side.アキ
結局、お昼は全員サンドイッチで軽く済ませることにして、後からお菓子など欲しいモノでお腹を満たすことになった。
【ルビーさん、そんなにポップコーンばっかり買って、全部食べれるんですか?】
そのせいなのか、サンドイッチを食べたルビーさんの両手は、ポップコーンの入った紙カップを並べたケースを抱えていた。
「ポップコーンだけって、何だか勿体無いわねぇ。似たような色が多くて何味かわかんないし」
「そんなことないよ。このハニーバターキャラメルなんてわかりやすいの代表格!」
ルビーさんが茶色にコーティングされたポップコーンを突き出すので、有馬さんは渋々それに手を伸ばす。
「これ、キャラメルの味しかしないんだけど」
「え、じゃあこっち?」
「これはえーと。どっちかっていうと、キャラメルマキアートかしらね」
「じゃあこれだ!」
「今度は蜂蜜の味しかしないわ。ハニーバターキャラメルとやらは、これかしら」
最後の茶色のポップコーンに手を伸ばし、有馬さんは漸く目当てのハニーバターキャラメルに辿り着いたらしい。
うんざりとした顔をした有馬さんが、残りの6つの味へと視線を送った。
「残り6つもあるんだけど、まだ甘い味?」
「ちょ〜っと1つずつ貰うよ。えーと、これはのり塩。こっちはバター醤油、ミルクチョコ、カレー、コンポタ、抹茶? いや、これは抹茶オレって感じの味かな。甘いの6種類、塩系4種だね」
一言入れたメムさんはポップコーンに手を伸ばし、残りの味を次々に当てていく。
有馬さんとメムさん、一口食べただけで味の違いがわかるなんて凄いな。
そう思って2人を見ていたら、ポップコーンを抱えていたルビーさんが雑に紙コップの中のものを口に入れ、食べていく。
「うん。全部一緒に食べたら、味とか気にならないね!」
「アンタ、勿体無い食べ方するのねー」
「美味しければ正義なんだよ、先輩」
「間違いじゃないけど、なんか違う気がするわ」
胸を張るルビーさんと、呆れるような視線を向ける有馬さんのやり取りを見る限り、今の所問題の『影』はなさそうだ。
さりげなくルビーさんに触れてみても情報が読み取れないのは変わらないままで、深淵を掴むにはまだ足りないらしい。
さて、ルビーさんの影とやらは一体何なのか。
有馬さんやメムさんはその一旦を見たというのに、ボクには見えないルビーさんの影。
観覧車までにそれを掴みたいが、果たして掴み切れるのか、自信がないのが正直な感想だった。
「さてと〜。お昼も食べたし、次は何行こっか?」
「はいはい! 希望がないならアップ・フォール・ファントムに行きたい!」
メムさんの問いかけにルビーさんが元気よく手をあげる。
アップ・フォール・ファントムとは、絶叫アトラクションの複合系であり、幽霊屋敷×絶叫マシンという点からも三大マシンの次に人気があるらしい。
心臓に悪い系が合わさって最強に見えるこの乗り物は、ネットでは最底評価と最高評価に二極化していた。
「この遊園地、意外とアトラクションの幅が広いのね」
「結構有名なところだもん。チケット持ってきた先輩が知らないのは意外だったけど」
「元々行くつもりなかったし、あまり興味なかったのよ」
その言葉で何かを察したのか、ルビーさんがくしゃりと顔を歪ませて笑う。
「そっか。ありがとね、先輩」
「別に、アンタにお礼言われるようなことなんて、してないわよ」
「それでもありがとう」
「……あっそ」
ボクの隣で保護者のように腕を組み、頷くメムさんがいなければとても良いやり取りになっていたのだろう。
「こういうのが尊いっていうのかな。今なら視聴者の気持ちがよくわかる気がするよ」
【穏やかな顔で変なこと言わないでください】
このままだとメムさんが空のどこかへ飛んでいってしまいそうなので、2人に声をかけて次のアトラクションへと向かう。
幸いなことに、10分も待たずにアトラクションに乗ることができた。
席は2列目と3列目とほぼ前の方。
有馬さんとルビーさんが前に、ボクとメムさんが後ろに並んで座る。
「アキ君、急に髪の毛触りだしてどうしたの?」
【周りが髪の毛を括ってるみたいなので、念の為に固定しておこうかなと】
アップやフォールという言葉を使うのだ。後ろの席の人に髪の毛が! なんて迷惑をかけるわけにはいかない。
「んん? アキ君の言う理屈だと、なんだか嫌な予感がするんだけど。気のせいかな?」
メムさんが隣でポツリと呟くと、タイミングを見計らったかのように出発の合図が流れ始める。
アトラクションを楽しむ最中にまでスマホを片手に持つわけにはいかないので、鞄に入れておこう。
待機時間にも流れていたホラー要素を増幅させるストーリーが改めて説明されるのを耳で聞いていると、ゆっくりとマシンが動き始めた。
真っ暗な中、不気味な音がヴァイオリンの音と雨が降る音が響いてくる。
年老いた男が緑の炎に包まれたかと思いきや、炎が散るのと同時に男の頭蓋骨が青々とした炎を目に宿し、こちらに手を伸ばしてくる。
「ひっ」
マシンが落下し、骨の腕が頭上を横切る。肌には熱い風が吹きかけられ、メムさんがか細い声を挙げながらボクの手を握ってきた。
震える手から読み取ってしまう情報は『怖い』というものと『ボクを心配している』というものだけで、安心させるためにも握り返してみる。
しかし、気休めが効いてくる前にアトラクションは次へと進んでしまい、その行動は空振りした。
スケルトンのような何かから逃げるように、ゆっくりと動いていたマシンが加速し始めたのだ。
落下による浮遊感から解放されて、マシンは幽霊を模した青白や紫、白っぽい光の布の中を疾走する。
そんな中でもガシャン、ガシャンと骨が擦れるような音と、背後から緑の炎が噴き出ている丁寧な演出。
その2つのヒントから、振り返らずとも先程のスケルトンが迫ってきているのが伝わってきた。
「ひっ、ひぇっ。あっ、あっ」
ユーチューブなら過激過ぎるとバンされてしまいそうな、色々と危ない声が隣から聞こえてくるのに、片手がぎゅっと握られているせいで両耳を塞げない。
人一倍怖がっていて、その後ダウンしそうなメムさんが隣にいると冷静になってしまうな。
真っ直ぐマシンはまた上へと登っていき、次の衝撃が来ると言わんばかりに背景の音が盛り上がっていく。
後ろのスケルトンと前からくる白い布の塊のようなお化けがぶつかり合って、爆発音と共にマシンが縦に揺れるような衝撃と、落下。
視界の隅が金色に支配されて、隣から悲鳴のような声が聞こえてきた。
「何か急に前が見えなくなったんだけどぉ!? アキ君はッ!! 大丈夫ゥ──ッッ!?」
いや、大丈夫じゃないのはメムさんの方なんですけど。
スマホがあればツッコんでいたこと間違いなしの現象が、メムさんに襲いかかっている。
彼女の顔がルビーさんの長髪による攻撃を受けているのだ。
そのせいで前が見えていないメムさんは大混乱。隣にいるボクは無事かと、心配になっているらしい。
ボクの手を恋人繋ぎするぐらい必死に握り締め、手からも声からも、こちらを気遣っているのがわかる。
生粋の姉力と言えば良いのか。メムさんの底力を感じた。
手汗で濡れているメムさんの手に苦笑いしそうになりながらも、大丈夫だという意味を込めて、アトラクションの間は握り返しておいた。
…………………………
ルビーさんを先頭に、様々なアトラクションに乗ること3時間。
ルビーさんの体力は底無しなのか、それともハイテンション補正によって疲れを感じてないのか。
かな《ここまで遊べば、ちょっとは疲れて事情を聞けるぐらいの隙ができるんじゃない?》
メム《だろうねぇ。私は2度目の燃え尽き症候群に襲われてるぐらい、クタクタだよ》
かな《ナイスタイミングね。今のうちにMEMちょを理由にアキとルビーを観覧車に幽閉しましょう》
あき《決定事項なんですか? それ》
かな《MEMちょはダウン寸前だし、私は自分で言うのも何だけど。こういうの、向いてないのよねー》
あき《でも、気がついたのは有馬さんですし》
かな《今更ヘタれてるわけ? 狼だって自称するなら前のめりに行ってみなさいよ》
あき《それと観覧車占領は他人の迷惑を考えると、別問題ですよね》
かな《ゴチャゴチャ並べてないで、いいからやれ》
かな《ね?》
あき《はい》
圧力には勝てなかったよ……
と、ルビーさんの目を盗み、3人でやり取りしている姿はシュールそのもの。
本人の目の前で会議をするわけにもいかず、こんな形になっているものの、バレたら恥どころの話ではない。
メムさんの体力は最低値。
有馬さんも自己申告では『寄り添うとか無理』という話なので、難しいのだろう。
消去法でボクしかいない、と有馬さんは言うのだが、時間が経つにつれてこっちも素直に頷くのが難しくなってきている。
嫌な予感がするのだ。
ゲームで例えるならば、外せない選択肢の前にいるような。
まるで『ここからはセーブできませんがよろしいですか?』という文言を見せられているような、悪寒。
そのせいで夏休みの宿題を先延ばしにする子供のように、駄々を捏ねている。
だが、時計の短い方の針も既に4を指し示しており、結論を先延ばしにできそうにない。
覚悟を、決めるしかないか。
何故か震える手を押さえ込むように、ラインに《いきます》とだけ書き込んだ。
side.アキend
☆★☆
side.かな
「アキ君が嫌がってたけど……これで良かったのかな」
「さぁね。でも、不安要素は早めに解消するに限るわ」
「かなちゃんはさ、本当にそれでいいの?」
「……まるで私が嫌がるみたいな言い方ね」
「ルビーが悩んでるのって、アクたん関係だよ」
言葉にさえしなければ何もないのだから、態々言わなくていいのに。
「まぁ、御察しの通り、私はアクアのことが嫌いじゃないわ」
わざとらしく大きなため息を吐いてみせて、お気に入りの帽子を触る。
「でもね、私……自分で思っていたよりも、ルビーのことも嫌いじゃないのよね」
芸能界もそろそろおさらばかなって思っている時にアクアと再会して、アイドルに誘われて。
アイドルになってまで惨めに役者を続けるなんて。そう最初は思っていたのに、今ではやっても良かったんじゃないかと心境の変化が出ていた。
──あのさ、いくら先輩自身でも『価値がない』だとか自虐するの、やめてよ。私は先輩がアイドルになってくれて良かったって思ってるの。だから自分で自分を貶すのは本当にやめてね? 怒っちゃうから。
自虐する時、アイツは真剣な顔で私を怒ってくれた。
──正直、先輩とは因縁があって不安があったんだけどさ。今は先輩と一緒にアイドルしててよかったって思ってるよ。ありがとね、先輩。
JIFのステージから降りた時に、アイツから笑いながらそんなことを言われた。
その時に、私はルビーの事も嫌いじゃないなって思ってしまったのだ。
あの時は『最後みたいなこと言わないでよね、縁起悪い』と素っ気ないことを言った記憶があるけど、素直に言えないぐらいには嬉しかった。
一緒にいたのはたったの数ヶ月だけ。
でも、アイツは無名なのがあり得ないぐらい輝いている奴だった。
──ほら、先輩。どうしてヘナってしてるのさ。いいからこっちに行こうよ。
それなのに私が俯いていたら気にしてくるし、恋愛補正がなければルビーの方が私のことを気にしてくれていたと思う。
一緒にアイドルをしようって。一緒に輝こうって。
楽しいでしょって笑って、我儘を言ってもいいんだよって迷惑かけてきて。
中学生の方の後輩は無茶ぶりで振り回されているし、アイツもアイツで私の事を見てくれてるみたいだし。
あり得ない、ふざけんなと思うこともあるけれど、それでも片隅では『悪くないな』って思っちゃったのよ。
「だから、私は知らなかったことにするわ。MEMちょの今の言葉も聞いてない。ルビーがなんか落ち込んでるから、後輩をけしかけただけ」
「後悔しない?」
「アクアもルビーも、急に距離ができるってわけでもないでしょうしね。どうせなら、どうして私を推さなかったのか、後悔させてやるぐらいの役者兼アイドルになってやるわ」
「そっか。強いなぁ……かなちゃんは」
へにゃり、と力なく笑うMEMちょに、私は首を横に振る。
「そんなんじゃないわよ。私にはクソ生意気な後輩達も、アンタもいるから」
別に、私は強くなんてないのだ。
ルビーにはアクアしかいないけれど、私は誰かに『ここにいてもいいよ』って言って欲しかった。
ただ、それだけ。
ルビーはただ1人だけを求めていたけど、私は誰でも良かったってだけなの。
そんな単純な話と、大きな差が横たわっていただけの話なのよ。
とか言いつつも、かなちゃん、裏で……
《あきのこばなし》
ちなみにアキ君は重曹先輩に演技のお仕事の紹介をしてたり、大学に行く時の進路とか直接聞き回って先輩に話してたりしてました。
マネージャーみたいなこともしつつ、進路指導の先生みたいなこともしてたようですね。自分の方が受験生なのにね。