side.アキ
「え、アキは一緒に高千穂に来ないの?」
【はい。ちょっと寄るところがあるので、1日目は別行動です。夜までには合流しますけど】
そんな話を飛行機の中でルビーさんとして、宮崎に到着したボクはすぐに電車に乗った。
メムさん、有馬さん、ルビーさん、ミヤコ社長のB小町グループはMVの撮影。
ついてきたアクアさんと黒川さんの2人組は、高千穂を回るとのこと。
そしてボクはというと、有言実行の為に行動中。
1人とプラス幽霊のアイさんとで宮崎市の江田神社へと向かっていた。
表向きの理由はメムさんに頼まれたお遣い。
裏はルビーさんに付き纏っている存在への対抗策のヒントを手に入れる為。
予想ではあるが、江田神社が1番そのヒントを手に入れられそうなのだ。
器として、アイさんがやりたいことが成功する為にも、何か手掛かりが欲しい。
そんな一縷の望みの為に、電車を降りてから車道に沿って何十分か歩く。
アイさんが一方的に話しているのを聞いている間に目的地に到着したらしく、石の鳥居が見えてきた。
『もっと田舎っぽいイメージだったけど、車通ってるね』
ここ、車道ですからね。東京とかと比べたら少ないかもしれませんが、車ぐらい通りますよ。
そんな感想を言ってる暇があったら、先に進みましょう。
『はーい』
アイさんの元気の良い返事を聞いてから神社の参道を歩いていると、早速、一つ目の神木が見えた。
どうやら樹の幹にできた瘤に後利益があるらしい。だが、あの木は目的のものではないので、アイさんが撫でようと手を伸ばしているのを横目にさらに先に進む。
道の途中で手を清めたりしていると、飛び回っていたアイさんが戻ってきた。
『見て見て、アキ君。石碑があるよ。歴史とか書いてないかな』
ボクらが知りたいのは歴史というより、神話なんですけどね。
アイさんに連れられるままに石碑の前に立つが、内容は歴史というよりは改修記念碑っぽい。
それはそうか。今時、ネットで調べたらそういうのは簡単に出てくるのだ。そういう展示目的でない限りない方が当たり前なのかもしれない。
「おやおや。こんなところで小僧共がいるなんて、珍しい日だな」
背後からバリトンボイスが響き、誰かがこちらに声をかけてきたことを悟る。
ただ、こんな声の主の知り合いはいない。警戒心がグングンと育つのを認識しつつも振り返ると、眼鏡をかけた白装束姿の男がいた。
「ぬ? 我の顔を見て固まるとはどうしたのだ? ふぅむ、さてはこの麗しき顔に見惚れたか」
仕方がない奴め、と自信過剰に笑う男は確かに、顔が整っている。
作り物めいた美形は、胡散臭ささえなければ麗しい神職だと話題になっているかもしれない。
【全然見惚れてませんけど……代わりに、神職のコスプレをした不審者かどうか疑ってましたね】
「初対面なのに随分な言い草だぞ、この小僧……まずはお主も十分、珍妙な存在であることを自覚してもらってもよいか?」
悔しいが、胡散臭い男の言うことも正しい。
合成音声で話す中学生なんて漫画のキャラにしか出てこなさそうな色物枠である。珍妙な存在であるというのは否定しようがなかった。
【それで。そんな珍妙な存在に何の用事で声をかけたんですか?】
「うん? 神話に興味があると呟いていたのが耳に入ってな。幼いのに殊勝な子供だと思い、興味がでたのだよ」
蓋を開けてみれば、小生意気な小僧だったがな。
なんて漏らしつつ肩を竦める男も、ボクに負けず劣らず失礼だろう。
「本当のところ、小僧らが知りたいのは神話などではなさそうだがな」
【……どうしてそれを?】
「これでも長い間この神社でお勤めをしているからな。顔を見ればわかる」
神職がエスパーじみたことができるなんて聞いたことがないのだが、目の前の男は大真面目に言ってのける。
まるで本当にそうかもしれない、と思わせるその態度は、凄腕の詐欺師のようだ。
「よし、ついてこい。賽銭箱で祈ったりお守りよりも効果的なものを、この我自ら渡してやろう」
鼻歌を歌いながら歩き始める男の背中を、付いていくことなく見送る。
さっさとどこかに行ってくれないかな、と思っていると男が振り返り、小走りで戻ってきた。
「お主ら、不敬だぞ!? ちゃんと付いて来んか、大馬鹿どもめ!」
……最悪、お守りとかは帰りに買えばいいか。
不審者の勘は馬鹿にできないぐらい良くて、結局、根負けしたボクは彼の背中を付いていくことにした。
「神社から離れるぞ」
【どこに行くつもりで?】
「今は公園内の歩道に出てたぞ。この道は木々が日光を遮ってくれるし、散歩コースに良いのだ」
【そんなこと聞いてないんですけど】
関係のない知識をひけらかしながら、男は大股で前に進んでいく。
こちらの歩調なんて知らぬと言わんばかりの我儘な歩き方。
お前が合わせろ、と言わんばかりの傲慢さが滲み出ている男に早足で食らいつき、横に並ぶ。
アイさんに合わせた体だと男の大股に間に合わせる為に、足の回転数を上げないと並べない。
『ちょっとは合わせてくれてもいいのにね』
隣で浮いているアイさんは他人事であるものの、こちらを気遣うような視線を向けながら、眉を下げていた。
「うむ、ここだぞ!」
【ここは、えぇと。池ですか?】
「ぬ、観光に来たのにこの御池を知らんのか? 予習ぐらいしてきた方が観光も楽しめると思うが」
【それは余計なお世話ですよ】
「ぬぬ、可愛げのない小僧よ。まぁいい。今回は特別に軽く説明してやろう」
ふん、と鼻で笑いつつも男は律儀に説明してくれる。
「この池は『
【周辺に
「うむ。ちなみに、黄泉国の入り口である『黄泉比良坂』は島根にあると言われている。そこまで近くないから、お主も安心だろう?」
意味ありげに笑う男に、ボクのスルー能力も限界が来ていた。
さっきからボク1人しか見えないはずなのにアイさんをカウントしているような発言。
的確に欲しい情報の手前を投げていて、興味を引いてくる一級詐欺師のような手腕。
【……貴方、何者なんですか?】
「今は『ナギ』と名乗っている。小僧を観察しているだけの、ただのナイスガイだ」
キリッとしたキメ顔でバカみたいなことを言う男、ナギ。
答えるつもりがないことだけはわかった。後はキメ顔が無性に殴りたくなるぐらい腹が立つってことも。
「小僧」
【ボクにはアキって名前があるんですけど】
「我に名を呼んでもらおうとするとは贅沢だな。お前は小僧で十分だよ」
これまた腹の立つ顔で笑うので、ボクの握り拳が震えそうだ。
有馬さんならここで『私の拳が火を吹くわよ?』と笑みを浮かべていたかもしれない。
それぐらいムカつく態度のまま、男は再び語る。
「烏は凶兆を知らせる鳥でもあるが、神話では案内人として描かれることが多い」
【らしいですね】
「本当は自分に降り掛かる不幸が事前にわかるのだから感謝こそすれ、人間は疎ましく思うらしいな。全く、身の程知らずのものよ」
男は顔を歪めつつ、懐から御神籤の筒を取り出した。
どうやって収納してたんだ、とか気になることが多すぎるのに、男は素知らぬ顔でそれを差し出す。
「引け」
【えぇ……】
「いいから引け」
もしかしてボクって押しに弱いのだろうか。
とうとう身近な人以外の押しにも負けて、ボクは差し出された木製の筒を受け取り、御神籤を引く。
カラカラと軽快な音を鳴らして中身をかき混ぜ、穴を下に向くように逆様へ。
穴の下に手を添えれば、勢いよく1本の棒が出てきた。
「ふむ、11番か。吉だな」
【もしかして、覚えているんですか?】
「当然だろう。そして今、審判は下された」
愉快そうに喉で笑ったナギから筒を取り上げられ、代わりに大きな布で包まれた何かを渡される。
【これは?】
「開けてみよ。全てはそれからだ」
ナギに言われるままに包みを開くと、中から木の櫛と白桃が出てきた。
古雅な櫛は飾り気も何もないのに、何故かじっと見ていたくなる不思議な力を感じる。
桃の方はよくわからないが、ナギと名乗る男が渡してきたのだ。きっと普通の果物ではないのだろう。
「その櫛は因縁が絡まった者共に渡せ。どうしようもなくなった時に投げると良いだろう」
【この桃は?】
「異変が起きた時に小僧が食え。あぁ、それと。やりたかったことはやったから、もう帰っていいぞ」
【え? いや、もっと何かないんですか!?】
「それは既に烏がやっている。小僧らは人事を尽くして天命を待つが良い」
ふ、と短く笑ったナギはさも当然のように御池に向かって歩いていく。
ちょっと待ってほしい。もしもボクの考えがあっているのなら、ボクらでどうこうするよりも、目の前の存在にこそどうにかしてほしいのに。
スマホで入力している時間も惜しいと手を伸ばしても、ナギの身体は掴めない。
右手が宙を踊るのと同時に、ナギの体が御池に溶けるように消えてしまった。
『もしかして、ヤギさんって私と同じ幽霊だったり?』
【違うと思いますよ……それと、ナギって人はそんな家畜みたいな名前じゃないです。罰当たりだって言われますよ】
『ありゃ?』
あんな怪しげでよくわからない存在を前にしていたのに、アイさんは通常運転である。
それがなんだかおかしくて、ナギのことをいつまでも気にしている方が馬鹿らしく感じた。
【アイさん、お土産のお守りを買ってから帰りましょうか】
『いいの?』
【探したところで、見つかるような相手じゃなさそうですから】
何せ、相手は上に昇っている状態の観覧車の扉を開けて乱入してきたり、深くもない池の中に消えてしまうような存在だ。
まともに探したところで時間の無駄だろう。なら、別のことに時間を使いたい。
【買った後はどうします? 高千穂へ向かいつつ、綾町とか椎葉村に寄ります?】
『思い出は沢山貰ったから、大丈夫だよ。ルビー達が心配だし、早く帰ろ』
【……】
ずきり、と鈍い音が胸から聞こえた気がして、右手で押さえ込む。
この間にも時間は秒単位で流れていて、何か言わないと無駄にしてしまっている。
……これ以上、ボクが彼女から何かを奪うわけにはいかない。
【そうですね、了解です】
自分の異変には蓋をして、お土産を買ったボクらはすぐに高千穂に合流しに行った。
side.アキend
☆★☆
side.?
アキ達が江田神社から出て行った後、禊池の前に再び白装束の男が現れた。
「まさか凶兆を前に吉を引けるところまで持っていくとはな。消滅しようがどうでも良いと思っていたが……中々どうして、面白い」
くつくつと喉を鳴らしながら笑う男に合わせて、烏の鳴き声も混ざってくる。
どうやら担当者が慌てて駆けつけたらしい。男は一層、浮かべている笑みを深めた。
「あのー、あたしの仕事取られると困るんですけど」
「ぬ、案内人か。いつもご苦労」
「あ、はい。ありがとうございます。じゃなくて。格が強い存在が人間に干渉したら〜とか、いつも言ってるのに、何で今日は出てきたんですか」
じとりとした視線を向けてくる少女の視線に、男は悪びれもなく発言する。
「ははは、人の子にとって『神』とは傲慢で気まぐれで不幸を平等に与え、我慢を強いる存在であるらしいからな。この度の出会いもまた、気まぐれよ」
「……はぁ」
ため息に近い返事をする少女は顔を見なくてもわかるぐらい嫌そうで、男の愉悦は留まるところを知らない。
とどめだと言わんばかりの良い笑顔を見せた男は力強く頷いた。
「それに、我ってば芸者が大好きだからな。あいどるとやらは歌と踊りで世界を救うことのできる芸者だというではないか。ソレを特等席から眺めるのもまた、一興よ」
「サブカルチャーに嵌り過ぎて変な知識付けちゃってるよ、この御方」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ何も」
アイドルが歌と踊りで世界を救えるわけないじゃん、と少女は口の中で言うものの。
(世界は救えなくても、身近な人は救えるといいね)
伊邪那岐命は伊邪那美命から逃げる際、櫛を投げて筍を生やし、桃で鬼を追い払ったと伝えられている。
櫛を捨てると縁が切れるとも言われているらしいが、果たして、彼らにできるだろうか。
「最近のあにめや漫画はすーぐ人が死ぬからなー。ぜひとも世界を救ってほしいぞ」
「……アイドルは世界を救う職業じゃないですし、その発言は不謹慎ってヤツですよ?」
「? 死者は消えたところで死者のままだろう?」
少女も大概、人の心がわからない方ではあるものの、上司は更に人の心がないような発言をしている。
もう2度と会いにいくことはないだろうから、彼らの前でそういう発言をしないだけ御の字なのかもしれない。
最低なことを宣う上司に付き合いきれなくなった少女は再びため息を漏らして、そっとその場を後にした。
どうして推しの子にとって転生した理由のような、添える程度のファンタジー要素を後半、ゴリゴリに強めてきたのかって?
後、宮崎県って舞台がお誂え向き過ぎて「おら、噛み合え!」って歯車ブッ込めそうだったのがね。はい。