side.メム
アキ君には杞憂だって言ったものの、かなちゃんのあの連絡を見る限り、本当は杞憂でも何でもないんだろうな。
だったらどうすればいいのか、と聞かれても明確な答えは考えても出てこなくて、鏡に映る私の顔はとんでもなく酷い。
特に目の下のクマが目立っていて、少し気が滅入ってしまいそうだ。
「なーんか寝てないキブンになるぐらい、ひっどいクマ」
いつもの朝のルーティンを手早く終わらせ、少し悪い顔色を化粧で誤魔化す。
右から左から、下向きに上目遣い。上からも確認して……うん、上手く誤魔化せたかな。
ルビーが調子が悪そうな今、私まで悪くなったらかなちゃんが大変だもん。しっかりしないといけない。
「いってきまーす」と小声で呟いて家を出た。待ち合わせ場所は苺プロがある近くの駅。
いつもの癖で30分ぐらい余裕をもって到着できるように歩いていると、予想よりも早くついてしまった。
考え事に集中していたせいかもしれない。
スマホに集中してますよーってフリをしようにも、端から見ても集中できてないのはバレバレだった。
「キミ、こんなところでボーっとしてて暇なの? 暇なら俺と遊ばない?」
スマホを持ち直すフリして少し視線を上げると、染めるのを失敗したかのような茶髪の男が立っていた。
鏑木Pの企画で目が肥えたせいか、そこまで魅力的に映らない。
クラスにいたらモテるかもしれないけど、芸能界なら掃いて捨てるほどいるレベルって言えばいいのかな。
努力した雰囲気イケメンが頑張って声をかけてきたんだなぁって印象。
別に暇でもなんでもないのは事実なので、返事することなく、知らぬフリを貫き通すことにした。
「なぁ、聞いてるんでだろ。無視するなんて──」
【あの。その人はあなたに構うほど暇じゃないんで、どこか遠くに行ってもらえませんか?】
男が私に手を伸ばそうとした瞬間、にゅっと横から白い小さな手が伸びてきて、男の大きな手を鷲掴んだ。
特徴的な電子音に、女の子らしい華奢な手なのに男の力を押さえ込んでしまう怪力。
顔を見なくてもわかる。アキ君が来てくれたのだ。
【すみません、お待たせしちゃいましたね】
「ううん、平気。ごめんね、早く迎えに来てもらっちゃって」
「お、おぉ……? よく見たら君も可愛いじゃん。君でもいいや。一緒に来いよ、楽しませてやるぜ?」
「…………へぇ」
──まだいたんですか?
たぶん、私も目の前の男も、ぎょっとした顔をしていたと思う。
思わず漏れたのかもしれないし、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。
かわいらしい外見に似合わない程、感情のない低い声だった。
そのせいで、とてもアキ君の口から出てきたモノとは信じられない。
むしろ音声の方が感情豊かに聞こえる不思議な現象に、私の思考回路は置いてきぼりだった。
【そうですねぇ……おにいさんもこうなりたいって言うのなら。ちょっとだけ、遊んであげてもいいですよ?】
アキ君は無機質な目で相手をじっと見つめつつ、カバンから1枚のメダルを取り出す。
どこかのゲームセンターのメダルなのかな。両手の指でメダルを挟むと、あっさりと二つに折りたたまれてしまう。
これがお前の未来だぞ、と見せつけるようにゆっくりと折られていくメダル。
わーお。メダルってあんなに簡単に折れちゃうんだぁ……って、現実逃避してしまった。
【どうします? コレみたいになるまで、遊んでくれますか?】
「あ、いや、その……け、結構ですぅぅぅぅっ!!」
逃げていく男に向かって【根性が足りませんねぇ】と目を細めるアキ君。
根性があってもあの場面で逃げない人の方が珍しいんじゃないかな。
何されるのか怖くて予想したくないし、あのアキ君に対抗するのには絶対に根性だけじゃ足りないと思う。
【有馬さんもルビーさんと合流した、と……メムさん、2人も近くにいるみたいなので、迎えに行きましょうか】
「え、うん。そうだね」
【さっきみたいなのもいるみたいですし、逸れてもいけませんから……手を繋いでもいいですか?】
小さな手をこちらに伸ばして、アキ君はお伺いを立てるように上目遣いに問いかけてきた。
グレーのポーラーハットにいつものショートヘアに見える髪型。伊達眼鏡と少女らしさを感じる見た目なのに、紳士的な対応は狡くはないだろうか。
ここで手を掴まないのも負けた気がして手を伸ばすと、彼は添えるぐらいの力加減で手を握ってきた。
半歩ぐらい先頭を歩き始めたアキ君はすぐに歩幅を合わせてくる。
かなり注意しなければわからないぐらい気を使われている行動の数々。
これ、アキ君に慣れちゃったら世の大半の男子に不満を持ちそうなぐらい丁寧な対応だなぁ……って他人事のように思ったのはきっと、一生口にできない秘密になるかもね。
side.メムend
☆★☆
side.アキ
メムさんを迎えに行って、有馬さん達と合流してから電車に乗る。
乗り換えつつも三十分も電車に揺らされていれば、目的の遊園地はすぐそこだった。
「遊園地にー、来たぞー!」
「きたぞ~っ」
ルビーさんが両手を挙げて宣言する隣で、メムさんも元気よく片手を挙げた。
それを一歩下がったところから、じっと見ている有馬さんがポツリと呟く。
「2人共元気ねぇ。ま、遊園地なら元気がある方が良いか」
有馬さんは目を眇めていたものの、すぐにボクの方へと向き直して鋭い視線を浴びせてきた。
「今日は偶然、遊園地のチケットがあることを思い出したから……その、ついでに連れて行ってやるかって思っただけなのよ?」
【ええ、偶然ですよね】
「そう! 別にルビーが元気なさそうだから誘った訳じゃないから。私が行きたいから3人ぐらいお供を付けてやるかって思っただけだから、勘違いしないでよね」
【重々承知しています】
「わかってるのならいいわ。ただ、私がここまで動いたんだから、アンタは最善を尽くすように」
【はい】
ツンデレ検定があれば満点がもらえそうな
有馬さんが気が付いて、繋げてくれたチャンスだ。
ボクが考えているような問題とは関係なかったとしても、ルビーさんを励ましたいのは同じ気持ちなので、黙って頷いた。
そうこうしている間に入園待ちの列が進み、ボク達も遊園地の中へと入る。
入り口付近の地図の前に立ち止まったルビーさんは、目をキラキラと輝かせながら振り返った。
「ねぇねぇ、まず何乗る? デッドマウンテン? ヘブンズコースター? メイドインドラゴン?」
【それ、何かの呪文ですか?】
高速詠唱のようなナニカにボクが首を傾げると、横に立っていたメムさんは真っ青になってツッコむ。
「全部絶叫系じゃん!? しかもどれもヤバいやつっ」
「でも、この遊園地の名物だよ?」
「だからっていきなりボス戦3連続はしないよね! そんなのゲームのラスボスぐらいだからね!」
最初からメインに行きたいルビーさんと、最初は軽いものから行こうと訴えかけるメムさん。
「かなちゃんヘルプ!」
「先輩もメインに乗りたいよね?」
譲らないメムさんとルビーさんは最終的に、
有馬さんは半目で2人を見やってから、大きな地図を視界に収めた。
「どうせほぼ全部回るつもりなんでしょー。2人が興味ないアトラクションを除いて、近いものから全部乗っていけばいいじゃない」
ルビーさんとメムさんが言っていたアトラクションの場所を一つ一つ確認した有馬さんが、もう一度2人の方へと視線を向ける。
「時間は有限よ。効率よく遊んだ方が沢山遊べるんだから、ルビーも遠いところから行こうとしないの」
「はぁい」
「よろしい。じゃ、まずは近くのアトラクションから回るわよ」
拗ねたような返事をしたルビーさんの手を繋ぎ、有馬さんは早速アトラクションの方へと歩いていく。
なんとか絶叫系に乗るのを免れたメムさんはというと、安心したような顔をしていた。
【絶叫系、苦手なんですか?】
「初っ端から乗るのはちょっとね。覚悟が必要になるお年頃というか、なんというか」
明後日の方向を見ながら「あはは~」と笑うメムさんの様子を見るに、あまり絶叫系のアトラクションは得意ではないらしい。
絶対に乗りたくないというほどでもないが、覚悟が必要なのだろうか。
素直に言えば有馬さんもルビーさんも考慮してくれただろうに、大人として言い出しにくかったのか。
顔が笑っていないか確認してから、音声を再生した。
【ルビーさん達、もうかなり進んでますし、急いで追いかけないと見えなくなりそうですね】
「え、ホントだ。もうあんなに遠くに行ってる!? 早く追いかけなきゃっ」
当然のようにボクの右手を握ったメムさんがそのまま走り出し、ボクの体もそれに着いていくように足が動く。
急げ急げと走るメムさんはとても楽しそうだ。
──そういえば、遊園地に来たのはこれで2回目だったか。
前世ではこういう遊ぶような施設に来たことがなかったので、今世で一度だけ。
それも、アイさんの想い残しを無くすために来たので、終始アイさんに憑依された状態だった。
遊園地に行ったアイさんも『申し訳ないけど、一人で遊園地に来るのは何か違うかも』と苦笑していた以外の思い出が特にない。
……今回の遊園地もルビーさんの不調を調べる必要があるし、楽しむことは後回しになるだろうな。
そんなことを考えている間に、メムさんの足は走るのをやめて早歩きに移行していた。
疲れたから走らなくなったというよりはボクに用があったようで、こちらへと振り向いたメムさんがきゅっと目を細めて微笑んだ。
「折角来たんだから少しぐらい楽しもうよ」
女の人というのは狼人間の力を使わなくても察してくるのだから、恐ろしい話である。
いつもは読み取る側なので、見透かされるのは落ち着かない。
帽子でメムさんとボクの視線が交わらないように隠して、軽く頷き返す。
帽子は役目を果たしてくれたので、目からは情報が入ってこない。
それなのに握っている手は存分に狼人間の力を発揮してしまい、彼女が嬉しそうに前を向いたのがわかってしまった。
今握られている手はもしかすると、手錠か何かなのかもしれない。
なんとなく囚人になったような気分になりながらも、ボクは最初のアトラクションに到着するまで黙って着いていくことしかできなかった。
……………………………………
──きゃあぁぁぁぁっ。
デッドマウンテンで山と谷という上下に動く絶叫マシンに叫び。
──ひぃぃぃぃぃぃっ。
ヘブンズコースターで空高く登った後に、そこから急落下させられて。
──はぃぇぅぁぉぁっ。
メイドインドラゴンではドラゴン型のジェットコースターに乗って、
そんな感じで悲鳴が3回程、空に響き渡った後。
「ふふふ。燃え尽きちゃったよ……真っ白にね」
【どうして無茶しちゃったんですか】
最初に乗るには心の準備が足りていない、というメムさんの御願いは聞き届けられた。
しかし、3連続絶叫マシンは回避できなかったようで。
メムさんもルビーさん達に付き合わず、1つぐらい乗らずにお茶を濁してもよかったのに、どうして全部乗ってしまったのか。
ベンチに凭れているメムさんの看病をしていると、心配そうな顔をしたルビーさんが近づいてきた。
「MEMちょ、大丈夫?」
「ごめん……いけると思ったんだけど」
「無理しないでね。そろそろお昼取ろうって先輩とも話してたし」
一緒にメムさんを覗き込んでいたルビーさんの顔がこちらに向く。
「アキ、私も先輩に合流してお昼、買おうと思ってるけど……ほしいものある?」
【じゃあ、冷たい飲み物とサンドイッチとかバーガーみたいなパン類を】
「それはMEMちょのでしょ。他人の希望を代理で答えなくていいから」
【なら、パンケーキかフライドポテト】
「それは私が食べたいヤツだし……いいよ、何か良さそうなの買ってくるから」
……いつもの『周りの情報から出てきた食べ物をお願いする』作戦が悪い方向に働いてしまった。
有馬さんと合流しようとする背中を見送り、ボクは通知が来たスマホへと視線を向けた。
《ルビー対策本部》と名付けられたラインのルームに、有馬さんから通知が来ている。
かな《午後までは普通に遊んで、夕方になったらルビーとアキ、観覧車に幽閉ね》
あき《!?》
かな《4周分*1ぐらい閉じ込めておくように話通しておくから、よろしく》
メム《アキ君、かわいそ……ファイト》
あき《可哀想と思うなら代わってくれません?》
メム《MEMちょはノーと言える女なんだよね》
メムさんはぐったりとベンチに凭れているのに、親指を立てる元気は残っているらしい。
【親指を立てるなら、両足で立ってくれません?】
「それはちょっと無理☆」
てへぺろ。プラスでウィンクまでつけるオマケ付き。
うん、その……思わず握り拳を作りそうになったの、初めてかもしれない。
有馬さんとルビーさんが戻ってくるまで、ボクはなんともいえない感情と戦うのに必死だった。
はたして、ルビー対策本部の3人は尻尾を掴むことができるのでしょうか……?
《あきのこばなし》
アキ君の遊園地経験は今回で2回目。
ただし、1回目はアイさんが憑依しているので自分では楽しんでおらず。
実質初めての遊園地なので楽しみにしてたのは内緒です。