side.アクア
最近、
意気消沈して帰ってきたと思いきや、数日後にはウキウキで帰宅したりと、不審な動きが多い。
帰る時間も遅い日が多くなったし、休日もどこかに出掛けているようだ。
1週間ぐらい前から『友人からギターを借りた』と言って、高そうなギターを毎日熱心に練習しているぐらい、生活習慣が変化している。
文化祭でもなければ、学校関係の友人でもない関係で楽器にハマったと言っているが、本当だろうか。
友人について詳しい話を聞こうとしても、誤魔化すばかり。
ミヤコさんにも相談し、2人でルビーに聞き出してみたが、口篭って答えてくれない。
そんな日々を過ごしていれば、今日も放課後に連絡が届いた。
《お兄ちゃんごめん、今日も遅くなるからよろしくね!》
……あいつ、何を隠してるんだ?
ルビーから送られてきた文面を見た俺は、思わず目を細めてしまった。
そんなこんなで夜。
今日も帰ってこないというメールが来たと報告すると、ミヤコさんは液晶画面から顔を上げ、ため息を吐いた。
「──男、かもしれないわね」
「男!? って、あり得るのか?」
「えぇ。アイだってあのぐらいの年齢だったし、あの子だってそういうことに興味があってもおかしくないでしょ」
ミヤコさんに言われた時は動揺してしまったが、確かにあり得ない話ではない。
アイだって16歳で子供を産んでいるのだ。つまり15歳でそういうことをしていてもおかしくないわけで。
なら、ルビーもそういうことがあっても、あり得る……のか?
いや、あり得ちゃダメだろ。まだ中学2年生だぞ、色恋は早すぎる。
「そんなに心配なら明日、ルビーを追いかければいいじゃない」
「明日?」
「ええ。土曜日の昼から遊びに行くって言ってたわよ、あの子」
「土曜日の昼か」
明日は特に予定がなかったはずだ。
ミヤコさんから貴重な情報をもらった俺は、真相を確かめるべく準備をし、明日へと備えるのであった。
…………………………
「今のところ、気付かれてないな」
スイスイと慣れた様子で進むルビーの背中を、少し距離を空けながら追いかける。
通い慣れているのだろうか。スマホも見ずに人通りが多い道を歩くルビーは今のところ、特に怪しい様子はない。
本当にただの友達で、心配し過ぎだったのか……?
ギターケースを背負い、歩く姿は様になっている。
正直、アイドルになると思っていたから楽器にハマるのは意外だったが、案外こっちの方が幸せなのかもしれない。
だが、バンドというのは軽薄な男共と出会いやすい場所でもある。*1
もしもルビーに何かあれば……出るしかないだろうな。
アイドルにならなければ問題ないと思っていたのに、他でも複雑な気分になるとは。
俺は本当にあいつのために動いているのだろうか。自信がなくなってきた。
「おーい」
少し気分が沈んでいると、事態が動き出していた。
どうやら待ち合わせ相手が来たらしい。
ルビーは水を得た魚のように生き生きとした表情でお相手様に声をかける。
待ち合わせの相手は少女か。
白がベースの細いボーダーのシャツの上からデニムジャケットを羽織り、カーキーのズボンと黒いシューズを着こなしていて、服装には気を遣うタイプらしい。
黒い帽子のせいで顔が見えにくいし、隠しているのだろうか。もしかしたら芸能界の関係者なのかもしれない。
【あ、ルビーさん。待ち合わせの15分前なのに、いつも早いですね】
いや違うな。滅茶苦茶聞き覚えのあるこの音声はそっちの関係者とは言い難い人物。
実は自分の声を加工していると噂の、アイそっくりにしか聞こえない合成音声を使う奴なんて1人しかいない。
あれ、この前現場で一緒になったアイのそっくりさんのアキだ。
……ミヤコさんの《男》っていう発言は間違いなかったわけだ。
あの外見ではどの角度から観察しても、女の子同士がキャッキャうふふしてるようにしか見えんが。
バンド活動もしているらしいし、ルビーと活動をするのもおかしくないのかもしれない。
辻褄は合うが、どうしてルビーはアイそっくりさんと出会ったのに、俺に何も言わなかったのだろうか。
「俺もルビーに言わなかったし、責められないか」
俺も直接会ってなければ『アイにそっくりの男』と言われても『何言ってんだこいつ』って無視してたかもしれないし、色々と複雑だ。
いまだにアキが男だと断言できないのも、この複雑な心境を表す理由の一つである。
医者として過ごした前世と、芸能界で過ごした今世の経験を合わせても性別が見破れない。
骨格も仕草も女性らしさがある。機械音声を使わない時なんて、雰囲気も相まって『アイ』本人だと言われても納得してしまうぐらいだ。
アキが男である証拠が『自称するプロフィール』以外に存在しないのである。
染色体か、物理的に直接確認すれば確信できるが、そんなことを言えば変態確定。
ロリコンやら不名誉なことを言われている手前、その一線を越えるのは
【では、行きましょうか】
「いつものところだよね?」
【はい、いつものライブハウスですよ】
隠れて考え事をしている間に、2人はどこかへと歩いていく。
途中でアキがこちらを振り返ってじっと見られたが、ルビーが話しかけたことで意識が逸れたようだ。
アキは感覚が鋭いのかもしれない。追跡するのも一苦労だな。
「『AI☆land』でアイランド……ね」
ここから中に入らなければいけないが、はたして勘のいい相手に気が付かれず、潜ることはできるか。
一抹の不安を抑えつつ、5分ぐらい時間をおいてからライブハウスの中に入ると、オシャレなカフェ空間が出迎えてくれた。
ここがライブハウスだと知らなければ、バンドをコンセプトにしたカフェだと思っただろう。
客層も店員も女性ばかりで、アキの性別に目を瞑れば、俺の最悪の想定は杞憂のように感じた。
「あら。もしかして、ここに来るのは初めての人?」
じっと中を観察していると、茶髪の女性が話しかけてくる。
オフィスにいそうなキッチリとした格好だが、ネームプレートにはオーナーという文字が見えた。
本物だよな、これ。オーナーが直々に接触してくるなんて何かあるのか?
俺が警戒しているというのに、そんなことにも気が付かない相手は「いやぁ、イケメンだったから声かけちゃった〜」とか言って笑っている。
……顔目当てか。警戒して損した。
「あぁ、そうそう。初めてなんだよね? だったら、ここの部屋を見学するのがオススメ! 私の推しで損しないと思うし、特に用事がなければ行ってみてね〜」
楽しんでね〜と嵐のように過ぎ去るオーナー。
無駄な話をしないところは良いな。話が早くて助かる。
さて、地図をもらったがルビー達はどの部屋にいるのか。
カフェスペースにはいないようだし、部屋を回るしかないのだが。
「オススメね」
地図を見る限りただの練習スペースのようだが、果たして何があるのやら。
ルビーの在処は不明だし、まずはオススメとやらを目標にするのも悪くないかもしれない。
明るい空間から抜け出し、バンド活動特有の重厚な音が漏れ出す廊下へと足を進める。
今思えば、あのオーナーは俺が2人を追いかけてここに来たと知っていて、接触してきたのだろうな。
オススメだと言われた場所にはルビー達がいた。
こちらに気づいた様子もなく、声出しや歌い方の練習を軽く行うと、アキが音源に合わせてギターを弾く。
アイがいなくなってからは聞かなかった曲に合わせて、ルビーが踊る。
アイに憧れて練習してきたのがわかる良いダンスだ。
ルビーの歌がちょっと下手でも、カバーするようにアキが歌い出せば、そこは2人だけのステージ。
──まるで、アイが生きていた『IF』を見せつけられているみたいだった。
「……帰るか」
声をかける気にも、乱入する気にもなれず。
眩しさに目を逸らした俺は来た道を戻り、家に帰った。
side.アクアend
☆★☆
side.ルビー
「ねぇねぇ、どうだった今の!?」
【うーん、62点?】
「び、微妙な数字ぃ……」
もうアキと会うのは何回目だっけ?
恐る恐るライブハウスに行ったら、たまたまバッタリと出会って、連絡先の交換をしてから多分……10回は超えてるのかな?
ここまで会う関係になるって最初は思ってなかったから、ビックリだよね。
お兄ちゃんにもミヤコさんにも誤魔化して会ってるのに罪悪感はもちろんある。
でもさ、これも全部、アキが歌手にも引けを取らないぐらい歌が上手なのがいけないんだよ! しかも合成音声で話す時は教え上手だし!
中学の友達に『歌はちょっと』と評される私も数週間で上達するし、どこかでボイスレッスンでもやってるのかな? って聞きたいぐらい。
【根を詰めすぎても問題ですし、ちょっと休憩しましょ】
差し出されたペットボトルを掴んで、蓋を取る。
ちょっと緩めてくれたのかな? 完全に開き切ってはないけど、新品のペットボトルは少しの力で簡単に開いた。
アキからタオルを手渡され、折り畳みの椅子へと誘導される。
私が椅子に座ると、アキは笑顔のまま団扇で仰いでくれた。
どこかのお貴族様か、超上級の芸能人な気分になる奉仕だ。
うん、流れるような動作で行われてるけどさ。これ、どう考えてもおかしいよね……!?
「あの、アキさーん?」
【はっ、つい、いつもの癖で……】
「いつもの癖!?」
アキは従者か何かなの? それともご家庭に女王様気質のお姉さんがいるとか?
あまりにも自然なサービスに、ついつい受け取っちゃったよ。
……そういえば、私、アキのことは何も知らないかも。
見た目もそうだけど、肝心なところは話さない秘密主義的なところもそっくりなんだよね。
「癖になるぐらいの奉仕体質って、お姉さんとかいるの?」
【たぶん一人っ子ですよ】
「たぶんかぁ」
絶対に複雑なご家庭だよ……転生者2人にアイドルのママっていう私の家も大概だと思うけど。
【そういうルビーさんはお兄さんがいるんですよね?】
「うん、アクアってあだ名のお兄ちゃんがね」
【アクアさん。もしかしてあの時の人と同じですかね?】
「あの時の人?」
【はい、初めて映画の撮影に参加させて貰った時に、金髪の整った顔の男の人がアクアさんってお名前でしたよ】
絶対にお兄ちゃんだよ。なんか1日だけ、魂が抜けたみたいにおかしかった日があったもん。
あの日は私がアキと会うより前だったはずだし、お兄ちゃんも知ってたってこと?
……まぁ、私も『ママにそっくりな男の子がいた!』なんて正気を疑われそうなこと、お兄ちゃんに言えなかったしどっちもどっちか。
【あの日のアクアさんは顔色がすごく悪かったですし、もしもルビーさんのお兄さんなら謝らなきゃいけませんね】
「いや、お兄ちゃんも謝られても困ると思うけど」
だってアキは何も悪いことなんてしてないし。
勝手にこっちがママと重ねてるんだし、お兄ちゃんも困るよ。
でも、アキはそう思ってないみたいで。
【いいえ、これでもボクは結構悪いことをしてるんですよ。独占したり、先取りしたり】
全く感情のこもっていない機械音が再生されると、くらい暗い、怖い目が、すっと斜め下に逸れた。
【ねぇ、ルビーさん】
「な、何……?」
その目に何が込められているのだろう。
見つめてないのに、底なし沼に引き摺り込まれるみたいな、その感情は何なんだろう。
【もしも、1人を犠牲にして大切な人が生き返るとしたら、あなたは生き返ってほしいですか?】
どろりとした黒い目が、見透かされてるみたいで怖い。
ママの顔が頭に浮かんだけど、たぶん、今は言っちゃいけない気がする。
「わ、わからないよ。答えられない」
みっともないぐらい震えた声で返事をすると、先ほどまでの顔は演技だと言わんばかりに、アキはにっこりと笑う。
【すみません、変なこと聞いちゃいました。最近、ドラマの見過ぎかもしれませんねー。反省反省】
「あ、あぁ。なーんだ、ドラマか。役にのめり込んじゃうなんて、役者の才能あるのかもねー」
やっぱり、声を出す時と合成音声を使う時の人格が違うんじゃないかなってくらい、さっきのアキは怖かった。
お兄ちゃんならわかるのかな。賢いし、役者だし。
一度会ったことがあるっていうし、改めて紹介した方がいいかもしれない。
ママそっくりで優しいアキと、怖い雰囲気も出せるしゃべらないアキ。
ママにそっくりな外見の君は、一体誰なんだろう。
私にはその答えが出そうになかった。
アイは服装がやや無頓着ですが、後方マネージャー面の狼男が許しません。
ちなみに最後に「生き返ってほしい」と言ってたら、アキ君消滅ルートです。
たんぽぽの綿毛のように軽率に吹き飛ぶ命の軽さのオリ主の命よ……