side.アクア
「来たわね、スケコマシ
待ち合せの喫茶店に来たら、突然暴言を浴びせられた。
相手が変装用のサングラスと帽子を被った有馬だったとしても、あまりにも突然すぎる罵倒である。
そういう言葉に興奮するわけでもないので、俺は思わず目を細めてしまった。
「俺、ここに来た瞬間に罵倒される程、何か悪い事をしたか?」
今日、俺が態々喫茶店まで来ている理由は、有馬が「話したいことがある」と俺を呼び出したからだ。
『話す場所と都合の良い時間を選んでくれたら、後はこっちが合わせるから』と連絡が来たので、時間と喫茶店を指定して今日、ここに来た。
時間だって10分前と遅れていないし、問題のないと言われる範囲内の対応ができていると思うのだが、何がそんなに不満なのか。
不思議に思っていると、有馬はわかりやすく顔を歪めて「はぁぁぁぁ~」とため息をついた。
「アンタねぇ……1回座って、周りを見てごらんなさいよ」
有馬に言われるままに椅子に座ってから、周囲を観察する。
12月に入った影響なのか、喫茶店の中はクリスマスらしい赤と白、そして緑を基調としたデザインの小物が多い。
カップル割をしているのか、客層は男女が多く、これならば有馬と一緒にいても不自然に思われないだろう。
クリスマス仕様のケーキやカフェはかわいいものが多く、全体的な客層は女性が多めだろうか。
有馬がいつかの日に「この店に行ってみたい」とルビー達と話していたという情報もあったし、不機嫌になるぐらい悪い店だとは思えなかった。
「どうせルビー辺りから、私がこの店に来たがってたって聞いたんでしょうけど。その気遣いは優しさじゃなくて毒よ? 私が理解のある女で助かったわね」
有馬は近くにあった備え付けのフォークで刺すような動作をして、「じゃないとアンタ、今頃ハリネズミだから」と吐き捨てる。
もしかしてフォークを突き刺してハリネズミみたいにしてやる、と言っているのだろうか。
恐ろしい発言に血の気が引いていると、有馬が目を細めて笑った。
「そうなりたくなかったら、想い人がいる状態で2人きり。しかも、カップルの多い店を選んで会おうなんて思わないことね。アンタの恋人、ルビーに勘違いされても知らないわよ」
「どうして、有馬がそれを?」
今度は別の方向で顔どころか全身の熱が奪われるような感覚に襲われる。
アキや黒川、メムにバレているのは把握していた。
しかし、まさか有馬にまでバレているなんて思っていなかったので、俺の心は断頭台で処刑を待つ犯罪者のように追い込まれていた。
「アクアも一緒に選んだ道でしょ。なら、そんな罪人みたいな顔をしてるんじゃないわよ。むしろ『そうだが?』って開き直りなさい。ルビーの手を取った癖に、間違ってましたって言ったら私が断罪してやるわよ?」
「いや、人に知られるのって割とダメージがあるんだぞ」
「はん、そんなんだからルビーが不安になるのよ。それとも何? 私が正直に『双子の近親はキモイ』とか『ありえない』とか言えば、アクア達は離れるワケ? そんな関係なら最初からくっつくんじゃないわよ、ムカつくし鬱陶しいから」
苛立ちを隠しもせずに舌打ちをして、有馬が呼び鈴を鳴らす。
気まずそうに笑う店員を無視した彼女はケーキとキャラメルマキアートを追加で注文すると、再びこちらに視線を戻した。
「後、あかねとも会ってたらしいのに、時間をそんなに空けずに私とも会うなんて頭おかしいんじゃないの? この時点で大幅な減点よ、これ。アンタは馬鹿なの? 死ぬつもりなの?」
「追撃が痛いんだが」
「口撃で済んで良かったと思いなさい。それとも、私の拳が火を吹いてもいいワケ?」
「勘弁してくれ」
「なら、おとなしく聞くことね」
してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべ、店員からケーキを受け取った有馬はまた、フォークを動かし始める。
「そもそも。私、約束の時に『他の人を連れてきていい』って言ったのに、なんで1人で来てるのよ」
「それでルビーを連れてきてたらどうするんだよ」
「それはそれで構わないんだけど……って、私も『アクアのことだから1人でノコノコやってくる』って予想してたし、不毛な話ね」
「酷評だな」
「事実でしょー。ま、今度から友達であれ何であれ、異性と会う時は気をつけなさいってことよ。良い勉強になったわねー」
そんなに警戒してたら仕事とかどうするんだよ、という言葉は今は言わない方が良さそうだ。
言葉が倍になって返ってくる理不尽が目に浮かんで、俺はおとなしく聞きに徹する。
「──じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」
暫く女の子の扱い方への苦言を呈されていると、1皿目のケーキが食べ終わった頃に有馬が話題を変えてきた。
「アクア、今度の慰安旅行に同行するのよね?」
「アキやメムに誘われたしな。暫く暇だし、同行する」
「なら、先に言っておくけど……その旅行にあかねも同行するわ」
「黒川が?」
舞台のライバル視的にあり得なさそうなのに、有馬が黒川を誘ったらしい。
表向きの理由はB小町の配信の1つ『ラジオ小町』の初ゲストとして、有馬と黒川から見た東ブレの話をするという名目だという。
舞台の関係者、監督や原作者にも軽い台本を見せて了承は得ている。
「アンタもついでに出る?」と聞かれたが、俺にはアキのような女の園に混じる勇気はない。丁重に遠慮しておいた。
「って、ラジオ小町の理由が表向きなのか? じゃあ裏は何だ?」
「もちろんルビーよ。何となく、最近のルビーとか見てたら何かありそうなのよね。それはあかねも同意見みたいよ」
何か、か。
確かに宮崎は因縁のある場所だ。
雨宮五郎としても、星野愛久愛海が生まれた地としても、何かと縁がある。
そして──そこには僕の死体がある。
10年以上も経てば白骨化しているだろうか。
埋まっていればそれで良いが、もしも人が来れる場所で、誰かが──それこそ、ルビーが見てしまったのならば。
「旅行中、有馬達にもルビーのことを気にかけてもらっても良いか?」
「アクアが気をつけてるだけじゃ、足りないの?」
「何が起きるかわからないんだよ。だから、人手はあった方が良い気がする」
ルビーが雨宮吾郎の死体と対面するとしたら、それはあの腐れ疫病神が絡んだ時だろう。*1
神なんて何を考えているかわからない。警戒するに越したことはないだろう。*2
「そういえば、今のルビーってまるで何かに取り憑かれてるみたいだってあかねが言っていたわ。宮崎にも神社はあると思うし、お祓いでもしてもらう?」
「いや、気持ちだけ受け取っておくよ。ルビーのことを気にしてくれて、ありがとうな」
「元々、そのつもりで私をアイドルに誘ったんでしょ、アクアはさ」
「あの時の言葉も、嘘じゃないけどな」
「その気遣い、やめなさいって言ってるでしょ……まったく」
有馬は赤くなる顔を手で仰ぎ「あ~、暑いわね」と誤魔化すような呟きを漏らした。
目を細めて、口を開かぬように固く閉ざす。きっとこれが有馬と俺にできた境界線だ。
本当に、彼女も黒川も、もちろんルビーも。全員、俺にはもったいないぐらい良い人ばかりだよな。
なんて口に出していたら、また有馬に『そんなんだから~』と説教が続行されてしまうので、絶対に言わないが。
「あぁ、そうそう。これ、あかねから貰ったから、アクアにも分けてあげる」
そう言われて机の上に置かれたのは、いかにもなお札と、厄除と桃が書かれたお守りだった。
「何だよ、これ」
「気休めだって。お守りはルビーに渡してあげたら?」
何気なく渡されたものを、胡散臭く思ってしまう俺は間違ってはなかったと思う。
──これが時間稼ぎ程度には役に立つだなんて、この時の俺は全く予想できなかった。
side.アキ
夜。
寒さに負けないように暖房が稼働している部屋にて、イヤホンから聞こえていたキーボードが叩かれる音が止む。
ずっと緑に光っていたアイコンから光が暫く消えて、おおよそ数分ぐらいか。
メムさんのアイコンが再び緑色に輝き、心配そうな声音が鼓膜を揺らした。
『アキ君、もう1時間ぐらい黙ってるけど……もしかして寝ちゃった?』
その言葉だけは何とか頭の中で処理されて、真っ直ぐ見ていた視線が右下の方へと移動する。
パソコンのディスプレイを見れば既に8時を過ぎており、ボクは目を丸くしてしまった。
作業を開始したのは7時だったはずなのに、メムさんの言う通り、1時間近く過ぎているではないか。
まるで時間が飛んでしまったかのような衝撃に襲われる中、イヤホンから伺うような声音が聞こえてきた。
『かなりボーっとしてたみたいだけど、大丈夫?』
【あぁ、はい。今日の準備は終わらせてたみたいですし、恐らくは】
無意識で大体終わらせていたので、考え事に頭の容量を割き過ぎただけみたいだ。
念のためにもう一度今までやっていた作業を確認してみたけど、問題は……うん、大丈夫そう。
メールも送信していたものの、送信済みの内容を確認してもおかしな文章は作っていない。
この1時間、ほぼ無意識で作業をしていたらしく、心配してくれたメムさんに対して頭が下がる思いだった。
【すみません、心配かけたみたいで】
『ううん。でも、ビックリしたよぉ。もしかしてアキ君、扉に何か思い入れでもあるの?』
【扉?】
『うん、隣の人の玄関の扉が壊れてたって話から、上の空だったから』
扉、玄関の扉か。それで思い浮かんだのはずいぶん昔の事だった。
【これ、例え話なんですけど】
『うん』
【メムさんは引っ越した先に血まみれの幽霊が佇んでたら、どうします?】
『何、その事故物件……怖いから家に入る前に引っ越すけど』
【あぁ、ですよね。普通はそうですよねー】
それなのにあの時は無視して住もうとして、普通に考えれば馬鹿の所業である。
きっと、ボクみたいな奴の育児で疲労困憊だったあの頃の叔母だって、引っ越したいって意見は聞いてくれるのに、意地を張って口を噤んだ。
だが、そんな馬鹿なことをしたからこそ、ボクはここにいるわけで。
あの時の行動が1つ目の人生のターニングポイントであったことは、間違いない。
『でも、アキ君なら見捨てられずに成仏するまで一緒にいそうだよね。何かそんな感じがする』
現在進行形で一緒にいるので下手なことが言えず、文章を再生するのはやめておいた。
暫くの沈黙の後、メムさんの明るい声が聞こえてくる。
『もしかしてだけどぉ~。本当にそういう体験していて、今、成仏しそうな幽霊がいるから悩んでるとか?』
最近そんな映画見たんだよね~、と冗談っぽく言うメムさんに、ボクは何も返せなかった。
頭が真っ白になるってこういうことなのかもしれない。
一歩下がって冷静に観察しているボクを自覚しつつ、何か文字を打とうとスマホに手を伸ばす。
いつものようにスワイプして文字を入力しようとしたのに、思ったよりも動揺していたらしい。
スマホは手から飛び出して、床に落ちてしまった。
『すごい音がしたけど、大丈夫?』
【すみません、スマホを落としてしまって】
スマホを慌てて拾い上げ、音声を再生する。
今度は落とさないように、机の上に置いたまま入力することにしよう。
『私、アキ君の秘密の1つを目撃しているわけだけど。今更2つや3つ、増えてもお墓まで持っていくよ? 話して楽になることや、解決できることはないかな?』
【そう言いつつも、有馬さんにトドメを刺しにいったのに】
『あれはかなちゃんも感づいてたし、ノーカンでいこうよ!? それに、アキ君のことは感づかれても言うつもりないよ。アクたん達もアキ君のこと、知ってると思うけど……そういう話もしていないし』
【それは。はい、ありがとうございます】
そう入力する事はできても、手はアイさんのことを全く打ち込もうとしてくれない。
今、メムさんに全部打ち明けたとしてもいつも通り接してくれるだろうし、からかうこともないだろう。
それでも言えないのはきっと、これがボク1人の問題じゃないからで。
【なら、時期が来た時に助けてください】
『……うん、任せてよ』
何か言いたげな間を開けつつも、メムさんからの返事はとても力強い。
【今この時間は、何よりも2曲の準備の方が大事なので。メムさんも交渉とかあるんじゃないですか?】
『まぁ、ある程度は詰めてるけど。もう少しこっちも頑張ろうかな』
少し申し訳なく思いつつも、それに乗ってくれたメムさんに感謝して、ボクは作業に戻った。
宮崎のお話の内容を鑑みて、個人的にお盆中に終わらせたいなーって思ったので、一気に投稿したいと思ってます。
それなので来週の水曜日からお盆最終日の水曜日まで、毎日放出しちゃおうと思います。
やっちゃうぜ(素振り、素振り、ブンブン)
……その後、力尽きたらごめんなさいと先手で謝っていいですか?(ガクブル)
《あきのこばなし》
もしも乙女ゲー的なゲームに出てくるキャラにアキ君がいたら、まず、スタートラインに立つのに3つの条件があります。
・アキ君が女の子じゃなくて男の子であると見破る。
・狼人間の秘密を知って受け入れた上で、秘密にする。
・アイさんの器を円満に卒業する。
以上です。10話以降のプロットの文章を別視点で並べただけともいう。