付いて、私もMEMちょみたいな唸り声が出てきてしまった。
「アキの話ばっかり」
「そうなんだよ。私達、アシスタントに負けちゃってるんだよ」
「それってまずくない?」
「かなーりやばいね」
確かに、あの日のアキのキャラはいつにも増して濃かった。
低い身長に女の子っぽい体、狼だと言ってるけど犬にも見える覆面。
電子音声は狙ったような幼女ボイスで、甘さもある可愛らしい音。
姿も声もわからないけど、手の形や体から可愛らしい女の子を想像できる……いや、想像の余地があるミステリアスさ。
まだ巻き返せる範囲とはいえ、甘味系闇鍋をカレーに作り直す料理スキル。
神秘的で家庭的なボクっ娘。
どこのゲームか、漫画から飛び出してきたキャラクターかなって聞きたくなる性能だよね。
しかもこれで、真のポテンシャルを発揮していないのだから恐ろしい。
「アキを出すのはやめた方が良さそう?」
「たまにならいいけど、頻繁に出したら飲まれるかもね〜。今はアキ君の影を追い出すことが先決であり、急務──ということで!」
じゃん、とキメ顔を作りながらMEMちょが取り出したのは、フリルのついた可愛らしいエプロンだった。
薄いピンクのエプロンを自分の体に合わせて、見て見てと言わんばかりに主張してくるMEMちょ。
「それでおままごとでもするの? 足りないならおもちゃ買って来ようか?」
「うん、じゃあ私がお母さん役するから……って違うよぉ!? なんで急におままごとするの!?」
「冗談だったのに良いノリツッコミだね」
MEMちょが言いたいのはわかる。
おままごとじゃなくて、本当に料理動画でも作ろうという話なのだろう。
「得意じゃないなら、料理下手ってどこまで突き抜けるべき?」
「え、逆にルビーって料理できるの?」
「手際はかなり悪いし、慣れてる人の倍以上はかかると思うけど……レシピがあれば食べられるものは作れるレベルかな。調理実習とかで変なことしないレベルの知識はあるから」
そうでなければ、アキがリカバリーできない食材を選んで闇鍋に突っ込んでいたよ。
白魚とか白子とか、ゴーヤやアボカドと最悪を演出する具材が、あの日の星野家の冷蔵庫には揃っていたから。
闇鍋の闇を深める要因はもっとあった。
そんな中から闇鍋配信の闇を演出しつつ、味の方向性だけは統一させようと選んでいたつもりだ。
無難な鍋を作れば配信映えしないし、私なりに考えて暴れていたんだけどな。信じられないかもしれないけど。
「料理がトコトンできない人って突拍子もないことをするタイプか、レシピガン無視でアレンジする感じでしょ。できないにしても、どっちの方向がいいかなって」
「け、計算高いおバカキャラだ……!?」
「中途半端が1番良くないってアキがお兄ちゃんに言ってたから。どうせ料理ができないなら、突き抜けた方がいいかなって」
テレビとかで出るおバカキャラが本当に馬鹿ならば、あの業界で生きていくことなんてできないと思うんだけどな。
少なくとも話が面白いなど、そういう特化した技能がないと無理でしょ。
「MEMちょとかアキみたいに作れないのは本当だよ。普段からそんなに作ってないから、料理できないっていうのも間違いじゃないし」
私の料理の腕前は包丁とか使ってる姿を見たら怖いと思うか、早く切れって言われそうなレベル。
だから料理ができないっていうのは間違いない。
ただ、創作物のようなとんでもない劇物は作らないし、洗剤で野菜やお米を洗わないっていう知識があるだけ。
絶対に動画映えしないのは目に見えていた。
「うーん、なら、方向性としては『初心者ルビーに料理を教える動画シリーズ』にしようかな」
「流石にもうちょっと詰めた方がいいんじゃない? まだクサヤ食べてリアクションした方が見てもらえると思うよ?」
「アイドル捨てるような真似は禁止だよ!?」
「いや、冗談だけど……普通に料理するだけよりはマシかなって」
料理動画で客層が増えるとは思えなかったんだけど、結局、いいアイデアが出て来ずに決行。
動画映えしない台本になりそうだったので、私が全力で『料理下手ルビーちゃん』で無茶を押し通した。
その結果、動画に映り込まないように配慮しつつも、アキが再び影からリカバリーすることとなり。
その動画が『料理兼エンタメ系』として、評判になったのは複雑だった。
side.ルビーend
☆★☆
side.アキ
「このタイミングでこの動きを仕掛けたら、視線を集められるか?」
【残念ながら、それだとアクアさんの想定した集め方にならないかと。それならいっそ、相手が出た瞬間に手を視界から内側に入れてきて──】
アクアさんは俯瞰というか、1人だけ周りから離れて見る──外側の視点が上手な人なのだろう。
理論上はできると思っていたけれど、元は狼人間の身体能力と自分の感覚をフル活用して作り上げた技術だ。
それをアクアさんも形だけだとしても、再現したのである。
アクアさんは周りを「天才だ、天才だ」と言うが、彼自身も十分才能があった。
【ここまでできたら、後は極めていくだけですかね】
「意外となんとかできるもんだな」
【アクアさんは自己評価が低過ぎるんですよ】
これは前世の頃からの悪癖っぽいので、中々治らないのかもしれない。
芸能界には運も必要かもしれないけど、才能がなければ生きることは不可能。
きちんと仕事を貰えている時点で、アクアさんには俳優としての才能がある証明になる。
「なぁ、フェスの時に言ってた相談ってまだ聞いてもらえるか?」
【ボクなんかでよければいくらでも】
恋愛未経験者が力になるかはわからないけれど、話を聞くためにボクもアクアさんも椅子に座る。
「なぁ、俺ってルビーに告白されたよな?」
【あれが告白じゃないんなら、アクアさんは唐変木を通り過ぎた鈍感の化身になりますけど】
「そうだよな」
【アクアさんは何を言いたいんですか?】
言葉にしてくださいと遠回しに要請すれば、アクアさんは射抜くような視線を向けてくる。
「ルビーの考えていることがわからないんだよ。黒川とくっついてもいいとか言い出したりして、あの子の本心がわからない」
【ルビーさんは寝取られ趣味でも一夫多妻の価値観でもないので、本当は嫌だと思ってる筈です。はず、なんですけどねぇ】
最後に奥まで読み込んだ時の記憶が、そんな感じだった。
……そういえば、ルビーさんの情報を深くまで読ませてもらったのはいつだったか。記憶にないな。
【ルビーさんは本当にアクアさんの幸せを一心に願ってますよ】
「じゃあ、なんで黒川の気持ちに答えろなんていうんだよ」
【ある意味、アクアさんを信じてるし、信じてないから……かもしれません】
「信じてるのに信じてない? 頓知か?」
言いたいことはわかるけれども、頓智とかではない。残念なことに、そのままの意味だ。
【アクアさんにまず、言わなければいけないことがあります。最近のルビーさんの情報を、ボクは読んでないんですよね】
「お前が読んでないって、珍しいな」
【普段から読んでるわけでもないですし……でも、思い出せないぐらい身近な人の情報を読んでないっていうのは、少し不自然なんですよね】
普段から人の情報の細部まで読んでいるわけではないので、ルビーさんの情報を読んでなかったことに気がついたのはつい先程。
何度も触れ合っていた筈なのに、全く読んでいない。いくら能力をコントロールしているとはいえ、かなりおかしい。
──それを最近まで疑問に思わなかった状況も含めて、何かがありそうな気がする。
【……最後に読んだ時の情報ですけどね。アクアさんのことを信じていても、アクアさんの優しさから信じ切れていないって気持ちが読み取れましたよ】
「優しさから?」
【アクアさんの優しさってなんか都合が良い人って感じがしますし】
「……初めて言われたんだが」
【あらやだ、初めてを貰ってしまいましたか】
「その言い方は非常に拙いぞ」
【まぁ、冗談ですから】
アクアさんは優しい人間というか、善性の人間であるのは前世からみても間違いない。
病院の勤務中にアイドルの映像を見ていたり、とんでもない行動をしていたみたいだが、彼は良い人と呼ばれる部類の人間だ。
ただ……見返りを求めずに助けることができる優しい人なのに、アクアさんは自分自身には優しくない。
復讐だってやりたくないと思いつつも、相手が生きていたらルビーさんとかに危害が及ぶかもしれないと考えて、自分の気持ちをそっちのけにして一人でやってしまえる人。
やりたくなくても、向いてなくてもやり切ろうとしてしまえる危うさがある人間なのだ。
【そういう人は優しくも見えるし、都合が良い人とも言えるんじゃないかと。もしくは主体性がない人、だとか】
ルビーさんの告白を受けたのだって、渋ってた時の理由もどちらかというと自分の気持ちよりも、相手を優先している。
それを優しさと呼ぶのなら、確かにアクアさんは底なしに優しい人なのだろう。
「主体的な目的がない……か。これからはそういうのも考えて動くべきなんだろうな」
【相手ばかり尊重し過ぎずに、ルビーさんに自分の意見をぶつけてあげた方がいいんじゃないですかぁ?】
「それ、お前にも言えることだろうけどな」
【うわ……藪蛇でしたか】
うへぇ、とわざとらしく顔を作ると、アクアさんは肩を竦めた。
「お前、ルビーの情報を読んでないって言ってたけど、もしかして調子が悪いのか?」
【そんなことない筈ですけど。アクアさん、少し読ませて貰っても?】
「少しで済むのかよ。まぁ、いいけどな」
なんて言いながらも、アクアさんは平然と右手を差し伸べてくれる。
だからルビーさんも心配になってるんですよ、という言葉は飲み込んで、右手を包み込むように握った。
やはり、ボクの方の不調ではないらしく、両手からアクアさんの情報の水が流れ込んできた。
記憶等、おおよそ個人情報が読み取れそうなのを確認し、能力もいつも通り使えている。
もう読まなくてもいいだろう。そう思って手を放そうとした瞬間、気になる情報が頭に叩きつけられた。
──もしも俺の情報が読めるとしたら、ルビーだけ読めない理由は何だ?
──もしかすると……あの
夕焼けの中、大量の烏の鳴き声と羽ばたく音が蘇る。
不気味なぐらい赤い空。夕陽に照らされた少女が振り返り、そして。
「っ!?」
「アキ!? おい、どうした!?」
大量の烏と、不気味な少女の嗤い顔を見た瞬間、ボクは咄嗟にアクアさんから飛び退いた。
手が震えている上に、一瞬で変な汗が出ている。
烏の少女。どこか聞いたことがあるソレに、ボクはアクアさんの呼びかけに答えられずにいた。
【……すみません、アクアさん。情報が読めないってことはなかったんですが、ちょっと調子が悪くなりました】
「いや、ちょっとのどころじゃないだろ。真っ青だぞ」
【本当に、大丈夫です。ルビーさんも今日はそろそろレッスンが終わりますし、迎えに行ってあげてください】
「……お前はどうするんだ?」
何とか普通を取り繕って扉に向かい、アクアさんを見ないように右手を横に振る。
【帰ります。今日は休みますよ】
「無理だけはするなよ」
【ええ、真っすぐ帰ります】
頭の中では今まで見たことがなかったあの少女の姿でいっぱいだった。
今まで、アクアさんの情報を何度か見させてもらっていたのに、一度も見たことがなかった少女の姿。
『アキ君、怖い顔してるよ』
震える手を抑えて事務所を速足で抜けると、アイさんから声をかけられた。
覗き込むように顔を近づけてきた幽霊の体を通り抜ける気になれず、抑え込んでいた手をすりと撫でる。
正直、気のせいであってほしい。でも、気になってしまって、唯一知っているであろう幽霊な彼女に問いかける。
──アイさん、烏の少女に心当たりはありませんか?
『……私の心当たりも、アキ君のと同じだと思うよ』
気のせいであってほしいというお願い事は、無常にも届かなかった。
アイさんも心当たりがあるのであれば、アクアさんの情報から読み取った烏の少女は同一人物。
父親が
《おばのこばなし》
どうやらこの子は兄さんにも母親にも、名前を貰えなかったらしい。
結婚もしてない女がノーヒントで名前をつけるのなんて無理だった。
だから、私達兄妹の中で唯一ない季節にちなんで名前を付けた。
──たとえアナタが愛されて生まれてきた子ではなかったとしても。
アナタの両手じゃ足りないぐらい、愛でいっぱい満たされるような人生でありますように。
そう願って、この名前を贈ろうと思う。
……名前の由来とか聞かれたら、この子にはお母さんのプレゼントだって言っておこうかな。恥ずかしいし。