先輩、動きます。
side.アキ
「何とビックリ! ユーチューブの登録者数がそろそろ4万人*1になりそうなので、お礼動画を出したいと思います!」
はい拍手! とメムさんが求めるので、ボクは大きな音が鳴るように拍手した。
しかし、JK組の方の反応は薄い。有馬さんなんて何事もなかったかのように、スルメを咥えている。
「4万人かぁ……先輩的にはどう思う?」
「そうねぇ。まだ
「やっぱり100万人ぐらい数字がないと、公式としてはインパクト足りないよね。頑張らないとなぁ」
「いや、いやいやいや! もっと私とアキ君を褒めてよぉ!? 頑張ってるからねっ」
ルビーさんと有馬さんが好き放題言うので、メムさんは思わず叫んだ。
「企画も撮影も編集も私とアキ君とでセコセコ頑張って、1年経たずに4万人も集めたこの手腕を褒めてくれないかなっ」
「えぇ? でもたったの4万人よ?」
「かなちゃん甘いよ。1円玉だって塵も積もれば1万円札だよ!?」
「1円を山にしたって1円玉のままだし、両替手数料で1万円札になり損なうわよ」
正論で殴られたメムさんが呻くのを横目に、有馬さんは口につけたスルメを食べ切る。
彼女はやれやれと呟きながら立ち上がり、大袈裟な動作で頷いた。
「確かに下と比べたら、4万人ってすごいっていうのは認めるわ」
「だよね!」
「でも、収益とかお小遣い程度のチャンネルって、普通に事業としては旨みがないわよね?」
「だからこそ。B小町の財政状況が良くないのは事実だし、この記念動画で対策したいと思ってるんだよ!」
グッと握り拳を作ったメムさんの手から、人差し指と中指が伸びてくる。
「記念動画としてルームツアー動画を撮ります。そこで部屋の私物を経費で落としまぁすっ」
「経費というと、確定申告とか税金とか、アキが毎年涙目になってる奴だね」
「……え、そうなの? アキ君、相談乗ろうか?」
ルビーさんの言葉でメムさんの視線がこちらに向く。
さっきまで3人で話してたのに、急にこちらを向くのはやめて欲しいのだが。
叔母に紹介してもらった税理士とかそういう人々に相談していているので、どうかこちらは心配しないでください。
「……うん、まぁ、アキ君は関係ないから傍に置いて。テコ入れ秘策2つ目の発表だけど──PV撮影
「PVって、そんなのどうやって撮るの?」
首を傾げるルビーさんに対して、メムさんは自慢げな顔で告げる。
「私のお友達に頼むんだよー。その子のホームである宮崎県に行って、1日撮影。他は慰安旅行の3泊4日お楽しみタイム……も、用意してるけど、それをやるには進捗状況確認がねー」
そこまで言ったメムさんは考えるような動作のまま、勢いよく部屋を飛び出した。
何事かと思いきや、すぐに戻ってくるメムさん。
その手には何故かミヤコ社長が捕獲されており、何事かと困惑する美魔女の姿が見えた。
「急に連行されたのだけど、何事なの?」
「社長、発注した曲はどうなってるんですか!? 前に頼んでましたけど、もう来ないのなら3曲ともにアキ君に作ってもらおうと思うんですけど」
「「「え?」」」
どうやら社長もルビーさん達もメムさんの話を初めて聞いたらしく、目を丸くしている。
メムさんが先に話を通していると思っていたのに、まだ未発表だったらしい。
ちらりと隠していた本人を見ると、したり顔でウィンクを決めていた。
「やっぱりPV1つだと今、センターのルビーが目立つ感じになりそうでしょ? かなちゃんも私もB小町だし、3人分作りたいよねってアキ君と話してたんだよね」
「そういう妄想をするのは勝手だけど……費用とか大丈夫なのかしら?」
当然の疑問をミヤコ社長が投げかけてくるので、ボクの方で用意していた資料を取り出す。
【社長が交渉している1曲はメムさん担当ですが、2曲分はこっちで全部、交渉してますのでこんな感じのお値段です】
「あらやだ。お手頃価格というか、かなり安いわね」
【ふふん、かなり頑張りましたよ】
叔母の力と我がマネーパワーがなければ苺プロに請求する金額はもっと多くなっちゃうぐらい、抑えたお値段である。
次も同じでと言われたら今度はボクが消滅するぐらい、頑張ったので是非とも採用して欲しい案だ。
「計画書も良く練られてるみたいだし、反対する理由はないわ。ということは……後はこっちで注文している曲なのね」
【そこの所、どうなんですか?】
「皆を驚かせようと内緒にしてたんだけど……実は初オリジナル曲として、『ヒムラ』さんにお願いしていたのよね。ただ、問題があって」
【問題?】
「……お願いしている曲が、締め切り過ぎてもまだ上がってきてないのよ」
【それは、それは……】
ヒムラさんといえば、確かB小町の楽曲を多く手掛けていた方のお名前だったかな。
トップアーティストとして活動してるし、作曲家としてもヒット曲を連発。
B小町の代表曲も手掛けたヒムラさんだからこそ、ボクに曲を作らなくても良いと言っていたと。
……ふーん。
別にボク、その人に負けてるとは思わないんですけど。
ボクだってヒット曲出してますし。ボクの方がすごいの出せますけど。
そんな対抗心がメラメラと燃え滾っている。
しかもまだ上がってないなんて、モチベとかあるのかもしれないけれど、こっちを蔑ろにしているようにも取れて、ちょっと許せないかもしれない。
今からでもそのヒムラさんとやらから乗り換えてくれるなら、3曲目だって作れるのに。
確かにヒムラさんも凄いかもしれないけど、ボクだって負けない曲を作れる自信があるし。
「ミヤコさん、ヒムラさんにちゃんとお願いしたい!」
「はぁ……わかったわ、直電してみましょうか」
内心で猛アピールしていたものの、残念ながらルビーさんの強い要望もあり、ヒムラさんへのお願いは続行らしい。
しかも、ルビーさんがその場でメッセージ動画撮って送ってる。
これはB小町のオリジナル曲という名の、ほぼルビーさんメイン曲で決定かもしれない。
【当初の予定通り、メムさんと有馬さんメインの2曲編成から変更する必要はなさそうですね】
「やっぱりルビーは『持ってる』ねぇ」
メムさんの発言は意図しているものなのかどうか。
【
ただ、それだけを返事して、目を細めていると、有馬さんがメムさんに向かって声をかけた。
「ねぇ、MEMちょ。ちょっと提案があるんだけど」
「ん? どうしたの?」
「宮崎のMV撮影兼慰安旅行の件。追加で1人、連れてきてもいい? ラジオ配信のゲストにも丁度いい人だし、知り合いだから」
真っ直ぐ見つめる有馬さんの目は澄んでいて、何かを決意しているように見える。
「オッケー。アクたんとアキ君も来る予定だし、1人追加でも大丈夫だよー」
メムさんはグッと親指を立てた。
それに露骨に安堵している有馬さんの頭に浮かぶ人はただ1人。
この行動が悪手だとは思えないので、ボクは一歩離れて黙っておいた。
side.アキend
☆★☆
side.かな
あいつの真意を確かめたかったし、色々と言っちゃったから、丁度良かったんだと思う。
「急に呼び出して悪かったわね、黒川あかね」
だから、行き慣れた喫茶店の窓際席を占領し、呼び出した彼女に一言、謝罪を入れた。
「まぁ、予定も丁度空いてたし。かなちゃんのお誘いを断る理由もなかったし」
「それでも会ってくれて感謝してるわ、黒川あかね」
私が呼び出したのは、劇団ララライの天才女優──黒川あかねである。
彼女は「何でフルネーム……?」と微妙そうな顔をしているけど、今はどうでもいい話だ。
私は彼女の感情面を無視して頭を下げた。
「まずは、東ブレの舞台での対応の件。あれはやり過ぎたと思うから謝罪するわ、ごめんなさい」
「えっ、あぁ。私から言った話だから、こちらこそごめんなさい。それでその、これが要件なの?」
「お察しの通り、本題は別。本題は宮崎への慰安旅行へ、アンタも誘いたくてね」
「慰安旅行に私を?」
どうして私? と言いたげな顔で黒川あかねが首を傾げるので、私は建前を告げる。
「B小町ではラジオ小町っていう配信を何回かやってるんだけど、その初ゲストにアンタを呼びたいのよ。丁度宮崎でMVを撮るし、初ゲストに外出先で配信っていうと、特別感が出るから」
「本当にそれだけが理由? 建前とかじゃない?」
コイツ、鋭いわね。
……まぁ、話が早いのはいいことでしょう。
「アンタはアクアとルビーのこと、どれだけ知ってる?」
「双子っていう基本的な情報のこと? それとも、ちょっとここでは言いにくい関係のことかな?」
「ふぅん、知ってそうな発言ね」
「その、現場にいたから」
ってことは、つい最近まで知らなかったのは私だけだと。
百歩譲ってアキとMEMちょが知ってるのはまだいいとしても、黒川あかねすら知っているのに近い場所にいる私が知らないって、何というか複雑ね。
不満に口を尖らせていると、黒川あかねが当然、胸を押さえ始めた。
「え、どうしたのよ? もしかして体調が悪いの? 辛いなら後日でもいいけど」
「大丈夫、ちょっと
「えぇ……いや、アンタが良いんならそれでいいけど」
まさか黒川あかねが発作持ちだったなんて、あんまり無理しない方がいいと思うんだけど、本人が良いと言うなら仕方がない。
私は改めて話を再開する。
「そのね、ルビーの様子が最近おかしいから、アンタの手を借りたいのよ」
「それで慰安旅行に同行して欲しいって、随分と思い切ったね」
「杞憂ならそれはそれで構わないからね」
ただ、ルビーに関しては楽観視できないから保険が欲しいのよね。
その保険の1つとして思いついたのが黒川あかねってわけよ。
「宮崎に行くって言った瞬間、ルビーが少し反応した気がしたの。アンタ、役作りとかで分析とか得意なんでしょ? それでルビーのことも掴めないかと思ってね」
「うーん……残念だけど、ルビーちゃんのことは難しいと思う」
「どういうことか、聞かせてくれる?」
「簡単だよ。ルビーちゃんに対してプロファイリングしても、一部分だけ何故か分析外の行動をしてるから、わからないの」
とある日、黒川あかねはアクアの現状維持を切望する動きの為に、動くか迷った結果、ルビーを焚き付けてくっつける方を選んだ。
黒川あかねの予想では、焚き付けられたルビーはライバルが現れたことで、お兄ちゃんを取られたくないからと告白するシナリオだった。
しかし、告白までは良かったものの、予想に反して何故か黒川あかねも一緒にくっ付くシナリオになっていた。
その後もなんやかんやとアクアに行動の説明と許可を貰いつつ、デートするやら恋愛云々と、ルビーの反応を伺っていたらしい。
ルビーは確かに嫉妬も嫌そうな顔も全部、黒川あかねの予想通りの反応を見せたというのに、最後には何故か『応援する』という同じ出力結果になった。
──まるで、何かに仕組まれているかのように。
「だから、私の分析はそこまでアテにならないの。むしろ、こっちの方が頼りになるかも」
そう言って黒川あかねが手渡してきたのは、胡散臭そうなお守りだったり、お札だった。
「最初は私も毒親による洗脳とか、そっちの線を考えたんだけどね。それを疑うにはちょっとオカルトが強くて」
「まさか、そっちの専門家に写真とか見せたら、怯えられたとかそんな馬鹿な話をするんじゃないでしょうね?」
「そのまさかだって言ったら?」
こちらに向けられた真剣な眼差しに嘘はなさそうで、私は自分でもわかるぐらい顔を顰めてしまった。
神職や、見えると噂の人にルビーの最近撮った写真をみせた所、かなり上位のマズイ存在に目をつけられていて、こちらではどうしようもないと匙を投げられた。
せめて気休め程度にと渡されたのが、お守りとかお札で。
分析外の行動をするルビーの反応も相まって、黒川あかねは『何かとんでもないものに取り憑かれてるんじゃないか』と予想したという。
「私の間違いならそれでいいんだけど、合ってた場合、私が力になれることなんてあんまりないよ」
「いや、私達の誰もが気がついてないことに独力で嗅ぎ取ってるアンタが力になれないって、本気で言ってる?」
それなら私なんて、戦力外どころか蚊帳の外だったんだけど。
予想外だったとしても、現場にいれば対応してくれるんじゃないかと思う推理力に、私の判断も悪くないって自画自賛しそうになった。
「このままだと何だか良くないことが起きそうな気がするのよ。だから、黒川あかねの力を貸して欲しいの。お願い!」
「……うん、アクア君の為にもなりそうだし、私はかなちゃん達がいいならついて行くけど」
「けど?」
「その、フルネームで呼ぶのはやめてくれないかな?」
「あ、ごめん」
ライバル視している影響なのか、フルネーム呼びがしっくりくるのよね。
そう思ったけれど、交換条件ならば仕方がない。
何とか『あかねちゃん』呼びだけは回避した私は『あかね』と呼ぶ代わりに、黒川あかねを慰安旅行へ招集することに成功したのだった。
何故か、先輩には黒川あかねとずっとフルネームで呼んでいてほしいし、呼んでる印象がありました。不思議ですね。