後、メンがヘラってない重曹パイセンはイケメンです。いいですね?
side.アクア
すれ違った黒川に有馬を任せて、俺はスクーターを法定速度ギリギリで飛ばす。
夜中に警察に捕まる心配なんてしなくてもいいのだろうが、捕まって時間を無駄にする方が面倒だ。
気分はかっ飛ばしつつも山の麓までスクーターで走り、獣道を前に止まる。
掻き分けるような草木の跡。
片足のない烏達がじっとこちらを見ている状況は普通ではないと、教えてくれているようで。
獣道だというのに人が1人ぐらい通れそうな程度に整備されているせいか、山の奥に誘われているかのようにも感じる。
「神、か」
アキの話は半信半疑だったのだが、烏達を見ていて思い出すのはあの疫病神だ。
ただ、今見ている烏は疫病神とは無関係な気がする。
光のない夜道でもギラリと輝く真紅の眼。
目を凝らせば頭に角が生えているようにも見えて、そいつらに向かってスマホのライトを付けてしまった。
「嘘だろ、烏ですらないのかよ」
光に照らされた烏モドキが溶けていくのが見えて、いよいよ自分が強い幻覚に襲われているような気がしてきた。
ホラーのような出来事やファンタジーのような景色は、人間の脳が作り出した幻覚である可能性を疑う所だが、今回ばかりは違う気がする。
「ルビーは大丈夫だろうか」
前世の僕が死んだ時と同じように、スマホのライトがなければ歩くことすらままならない獣道。
どこを見ても光は見えないので、ルビーはきっとライトも使わずに歩いているのだろう。
パジャマのまま歩いて行ったらしいし、上着も着ずに山道を進んでいるはずだ。
早く見つけないといけない。一歩一歩、前に足を進めるだけで心配が胸に積もっていく。
枝を折ったり、拾った鋭い石で木の幹を傷つけてみたり。
目の入りそうな場所に印をつけて前に進んでいるが、どこまでこの印が機能するのやら。
視界が悪くて足元は最悪。嫌な事ばかり目に入って、胸は焦燥感でじりじりと焙られている。
「あいつ……どこまで行くんだよ」
ブルーライトの画面が映すのはゆっくりだが、確実にどこかへと進む赤い丸。
まだ進んでいると安心して良いのか、もっと早く行こうと歩を進めるスピードを上げようとした瞬間。赤い丸がピタリと止まった。
「まさか、気が付かれたか?」
GPSに気が付かれたかもしれない。
別の焦りがやってきて、俺は山の中であるにも関わらず、走り出した。
こういう時、アキのような身体能力がうらやましい。
アイツならきっと、スルスルと山を駆け抜けていくだろうに、俺は急いでいるつもりでも追いつくのに時間がかかってしまった。
「ルビー!」
赤い丸がある場所に声を出したものの、誰もいない。
あるのは祠だけで、GPSが入ったお守りも落ちていないようだ。
ということは、ルビーはここにいるはずなのだが。
そう思ってぐるりと周りを見渡すと、祠の奥に穴のような暗闇があるのに気が付いた。
「ルビー、いるのか?」
スマホを片手に穴の中を覗き込む。
人1人どころか数人ぐらいならば入れそうな穴の手前を照らすと、見慣れた金髪の髪が見えた。
どうやらルビーはここにいたらしい。
「心配したぞ、こんな山奥の道を1人で歩くなんて」
できる限り優しく声をかけてみるが、反応が返ってこない。
それどころか、少し震えている……?
まさか、まさか。
「……今、見つかるなよ」
恐る恐るルビーが見ている一点へと光を向けると、見覚えのある白衣とぼろ布を纏った白骨死体が光に照らされた。
予想はしていた。だが、本当にその予想通りになるとは思っていなかった。
いや、言い訳か。
俺は逃げていたのだ。なるかもしれないと思っていながら、ならなければいいって、そう思って。
おい、お前が僕の前の体だというのなら、おとなしく隠れておけよ。
1番悲しませたくない人を悲しませるためにいるわけじゃないだろ、
「ルビー」
「あ。おにいちゃん……?」
「あぁ、おにいちゃんだ。あそこにいるのは俺じゃない。俺は今、ここにいるから」
呆然と見上げてくるピンクの瞳と視線を合わせ、上着を羽織らせる。
有馬が言っていた通り、夜のルビーの顔は死相が見えてるのではと心配に成程、青白い。
そんな彼女を壊れないように抱きしめる。パジャマという薄着のせいで体は冷え切っているし、サンダルでけもの道を歩いてきたせいで足は傷だらけだ。
抱きしめている手に力を入れることで、己の顰め面を隠しながらも出している声だけは穏やかになるよう、心掛けた。
「だから帰ろう。皆、心配してる」
こんな気分の悪い場所にルビーを居させるわけにはいかない。
その感情ばかり先に行ってしまっていて、俺はまたしても失念していた。
『もう帰るの? お兄ちゃん』
いつの間にか雨宮五郎の亡骸の傍に、見慣れた少女の姿を借りた亡霊が立っていた。
「よくわからん存在に兄と呼ばれるのも悍ましいのに……どうして、さりなちゃんの姿を借りて現れた?」
亡霊が現れるのとほぼ同時にルビーの意識がなくなったらしく、俺の腕の中でぐったりしている。
目の前の存在がルビーに何かをしたのだろう。
腕の中にいるルビーと逃げられるように抱え直すと、さりなちゃんの姿をした亡霊は血のように赤い目を細めて笑った。
『酷いなぁ。一応、その子から抽出した要素で生まれたのに、あなたもあの方と同じように拒絶するんだ?』
亡霊は何かと俺を重ねているのか、ぞっとするような目でルビーを睨みつける。
血の色の目がギラリと輝き、目と同じ色の口が開いた。
『その子を殺せば、受け入れてくれるかな? それとも……今度こそ一緒に
ひた、ひた。
真っ赤な足跡を土に残してこちらに近づいてくるので、俺も併せて後ろに下がる。
限界は祠が当たるところまで。それまでにどうにか逃げ出さないと、スタートラインも立てない。
──どうする。どうすれば逃げられる?
スマホのライトもなく、ルビーが腕の中にいるので素早く逃げるのは不可能。
隙があるようには見えないし、そもそもアイに似た幽霊なら俺が触れられない可能性がある。
顔には出さないように、頭が必死に答えを求める中、俺の踵が石のような何かに当たった。
どうやら終点にたどり着いてしまったらしい。ここから横にずれて祠の裏から抜け出さないと、逃げ出せない。
『限界まで来ちゃったね? 素敵だなぁ、今回は2人揃ってお迎えできるなんて』
数歩分の赤い足跡がどんどん増えていき、俺とルビーに向かって手が伸ばされる。
『2人も幸せだよね? だって、受け入れられない2人が、死によって
「死は2人を分かつものだろ」
焼香と防腐剤が混ざったような、死の香り。
背筋が凍りつき、心臓を鷲掴みされているような、死の気配。
強がってみたものの、出てきた声は情けないぐらい震えていた。
頭が『もう助からない』という答えを弾き出してしまうから、血が出るまで唇を嚙んで己を激励する。
せめて、ルビーだけでも守らなければ。最後の抵抗にルビーを庇おうとした瞬間──亡霊の体に紙の束が叩きつけられた。
「アンタなんかに2人を渡すわけないでしょ、この化け物! おとなしくすっこんでなさい!」
『なっ、ガァァァァッッ!?』
ぶつけられたのはお札だったらしく、さりなちゃんだった見た目の亡霊から黄色っぽい煙が上がる。
化けの皮が剥がれるようにさりなちゃんの顔から爛れた顔の醜い女のようなナニカが現れ、獣を彷彿とさせる悲鳴を上げた。
「チッ。成仏するぐらい即効性のある札っていう割にはそこまで効果がなさそうね。アクア、間抜け面を晒してないでサッサと逃げるわよ!」
「アクアくん、かなちゃんが投げたお札が効いているうちに逃げよう!」
札を投げてくれた有馬は大きな舌打ちをして、追加で札の束を投げ捨てる。
大きな隙が出来ている間に黒川が俺の元まで走ってきて、懐中電灯を片手に祠の外まで誘導してくれた。
「アンタ、先行してる癖にルビーと揃って危機に陥ってんじゃないわよ」
「すまん。来てくれて助かった」
噛みついてくる有馬の言う通りなので素直に頭を下げると、有馬はバツの悪そうな顔をする。
そんな俺達のやり取りの間にも来た道の跡を探し当てた黒川がこちらに振り返り、声をかけてきた。
「2人共、お話は後にして今は下山しよう。山の麓まで逃げ切れたら、アキちゃん達が準備をした状態で待機してるらしいから」
亡霊の声が小さくなっている今、早く逃げないとすぐに追いつかれてしまうだろう。
黒川の提案に頷き返し、先頭に黒川、真ん中にルビーを抱えた俺、後ろに有馬という順番で山の下山を開始した。
「ねぇ、あかね。このお札よりも強いお祓いアイテムとかないの?」
「宮司さんに貰ったモノの中では、かなちゃんが持っているものが1番だって聞いたけど」
「そう。それはかな~り拙いわね」
背後から考え込むような声が聞こえてきて、気になって仕方がないものの、顔は意識して前に固定。
すると、黒川が俺が付けて歩いていた跡を懐中電灯で照らしては先に進むという芸当が目に入った。
霧が立ち込めていて視界が更に悪くなっている筈なのに、黒川の歩みには全く迷いがない。
俺に同じことができるかと言われると微妙だ。黒川達が追いかけてきてくれて、本当に助かったと改めて思う。
「アクアはお札以上に効きそうなもの、何かないの?」
「さっきのお札も十分効いていたと思うが」
「3回目ぐらいから、反応が鈍かったように感じるのよ。もう1度追いつかれた時、もしかしたらお札は効かない可能性があるわ」
「それはつまり、次にあの亡霊と顔を合わせたら、ヤバいってことだよな?」
「えぇ。最悪なことに、仲良くお陀仏でしょうね」
あの亡霊が追い付いて来ない、なんて楽観的な考えはできない。
有馬達が持っていた札以上に効果がありそうなお祓いアイテム……といえば。
「「アキが神社で貰ってきた櫛!」」
俺と有馬の声が重なった。
どうして思い出せなかったのか。
どうしようもなくなった時に投げろと言われていて、一応持ってきていたのを頭からすっかり抜け落ちていた。
「何で忘れてるのよ。最初の瞬間とか、正に使い時だったじゃない!」
「ルビーを守らなきゃいけないって頭がいっぱいだったんだよ!」
「あぁはいはい、そうですかー。私達が来なければ、死因が色ボケになる間抜けが見つかったようねー」
有馬め。後ろなら何もできないだろうからって、好き勝手言うとは許せんヤツだ。
「アクアって、絶対にエリクサーとか最後まで取っておいて無駄にするタイプよねー。あー、かわいそ」
「……そういう有馬は、マスターボールをその辺の草むらの野生に使いそうだよな。かわいそうに」
「あ?」
「お?」
有馬と俺、それぞれ違うゲームを例えに出して、声だけで威嚇し合う。
「ねぇ、2人共。今は、仲良く喧嘩する時間じゃないからね?」
後ろで底辺の争いをしていたら、先頭で必死に帰り道を探し当てて探っている黒川の圧が飛んできた。
普段怒らせない人間が怒ったら怖い。
危機的状況なのに走りながらも呑気に漫才していた俺達を待っていたのは、見覚えのある黄色い霧だった。
「アクアくん、来たみたいだけど櫛の準備はできてる!?」
「あぁ、何とか。投げれるようにルビーも抱え直した」
「ホンットーに頼むわよアクア! 私、こんな所で女優兼アイドル人生どころか、己の人生の幕も閉じたくないから!」
「わかってる!」
黒川、有馬の声にそれぞれ答えて、俺は後ろを伺う。
チャンスは一度きり。四つん這いで走ってくる亡霊が見えた瞬間、振り返って投げつける──!
『ギャァァァァッ!!??』
「よし、逃げるぞ!」
「ナイスよアクアッ」
櫛を当てられて踠き苦しむ亡霊に、有馬が追加で札も投げていく。
そろそろゴールも近いはずだ。これだけ投げればアキがいるであろうところまでは逃げ切れるはず。
『おに、ちゃ……』
化けの皮が剥がれたのにも関わらず、
後ろ髪が引かれるような気分になっていると、背中を勢いよく叩かれた。
「何があったか知らないけど、今は逃げることだけ考えなさい」
俺の横に立っていた有馬が力強くこちらを見つめていた。
「有馬かなって、良い女だな」
背中に感じる痺れと眼差しから熱を感じて、俺は思わず、言うつもりのなかった言葉を紡いでしまう。
それを聞いた彼女はふっと短く笑って、不敵な表情を浮かべた。
「今頃気付いたの? 遅いのよ、バーカッ」
早く行くわよ、と黒川の隣に並ぶように走る速度を上げる有馬。
本当なら関わらなくても良い2人なのに、態々真夜中の夜の山に揃って助けに来てくれて。
「本当に……良い奴らだよ」
今更、実感したのだが──俺には勿体無いぐらいに、俺は周りの人間に恵まれているらしい。
《アクア君合流前の祠にて》
かな「いやいやいやいや、無理無理! なんか浮いてるし寒気がするし、お化け屋敷が子供騙しに見えるぐらいヤバいし怖いんだけど!?」
あかね「確かにこれは、油断したら、気絶しそうだね」
かな「いや、でも! アクアが追い込まれてるし、私がやらなきゃ誰がやるって話よね。ええい、女は度胸! なんかよくわかんないお札ぐらい投げてやるわー!」
あかね「うわぁ……かなちゃんすごいなぁ……」