side.メム
遊園地から1週間が過ぎて、B小町は動きが鈍くなっていた。
動画投稿は頑張ってる方。けど、雰囲気が良くない。
かなちゃんは舞台で殆どいないし、ルビーはレッスンや動画の撮影の時はしっかりしていても、普段の姿がぼんやりしていて抜け殻みたいだし。
さらに、アキ君は遊園地の日からお休みしていて、ミヤコ社長によると『1週間も体調不良』らしい。
……絶対に、観覧車でなにかあったよね。
遊園地の帰り道、どこかおかしいと思っていたのに、どうしてあの子の【大丈夫】って言葉を鵜呑みにしてしまったんだろう。
そんな後悔が私を突き動かして、ルビーやアクたんからアキ君の住所を聞き出すことに成功した。
「ここがアキ君の家か」
気合いを入れてここまで来たんだけど、困ったことがある。
「開けてもらえるかわからないっていうのに、頭からすっぽり抜けてた〜っ!」
インターホンを鳴らしてみても返事はなく、籠城されたままだ。
仮病による居留守の可能性も考えられるが、アキ君が仮病というのは考え難い。
昨日のディスコードでのチャット返信は、割と元気そうだった。
だから訪問しても大丈夫なのではと思ったのに、見積もりが甘かったようだ。
「あなた、人の家の前で唸ってるけど……何の用なの?」
無計画に無鉄砲過ぎる行動に後悔していると、不意に隣から声を掛けられる。
声の方へと目を向けると、胡乱気な顔をした女性が仁王立ちしていた。
見た目は私と同い年か、それよりも少し上っぽい。
だけど、貫禄というか、纏うオーラが上の存在のように感じて、見た目通りの年齢ではなさそうだ。
「って、あなたB小町にいるテレビの子じゃない。確かなんだっけ、あ、そうそう。メムさん!」
「MEMちょじゃなくて!?」
「あれ? MEMちょが正しかったのかしら。ごめんなさい、
おほほ、と口に手を当てて笑う女性からは、先程のような警戒心が消えていた。
どうやら私のことを知っているらしい。
これでもインフルエンサーだから少しは知られている可能性もあるけれど、話を聞く限り、アキ君経由の知識なのかな。
「確かに私はMEMちょって名前で活動しているものですが……失礼ですけど、アキ君をご存じなんですか?」
「あぁ、ごめんなさい。私、アキの叔母でね。あの子の保護者もやっているから、あなたのことも知っているのよ」
「貴女がアキ君の叔母さん?」
「えぇ、そうよ。そういうMEMちょさんはお見舞いに来てくれたんでしょ? 今、鍵を開けるから待っててね」
「あの……メムで大丈夫です」
あらそう? と笑いながら鍵を開ける女性に、早くも会話のペースを奪われていた。
というか、アキ君の叔母さんって、確かそろそろ40代に入ることが悩みらしいってアキ君が言ってたけど……
いや、考えるのはやめよう。ふふふ、と笑う女性の笑顔が鬼の形相に進化しかかっている。
女性に連れられて、私は初めてアキ君の家へとお邪魔する。
埃1つなく掃除された部屋は物が置いているのに、生活感がまるでない。
何というか、モデルルームを見せられているみたいなのだ。
こういう部屋がありますよ、と描かれた絵をそのまま展示品として再現したような家の中は、人の家なのに不気味に感じた。
「相変わらず、家具の位置が同じねぇ。これ、怖いって伝えてるんだけど、中々治そうとしなくて。奥の部屋ならもう少し家らしさがあるから、案内するわね」
そんな私の様子に気が付いたのか、女性は苦笑しながら家の中へと招き入れてくれる。
扉の先にあったリビングは確かにアキ君が生活してそうな形跡があって、胸の中のざわめきが薄れた。
「かれこれ1週間は寝込んでるみたい何ですけど、アキ君は大丈夫なんですか?」
女性に招かれるがままに椅子に座り、お茶も貰いつつも改めて聞きたいことを尋ねた。
「体がかなり弱ってるらしくてね、それで熱っぽいからずっと部屋で休ませてるのよ。中学なんて義務教育だし、外に出れない理由もあるから」
「1週間も熱が下がらないって、それってもっとまずい病気なんじゃ」
「あの子は普通の病院じゃ見れないから、ウチのお抱えの医者とか設備で見てもらってるんだけどね。検査結果を見るに、そういう心配はなさそうなのよ。それに……あの子って色々特殊だから」
「特殊、ですか」
確かにアキ君は読心能力のようなものや、とんでもない身体能力。
日常的に音声を使って会話をしていたりと、一般的な中学生から離れた所にいるけれども。
それでも普通の病院じゃ見れない特殊性って何なのだろうか。
「貴女はアキの両親の事、知っているかしら?」
「一応、いないってことは聞いてます」
「あの子の両親がいないのも、あの子の特殊な所に関係しているのよね」
両親がいないのと、普通の病院にいけなくなる、共通する特殊性。
今更だけど、アキ君の問題は私が考えている以上にとんでもないってことを実感した。
「それ、私が聞いてもいい話なんですか?」
「私は聞いてほしいし、見た上で1人でも多く、あの子の味方になってほしいと思ってるわ」
一体何が飛び出してくるのかと警戒していると、私の意識外から話題の本人が飛び出してくる。
【叔母さん、帰って来たんですか?】
固く閉じられていた扉が開いて、アキ君が入ってきた。
熱によって潤んだ瞳が、呆然と見つめている私の顔を映す。
【し】
私の目には小刻みに揺れる黒い三角耳と、抱いて眠れば安眠できそうな毛質の尻尾が見えていた。
「──っ!」【失礼しました】
口を餌を求める鯉のように動かして、アキ君は捨て台詞のような音声を流して部屋へと戻ってしまう。
感情も何もない音声はアキ君の余裕のなさを感じて、あの姿が『見られたくないもの』であることが手に取るようにわかった。
「……あれ、本物なんですか?」
「ええ。アレがあるから、あの子は普通の病院じゃ見れないのよ」
狼人間やら、狼男と呼ばれる存在。
それが、アキ君の正体であった。
人間らしくないものの外見からはわからない特殊な力と、獣人と呼ばれるような存在らしい
それを見た上で、言えることは──
「あの見た目といい、才能といい。私よりも人気なインフルエンサーになれるんだろうなぁ」
「プフッ、まさかあの子の姿を見た感想がそれ……?」
鬼とか獣そのものとか、または異形が出てくるのも覚悟していたのに、耳と尻尾ついていただけ。
あんなのコスプレの一環と言われても不思議じゃないというか。
属性の玉突き事故してるところに、更に
「そう……あの子の周りには既に、アナタみたいな人がいるのね」
素直な言葉を言っただけなのに、女性は長年背負ってきたものが降りたような、酷く安堵した顔で微笑んだ。
「失礼じゃなければ、貴女が知るアキ君のことを聞かせてもらってもいいですか?」
「えぇ、私が知ってるあの子のことでよければ」
──私が知っていることは殆どないから、主観になるわよ?
そう断ってから、女性が話し始めた内容は、どれも衝撃的なものばかりだった。
アキ君はお父さんによって生まれた、人工的な狼男という存在であること。
絶滅したはずの存在が復活したせいか、幼少期は仲間を探して彷徨い、引き取った女性にも全く心を開いてなかったこと。
どうしても一緒にいたくないみたいなので、1人で暮らせるマンションで、条件付きの一人暮らしを許した。
その結果、独り言が増え、更には一言も喋らなかったり、電子音声で会話を試み始めた。
その上、どんどん女の子らしくなっていく所か、いつか見たアイドルにそっくりな見た目になるアキ君に、どう接していけばいいのか悩みが尽きない。
それでも、篠塚
そう笑う女性は頬に右手を添えて、力無く笑った。
「……心配だったのよね。中学ではずっと1人だって担任から聞いてたし。悪い方向に色々と考えちゃって、怖かったの」
「今も怖いんですか?」
「1年前ぐらいから、あの子と仲の良い先輩ができたらしくてね。今日のメムさんも見たし、今は意外となんとかなりそうって思ってるわ」
手を再び膝の上に戻して、女性の目が真っ直ぐこちらに向く。
「だから、本当にありがとう」
「私の方こそ、アキ君にはいつもお世話になってるので。ありがとうございます」
お互いに頭を下げあう。
今回はアキ君が休んでいた理由を手に入れただけ、収穫だよね。
アキ君の熱と耳や尻尾が引っ込むことを祈り、元気にまた会えますように、と話を締め括る。
お見舞い用に持って来ていた果物の詰め合わせを女性に押し付けてから、私はアキ君の家を後にするのだった。
side.メムend
☆★☆
side.アキ
「アキ、メムさんが帰ったんだから、出て来たらどう?」
叔母の声が聞こえて来て、ボクは扉から顔を覗かせる。
アイさんは動けないボクの代わりにルビーさんの側にいてもらっているので、この家にはいない。
本当にボクと叔母の2人きりの空間である。
【すみません。メムさんの対応、ありがとうございました】
「私に対応させたら色々と余計なことを喋るってわかってるのに、よく対応させたわね?」
【ボクが話して欲しいって思ってるから、話してくれたんでしょう? 嫌がることをするような人じゃないってこと、知ってますから】
悪戯っぽい笑みを浮かべて意地悪なことを聞いてくる叔母に、ボクは苦笑を返す。
薬で少し楽になっている頭はそろそろ限界らしく、またふわふわし始めている。
寝た方がいいだろうか。壁に手をつけて叔母を見ていると、彼女は徐に口を開いた。
「私には兄が2人と、義妹が1人いたの。義妹は当主が死んでお家が没落したから、引き取った子でね。
それは熱で魘されていたこの1週間で、聞かせてくれと頼んでも「まずは体調をどうにかしなさい」と誤魔化されて聞けなかった、答えだった。
「美雪は心臓が弱かったけど、芯があって強い子だったわ。私が
懐かしそうに目を細めて、叔母は語る。
「だからなのかしら。
……そこからはもう、日記の通りなのだろう。
「酷く神という存在を恨み、気が狂ったように何かに打ち込んで……アナタが生まれたわ。アナタの母親は
くしゃりと顔を歪ませて、叔母は言葉を吐き出す。
「美雪が死んだら急に結婚して……人体実験をしてたなんて、とんでもない話よ。母親はアナタをすぐに施設に押し付けたぐらい、アナタにとっては救いのない話──でもね、アナタには関係のない話よ」
もう立ってられなかったボクに近づいて来た叔母が、体を支えてくれた。
そのままベッドまで寄り添い、寝かしてくれる。
「アナタはどんな生まれであれ、アナタらしく生きてくれたらそれでいいの。愛で溢れている人生でありますようにって、我ながら素敵なネーミングセンスでつけてあげたその名前の通りに。メムさんとか、良い人に囲まれてるんだから、父親の影なんて追わなくて良いのよ」
【別に、追ってませんが】
父親を追ってるって思われてたから、喋るのを渋られたのか。
やっと合点がいって、まだ話したいこともあるのに、眠気に襲われている。
スマホも持っていられないぐらい体から力が抜けていく。
「ほら、もう寝なさい」
「……って」
「アキ?」
拘りとか、色々あったけど、今だけは捨てて、叔母の袖を掴む。
知らなかった父親のこととか、そういうもの以前に、ボクは叔母からたくさんのものを貰ってたんだって、改めて感じたから。
「ありがとう……お
だから、どうしても伝えたくて。
「──っっ! いいのよ、これぐらい。当然のことなんだから」
今にも泣きそうなあの人の涙を拭いたいけど、今はそんな力もないので、目を閉じる。
──あぁ、そういえば。メムさんに見られちゃったけど、どうやって話そうかな。休みたくなって来た。
安心したせいか、そんな情けないことを考え始める頭は、熱で茹で上がっていてうまく回っていない。
ツラツラと言い訳を考えていると、お養母さんがボクの手を握ってくる。
頭を撫でてくれているのを感じながら、意識を手放した。
やっっと、MEMちょがアキ君攻略のスタートラインに立ってくれました……やったぜ。
そのスタートラインに立つ為に、ルビーちゃんがとんでもねぇことになってるんですけど。み、宮崎ぐらいで解決させるから許して、ユルシテ……
《あきのこばなし》
☆長男・宝藤院
名家の実権を握ってる人。ITや機械類のヤベー奴。IT産業の帝王様。
☆次男・宝藤院
アキの父親で牢獄暮らし中。科学力がヤベー奴。奇跡を実現させた人。
☆長女・宝藤院
お母さん呼びにウッキウキ。人脈がヤベー奴。偉い人とは大体友達。
☆養女・美雪
儺都と密かに想い合っていたが、神様の因果によって零れ落ちた。
☆篠塚
名前は母親の方を名乗ってる。血筋のせいか音楽がヤベー奴。
名前は誕生した日の季節にちなんで割り当てられてます。アキ君は10月生まれです。