side.アクア
高千穂慰安旅行2日目の朝。
アキをお供に連れてきた俺は、隣で並走するヤツを見て目を細めた。
「なぁ」
【なんでしょう】
「その走り方、もう少し何とかならなかったのか?」
【と言われましても。15歳じゃ免許取れませんし】
狼男でも法律には勝てないのか、俺が立ち乗り電動スクーターに乗って走っている真横にて、御自慢の足にローラースケートを装着し、並走しているアキ。
前を見つつも手元のスマホの指は忙しなく動いていて、誤字することなく音声が再生されている。
ブラインドタッチならぬ、ブラインドスワイプだとでもいうのか。
涼しげな顔でスクーターに並走している姿がシュール過ぎて、何とも発言に困る。
「こういう姿を見たら、お前が人間じゃないって事を思い出すな」
【そうですか?】
「そうなんだよ。その上……お前を見てるとアイが珍獣に思えてくるから何か嫌なんだよ。解釈違い過ぎる」
アイは『アイドルとして』の体力や運動能力はあっただろうが、平然とスクーターと並んで走れる能力は絶対にない。
それなのに、顔が同じアキがやってのけるのだから、俺の中のオタク心が解釈違いで気が狂いそうだと訴えてきていた。
【そんな事を言われましても、それって今更じゃないですか?】
「いつもは変装していたから、辛うじて他人の空似だって納得できてたんだよ! でも、今のお前は帽子を被った程度の変装しかしてないだろ!?」
【あー、確かにぃ~】
どこか既視感のある呑気な音声に頭が痛くなりながらも、目的の花屋に到着する。
花の種類が多い店って記憶はここしかなかったんだよな。まだ潰れていないようで安心した。
【まさか本気で花屋に行くつもりだったとは】
「いや、じゃあ何のつもりで声をかけたんだよ、俺は」
【山での捜索の暗喩かと思ってました。ほら、トイレとかお花摘みとか言うじゃないですか】
「花繋がりだからって暗喩を疑うな」
というか、情報とか読めてるお前なら心の声でわかるもんだろ。
そう言ってみると、返ってきた言葉が【最近はそこまで読まないようにしてますから、わかりませんよ】とのこと。
1年前はコントロールできないし、狼男の要素ごと自分を殺しちゃえってなっていたコイツが、オンオフも自由自在になっているとは思っていなかった。
成長してるんだなぁ、と親戚の子供を見るような気分になっていると、アキの目がじっとりと湿度が伴ってきた。
【花、買うつもりなら早く買いません?】
「お、おう」
湿度どころか急速冷凍されてる。これはふざけていたら危険が危ないとか、馬鹿な発言をしたくなる状態になってしまう。
「いらっしゃいませー」
「昨日の夜、取り置きの電話をした星野ですが──」
さっさと用事を終わらせようと、店の中にいる店員に話しかけた。
どうやら電話応対してくれた人と同じだったらしく、目的の物はあっさりと手に入れることに成功。
ラッピングで中身がわからないようにしてもらいつつ、店の外へ。
ローラーシューズを履いていたせいか、外で待機していたアキと目があった。
【無事に買えたみたいですね】
「あぁ。かなり無茶を言ったが何とかなった」
【花って、何を買ったんですか?】
「お前を信じてないってわけではないが、まだ秘密だな」
アキからついてきていないと聞いているものの、ここで言ってしまえばバレる可能性がある。
【そうですか。そういえば、最近のは品種改良で12月からもいけるんでしたっけ】
そう考えていたら、アキはワケ知り顔でうんうんと頷いていた。
……これは完全にバレているな。コイツ、情報を読まなくても察する力が高過ぎる。
【ボク的には青とか好きなんですけど、紫もいいですよね。そこのところどうです?】
「お前、確信犯だろ」
【はて? 秘密って聞いてるのでボク、わかんないですねー】
こてんと首を横に倒して、アキはすっとぼける。
アイと同じ顔というのもよくない。様になっていて、それが逆に腹が立つ。
【まぁ、アクアさんをそうやって振り回せるのも、これが最後かもしれませんからね。見納めしておいた方がいいんじゃないですか〜?】
「お前って、自分でダメージ受ける発言大好きだよな」
ふふん、とアイっぽい不敵な笑みを浮かべているが、落ち込んでいるのはバレバレである。
もう少ししたら別れなきゃいけないと考えて、自虐することでコイツは誤魔化そうとしているのだ。
【そういうアクアさんは、平気そうですね】
「自分よりも落ち込んでいる奴を見たらっていうのもあるが、あまり実感がないのかもな」
実際にその時がやってきたら、色々と思い浮かぶのかもしれない。
しかし、『別れる為の準備期間』として今までの1年が与えられていたのだと考えると、俺自身は不思議と落ち着いていた。
「俺は良いんだよ。ただ──ルビーが心配だ」
あの子は勘づいているかもしれないが、アイと一緒にいられるのが残り僅かだと知らない。
ママ、ママと憑依したアイに1番くっついていたのがルビーだし、割り切るのだって難しいだろう。
あの子が悲しむ所は見たくないんだが、どうにかできないからこそ、アキも苦しんでいるわけで。
1年前に選択した以上、この別れは必然だったのだろう。
アイにいて欲しかったのなら、あの日に友人でも何でもないアキを殺すべきだった。
それを選べなかった時点で──俺にはもう、何かを言う資格はない。
【ねぇ、アクアさん】
「何だよ」
【お互いに元気、出していきましょう】
「……お前のような生意気な後輩はもう知らん」
グッと親指を立ててくるアキの横を通り、スクーターに乗って元来た道を走っていく。
【ちょ、待ってくださいよ!?】
爆走し始めたアキを努めて視界に入れないようにして、俺は真っすぐに宿へと帰った。
side.アクアend
☆★☆
side.かな
──多分、来るなら今日か明日かな。
アキから聞いた冗談みたいな話から、不思議とそんな気分になったせいなのか。私はすんなりとあの話を信じていた。
昨日の夜に魘されているルビーを見てからは、その予感がますます正しいものに感じている。
これでアキのドッキリでしたなんて言われたら、アンタは作詞作曲家としてでなく、詐欺師としても大成できると褒めてやるわ。
狼を自称するんだから、詐欺師の方が転職なのかもしれないけれど。
そんなことをつらつらと考えているせいなのか、時計の針が一周してもまだ、目が冴えていた。
布団に入ってから両手で数えられるぐらい、時計を確認してしまっているのに、暇すぎて目がまた時計の方へと向かう。
時刻はそろそろ12時になりそうな頃。
もう日付が変わるというのに、目をギュッと閉じてみても睡魔はやって来てくれなくて、仕方なく天井のシミを数えてみても空しいだけだった。
「……はぁ、眠れない」
呟いた言葉は常夜灯が照らす部屋に溶けて消える。
布の音が響かないようにゆっくりと体を起こすと、左にはタオルで顔を隠したMEMちょが。右には血色の悪いルビーの顔が見えた。
昨日から、ルビーの顔色は夜になると今にも死んでしまうのではないかと思うぐらい、悪くなる。
本当に死に誘われているかのように、重篤な病気にかかったかのような死の香りがルビーからするのだ。
朝や昼には鳴りを潜めて元気な姿を見せることが多かったものの、MVの撮影ではその片鱗が度々見えた。
それが妖しい魅力に昇華されていたので、撮影側からしたら楽しい被写体だっただろう。
しかし、事情を聞いていたこっちからすると、気が気じゃないのよね。
私は今日もまた、遅くまで眠りにつくことができない。諦めるしかなさそうだった
「……きゃ」
また眠るか、と右向きに体を横たえようとした私の目がピンク色の両目を捉える。
「ルビー、アンタも起きたの?」
「……かなきゃ」
できる限り優しく声をかけてみたものの、どうも様子がおかしい。
焦点のあっていない目で何かを呟いていて、まるでホラー小説の導入でも見ているかのような、異常な態度。
「行かなきゃ」
「こんな時間にどこかに行く必要なんてないでしょ。寝ときなさいよ」
起き上がって部屋を出ていくルビーの手を掴んで引き留めようとしても、彼女はお構いなしに部屋を出ようと私を引っ張って歩く。
このまま引っ張り合いをしたらルビーの肩や手が壊れてしまうんじゃないかと思ってしまうぐらい、自分の体に意識が向いていない。
歩くスピードはそこまで早くないし、一旦手を放しても大丈夫かしら。
慌てそうな場面なのに、かなり冷めた目で状況を観察している自分がいるのを認識しながら、ルビーから手を離す。
未だに眠りこけているMEMちょの背中を乱暴に蹴り起こし、部屋を出てしまったルビーを追いかけるために、枕元に置いていたスマホと袋を回収した。
「な、なに!?」
「ルビーがおかしいのよ! 今、部屋を出て行ったから、追いかけるわ!」
「ふぇっ!?」
寝ぼけているMEMちょの頭には酷かもしれないが、最低限の情報を叫んでから部屋を飛び出す。
MEMちょのラインに《蹴ってごめん》と《ルビー追いかけるから》とだけ送って、アクアに電話した。
1、2、3とコールが積み重なるごとに怒りが積み重なってきて、限界に達しそうな5コール目でやっと応答の声が聞こえてきた。
『はい』
「その声、アンタ寝てたわね!? 気合いでずっと起きときなさいよっ」
『いきなり理不尽だな!?』
「ルビーが部屋から抜け出して、今、外に出たの。寝ぼけてないでさっさと来て!」
『! すぐにいく』
「ルビーは待ってくれないから三秒で来なさいっ」
『無茶苦茶過ぎるだろ!?』
「文句言う口があるなら、足を動かしなさいよ馬鹿!」
こっちはパジャマにスニーカーと人に会ったら赤面モノ間違いなしの装備なのよ? それぐらいの気持ちで来いって言ってんの!
男であるアクアが準備とか腑抜けたこと抜かすんじゃないわよ!
「あぁもう、夜だからルビーがどこに行ったかわかんない!」
田舎の山に近い場所はそれはもう灯もないし視界が悪い。
ここが東京なら一発で……見つかんないわね。
今度は人混みが邪魔で、人間がウザイと叫ぶ羽目になるのが目に見えてるわ。
とはいえ、どうしたらいいのかしら。
あのルビーを放っておいてもいい事なんて1つもないことはわかっているのに、解決策が全く分からない。
「──あれ、かなちゃんだ。こんな時間にどうしたの?」
「その声は、黒川あかね!?」
アクアが来るならともかく、まさか黒川あかねがいるとは思っていなかったので、つい癖でフルネーム呼びしてしまった。
あぁ待ってちょうだい。「またフルネームに戻ってる……」って悲しそうにされても、今はそれどころじゃないのよ。
「あかね、ルビー見なかった?」
「ルビーちゃん? 見てないけど……その様子だと何かあったんだよね。寒いでしょ、上着貸すよ」
「いや、それどころじゃ」
「大丈夫。ルビーちゃんがどこに行ってるか、ちゃんとわかるよ」
そう言ってあかねは自分のスマホを指差した。
画面に映っているのは……地図だ。それと、移動している赤丸がある。
「こんなこともあろうかと、ルビーちゃんの持ってるお守りにGPSを入れてたの」
「そ、そうなの」
え、こわ。
プレゼントに平然とGPSを仕込んでるとか怖ぁ……
これって私だけなの? あかねが追加情報で「アクアくんも了承してるし、知ってるし見れる」とかいってるけど。
この2人、手段選ばな過ぎじゃない? 必要なら人1人ぐらい普通に殺すことも視野に入れそうで本気で怖い。
「5分ぐらいなら時間も取れると思うし、着替えてきなよ。12月の山に薄着は自殺行為だよ」
「山?」
「……うん、ルビーちゃんが向かってる所、そこだろうから。薄着で行くのは危ないよ」
ゆっくりと進む赤丸が気になるけれど、このまま追いかけるのはあかねが許してくれそうにない。
どうするかと悩んでいると、ちょうど良いところに声が聞こえてきた。
「あー、かなちゃんいた! これ、着替えと上着持ってきたよぉ」
私が用意していた明日の為の服と上着を手に持ってきてくれたのは、MEMちょだ。
「アンタは私服なのね」
「私はアキ君と最悪の想定にならないように、準備してから追いかけるよ。だから、先に着替えて行ってて。間に合うのが1番だから」
「わかったわ」
空室に入って手早く着替え、MEMちょにパジャマを押し付ける。
待たせていたあかねに手を挙げると、彼女はゆっくりと頷いた。
「アクアくんもさっき、スクーターに乗って行ったよ。私達も行こう」
「アイツ、ちょっとは待ってくれても良いのに」
「それだけルビーちゃんのことが心配なんだよ」
「そう。まぁ、わからなくもないけど」
比較的近い山へルビーが行っているようなので、私とあかねは走ってその場へと向かう。
「ねぇ、あかねはどうして積極的に動いてくれるわけ? アンタ、別にルビーと仲が良いって訳じゃないでしょ」
「うん、そうだね。ルビーちゃんとそこまで仲が良い関係ではないよ」
予想通りの回答をしてくるので、私は口を閉ざしたまま顎で続きを促した。
「……ただ、アクアくんに助けてもらったから。ちゃんとお返ししておきたいなって」
「それでここまで動けるなんて、アンタって相当ね」
気持ちが重いというか、なんというか。
私が呆れて言った言葉に、あかねは自覚があるのか苦笑いを溢した。
「──でも、今はアンタのそれに助けられてるのよね」
「そうかな?」
「えぇ、だから……ありがとう。先にお礼を言っておくわ」
って、改めて言うと恥ずかしいわねこれ!
夜道で助かるわ。こんなの、東ブレ舞台前や最中なら揶揄われていたこと間違いなしだもの。
「かなちゃん、大丈夫……?」
「平気よ。ほら、もう山が見えてきたんだから、道案内頼むわよ」
「う、うん」
きっと耳も赤くなっているから、あかねに見えないように前だけを見つめる。
アクアが乗ってきているであろうスクーターを横目に、私とあかねも獣道へと歩を進める。
真夜中なのに獣の鳴き声が全く聞こえてこない不気味な山の手前で、私達を歓迎するように乱れ飛ぶ黒い鳥の影が視界に入った。
現在のパーティー分類は4+1つです。
・ルビー(単独……?)
・アクア(単独。スクーターで先行)
・有馬&黒川(GPSでアクアを追うように合流中)
・アキ&MEMちょ(準備中)
☆ミヤコ大聖人(( ˘ω˘ ) スヤァ…)