特別な彼女の引き立て役Aです   作:大森依織

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A禁止法、制定される

 

side.アイ

 

 

 アキ君は私と2人っきり……いや、1人でいる時は音声を使わずに声を出すことが多い。

 だから一人暮らしをしていたら、自然と家の中ではアキ君の声を聞けるチャンスが私だけに与えられるんだけど。

 

 

「アイさん、ボクもできる限りルビーさんやアクアさんと一緒にいるようにしますから、いつでも体を貸しますよ」

 

「アイさん、無理していませんか? 辛かったりしたらいつでも言ってくださいね」

 

「アイさん、このケーキ好きでしたよね? よかったら食べませんか?」

 

「アイさん、良ければ──」

 

「アイさん、ここに──」

 

「アイさん──」

 

「アイさん」

 

 

 

 だからって、隙あれば私に体を貸そうとするのは聞いてないなぁ……!

 

 思わず心の中で叫んじゃったけど、理由があるんだよ。理由が。

 

 アキ君ってかなり奉仕体質というか、昔の癖? らしくて尽くしたがりな子だとは思っていた。

 

 でもさ、これはちょっと聞いてない。

 ずっと私の名前を呼ばれていて、自分の名前で頭がおかしくなるんじゃないかと思うぐらい、構われるとは思ってなかったよ。

 

 声とかグラブジャムンに負けないぐらい甘いし、霊体で触れられないはずなのに、添えられている手は壊れ物を扱うかのように優しい。

 

 アキ君は知らないかもしれないけれど、こういうのは恋人とかそういう関係の子にしてあげる行動だからね?

 誰でも彼でもやってたら背中が包丁で針鼠になっちゃうよ。

 

 ……うん、現実逃避はもうやめておこうかな。

 アキ君がこうなっている心当たりはあるのだから、聞くしかないだろう。

 

 

『ねぇ、アキ君』

 

「何でしょうか」

 

『最近、すごく気にかけてくれているのは、私の幽体の事を知ったからなの?』

 

「……さぁ。実際にその出来事が起きるか、言葉にしないとそれは現実のモノにはなりませんよ。ですから──ボクはアイさんの事について、何も知らないんです」

 

 

 じっとこちらを見つめているアキ君の目がゆっくりと細くなる。

 

 

「いつかは来るかなって思っていたんです。1年前に譲らなかった時点で、覚悟だけはしていました」

 

 

 どうやら幽霊本人よりもアキ君の方が色々と考えていたらしく、アキ君は眉を下げて少しだけ口角を上げる。

 

 無理矢理作られた笑顔はやっぱり納得いっていないと言わんばかりで、それでも納得するしかないと受け入れているようでもあった。

 

 

「どうしてもアイさんが生きたいのなら、今からでもボクはこの体を譲ってもいいと思っていますよ」

 

『アキ君、それは怒るよ?』

 

「……そう言うってわかってますから、受け入れるしか思いつかないんですよ。アイさん自身が受け入れているのに、他人であるボクが拒絶するのはあまりにも身勝手です。この件で文句を言えるのはきっと、あの2人しかいませんよ」

 

 

 こうも達観されるとちょっとムッと来てしまって、悪戯心がひょっこりと顔を出す。

 

 

『別に言ってもいいんだよ~、文句ぐらい』

 

「それは、その」

 

 

 さっきまで力強く見ていた瞳が揺れて、アキ君は心に留めていた言葉を吐き出した。

 

 

 

「──ホントは、罪悪感のわかない奴の体を捕獲したくなるぐらい、嫌です」

 

『ごめん、それは私が嫌かも』

 

「例え話ですよ。本気でやりませんし」

 

 

 いやぁ、それはどうだろう。

 

 アキ君には事故を装って相手を始末してから、「掃除してきました、褒めて!」と褒められるのを待つ小型犬のような反応をする凶悪な面もあるのも、知っているからなー。

 

 でも、私の為に外見を近づけたり、器の仕事だからと日々のお手入れを欠かさない気合いの入れ方を見ると、あり得ないようにも見える。

 

 は? 穢らわしいモノをアイさんの器に? キレそうなんですけど……とか、普通に言いそうだし。

 アキ君って、どっちも可能性としてありそうなのが怖いんだよね。

 

 もしも、アキ君と付き合う子が出て来たら、そういうところの手綱を握ってくれる子の方がいいかな。

 アキ君を悪用されたらとんでもないことになりそう……

 

 

「アイさん、変なこと考えてません?」

 

『カンガエテナイヨー』

 

「その嘘は愛でも何でもないですからね?」

 

『言うわけないじゃん』

 

 

 見くびられたら困るよ、と怒ったフリをすれば、アキ君は肩を竦める。

 

 こんな馬鹿みたいなやり取りもあと僅かなのかな。

 そう考えたら寂しいな。考えなきゃよかった。

 

 そんな風に考えていると、アキ君が私の顔に向かって手を伸ばす。

 しかし、その手は何も触れることなく、虚空を彷徨って力なく降ろされた。

 

 

『どう、したの?』

 

「……いえ。なんでもないんです」

 

 

 アキ君は宙を彷徨った手を寂しそうに見下ろして、握り締める。

 下に向けていた視線を上げた頃には、アキ君の顔は何かを決めたようなスッキリとした顔になっていた。

 

 

「少し、風に当たって来ますね」

 

 

 何を考えているのかわかりにくい微笑を浮かべ、そのままベランダの方へと歩いていくアキ君。

 

 何となくアキ君が触ろうとしたところが気になって目元に手を伸ばすと、手が濡れたような錯覚に陥る。

 

 

『もしかして私……泣いてた?』

 

 

 それを拭おうとしてくれたのに、幽霊の私には触れれなくて、アキ君はあんな顔をしたのだろうか。

 

 

『悪いこと、しちゃったかな』

 

 

 少し心苦しくて、私は胸の前に持ってきた両手をギュッと握り締めた。

 

 

 

 

 

side.アイend

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

side.アキ

 

 

 

 もしも今のアイさんが水だとしたら、ボクは両の掌で作ったお椀という、頼りない器だった。

 

 外見を真似て、できるだけアイさんに近づけることで負担を軽くしても、ボクはアイさんの肉体ではなく、狼人間の魂を宿した異物。

 

 生命力()を継ぎ足して、騙し騙しここまで来れたのが奇跡だったのだろう。

 

 アイさんの魂はもう、継ぎ足した程度ではどうしようもないところまで来ている。

 烏の少女によって『器を合わせる』という行動をしたからこそ、その限界がハッキリ見えてしまって、悔しかった。

 

 

「泣いている人の涙も拭えないなんてね」

 

 

 拭おうにも触れることすら叶わず、隣に寄り添おうにも同じ位置にすら立てない。

 生と死、肉体と幽体。感覚が鋭くなればなるほどその差がハッキリと認識できてしまう。

 

 虚空を彷徨った右手を握り締める。

 

 この手ではアイさんの魂を掴み続けることが難しくても、何とか完全に消滅することだけは阻止したかった。

 いくらアイさんが2人を守るために覚悟を決めているとはいえ、近くにいたボクが何もしなかったら、アクアさんにもルビーさんにも顔向けできない。

 

 

 ──何かを手に入れるためには、何かを犠牲にしなければならない。

 

 

 そんな言葉は度々、色んなジャンルの本で出てくる。

 受験や資格に合格するために時間を犠牲にしたり、欲しいものを手に入れるためにお金を犠牲にし(払っ)たり。

 

 アイさんが無理をした時に消滅しないようにする為に──ボクは何を差し出せば阻止できるだろうか?

 

 

「1年前に命はいらないって言われたばかりですし、それ以外……か」

 

 

 1年前のあの日に、阻止された時点でアイさんの先は決まったも同然だった。

 ただ、ここまで時間がなかったとは思ってなかった。そこだけが予想外だ。

 

 今度は両手をパッと開いて、じゃんけんみたいにグーを作り、意味もなくチョキとかもやってみる。

 ピースサイン。ついでに笑ってみれば、体というものは単純なもので、少しだけ気分が上向いた気がした。

 

 

 ──♪。

 

 

 現実逃避から暫く手で遊んでいると、スマホから明るい音楽が流れた。

 ふむ、この音はメムさんだけど。時間が時間なので直接電話してくるなんて珍しい。

 

 いつもの二刀流スマホスタイルに変更してから、緑色をタップして応答した。

 

 

【お電話ありがとうございます。篠塚家のアキでございます】

 

『え、アキ君?』

 

【MEMちょ様ですか、いつもお世話になっております。今夜はどのようなご用件でしょうか?】

 

『要件は今からうちに来てほしいって話だけど。その前にその喋り方、やめない?』

 

【えっとぉ……その、家に来て欲しいって普通に問題では?】

 

 

 今まで家に行ったことのない人に対して『家に来てほしい』と要請するなんて、余程の問題でもなければあり得ないだろう。

 

 

【何があったんです?】

 

『来てもらった方が早いと思う』

 

【教えてくれないなんて、焦らしますね】

 

 

 手を変え、品を変えて聞いてみても、メムさんからは望む答えが聞こえて来ない。

 仕方がないので住所を聞き出した後、アイさんに一言断ってから家を出た。

 

 いつもはついてくるアイさんは、今日はお留守番するらしい。

 なので、ボクは1人で夜道を走ることになった。

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

「やっぱりぃ! やっぱりおかしいわよこんな世界ぃぃっ!」

 

 

 ……悲報。有馬さん、メムさんのお家でご乱心である。

 

 

【どうしたんですかこれ】

 

 

 先輩を『これ』扱いするのはよろしくないかもしれないが、正直な感想と共にメムさんに問いかける。

 この訳のわからぬ状況に巻き込んできたメムさんは、気まずそうに目を逸らして冷や汗を拭った。

 

 

「いやー、その。冷蔵庫にあるお酒の瓶をですね……かなちゃんが間違って飲んじゃって」

 

【うぇっ!? 未成年に何飲ませてるんですか!?】

 

「違う、違うの! ちょっとジュースっぽい見た目だから、かなちゃんも自棄ジュースしちゃって、それが自棄酒になってて!」

 

 

 自棄ジュースとか何だって話だし、それが自棄酒になるとか、何段階飛ばしたらそんな結果になるのかと聞いてみたい。

 

 色々と言いたいことはあるけど、メムさんも未成年にお酒を飲ませるような大人じゃないし、本当にビックリしたのだろう。

 その結果、思わずボクに助けを求めたと考えれば、今の状況は理解できる。

 

 理解はできるけれども、だ。

 

 

【どうしてボクを呼んだんですか?】

 

「その、ね。震源地である私が話しかけたら、かなちゃんがヒートアップしちゃうから……」

 

 

 詳しく話を聞いてみると、どうやらメムさんは有馬さんに双子のことについて『お喋り』してしまったらしい。

 

 想像はしていたけど、事実だとはわからないグレーゾーン。

 そこから真っ黒なところまでメムさんの手によって引っ張られてしまった有馬さんは、ジュース(お酒)へと現実逃避したと。

 

 

【乙女の『かもしれない』って可能性の領域の思考を確定させるなんて……メムさんって残酷な人なんですね】

 

「ごめんって! かなちゃんも受け入れてるって思ったんだもん! 今の状況見たら本当に悪かったって思ってるもん!」

 

【謝るなら素面に戻った有馬さんにしましょう】

 

 

 必死に弁明するメムさんを抑えてから「あほー、ばかー、すけこましー」と泣いてしまっている有馬さんを宥める。

 

 

「男女の双子は前世じゃ恋人同士とか言うけど! 幼馴染は負けヒロインって言うけどぉ!」

 

【双子の前世云々はともかく、有馬さんって幼馴染に該当しましたっけ?】

 

「私とアイツらはほぼ幼馴染みたいなもんよ~」

 

 

 アクアさんやルビーさんにそんな話は聞いていないけど、そういうものなのだろうか。

 それとも自分の恋心が実らない理由を謎の理論に押し付けているのか。判断が難しい。

 

 理由は色々と思い浮かぶものの、ズビズビと泣いている有馬さんを放っておくこともできず、メムさんの腕の中に閉じ込めた。

 

 

「って、うぇ!? 急に私に丸投げ!?」

 

【有馬さんは女の子でしょ? そう簡単に抱きしめたり頭を撫でるのは、男としてよろしくないかと】

 

「今更な気がするけど、紳士的な理由だね……」

 

 

 有馬さんの頭を撫でているメムさんは、呆れるような視線を向けてくる。

 そんな視線を向けられても困ってしまうので、やめてくれないだろうか。

 

 もし、この状況で有馬さんを慰めたら、ボクが彼女に気があるみたいだろう。

 有馬さんは好きな人がいるのに、そんなことをしてはいけない。それぐらいの配慮はできるのだ。

 

 

 ……そんなことを考えていると、有馬さんがメムさんの腕から抜け出して、床を叩き始めた。

 

 

「本当はドン引きよぉ、兄妹とか非生産的なのよぉ! 絶対に、私の方が良い女でしょっ……いや、それは微妙か?」

 

「急に冷静になっちゃった」

 

 

 床に八つ当たりしている途中で涙を引っ込める有馬さんに、メムさんは苦笑いを浮かべる。

 

 

「兄妹とか法律的にないわよ。それでも、その道を選んだんなら、幸せそうな顔してなさいよ、ルビーの馬鹿! じゃないと私、あんたを祝うことも、あのスケコマシに文句言うこともっ。どっちもできないじゃない……」

 

 

 お酒と失恋で情緒不安定になってしまった有馬さんは、暫く喜怒哀楽を極端に出して、やがて疲れたのか眠ってしまった。

 

 

「ありがとう、アキ君。私だけならもっと大変だったと思う」

 

【お力になれたのなら何よりですよ】

 

 

 社交辞令のように言い合って、有馬さんをメムさんのベッドに運ぶ。

 今日のメムさんはお客さん用の布団で眠るらしい。

 

 ボクはこれから帰宅するとして、大事な教訓を1つ、お互いに確認することにした。

 

 

 

 

 

【とりあえずお酒が飲める年齢に近づいたら、有馬さんには強く『気をつけろ』って言わなきゃいけませんね】

 

「それはそう」

 

 

 

 

 

 有馬さんはお酒禁止だ。

 それがアルコールが強いからメムさんも飲めずに封印してたというお酒だとしても、あの酔い方は怖い。

 

 

 




A(アルコール)禁止法の制定。
重曹先輩はお酒に弱そうっていうのは偏見です。

《あきのこばなし》
アキ君は意外と線引きはきっちりしてる方かもしれない。
線の内側に入ってる人からすると、かなり意外に感じるらしいですね。
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