side.アクア
黒川に最近の舞台とやらを見せてもらった後、近くの飲食店で軽く飲み物を注文して、向かい合っていた。
「ごめんね、アクアくん。無理矢理付き合わせちゃって」
「悪いと思うなら2人きりというのはやめてくれ。勘違いされるのは嫌なんだよ」
「うん、今度からは他の人も連れてくるよ。それで……ルビーちゃんの反応なんだけど、何か言われなかった?」
「いや、何も」
何も、言ってくれなかったんだよな。
今日の朝もむしろ有馬達と行く遊園地が楽しみらしくて、俺には「いってらっしゃい」としか言ってくれなかった。
恋人同士になった筈なのに、嫉妬もなにもなかったのだ。
「ねぇ、アクアくん。言うか迷ってたけど、言ってもいいかな」
黒川はカフェラテの入ったカップを両手で握り、真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
無言で俺が頷くと、緊張している黒川が短く息を吐く。
「その……アクアくんの家ってもしかして保護者の人が所謂『毒親』って呼ばれるような人だったりする?」
「え? いや、そんなことはないが」
ミヤコさんは子持ちでもないのに他人の子供を高校生まで愛情をもって接してくれているのだ。その辺の親よりも聖人だろう。
「ルビーちゃんにだけ支配的な態度とか、そんな心当たりもない?」
「なぁ。気になることがあるなら、はっきり言ってくれないか?」
まるで普段のアキみたいに遠回しに探りを入れてくるので、率直に返してみた。
ただ、彼女はアキとは違うので、それでも気まずいらしい。
握るカップを半回転させてから、黒川はおずおずと口を開いた。
「この間、ルビーちゃんにメッセージで『アクアくんとデートする』って連絡してみたの」
「……何勝手なことをしてんだと言いたいところだが、理由があるんだよな?」
「その、ルビーちゃんの反応を見たくて。アクアくんにとっても嫌なことだろうなとは思ったけど」
申し訳なさそうに眉を下げた黒川が力無い声で話す。
「でも、ルビーちゃんは仕事じゃんって言ってさ。ちゃんとデートっぽい事したらって言ってきたんだよ。あの公園の時もそうだったけど、人物像と合わない言動が多過ぎるんだ」
「だから、あの突拍子のない質問になるのか」
「プロファイルしたルビーちゃんならデートするって言ったら嫌がるし、公園でもあんなこと言わないはず。でも、アクアくんの様子だとルビーちゃんは嫌がってなかったんだよね?」
「ああ。全く嫌がる気配もなかった」
俺にはそれが強がりには見えないぐらいであり、むしろどうでもよさそうにも見えた。
「どうして私も付き合って良いって言ったのか、あれから考えてみてもわからなかったけど……ルビーちゃん、かなり無理してると思うの」
「それは俺の一方的な気持ちじゃないのか?」
黒川がプロファイルしている、と嘘をついて俺の理想を騙ってくれているだけじゃないか。
そんな疑惑を口からこぼすと、黒川は困ったように微笑んだ。
「公園であんなこと、言わなきゃよかったかもね。でも、あれも私の本心だし、
背筋をピンと伸ばした黒川が真っすぐにこちらを見つめて、黙ったままの俺に祈るように言葉を紡いだ。
「原因である私が何か言うのも烏滸がましい話だけど……ルビーちゃんの事、気を付けてあげて」
──少しでもズレてしまったら、ルビーちゃんは自分から消えちゃいそうだから。
黒川が最後に言った言葉が、嫌なぐらい頭に残って消えてくれなかった。
side.アクアend
☆★☆
side.アキ
有馬さんの思惑通り、ボクとルビーさんは2人きりで観覧車に乗り込んでいた。
今から4周分。最低でも40分は2人きりの時間。
もしも、ルビーさんがボクの想像する方向では心配がなくて、扉が開かないことに気が付いたらどうしよう。
胃がキリリと痛みを訴えてきた気がして、ボクはお腹をゆっくりと撫でた。
「上から見たら綺麗だなー。先輩達も一緒に観覧車に乗ればよかったのに」
【真っ青なメムさんをいじめないでくださいよ。中で吐いたらどうするんですか】
「……乗せてないからセーフってことにしちゃ、ダメ?」
窓際で景色を見ていた顔が振り向き、お伺いを立てるようなピンクの瞳が見えた。
遊園地で、観覧車の中で2人きり。
これ、アクアさんに知られたら暗殺されるか、鬼の形相で『自害しろ、狼男』とか言われるんじゃなかろうか。
命令権とかないから自害しないけども、今の状況は気まずいし普通に怖い。
もしかして嫌な予感とか関係なしに、アクアさんの念的な何かが本能的な恐怖心を煽っていたのか?
ありえる。あのシスコンならばできる可能性を秘めているから、何があってもおかしくない。
「ねぇ、アキ。何か用事があったんじゃないの?」
そうやって現実逃避をしていると、ルビーさんから問いかけられてしまった。
絶叫マシンと同じか、それよりも少し上ぐらいまで登っているのを見るに、1周目も4分の1を超えてしまっているらしい。
このまま気まずいお見合いのように見つめ合っているわけにもいかない。
ルビーさんの隣で『頑張れ』と応援してくれているアイさんで気分を紛らわせてから、スマホの再生ボタンを押した。
【最近、元気がないと皆さんが心配してましてね。ボクが代表で当たって砕けてくることになりました】
「砕けちゃダメじゃん」
くすくす、と楽しそうに笑うルビーさんには影なんてなさそうだ。
昨日聞いたアクアさんの予定から、何となくルビーさんが陰った理由を割り当てたつもりだ。
後はこれが当たっているかどうか。それで、蛇が出るか何もないかが決まる。
【そういえばアクアさん、今日は黒川さんとデートらしい──】
「仕事だよ」
【えと、でも】
「仕事なんだよ」
このまま何もなければいいのに、と願いながら音声を流したのに、ルビーさんが食い気味に否定してきた。
その目は何も映らないくらい真っ暗で、今なら有馬さんの話も本当だったと断言できる。
笑おうとしている口はへの字に歪んでいて、笑みを作ることができていない。
誰が見ても無理しているのは明らかであった。
【アクアさんに気楽に女の子と2人きりになるなって言っておきましょうか?】
「ううん、いい」
【顔が良くないって言ってますけど】
「いいの! ……私じゃ、お兄ちゃんを幸せにできないから」
今にも泣きそうな顔で良いなんて、そんなの正反対のことを思ってますと言っているのと同じなのだ。
頑なに認めようとしないルビーさんを刺激しないように、言葉選びをしないとまずいかな。
【ボクはルビーさんと一緒にいるアクアさんは幸せになっていると思いますけど。どうして幸せにできないって思ったんですか?】
「私じゃ、普通の家庭を作れないから。だから、お兄ちゃんを幸せにできないの」
【ゆっくり、聞かせて貰ってもいいですか? 順番なんて気にせずに、思うことを聞かせてください】
それから観覧車2周分を使ってルビーさんの話を聞いた。
ルビーさんが知っている幸せの絶頂は『ママと過ごした赤ん坊だった頃』だった。
アクアさんの正体は知らないけどなんだかんだ優しいお兄ちゃんで、ママは推しだし、ママなりに愛してくれているのも感じていて、幸せだなと感じる。
だから『家族』が彼女の幸せの形だった。
『さりな』がいなくなった後のお母さんも、家族を作って幸せそうに笑っていたから、家族は幸せに必要なものだと思ったらしい。
お兄ちゃんを幸せにしたい。だから、家族が必要だ。
でも、私では父母という形の家族になるには、難しいことが多過ぎる。
──お兄ちゃんを幸せにしたかったから、自分の思う幸せを渡したかったから、他人が必要だった。
色々と飛躍しているところが多いが、そういう理由で黒川さんを受け入れようとした……と。
【アクアさんとルビーさん、2人らしい幸せの形もあると思いますけどね】
これがボクの言える全てだと思う。
幸せ、なんて言われても人それぞれで、家族が幸せの象徴じゃない人だっているし、幸せだって十人十色だ。
普段のルビーさんなら、それこそ『煩いなぁ、私が幸せにするんだよ!』とでも言いそうなのに、アクアさんに告白してからのルビーさんはしおらしい。
泣き疲れて眠ってしまったルビーさんからは、これ以上聞くことは難しそうだ。
観覧車は現在、3周目のちょうど頂点であり、まだ1周分残っている。
……さて。
このルビーさんの異変をどう解決するべきか。
『アキ君、どうするの?』
【一応、読めるか確認してみましょうか】
アイさんの問いかけに念の為に音声で答えてから、ルビーさんへと手を伸ばす。
その瞬間、ゴンドラが横に揺れて強制的に着席させられた。
おかしな横揺れに驚いていると、何故かゴンドラ内に風が吹く。
風の音と機械が軋む音以外、大きな音がなかった空間に烏の鳴き声が耳に入った。
「あまり深入りされるとバランスが崩れちゃうから、困るかなぁ。その子はちょっと過干渉を受け過ぎて、今は不安定なんだよー?」
ゴンドラの扉が開いて、さも当然のように1人の少女が入ってきた。
いや、いやいやいや!
ここ、観覧車のほぼ頂上なんだけど。どうしてそんな場所から扉を開いて入れるの……!?
「お邪魔してごめんなさい。隣、失礼するね?」
驚いて声も音声も出せないボクの前でゴンドラの扉を閉め、少女は平然と隣に座ってくる。
「ようやく会えたね、狼さん。あたしもちょーっと無茶振りされてるから、あなたとお話ししたかったんだ」
声は聞こえてくるのに、気配も匂いも感じない。
表面の情報もわからず、わかるのは彼女の姿と声だけ。
【あなたが……アクアさんや父親が『疫病神』と呼んでた存在ですか?】
「うん、そう。今回はね、案内人らしく狼さんにもお話ししに来たんだよ」
一度は上空で扉が開かれて、烏がゴンドラの周辺に集まっているのに、観覧車は何事もないように動いている。
まるで異常なんて何もなかったかのようだ。それが途轍もなく恐ろしい。
【ルビーさんの異常の話もしてくれるんですか?】
「勿論。それはあなたの父親とあなたによって引き起こされた運命だから」
【運命、ですって?】
「消えるはずだった母親の魂を繋ぎ止めて、復讐するはずだった双子からそれを取り上げた。狼さんは因果を変え過ぎたんだよ。だから、その子と魂は上の神様に目をつけられた」
少女はアイさんとルビーさんがいるところに目を遣って、背もたれに体を預けた。
「狼さんのお父さんにはね、心臓の弱い
【だからボクが生まれたとでも?】
「その通り。狼さんはお父さんが運命に、いや、神に抵抗する為に生まれた
【押し付けたって、ルビーさんはそのせいで?】
「うん。あのお方はね、自分と重ねてるのか兄妹のカップルがまぁ殺したいぐらい大好きでさ。2人を結ばせて、最終的に妹の方を殺すの。自分と同じ黄泉へと連れて行くんだ」
つま先から頭まで、すぐに冷えてしまったような感じがした。
「そして、本来なら輪廻に還る魂が繋ぎ止められてるのにもお怒りなんだよね。あのお方は死の国にいるから、隙があればすぐに連れ戻されるよ」
妄言と片付けるにはストンと納得してしまっている自分がいる。
ボクのせいでルビーさんが死にそうになってるし、アイさんが消えそうだって……?
「狼さん、諦めちゃダメだよ。それが一番の悪手だから」
【神とか訳のわからない存在相手にどうしろっていうんですか】
「あはは、おかしなことを言うなぁ。狼さんだってある意味同類なのに」
【……それでも、力が通じない相手に対抗できるとは思えません】
ルビーさんの近くにいたのに、全く干渉とやらに気がつけなかったんだ。
そんなボクが同類だとか、諦めるなとか、とんでもないことを言う少女である。
「うん、今は無理だね。だから」
愉快そうに口元を歪ませた少女の手が、ボクの手に重ねられる。
「──器を、合わせようか」
……そこからの記憶は、殆どない。
4周目が終わって扉が開かれたときにはもう、少女の姿もなく、ルビーさんが寝ていたので抱えて外に出た。
一体、何をされたのだろう。
アイさんに聞いてみても『手を握っていただけだと思う。アキ君は全く動かなくて怖かったよ』と言っていたし、変なことはされていないはず。
それなのにメムさんや有馬さんと合流して遊園地を出てからも、2人とルビーさんを送り届けてからも、頭がフワフワしていて落ち着かない。
『アキ君、大丈夫?』
「たぶん」
器を、合わせるって何だろう。
あの少女の正体は何で、言っていることは正しいのだろうか。
父親や叔母さんに、妹がいたなんて話とかも聞いたこと……いや。
そもそも、父親のことも叔母さんのことも、興味を持って知った事って日記以外になかったっけ。
そんなことを考えている間にも、体の感覚がどんどん遠くにいっているような気がして、そして……?
扉が閉まるのと同時に、ボクは廊下に突っ伏していた。
『アキ君、やっぱり大丈夫じゃないよね!? アキ君、アキ君!』
アイさんの声が遠くから聞こえてくる。
廊下がひんやりしていて、気持ちいい。瞼が勝手に落ちてきてしまう。
『~ッ! もう、アキ君の体借りるよっ?』
体が立ち上がるのと同時に、満月の日以外には出てこない狼の耳と尻尾が生えてきた。
「『耳と尻尾……そっか、普通の病院はいけないんだっけ。アキ君の叔母さんに連絡するしかないか』」
アイさんがボクの体を使ってスマホを操作している。
もう駄目だ、これ以上意識を繋ぎとめていられない。
──ボクの記憶はそこまてで、意識が暗闇に飲み込まれた。
《上位存在翻訳機》
狼さんが現れて、担当してた転生者の運命が歪んじゃった。わー、どーしよ(頭抱え)
そのせいで、上司が更に偉い人に変わっちゃって、方針変わっちゃった。めんどくさいなぁ。どーすんのこれー。
流石に殺すのは嫌なんだけど、方向転換しません? ……え、
だから女の子の愛情の方向を弄って、精神的に追い込んで自殺させようって? う、うわぁ、性格悪い。邪神の所業じゃん。
嫌だなー、転生させた子達を弄んで潰すとか、最悪すぎるんですけどー。
あっそうだ! あたしじゃ上のお方に逆らえないし、こうなった原因の一つである狼さんに解決してもーらお。
送り狼って言うし、
……だいたいこんな感じです。