side.アキ
遊園地から2週間が過ぎた苺プロの事務所にて、ボクはルビーさんとメムさんの前に現れた。
【ご心配おかけしましたが、完全復活しました!】
「アキ、そのどこかの紫な特戦隊隊長みたいなポーズは何?」
【いや、元気になったのでそれを表現しようかと】
「空回ってるけど大丈夫?」
【はい、やめます】
張り切って報告したら、ルビーさんから冷静にツッコミされてしまったので、立ち上がる。
どうやら不評だったらしい。
お
「それにしてもアキ君が復活してくれて良かったよぉ。東京ブレイドの舞台も一緒に見れそうだねぇ」
【この後、皆で舞台に向かうんですよね? ギリギリ復帰できて嬉しいです】
メムさんも安堵したように声をかけてくるので、親指を立てた。
2週間もアクアさんのことを放置してしまったものの、ラインでは問題ないと聞いているので、大丈夫のはず。
ルビーさんもメムさんのチャットの話を聞く限りでは、アクアさんに相談したらすぐに元気になったらしいので、遊園地ダメージは表面上は無くなっている。
『女の子もあの日以降、見てないよ。家でもルビーに誰かが近付いてないし、まだ時間はあるんだと思う』
アイさんが宙に浮きながら隣にやって来て、ボクに報告する。
今日の東ブレの舞台くらいは楽しんでも大丈夫そうだ。
「全員、揃ってるかしら?」
そんな話をしていると、久しぶりのミヤコ社長が現れた。
「篠塚君、久しぶりね。体調はもういいの?」
【はい。お陰様で元気ですよ】
「そうなの。その言葉を信じるけど、無理はしないようにね」
【了解しました】
ボクの返事にふ、と短く笑ったミヤコ社長は両手を叩く。
「じゃあ、全員揃ったことだし、早く車に乗ってちょうだい。アクアと有馬さんの舞台、見に行くわよ」
「はーい。早く行こ行こレッツゴー!」
ルビーさんが元気よく手を上げて、我先にと部屋を飛び出す。
「あ、ちょっ。ルビー! アナタが先に行っても車の鍵は開いてないわよー!?」
その後をミヤコ社長が慌てて追いかけて、残されたメムさんとボクは顔を見合わせて苦笑する。
ワタワタしつつも、ボクらはミヤコ社長が運転する車で有馬さん達が演じる舞台へと向かうのだった。
………………………………
ルビーさんがミヤコ社長と。
メムさんが今ガチのメンバーの方に行っているので、ボクは1人、目を瞑って周りの様子を伺う。
あの日の烏の少女がただの厄介揺さぶり病原菌女だとは思いたくなかったボクは、色々と考えていたのだ。
というか、高熱出した理由がただの冷やかしとかだったら、ボクも疫病神って呼びそうになるから。
嫌だよ、ボク。器を合わせようか(キリッ)ってして来た相手が、ただの格好つけでしたー、なんて。
2週間苦しんだ結果、あの少女が「たーのしー」って愉悦してるだけとか、本物の邪神ではないか。
……話がズレたので戻そう。
彼女の『器を合わせる』というのは、文字通りの意味だった。
今まで大き過ぎて、アイさんの調整があっても間に合わなかった狼人間としての能力。
それをあの2週間で使えるように、文字通りピッタリと器を合わせたのだ。
今までが小さな収納箱の中でやり繰りし、それでも溢れ出ていく中身に悲鳴をあげていたとしたら。
少女に触れられてからは収納箱が大幅に拡大されて、中身が整頓されたと言うべきか。
目を閉じてるだけでメムさんが「匂わせお揃っちだ!」とか「やってんねぇ!」て小声で叫んでるのもわかる。
ルビーさんのドヤ顔も五反田監督のアクアさんへの考えも、舞台裏で話す黒川さんと有馬さんの姿もハッキリとわかる。
アクアさんは1人で最後の練習中なのも、感じ取れた。
『アキ君、瞑想中?』
いえ、現在の狼としての力を確認中です。
『ふぅん。高熱出てたし、無理しない方がいいんじゃない?』
無理なんてしてませんよ。むしろ、今の方が馴染んでるんです。
オンオフも自由。探れる範囲も広がっていて、匂いも音も触覚も味覚も、自由自在。
ちょっと利用されているっぽいのが癪なのだが、狼人間としての力が馴染んだのはありがたい。
──狼男の力を十全に使えるようになった今だからこそ、アイさんに怒らなくちゃいけないんですけど。
『あー……てへ?』
テヘペロ、じゃ許されない嘘を重ねておいて、許すわけないでしょうが。
アイさんはルビーさんに何もない、と言っていた。
『ルビーさんには』何もないのだから、嘘ではない。
『ほ、ほら、嘘じゃないよ!』
ではアイさん、そのボロボロの姿はなんでしょうか?
見た目だけ整えて、生命力が限界ギリギリを綱渡りしてるようにボクには見えるのですが?
『……遊園地前から、ルビーに黒いのが纏わりついてるのに気がついて。必死に追い払ってました』
それを秘密にしていた理由は?
『アキ君も調子、悪そうだったし……無理して欲しくなくて』
それでアイさんが無理したら本末転倒でしょう。
って、そう言いたいところなのだが、それだけ最近のボクが頼りなかったのは事実である。
申し訳なさそうにこちらを見てくるアイさんだけが悪いわけではない。
──アイさんが無理したら悲しむ人が沢山いるってことだけは、覚えてくださいよ。
『あっ、そろそろ舞台が始まるみたいだよ! アクアのこと応援しなきゃ』
あのー、アイさん? アイさーん?
タイミング悪く舞台の幕が開き、アイさんに問いかけても反応が返ってこなくなってしまった。
幽霊であるアイさんには匂いも音も味もないので、触れない限り読み取れないのが痛い。
読み取るのを拒絶されると、霊体であるアイさんへの影響が怖くてうまく読み取れないし……問題が連鎖するというのはこういうことなのだろうか。
──アイさん、聞いてるかわかんないですけど。お願いですから、無理はしないでくださいね。
有馬さんが登場するのを横目に、アイさんがちらりとこちらに視線を向ける。
伝わっているはずなのに、アイさんは返事することなく曖昧に微笑んで目を逸らしてしまった。
もうこれ以上、話すことなんてないと言わんばかりに。
side.アキend
☆★☆
side.アイ
目を閉じれば、遊園地で会った女の子との会話を思い出す。
──アキ君が寝込んで、ルビーの側に居た時。
ふと、ベランダの窓で烏を連れて笑っていた彼女は、私に指差しながら告げて来たのだ。
「そのまま頑張ってたら、本当に消滅しちゃうよ?」
『やっぱり見えてるんだ』
「これでも疫病神とか、散々な呼ばれ方してるからね」
クスクスと楽しそうに笑う少女は、ルビーに纏わりついている黒い靄を祓った。
少女は人差し指を唇に当てて「サービスだよ?」とウィンクする。
彼女、もしかしたら意外とお茶目さんなのかもしれない。
「そろそろ、お兄ちゃんの方の舞台だね。見るつもりなの?」
『もちろん。アクアの晴れ舞台だもん』
「見るのはやめた方がいいと思うけど」
『消えるから、でしょ?』
「うーん。自覚してるなら、何を言っても意味ないか」
ルビーのアイドルとしてのステージである、ジャパンアイドルフェス。
アクアの俳優としてのステージである、東京ブレイドの舞台。
私の心残りが双子の
『大丈夫、まだ消えないよ。ルビーが危ないんだから、消えるわけにはいかない』
「折角、狼さんが綺麗な状態でここまで送ってくれたのに?」
『きっとその日の為に、アキ君がここまで連れて来てくれたんだよ』
アクアもルビーも、アキ君も、もう私がいなくても大丈夫だって思えるから。
『神様の狙いはルビーだけじゃなくて、私もなんでしょ。なら、ママとして最後の仕事をしなくちゃ』
何となく予感はしていたのだ。
私はアキ君に生命力を分けてもらっていても、ずっと幽霊のままじゃいられない。
たぶん、アクアとルビーが20歳を超える頃には確実に消えるだろうって、そんな予感はあった。
それがちょっと早くなって、ルビーとアクアの為に動けるってだけだ。
「試練の日は双子が生まれた土地にて行われるよ。運命はその日にやってくるから、その日までに覚悟してね」
『期限まで教えてくれるの? 疫病神って言われてるのに、優しいんだね』
「人が勝手にそう呼んでるだけで、あたしは自分を疫病神ですなんて、名乗ったことないよ?」
それだけじゃないけど、と続けて少女は言う。
「死者は割り切ってくれるけど、生者は抗うからね。その場所に行かなければとか、馬鹿なことを考えちゃうんだ。だから、余計な情報は教えないようにしてる」
『じゃあ、この話は言わない方が良いの?』
「そうしてもらえるとこっちとしては嬉しいかな。後は……」
少女は言うかどうか迷うように、右手を口元に持って来た。
暫くそのままの格好で悩んで、何を考えているのかわからない顔で「お節介かもしれないけど」と笑う。
「あなたがやろうとしてることは、あたしからすると最善だと思うよ。だから、迷わずに今を楽しんできてね」
──というのが、アキ君の言う『烏の少女』が態々ルビーが寝ている時間にやってきて言ってくれた忠告だ。
視線を虚空から舞台の上へと向ける。
『うん、楽しそうに演技してる』
月みたいな静かだけど浸食するように飲み込んでくる静の演技。
太陽のように激しく輝き、近づき過ぎる人を燃やしてしまうような動の演技。
舞台の上では今、2人の少女の演技によって、2人が月と太陽が輝き、御互いを高め合っていた。
あの景色が自分の御蔭だなんて己惚れるつもりはないけれど、無事にあの子は輝き方を思い出したみたい。
いくら心残りが解消されたからって、練馬ちゃんの件が中途半端に終わるのも良くないし、ほっとしちゃった。
……あれ、練馬ちゃんじゃなかったっけ? 播磨ちゃん? それとも辰馬ちゃんだっけ?*1
う、うーん。アキ君のツッコミが来ないからわかんないや。ごめんね!
という思考は傍に置いておいて。
監督さんも誰もかれも、彼女を知っている人程、驚いているのは気分が良いね。
昔のようなただただ自分が輝く為のモノではない。
アイドルとしての経験と、幽霊として、アキ君の裏方としての経験を合わせた新しい輝き方。
名付けて『私の光で周辺も照らす! 私もあなたもキラキラ技法』!*2
……アキ君は頭を抱えてたけど、入間ちゃんにはピッタリな輝き方だと思うんだよね。うんうん、伝授できてよかった。
──後は、アクアの舞台を楽しむだけかな。
アクアの相手は看板役者とも言われている男の子。
名前はわかんないけど*3、『行動』の一つ一つから伝わってくる感情演技が凄いなーって思う。
でも、ウチの息子も負けてない。
感情演技という分野では負けていても、自然と意識を誘導させてくる演技。
あれがアキ君が小技と呼んでいる『音』を使った演技か。
同じ動きでも、相手の男の子とは伝えてくるものが違う。
コツコツ積み重ねて来た演技の技術に上乗せされる、周囲とは違う
その真似が難しい小細工が恐竜対戦のようなぶつかり合いの中でも、アクアを引き立たせている。
意図していない音が聞こえてきたら思わず音がした方向を見てしまうように、『音』というのは視線を集めやすいらしい。
それを利用した視線誘導を演技に取り込んで注目を集める場所を誘導しているとか何とか、アキ君が小難しいことを説明してくれていたのだが、詳しい原理はちょっと私には理解できなかった。
『……すごいなぁ』
生きている時に見たアクアの演技とは違うし、周りの誰とも違う演技に役割を当てはめるとしたら何だろうと考えて、1つ思いついた。
アクアは『指揮者』なのだ。だから、輝いていなくても、目立っていなくても視線が集まる。
私も小学校の合唱ぐらいしか詳しくないから印象でしか話していないけど、たぶんこの言葉がぴったりだと思う。
周りを際立たせるのも、周囲を使って、自分を使って、自在に操って舞台の質そのものを上げていく。
──アクアも、ルビーも、変な邪魔さえなければ歩いていけそうだ。
そう思って安心してしまったせいだろうか。体の力が急激に抜けていくので、自分の体を抱きしめるように押さえつける。
『……待って。まだ、ダメだから』
これはもう、舞台どころではないかな。
目は舞台に向いていても、意識はひたすら体の方に向かっている。
「──もしかして、成仏しそうなんですか……?」
だから、私は観察していた琥珀色の光に、気が付くことができなかった。
先にほぼこの話に関係なさそうになる情報を開示します。
推しの子の原作沿い……?沿えてるのか賛否両論ですが、プライベート(宮崎慰安旅行)編でほぼお片付け完了予定なので……
スキャンダルと映画は吹き飛んで、アイの映画自体自然消滅します。
双子はずっと隠し子のままですし、双子の仲が致命的になったり、重曹先輩がすっぱ抜かれることもありません。